さりはま書房徒然日誌2024年8月3日(土)

丸山健二『千日の瑠璃 終結1』六月五日を読む

ー様々なピースに娼婦の人生を重ねてー

六月五日は「私はタバコだ」と娼婦がくわえるタバコが語る。

以下引用文。吐き出されるタバコの煙に娼婦の人生を重ね、「擦り切れた畳の面」や「秋を待つシクラメン」という言葉にも娼婦の人生が重なるようである。煙が夕闇に呑みこまれ、春の憂いに人間愛を重ねる文も、少し疲れた娼婦に人間性を見出そうとする視点と重なる気がする。

話し相手がいなくなったことで
   娼婦はたちまち私に興味を失くし
      亀をかたどったガラスの灰皿にぽいと投げ棄て、

口のなかの煙といっしょに
   法律の裏をかいて生き抜くための虚勢のかけらと
      どこかに刻みつけられている
         浸しがたい気品をそっと吐き出す。

そしてそれは

   擦り切れた畳みの面を滑って
      縁側から庭へと降り、

 地面に移植されて気長に秋を待つシクラメンのかたわらを通り
    いかにも恵み深そうな雰囲気を醸しているうたかた湖が生み出す
       夕闇に呑みこまれてゆき、


       どこまでも切ない春の憂いが
          真っ当な人間愛のごとく濃厚になる。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結』192頁)

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