丸山健二『千日の瑠璃 終結5』より一月二十八日「私は対岸だ」を読む
うたかた湖を前にする者が意識しないではいられない「遠くて近い 近くて遠い おぼろなる」対岸。その対岸が語る様々な人の姿。
それは丸山先生が近くの湖で観察してきた人々なのだろうか……。湖畔に佇む人の姿を観察して物語を紡ぐ丸山先生の視線を感じつつ、その目がとらえる人々に私も想いを巡らしてしまう文である。
人は対岸を見つめるとき、「遠くて近い 近くて遠い」対岸に思わず無防備になってしまうのかもしれない。
道理に適う生き方を崩さずとも
歳を取って気弱になった者が
私に向かってなんとも切ないため息を漏らし、
淪落の晩年を送らざるを得なくなった者が
眠たそうな目で私をいつまでも眺めやり、
やること為すこと上手く運んで
病気ひとつしたことがない果報者や、
ゆくゆくは美名を追求して
虚名に酔いたがる
徳操に欠けた学者になるであろう
尊大な若造が
大物気取りの呵々大笑を
私に叩きつけてくる。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結5』338ページ)
