さりはま書房徒然日誌2026年3月24日(火)

丸山健二『千日の瑠璃 終結8』より九月二十一日「私は月見草だ」を読む

月見草を語るにしても、信濃大町でひたすら庭作りに励み、愛情を込めて植物を見ている丸山先生ならでは。

私なんかは、月見草と言われてもぼんやり姿が浮かんでくるくらいだが、この文でそう言えばこんな形だった……と佇まいも、雰囲気も浮かんでくる。

夕日の余光のなかで
   よじれた蕾を準備し
      夜の帳を鋭敏に感知して
         一気に開花へと突き進む
            狭い庭に似合う月見草だ。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結8』85ページ)

そんな月見草を見つめているのは、「一向に回心の見込みがない皇軍兵士の成れの果て」の老人。

それでも月見草に心動かされて、こう語りかける。

今度はしゃがれ声で
   「わしもおまえのように儚い存在でありいたいもんだ」と
       そんなことを言ってのけ、


(丸山健二『千日の瑠璃 終結8』84ページ)

しかしオオルリが元兵士の老人の思いを打ち砕く。

この冷徹な声は、丸山先生の戦争に加担した者への言葉なのだろう。

でもオオルリが語ることで厳しい口調にも、人を頷かせるものが出てくるように思う。

するとそのとき
   すぐ近くで
      まったくだしぬけに
         しかも明瞭な発音で
            「おまえには悶死が相応しい」と
                そう鳴いたのは、

長いこと飼われていたに違いない
   ために人擦れした
      一羽のオオルリだ。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結8』85ページ)

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