丸山健二『千日の瑠璃 終結8』より九月二十八日「私はセキセインコだ」を読む
リゾート開発運動をめぐって対立する自然保護運動派から格好の攻撃のまとであった世一のオオルリ。
選挙で勝利してもらって丘の家を売って儲けようと企んだ世一の親は、オオルリを逃してしまう。
その代わりに買われた「まほろ町の秋の言うに言われぬ哀愁の色に覆われた 売れ残りのセキセインコ」が語る。
まるで人間が動物を語るようなセキセインコの語り口である。
その語り口に、作者は世一を冷ややかに眺める家族、まほろ町の人々の姿とセキセインコを重ねているのではないだろうか……とも思った。
ところが
その少年たるや
無意味にして無駄な動きをのべつくり返し、
難病のせいで学校へ行くこともあたわず
一瞬の命の糸を無意味に紡ぎつづけるばかりで、
どちらかといえば
いかにも好事家が手を出しそうな珍獣を想わせ、
協調や互譲の精神といったものに著しく欠けた目を
のべつはるかな虚空の空に注いでいた。
( 丸山健二『千日の瑠璃 終結8』112ページ)