逝きしエドワードの物語   リチャード・ミドルトン

物静かに砂浜に腰をおろしているドロシーの姿に気がついたが、彼女は両手に黒々とした海草をすくいあげ、裸足の足は陽の光に白く反射していた。わたしに気がついて赤みがさしたものの、それでも、昨年の夏よりも顔が青白かった。そこで、こんな機転がきかない質問を思わずしてしまった。

 「エドワードはどこ」とたずねると砂浜を見渡して、水平服で元気よくはねまわる小さな脚の持ち主をさがした。

 問いかけるようにドロシーの目を見つめると、何がみえるのだろうといぶかしむような表情をうかべていた。

 「エドワードは死んだわ」ドロシーは簡潔に答えた。「死んだわ、去年のことだけど。おじさんが出発してからのことよ」

 沈黙したまましばらくその子を見つめ、この少女をこんなにも傷つけた出来事にはどんな原因があるのかと自分に問いかけた。もうエドワードといっしょに遊ばないのだと思ってみると、歳のわりには暗い陰がドロシーの顔にはあった。さらに子どもたちを天真爛漫にみせる、あの気まぐれな無邪気さが、ドロシーからずいぶんと消えてしまっていた。ぱっちりとした瞳にうかんでは消えた苦悶のきざしを見なければ、落ち着いたその声のせいで忘れっぽい子なのだと考えていたのかもしれない。

 「ごめんよ」わたしはくどくど詫びた「つらいことを訊いてしまったね。ごめんよ、ほんとうに。許してほしい。前に約束したとおり、ドライブに出かけようと思って車で来たんだ」

 「まあ。エドワードが聞いたら大喜びね」物思いにふけりながらドロシーは答えた。「あの子は乗り物が好きだったから」ふと彼女は体をびくりとさせ、背後の砂地を凝視した。

 「聞こえたのよ」混乱のあまり彼女の言葉はとぎれた。一瞬だが私にも物音が聞こえたのだが、それは風でもなければ、遠くにいる子どもたちでもなく、穏やかな波が砂浜にざーっとおしよせる音でもなかった。亡くなった子どもとつながる黄金色をしたあの夏、エドワードは得意げな様子で、砂をけったり掘ったりしては、誰にも真似ができない芸術的な表現で、騒々しい自動車を表現するのを日課としていた。だが、もう遊ぶことはない。それにここには、砂と熱い空とドロシーだけしか存在しなかった。

 「君といっしょにドライブさせてくれないか」私はいった。「あのおじさんが運転してくれるから、ドライブしながらおしゃべりができるよ」

 ドロシーは重々しくうなずくと、砂まみれの靴下をはきはじめた。

 「苦しまなかったのよ」唐突にいった。

 その声の抑えた調子に、私は一撃をうけたかのように痛みを感じた。

 「頼むから、もう言うんじゃない。頼むから」私は大声でさえぎった。「忘れるしかないんだよ」

 「私、忘れていたわ。ほんとうに」彼女は答えると、冷静に指を動かして靴ひも結んだ。「10ヶ月前のことだから」

 私たちは車を待たせてある遊歩道へと歩いた。ドロシーはクッションのあいだに座り、満足して小さな吐息をもらしたが、その人間らしいそぶりのおかげで、私はある種の安堵を感じた。彼女が笑ったり泣いたりしてくれたら。彼女のかたわらに腰をおろしたが、運転手はドアをあけたままで、その傍らで待っていた。

「どうしたんだ」私はたずねた。

「申し訳ありませんでした」運転手は混乱した様子で、あたりを見渡しながら答えた。「小さな紳士がごいっしょしているのが見えたものですから」

 運転手は音をたててドアをしめ、それからすぐに町を走りぬけていた。ドロシーが傷ついた表情を目にうかべ、私の横顔を見つめているのに気がついていた。だが見ないふりをしているうちに、白い道の片側に緑の野原が広がりはじめた。

 「やがて会える日がくるから」私はいった。「だいじょうぶだよ」

 「忘れていたわ」彼女は繰り返した。「とても素敵な車ね」

 この車のことで不平を言ったりしたことは今までなかった。だが、このときばかりは、死んだ男の子の真似なんて痛ましいことはやめてくれ、もう遊ぶことのない男の子なんだからと車に願っていた。袖に伝わるドロシーのうごきで、彼女もその音を聞いたのだと知った。それから数マイル、緑、茶色、黄金色の景色が飛びさっていくあいだ、この世界で自分に何ができるのだろう、子どもに忘れさせることすらできないのだからと、思わないではいられなかった。たぶん他に慰め方があるのだろうと私は考えた。

 「どんな具合だったか教えてごらん」私はいった。

 ドロシーは不可解な目で私をみつめ、感情のない声で話した

 「風邪をひいたら、たいそう具合が悪くなって寝込んだの。会いにいったけど、血の気がひいて弱っていた。「エドワード、具合はどうなの」と声をかけたら、あの子はこう答えた。「朝はやくおきて、クワガタをつかまえるんだ」それが最後だったわ」

 「かわいそうに」私は声をひそめた。

 「お葬式に行ったけど」ドロシーは淡々とつづけた。「どしゃぶりの雨のなか、穴に小さな花束をなげたの。花束がたくさんあった。でも私は思ったわ。エドワードは花よりリンゴが好きなのにって」

 「泣いた?」残酷にも訊いてみた。

 ドロシーは間をおいた。「おぼえてない。泣いたんだと思う。だいぶ前のことだから、忘れてしまったみたい」

 ドロシーが話しているあいだも、エドワードが砂浜で息をきらしているのが聞こえてきた。リンゴがとても好きだったというエドワード。

 「この話に、もう耐えられない」私はいった。「車からおりて、気分転換に森を歩こう」

 ドロシーは同意したが、その深い洞察力に私は怖れををなした。車ががたんと停まった場所は、たとえ標識があっても、どこからが森なのかはっきりと示すことはできないだろうが、道ばたの草がなくなっていた。うさぎがつくった薄暗い道のひとつをたどると、下草をかきわけ、木々のあいまにたちこめる黄昏の、穏やかな薄暗がりへと進んでいった。

 「今年はあまり日焼けしていないね」歩きながら私はいった。

 「なぜだかわからないわ。毎日ずっと浜辺にいるのに。ときどき遊ぶこともあるの」

 どんな遊びをするのかとも訊かなかったし、遊び友達は誰なのとも訊かなかった。だが、この静かな森にいても、エドワードが私たちのあいだに割り込んでくるのを感じた。エドワードが子供らしいやり方で、私のことを好いてくれたいたのは真実である。だから生命ある唇が浜辺を歌でみたし、小さな褐色の体が波のあいまを踊っていたあの日々に、ドロシーをあざわざエドワードから引き離して、連れ出したりするようなことをするべきではなかった。エドワードに不誠実だったように思えた。

 ほどなくして空き地にでたが、そこでは忘れ去られた年月の落ち葉が茶色くつもり、私たちの足もとで褐色に朽ちていた。

 「戻ろう。どう思う、ドロシー」私はいった。

 「思うんだけど」ドロシーは時間をかけていったーー「思うんだけど、ここはカブト虫をつかまえるのに、とてもいい場所よ」

 森には、秘密の物音がみちている。そのせいだとは思うのだが、小さな急ぎ足の足音が聞こえ、その足音はシダの茂みをかさかさ音をたてて、勝利のダンスを踊っていた。

 「エドワードなのね、エドワード」ドロシーは大声で呼びかけた。「エドワード!」

 だが、死者はもはや遊ばないものなのかもしれない。しばらくすると私のもとへ戻ってきたが、子供時代の宝とも言うべき涙が顔をつたっていた。

 「エドワードの声が聞こえるのに、私には聞こえるのに」ドロシーはすすり泣いた。「でもエドワードがみえない。どうしても、どうしても見えない」

 私はドロシーを車へ連れ帰った。しかし、その涙には、それまでにはななかった平安が約束されているかのようだった。

 もうエドワードは、素晴らしい少年ではなかった。嫉妬深く、うぬぼれやで、しかも欲張りだったのかもしれない。小さな墓穴に横たえられて、ドロシーが思い出に花束をささげたとき、こうした愛情を姉がいだくように働きかけたのだ。そう、耳に聞こえてくるのは、枝にとまっている鳥のさえずりと香りただよう羊歯をゆらしていく風の音だけ。そしてもう一夏がすぎたけれど、死者も、死者への愛も、墓場からよみがえることはない。(さりはま訳)

さりはまより・・・リチャード・ミドルトンはイギリスの作家。代表作は幽霊船。保険会社に勤めていたが、文筆業に専念するために退職。評価されずに1911年29歳の若さで失意のうちに世を去る。それから1週間後、作品が採用されるという通知が届く。平井呈一は「もちろんミドルトンは二流(マイナー)作家である。私は二流作家を愛する」と述べている。この作品は、私が参加している翻訳学習会の課題です。月に一度、翻訳家の宮脇孝雄先生のもとで都内の公民館をつかって勉強しています。関心のある方は、sarihama★hotmail.co.jpまでお問い合わせください。★は@にかえてください。

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