再検討 サキ「耐えがたきバシントン」一部一章第二回

フランチェスカは、運命の神が最上のものをあたえてくれたのに、それを実際に使いこなさない人々の一人だった。それでも裁量が自由になる強みのおかげで、女性の幸せとしては平均以上のものを享受していると思われていた。女の人生で、怒りや失望、落胆の原因になるものの大半が人生から取り除かれ、その結果、幸せなグリーチ嬢だと思われ、後には、運のいいフランチェスカ・バシントンだと思われた。また魂のロックガーデンを作り上げるような変わり者ではなかったので、石のような悲しみを引きずり込むこともなく、望んでもない揉め事を起こしては自分がもめ事の渦中にいるような事態になることもなかった。フランチェスカが愛していたのは、平坦な道と心地よい場所のある人生だった。人生の明るい面から物事を見ることを好んでいるだけでなく、その明るい面に住むことを好み、そこに留まることを好んだ。物事が一度か二度うまくいかなくなり、若い頃に幻想を幾分奪われるという経験をしたせいで、彼女は自分に残された資産にしがみついたが、今、彼女の人生も波乱のないものになったかのように思えた。人を見る目のない友人たちにすれば、彼女はやや自己中心的な女性のように見えた。しかし、その自己中心的なところとは人生の浮き沈みを経験したひとのものであり、かつて委ねられていたものをとことん楽しもうとするひとの心情であった。富の浮き沈みのせいで彼女が意地悪になることはなかったけれど、そのせいで心は狭まり、彼女が共感するものの大半とは、すぐに喜んだり、楽しんだりすることができるものとなり、かつての楽しくもあり、成功もしていた出来事を思い出しては永遠に反芻するのだった。そして中でもとりわけ彼女の居間こそが、過去のものにしても、現在のものにしても、思い出の品や記念品をおさめている場所なのであった。

心地よく古風な角部屋にはいると、部屋を区切る柱や奥まったアルコーブが目に入って、さながら港にはいるときのように風景が流れていき、貴重な個人の持ち物や戦利品が視界にはいってくるが、それらの品は、乱気流もあれば嵐もありで、あまり平穏ではなかった結婚生活を生き抜いてきた品であった。どこに目を向けても、彼女の成功や財政状況、運のよさ、やりくり上手で趣味もよいことがあらわれていた。戦争のときには少なからず逆境におかれることもあったが、彼女はなんとか自分の持ち物を守る手段をとった。今、自己満足にみちた凝視を物から物へとむけているが、それらの品は勝利の略奪品であり、名誉ある敗北をして沈んだ船から引き上げられた品だったりした。マントルピースの上に飾られた、甘美なブロンズ製のフルミエの像は、昔の競馬の賞金が転じたものであった。重要な価値のあるドレスデンの彫刻の一群は、思慮深い崇拝者から彼女に遺贈されたもので、その崇拝者は他にも親切にはしてくれたけれど、死ぬことで更に親切を重ねてくれたわけだ。他の一群は、彼女が自ら賭けでもらった品で、その品を獲得したのは田舎の邸宅で九日間にわたってひらかれたブリッジでのことであり、その思い出は祝福にみちた、忘れがたいものであった。ペルシャとブハラの古い敷物に、鮮やかな色彩のウースターの茶器セットもあれば、さらに本来の価値にくわえて、歴史と思い出がひめられた、年代物の銀製品もあった。いにしえの職人や匠が、遠く離れた場所で、はるか昔に鋳造したり、精をだしたり、織りあげたりして、つくりあげた美しく素晴らしいものが、経緯をへて自分の所有になったことを考えて彼女は楽しんだ。中世イタリアの都市や近代パリの工房の職人の作品もあれば、バグダッドや中央アジアの市場で売られていたものもあり、また、かつて英国の工房やドイツの工場でつくられたものもあった。奥まった奇妙な角部屋にはあらゆるものがあり、工芸品の秘密が油断することなく守られ、そこには名もなく記憶には残らない職人の作品もあれば、世界的に有名な職人の手による不朽の作品もあった。

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