作者 夢野久作
初出『新青年』1928(昭和3)年10月号
「ユメノユモレスク」所収 書肆侃侃房
本書の解説を書かれている沢田氏が「旧字体には徹底的にこだわった」と話されていたことが記憶に強く残っている。
本書をあけるとこの行間の広さは旧字体をいかすためのものなのだろうか?文庫本サイズだと私の目にはつぶれて見える旧字体だが、この空白だと美しく浮かび上がってくるように見える。
そして「死後の戀」を読んで、作品中でも繰り返されるこのタイトルにこめられたメッセージを伝えるには、やはり「恋」ではなく、旧字体の「戀」でなければいけないのだと納得した。
男性兵士に扮したリヤトニコフの一途な思いが糸となって、兵士コルニコフを自分の方にたぐりよせていく。リヤトニコフは高貴な両親から託された宝石類を見せることで、コルニコフの心に宝石への欲望を芽生えさせる。
移動中、彼らの軍隊は襲撃される。コルニコフは偶然助かり、なぜかリヤトニコフも含め他の者たちが襲われ倒れているだろう不気味な森にたぐりよせられていく。これが「死後の戀」の力なのだと思う。
森でコルニコフが目にしたのは、かつての仲間たちが惨殺され、木に打ちつけられた屍となっている姿である。
リヤトニコフの死体に気がつく場面は、最初から何とも哀しい一文で始まる。
すると、そのうちに、かうして藻掻(もが)いてゐる私のすぐ背後で、誰だかわかりませんが微かに、溜め息をしたような氣はひが感ぜられました。
そして振りかえると、そこにはリヤトニコフの死体が…。この死体に気がつく場面は惨殺死体の描写がでてくるのに、不思議と気持ち悪さはない。
リヤトニコフは大切にしていた宝石を銃弾がわりに撃たれているが、考えてみれば高価な宝石が盗まれていないのは不思議である。それはコルニコフを慕う気持ちが働き、彼の惹かれている宝石を残そうと念じたせいにも思える。その可憐な慕情が読み手に伝わり、この凄惨な場面がなぜか美しく思えるのではないだろうか?
さうして自分の死ぬる間際に殘した一念をもつて、私をあの森まで招き寄せたのです。此寶石を靈媒として、私の魂と結び付きた度いために…。
この残された一念を描いた物語だから、やはり「糸」が並ぶ旧字体の「戀」は大事なのだなあと思う。
旧字体と共に「…」の多様も嬉しい書き方である。私自身、あまりはっきり言いたくなかったり、はっきり言うのがしんどかったりするときに「…」を多用するので、なんとなく夢野久作と同じような気分になってしまった。久作先生は意味に様々な含みをもたせるために積極的に「…」を使っているのかもしれないが…。
読了日 2018年3月25日