さりはま書房徒然日誌2023年7月24日(月)旧暦6月7日

移りゆく身近な言葉ー海水浴ー

当たり前のようになじんでいる言葉も、少し時代が違うだけで言葉が喚起するイメージは違ってくる。

たとえば海水浴とか海の家もそうだろう。

わたしが時々出かける伊東市宇佐美の海岸も、20年くらい前までは海岸沿いに海の家が四、五軒たち、地元の民宿は一年分の稼ぎを一夏で稼いだという。

それが年を追うごとに海水浴客が減り、海の家も一軒ずつ減ってゆき、今では海の家は一軒もない。時折サーファーの姿が波間に見えるだけの静かな夏の浜が広がっている。

さて海水浴という言葉は、もともと英語からきた言葉らしい。

世界百科事典はその言葉の起源についてこう説明している。

18世紀の中ごろ,イギリスの医師R.ラッセルが,海浜の空気を呼吸し,海水に浸り,海水を飲むことの医療的効果を唱え,ブライトンの海岸に患者を集めて実行したのが近代の海水浴sea bathingの始まりとされる。

日本での海水浴の起源について、世界百科事典にはこうある。

日本で海水浴という用語(おそらく英語からの訳)を初めて用いたのは軍医総監松本順(良順)だが,1881年愛知県立病院長後藤新平が医療的効果を説いて,愛知県千鳥ヶ浜(もとの尾張大野)に日本最初の海水浴場を開き,85年には松本順らが神奈川県大磯の照ヶ崎海岸に海水浴場を開いた。

海水浴という言葉はどうやら歴史の浅い言葉のようで、同じ意味の「潮浴しおあみ」にしても、「潮湯治しおとう」にしても例文はとても少ない。

上記引用の説明のように海水浴場が開かれたあと、神戸の新聞に海水浴という言葉が使われ、やがて鉄道唱歌で「海水浴」と歌われるようになって、1907年には泉鏡花「婦系図」にも記されている。あっという間に海水浴が普及してゆく様が感じられる。(引用は日本国語大辞典「海水浴」の項目の例文)

*神戸又新日報‐明治二〇年〔1887〕八月二四日「一の谷の海水浴に付いては、前号の紙上に記する所ありしが」

*唱歌・鉄道唱歌〔1900〕〈大和田建樹〉東海道「海水浴(カイスヰヨク)に名を得たる 大磯見えて波すずし」

*婦系図〔1907〕〈泉鏡花〉前・五九「暑中休暇には海水浴に入(いら)しって下さい」

どちらかといえば健康療法的に始まった海水浴が、経済の成長と共にみるみるうちに国民的レジャーとなって、国の衰退と共にいままた静けさを取り戻しつつある……。

あと10年後、20年後、海水浴という言葉はどんなイメージの言葉になっているのだろうか?

母なる海に由来する言葉でありながら、人間の都合でイメージが変わってゆくことに戸惑いもある。一方で思いもよらない海水浴のイメージがこれから現れるのかも……という期待もある。さてどうなってゆくやら?

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