さりはま書房徒然日誌2023年11月13日(月)

丸山健二「トリカブトの花が咲く頃」下巻を少し読む

ー今の時代を予見するような言葉ー

「トリカブトの花が咲く頃」が刊行されたのは2014年。
東日本大震災から3年、まだまだ辛い状況にある人々もいるけれど、2023年の今日のように円が弱くなって、まさに引用文にあるように「資本主義経済にいきなり強烈な肩すかしを食わされ」という状況になっていると予見した者がどれだけいるだろうか。

丸山先生が厳しい言葉で語る過去から現在の歴史は、なかなかそうはっきり書いてくれる作家は少ないように思うけど、まさにそのとおりだと思う。
そうであるなら、文の最後の方に書かれている未来もそうなるのだろうか……。
でも、こうして真実をはっきりと語る作家が多くなれば、忌まわしい未来は避けられるのかもしれないが、さて、どうだろうか。

以下引用部分は、高原・巡りが原が裸になって洗濯をしている娘を眺めているうちに、この国の過去から現在を語る言葉。


このあと、この娘に淫らな心を抱いて落ちぶれた僧侶の青年がやってくるが、娘の反撃に遭い、いったん諦める。

むろん
 天運に精選された偉大な傑物が颯爽と登場したところで
  今すぐにどうにかなるはずもなく

なぜとならば
 およそ精細を欠いた国民に巣くう事大主義という名の病根はあまりにも深く

しかし
 実際には子ども騙しの値打ちもない
  噴飯ものの現人神を大真面目に担ぎあげた皇国のプロパガンダによって均一化されていた
 異様に熱い思念が急激に冷めてゆき

全体主義の恐るべき威力によって恐ろしいまでに平準化されていた個人が
 てんでんばらばらの性格へと立ち返る


そして
 無知から知への道をたどり始め

常に新兵器の開発競争に勝利しながら
 世界制覇を念頭に置いて密議に明け暮れる超大国の将来を見据えた打算によって
 辛うじて処刑を免れた天皇といっしょに押しつけられた民主主義と自由の方向へと頭を切り替える


とはいうものの
 ろくすっぽ考えもしないで新たなる国家体制をよしとし
  身の皮を剝ぐ暮らしを送りつつも
   未来につながる努力と確信して
    ただもうひたすらに過酷な労働に献身し

ために
 あとはもう
  猛烈に欲するいびつな本能と冷徹なる利便性に支えられた経済が暴力的なまでの活況を呈し
 金力をバネにして暗過ぎる過去からの遁走を図るしかないのだ

 やがて
  あくまで見せかけの信用本意社会における
   なりふりかまわぬ利潤追求の市場が殷賑をきわめ

    民生の向上が限界にたっした
     将来のある日

 ありとあらゆる物質を支配できるはずの資本主義経済にいきなり強烈な肩すかしを食わされ

 才覚次第でたんまり儲けることができる幸福は後日のために控えているという期待感が
 結局は幻想や妄想のたぐいでしかなかったことを思い知らされ

 その果てに
  膨張しすぎた繁栄が狂喜乱舞のうちに虚ろな音を立てて破裂するという蹉跌をきたし
 成り上がり者の立場から一挙に転落した人々にありがちないじけた劣等意識が蔓延し

それの強烈な反動として
 平板な自尊心をくすぐってくれることで人口に膾炙された愛国主義の雛型に情緒的意義をおぼえるようになり

神道と天皇制のあわいに生まれた
 哲学的奇想よりもはるかにお粗末な虚構をまる呑みし

すると
 異様なまでの国民的結束にしか救いと未来が感じられなくなり
  隣国にたいしての謂われなき侮蔑が正義の皮をかぶった憤慨へと移行し

そうした怒りは殺してやりたいほどの憎悪へと変わり
 双方ともに相手の立場に身を置いての発想が不可能になり

ほどなくして
 犠牲者の数が十倍以上にものぼるであろうつぎの戦争へとかり立てられ
  またしても国土の大半が血なまぐさい乱闘の場と化す羽目におちいるのだろうか

(丸山健二「トリカブトの花が咲く頃」下巻44〜46頁)

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