チェスタトン「マンアライヴ」二部二章第268回

あけ放った戸口を背に立っているのは、物静かな雰囲気の、やや上背のある若い婦人で、はっきりとした、でも説明しがたい芸術的な雰囲気を漂わせていた。そのドレスは春の色、髪は秋の木の葉で、顔はいくぶん若いけれど、知性と同様に経験もある様子が伝わってきた。彼女はただ一言「入ってくる音に気がつかなかったわ」と言っただけであった。

「別の方法で入ったんだ」この侵入者はいくぶん曖昧に答えた。

「鍵を家に忘れたものだから」

私は礼儀正しく、でも興奮もまじった状態で立ち上がった。

「申し訳ありません」私は叫んだ。「私の立場が変則的なものであることは分かっていますが。こちらの家は、どなたの家なのか教えてもらえますか?」

「私の家だ」押入り強盗は答えた。「私の妻を紹介しよう」

 

“Framed in the open doorway stood, with an air of great serenity, a rather tall young woman, definitely though indefinably artistic— her dress the colour of spring and her hair of autumn leaves, with a face which, though still comparatively young, conveyed experience as well as intelligence. All she said was, `I didn’t hear you come in.’

“`I came in another way,’ said the Permeator, somewhat vaguely.
`I’d left my latchkey at home.’

“I got to my feet in a mixture of politeness and mania.
`I’m really very sorry,’ I cried. `I know my position is irregular.
Would you be so obliging as to tell me whose house this is?’

“`Mine,’ said the burglar, `May I present you to my wife?’

 

カテゴリー: チェスタトンの部屋, マンアライヴ | コメントする

チェスタトン「マンアライヴ」二部二章第267回

「いつも彼を見つけようとしているんだ。不意をついてだけど。彼を見つけようと天窓をくぐりぬけ、跳ね上げ戸をもちあげて来た。だが見るたびに、彼は僕と同じことをしているんだ」

 そのとき私は恐怖のあまり飛び上がった。「だれかが来たぞ」私は叫んだ。しかもその叫びは、金切り声にちかいものだった。足音は階下の階段からではない。寝室にはじまり廊下にそって進んできている。どういうわけか、廊下から聞こえる足音のほうが、警告を発しているように思えた。足音は近づいてきた。如何なる神秘か、あるいは怪物か、それともその両方なのか、扉が押し開けられたとき、何を見ると思っていたのかは思い出すことができない。そのときに目にしたものが、まったく思いもよらないものであったことだけは確かである。

 

“`I am always trying to find him—to catch him unawares. I come in through skylights and trapdoors to find him; but whenever I find him—he is doing what I am doing.’

“I sprang to my feet with a thrill of fear. `There is some one coming,’ I cried, and my cry had something of a shriek in it. Not from the stairs below, but along the passage from the inner bedchamber (which seemed somehow to make it more alarming), footsteps were coming nearer. I am quite unable to say what mystery, or monster, or double, I expected to see when the door was pushed open from within. I am only quite certain that I did not expect to see what I did see.

カテゴリー: チェスタトンの部屋, マンアライヴ | コメントする

2017.12 隙間読書 H.R.ウェイクフィールド『ダンカスターの17番ホール』

『ダンカスターの17番ホール』

作者: H.R.ウェイクフィールド

再読になるが、やはりあまり好きになれない。ウェイクフィールドの強みとでも言うべき視覚に訴えてくる怖さ、嗅覚に訴えてくる怖さ、この生理的嫌悪感をかきたてる怖さが苦手なんだ…と再認識しつつ読んだ。

ノーフォークの海辺の砂丘地帯近くのゴルフクラブ、ダンカスター・ゴルフクラブは新し森を切り開いて17番ホールをつくった。すると不思議な人影が見えたり、ボールがとんでもない方向に飛んでいったりと不審な出来事が続き、ついには死者も数名。

死者は妙にねじれた格好で死んでいたり、あたりに臭気が立ち込めていたり…このあたりの描写が嫌いである。具体的に不気味さを描くと、かえって白々しい気持ちになってしまう…私の場合。

ただゴルフクラブに不思議な一角がある…という設定はいかにも英国らしい。ゴルフの描写も英国らしい…ただ私はまったくゴルフが分からない。…というわけであまり好きにはなれないけど、ウェイクフィールドを読めば正統的英国幽霊に会えそう…な予感がする。

読了日:2017年12月19日

 

カテゴリー: 2017年, 読書日記 | コメントする

2017.12 隙間読書 佐藤春夫「女人焚死」

「女人焚死」

作者:佐藤春夫

初出:1951年(昭和26年)改造

信濃の山中で見つかった農婦の焼死体。佐藤と思われる作家がその事件について、関係人物の心境やら農婦の気持ちをあれこれ推測する。

そんなふうに、そこまで人の心を考えるのか…という驚きも心地よい、エログロが流行りだした世を語る口調も楽しい、信濃の自然描写も佐藤ならではの語り口である。ただし結末には驚きはない…それでもいい作品だなあと思う。

猟奇的といふ文字は、自分が curiosity hunting の訳語として造語した

この一文にもびっくりした。「猟奇的」という言葉が佐藤春夫発だったとは…。

最初、そういふ用法を予期しなかっただけに、それを見ると必ず腹立たしくなるのを禁じ得ない。

ただし佐藤春夫はcuriosity hunting 「好奇心を満たす狩猟?」という英語の訳語として考えたようで、今の「猟奇的」という意味で考えたわけではない。…ということもわかって楽しい作品だった。

読了日:2017年12月18日

カテゴリー: 未分類 | コメントする

チェスタトン「マンアライヴ」二部二章第266回

霧でできた死者の顔が三つのすべての窓から覗き込み、謎めいた感覚が不可解なことに増していき、恐怖も、この高くて狭い、私たちが空から入った家のなかで増していく。私はもう一度、大きな体をした天才について考えた。心にうかんできたのは巨大なエジプトの顔で、死者の赤や黄色がほどこされた顔が、それぞれの窓から覗き込んで、マリオネットの明かりが灯された舞台と同じくらいに明るい部屋を見ていた。私の相棒は、目の前の銃をいじり続け、相変わらず不快なほどの打ち解けた様子で話していた。

 

“The dead face of the fog looking in at all three windows unreasonable increased a sense of riddle, and even terror, about this tall, narrow house we had entered out of the sky. I had once more the notion about the gigantic genii— I fancied that enormous Egyptian faces, of the dead reds and yellows of Egypt, were staring in at each window of our little lamp-lit room as at a lighted stage of marionettes. My companion went on playing with the pistol in front of him, and talking with the same rather creepy confidentialness.

カテゴリー: チェスタトンの部屋, マンアライヴ | コメントする

2017.12 隙間読書 泉鏡花「歌行灯」

「歌行灯」

作者:泉鏡花

初出:1910(明治43)年

(銀雪書房より白水銀雪さんが出されている「歌行灯」現代語訳も参考にしました。)

難しかった…言葉も、話の構造も。でも難しいから成り立つ世界…とも思う。

接点がないように思える登場人物たちが、実は入れ子構造で密かにつながっている。文のつながりを追いかけるのもやっとなのに、この入れ子構造についていくのはきつい。


弥次喜多道中のような老人二人連れが登場。唸平は辺見秀之進といい小鼓の名人。弥次郎兵衛は恩地源三郎という能の名役者。この二人の掛け合いで賑やかに話は始まる。

弥次喜多の老人たちの宿近くのうどん屋。そこに三味線を引く門付け(流しの男が登場)。この男は、鏡花の大好きな褒め言葉「清しい(すずしい)」を連発されるほどのいい男。

弥次喜多道中の座敷に若い芸者お三重が呼ばれ、何も芸は出来ないけれど舞ならば…と能の舞を披露。その舞を見て弥次喜多道中の老人たちは驚く。かつて自分たちが破門した恩地喜多八の舞だったからだ。

恩地喜多八は、かつて按摩の能楽師宗山と能を競い、破れた宗山は自殺。喜多八は破門。宗山の娘は生活苦のうちに辛酸をなめ、ようやく芸者に。そこでも何も芸がないといじめられ泣いていると、流しの芸人が山奥に連れていき能の舞を教えてくれた。その娘がお三重であり、流しの芸人は恩地喜多八であった。弥次喜多の宿の近くにいる流しこそが、恩地喜多八なのである。

老人たちの前で竜宮の舞を舞い始めた三重。その舞に老人たちの謡が重なる。恩地も、もう寿命は長くないからと宿近くで血を吐きながら竜宮の謡をうたう。


お化け好きの鏡花らしく、カワウソが化かす可愛らしい話も挿入されている。

時々崖裏の石垣から、獺(カワウソ)が這込んで、板廊下や厠に点いた燈を消して、悪戯をするげに言います。が、別に可恐い化方はしませぬで。こんな月の良い晩には、庭で鉢叩きをして見せる。……時雨れた夜さりは、天保銭一つ使賃で、豆腐を買いに行くと言う。


「やわな謡はちぎれて飛ぶ」なんて、能が観たくなった。

ばらばらだった登場人物が、竜宮の舞でひとつになる終わり方も一気にクライマックスに達する感じがあっていい。

「は、いかにも師匠が魔でなくては、その立方は習われぬわ。むむ、で、何かの、伊勢にも謡うたうものの、五人七人はあろうと思うが、その連中には見せなんだか。」

「ええ、物好に試すって、呼んだ方もありましたが、地をお謡いなさる方が何じゃやら、ちっとも、ものにならぬと言って、すぐにお留めなさいましたの。」

「ははあ、いや、その足拍子を入れられては、やわな謡は断(ちぎ)れて飛ぶじゃよ。ははははは、唸る連中粉灰(こっぱい)じゃて。」


ここまで読んだら、最後はもう力つきて、この文をスルーしてしまっていた。白水さんの現代語訳で、自殺した宗山も竜宮の舞の場面にいた…ことに気がつく。

「背を貸せ、宗山。」と言うとともに、恩地喜多八は疲れた状して、先刻からその裾に、大きく何やら踞まった、形のない、ものの影を、腰掛くるよう、取って引敷くがごとくにした。

なんと、ものの影は宗山だったのか!と、ようやく気がついた次第。

歌行灯は、私には分からないが、おそらく能の形式も取り入れて書かれているのではなかろうか?

鏡花や夢野久作…能を好んだ作家の作品を理解するには、やはり能を知らないと…とまた脱線。

読了日:2017年12月16日

カテゴリー: 2017年, 読書日記 | コメントする

チェスタトン「マンアライヴ」二部二章第265回

彼は食器棚からワイングラスをふたつ取り出すと、両方の杯をみたし、そのうちのひとつをもちあげ、乾杯のあいさつをしながら唇のほうに運んだ。

「そんなことをするな」私はさけんだ。「貴腐ワインとか、そうした類のワインの最後の瓶かもしれない。この家の主は、そのワインをとても誇りに思っているのかもしれないんだ。そうした愚かさのなかには、怖ろしいものがあることが分からないのか?」

「これが最後の瓶だと言うわけではない」犯罪者は冷静に答えた。「貯蔵庫には、もっとたくさんある」

「おや、君はこの家のことを知っているのだね?」私は言った。

「知りすぎているくらいによく知っている」彼は答えたが、それは悲しそうな、奇妙なもので、どこか不気味なところがあるくらいだった。「知っていることはいつも忘れようとーそして知らないことを見つけようとしているんだ」彼は杯を一気にあけた。「それに」彼は言い添えた。「彼のためにもいい」

「何が彼のためにいいのか?」

「こうして飲んでいるワインだよ」その奇妙な男は答えた。

「では、彼もたくさん飲むのかい?」私は訊ねた。

「いや」彼は答えた。「私が飲まなければ、彼も飲まない」

「君が言いたいのは」私は言った。「この家の持ち主は、君がすることをすべて承知しているということなんだね?」

「神は妨げられた」彼は答えた。「それでも彼は、同じことをしないといけない」

 

“He set out two wineglasses from the cupboard, filled them both, and lifted one of them with a salutation towards his lips.

“`Don’t do it!’ I cried. `It might be the last bottle of some rotten vintage or other. The master of this house may be quite proud of it. Don’t you see there’s something sacred in the silliness of such things?’

“`It’s not the last bottle,’ answered my criminal calmly; `there’s plenty more in the cellar.’

“`You know the house, then?’ I said.

“`Too well,’ he answered, with a sadness so strange as to have something eerie about it. `I am always trying to forget what I know— and to find what I don’t know.’ He drained his glass. `Besides,’ he added, `it will do him good.’

“`What will do him good?’

“`The wine I’m drinking,’ said the strange person.

“`Does he drink too much, then?’ I inquired.

“`No,’ he answered, `not unless I do.’

“`Do you mean,’ I demanded, `that the owner of this house approves of all you do?’

“`God forbid,’ he answered; `but he has to do the same.’

 

カテゴリー: チェスタトンの部屋, マンアライヴ | コメントする

チェスタトン「マンアライヴ」二部二章第264回

その泥棒は、ついうっかりしたかのようにポケットから大きなレボルバーを取り出して、食卓のうえに置くとデキャンタ―の横にならべたが、考え深い目を私にむけたままだった。

「君!」私は呼びかけた。「すべての盗みは、おもちゃを盗むことと同じだ。だから、いけないことなんだ。不幸な子供たちの品物に敬意がはらわれるのは、そうした品物に価値がないからだ。ナボトの葡萄園がノアの箱舟のように描かれていることも知っている。予言者ナタンが一番大切にしているものは、木製の毛を刈り取る台のうえにいる羊毛だらけのメーメー子羊だということも知っている。そういうわけだから、子供たちのものを持ち去ることはできなかった。私だってそれほど気にしていなかったんだ。ひとの物を大事な物として考えているあいだは。でも、あえて虚栄の対象に手をおいたりはしない。

しばらくしてから私は唐突につけくわえた。「聖人と賢人だけが盗まれてもいい。丸裸になるまで略奪されてもいい。だが、哀れな俗人から、哀れにもささやかな誇りである物を盗んではいけない」

 

“The burglar, as if absently, took a large revolver from his pocket and laid it on the table beside the decanter, but still kept his blue reflective eyes fixed on my face.

“`Man!’ I said, `all stealing is toy-stealing. That’s why it’s really wrong. The goods of the unhappy children of men should be really respected because of their worthlessness. I know Naboth’s vineyard is as painted as Noah’s Ark. I know Nathan’s ewe-lamb is really a woolly baa-lamb on a wooden stand. That is why I could not take them away. I did not mind so much, as long as I thought of men’s things as their valuables; but I dare not put a hand upon their vanities.’

“After a moment I added abruptly, `Only saints and sages ought to be robbed. They may be stripped and pillaged; but not the poor little worldly people of the things that are their poor little pride.’

カテゴリー: チェスタトンの部屋, マンアライヴ | コメントする

2017.12 隙間読書 エイクマン『奥の部屋』

『奥の部屋』

作者:エイクマン

初出:1968年、Sub Rosa

ちくま文庫

幼い頃、不思議な玩具店で私は人形の家を買ってもらったが、それは悪夢の始まりだった。やがて人形の家を手放すことになるが、数十年してからさ迷いこんだ森の中で、あの人形の家と同じ家を見つける。家の中には、人形と同じ人々がいた。

エイクマンは言葉を費やして人形の家についても、森の中の家についても細かく描写している。だが家の様子が浮かんでこない。私の背景知識がないのか、それとも細かく描写しながら全体が浮かんでこないという不気味さを意図したのだろうか…なんとも分からない。

私が人形に感じる妖しい美しさ…が漂ってこない。もしかしたら人形に対する感性は、日本と外国では違うのだろうか?そのようなことを不気味な『奥の部屋』を読みながら、文楽大好きな私は考えた。

読了日:2017.12.11

カテゴリー: 2017年, 読書日記 | コメントする

チェスタトン「マンアライヴ」二部二章第263回

どういうわけか分からないが、この素晴らしく贅沢な小品を片手にして戻ってくる泥棒の姿を見ると、もう一度予想外の驚きにうたれ、以前から感じていた反感が頭をもたげてきた。

「そんなことをするな!」矛盾することながら、私はさけんでいた。「サンタクロースならー」

「おや」その泥棒は言うと、食卓のうえにデキャンターを置き、私をながめた。「君もそう考えたんだね」

「考えたことの百万分の一も説明できない」私は声をはりあげた。「でも、こういうことなんだ…ああ、分からないかなあ? なぜ子供たちはサンタクロースを怖がらないのだと思う?夜、泥棒のようにやってくるのに。サンタクロースには人目を避けることも許されているし、不法侵入をすることも、背信行為をしても大丈夫だ。それはサンタクロースが行ったところは玩具がふえているからだ。もし玩具がなくなれば、どう思われるだろう? 地獄からの煙突をおりて、ゴブリンがやってきて、子供たちが寝ているあいだに子供たちのボールや人形を持ち去ってしまえば、どう思われる? ギリシャ悲劇は、夜明けよりも残酷なものになるだろうか? 犬盗人や馬盗人、奴隷商人は、おもちゃ泥棒と同じくらいに卑しいものだと思わないのか?」

 

Somehow the sight of the thief returning with this ridiculous little luxury in his hand woke within me once more all the revelation and revulsion I had felt above.

“`Don’t do it!’ I cried quite incoherently, `Santa Claus—’

“`Ah,’ said the burglar, as he put the decanter on the table and stood looking at me, `you’ve thought about that, too.’

“`I can’t express a millionth part of what I’ve thought of,’ I cried, `but it’s something like this… oh, can’t you see it? Why are children not afraid of Santa Claus, though he comes like a thief in the night? He is permitted secrecy, trespass, almost treachery—because there are more toys where he has been. What should we feel if there were less? Down what chimney from hell would come the goblin that should take away the children’s balls and dolls while they slept? Could a Greek tragedy be more gray and cruel than that daybreak and awakening? Dog-stealer, horse-stealer, man-stealer—can you think of anything so base as a toy-stealer?’

 

カテゴリー: チェスタトンの部屋, マンアライヴ | コメントする