クルーグマンのブログ「強欲は善か」NYT

2012年 5月23日

Was Greed Good? – NYTimes.com.

ディベートが絶妙な方向に転じ、ロムニーのベインキャピタル社での経歴に関する討論になったときに気がついたことがある。それは右傾化した連中も、それから社会事情に疎い多くの連中も、映画「ウォール街」の投資家ゴードン・ゲッコーが基本的に正しいと信じているということだ。ゲッコーみたいな輩が成功する以前、右翼たちの主張では、アメリカのビジネスは活気に欠け、生産性にも欠け、競争力にも欠けていたと言う。そして企業買収のLBO(レバレッジバイアウト)の嵐が吹き始め、ついには経済社会のエネルギーが爆発してしまったのだと言う。

私が言ったように、右翼の連中には皆、こうしたことが起きたと思いこんでいる。でも、言うまでもなく、この話にはちっとも真実が含まれていない。

アメリカにおけるビジネス(あるいは政治)のルールが変わり始めた1980年あたりから、世論の趨勢がどう変わってきたのか見てみよう。趨勢を導関数の値にして成長率を示すように、ログスケールを用いている。大きな加速的上昇があるだろうか?私にはそうは見えない。ベインキャピタルのようなタイプの投資家が誕生してから、生産物の成長率はスピードが落ちてきている。

(英文記事の表をご覧ください・・・訳者注記)

では、競争性についてはどうなのか。大きな貿易赤字を累積していくかわりに、世界市場で競争力をつけて売り始めたのだろうか。もちろん、それも違う。

(英文記事の表をご覧ください・・・訳者注記)

では、何が変わったというのか。それはだ、収入が急激に不平等に分配されるようになったということだ。

(英文記事の表をご覧ください・・・訳者注記)

おそらくこれで説明がつくだろうけど、欲望だらけの力が解き放たれたあとで、偉業がなされたと右翼の連中が思いこんだ(そう、思いこみにすぎないのだが)理由は、収入分配をめぐるこの変化のせいだ。本当のところ偉業というのは、右翼の親分のためのものだったのだ。普通のアメリカ人にとっては、これっぽっちも偉業ではなかったのにね。

( Lady Dada訳・B.Riverチェック)

 

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クルーグマンのブログ「良識ある馬鹿の話」NYT

2012年5月22日Sensible Nonsense – NYTimes.com

ラグラム・ラヤン教授の話しならOK、もう聞いている。「「良識ある」ケインス学派は不況に対する安易な解決策はとらない、なぜなら

政府の出費における全般的増加はかなり鈍る可能性がある。ニューヨーク州で高まってきている要求とは、ネバダ州ラスベガスまで家族で出かけて食事をするように援助することにはならない(つまりラスベガスでのレストランの雇用を増やすことではない)」

こんな論争をしている連中は、実際のデータを一瞬でも見たのだろうか。

ラヤンの文を読んだ読者は、たぶんこう思うだろう。ニューヨークでは完全雇用に近くて、失業問題はもっぱら最悪の住宅バブルをかかえたネバダのような場所のことだろう。11.7パーセントの失業率をかかえたネバダが、この国の雇用問題の先頭に立っているのは事実である。しかしニューヨークの失業率は8.5パーセントにもなる。正確には完全雇用ではないのだ。

ラヤンの主張ではっきりしているのは、この国の懐は高い失業率ではちきれそうだけれど、失業問題は国で活発に考える事柄ではないって言っているってことだ。失業問題に取り組むには、外科手術のように正確な政策が必要だからだ(実際には、これが何もしないでいる口実になるけど)。ここに失業率によって州を分類した、アメリカの人口分布表がある。(英文記事参考)

アメリカの人口の半分が、8パーセント以上の失業率をかかえる州に住んでいる。4分の3が7パーセント以上の失業率の州に住んでいる。10分の1だけが、失業率6パーセント以下の州に住んでいる。

いつまでも懐を高い失業率でふくらませた国でいるわけにはいかない。高い失業率が膨張してきているけれど、この国の懐はそんなに高い失業率をしまっておけるほど深くはない。まさに広い層に支持される政策を打ち出さなくてはならない場面にいるのだ。

再度くり返すが、裏づけるデータもないまま緊縮論を進めていくことに驚きを感じる。そうしたデータを少しでも見れば、この論争の愚かしさが明らかになるだろう。

そう、それは行動を起こさない理由を探しているようなものであり、事実に関心を持たないようなものだから。 (Lady DADA訳・B.Riverチェック)

 

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The Economist 「出エジプト記 第1章」 訳完了

Greece and the euro: Exodus, chapter 1 | The Economist.

危機から2年経過、ギリシャが離脱すれば大混乱となる

2012年5月19日

ユーロからのギリシャ離脱の可能性は、日を追うごとに高まっている。5月6日におこなわれた最初の選挙では結論にいたらず、とりあえず暫定内閣が誕生した。6月中旬に2回目の投票が予定されている。ユーロ離脱の引き金をあきらかにひくことになるのは、ギリシャの緊縮財政計画に反対を示す選挙結果だろう。ギリシャで投票がはじまり銀行の取り付けがはじまれば、事態はさらに加速していくだろう。

銀行の取り付けが始まるのは、現金を引き出そうとして列をつくる人々から始まるのではなく、コンピユータでクリックして金を海外に移転し債権や株式、あるいは資産を買おうとする動きで始まる。ギリシャの銀行は、過去2年間で総積立金の3分の一を失ってしまっている(表1参照)。これは人々が貯金をひきだしたせいでもある。少しずつこぼれていった積立金が、近日中には膨張し始めそうな、心配される兆しがある。

ギリシャ大統領カルロ・パポプリアスは、5月14日、預金者がギリシャ銀行から7憶ユーロ(8.94憶ドル)を引き出したという中央銀行からの警告を発表した。数週間、信頼できる数字は公的なところから公開されないだろう。しかし銀行筋によれば、14日から120憶ユーロが引き出されたそうである。流出は今週になってからも続いているが、以前よりもゆったりとした速度になっている。「ほとんどの兌換貨幣はもうなくなってしまった」ということだ。「今、目にしている炎は、夜のニュースで何を言われているのかも理解できない少額預金者が貯金を引き出そうとしている姿なのだ。」

さらに心配なのは、預金流出の可能性がポルトガルやスペインのように傷つきやすいユーロ圏の国に広まることだ。「銀行取り付けの典型的なパターンは、滴がやがて洪水に変わることだ。」ある銀行筋は言う。「本当に心配なのは、ダムが決壊してしまうことだ。最初はギリシャで始まったものが、あらゆるところに広まっていくことである。今のところ他の国では、家庭では今の銀行に貯金を預けたままである。しかし大企業は、ギリシャ周辺の銀行や国から、金を引き上げはじめている。英国では地域自治体によっては、地方資本の銀行であり地域管理の銀行であるにもかかわらず、サンタンダーズ・ブリティッシュ銀行から預金を動かしているという噂である。

これから4週間にわたって、ギリシャの政局は「リンボ」、すなわち天国と地獄のはざまを経験することになる。当面の仕事とは、投票前に預金が流出する事態を沈静化することである。権威筋が信頼回復のために行うとすれば、欧州金融安定機構がこのために取り分けた新たな元手から、480憶ユーロをギリシャの銀行に注入することだろう。ヨーロッパ中央銀行は、資本構成が改められなかったことを理由に、今週、金融政策のいくつかについてギリシャの銀行との共同管理を中止した。だが、豊かな流動的資産を手のひらで自由に操る様子を見たら、預金者はもっと安心するだろう。たしかに、これはギャンブルである。もし望まれるなら、現金があるということを預金者に見せたほうがいい。そうすれば資金の流れは止まらないで、どんどん流れていくようになるだろう。

もしヨーロッパとギリシャが次の選挙まで何もしないで見物をきめこむならば、ギリシャ人がユーロ離脱を選択する政府に投票する可能性がでてくる。ギリシャの銀行関係者は、そんな事態が起きないように祈っている。「ユーロ離脱は悪夢です」あるギリシャの銀行関係者は語る。「すでに通貨があったアルゼンチンのようにはいきません。ギリシャでは経済はすぐに物々交換に逆戻りしてしまうでしょう」しかしながら、ユーロ離脱の危険性はエーゲ海のむこうから広まりつつある。

ユーロ離脱によりギリシャへの貸し主がこうむる財政上の損失は、以前よりも処理しやすいものとなった。だが、それでも損失額は巨大なものである。ギリシャのユーロ離脱による最大の犠牲者は、ヨーロッパの納税者なのである。ギリシャ中央銀行は、ユーロのメンバーである他国の中央銀行に約1000憶ユーロの借りがある。もしギリシャがこうした負債の支払いを怠ることになれば、ドイツだけで(ヨーロッパ中央銀行の資金の割合に基づいて計算すれば)約300憶ユーロになるだろう。ヨーロッパ中央銀行も、他国の中央銀行と共に流通市場で購入したギリシャ政府の負債のせいで、560億ユーロの損失をこうむる。ギリシャが救済融資の支払いを拒んだら、ユーロ圏の各国とIMFも窮地に陥るだろう。ヨーロッパは合計1610億ユーロの救済融資資金を支払ってきたが、その中にはヨーロッパ中央銀行を損失から守るために破棄した金も含まれている。IMFは220億ユーロを貸し付けている。

リスク感染による次なる問題をあげるとすれば、銀行のギリシャへのエクスポージャーになるだろう。ギリシャ政府の債権価値を切り下げ、さらにその債権を価値のないものに交換した後でも、ヨーロッパの銀行やその他の投資家たちはまだ名目550憶ユーロほどのギリシャ政府の負債を所有している。ベーレンバーグ銀行によれば、その負債はさらに資産価値を切り下げなくてはならない。

1ポンド金貨のイギリスのみが、ギリシャの債務者ではない。国際決済銀行の計算によれば、2011年末、国際的な銀行はギリシャの会社や家庭に690憶ドルの借金を貸し付けていた(表2参照)。ギリシャに一番借金を貸し付けている国は、フランスである(家庭や会社に対するエクスポージャーは、総額370億ドルになる)。そしてイギリスの銀行(ほぼ80億ドル)とドイツの銀行(ほぼ60億ドル)が続く。

こうしたエクスポージャーが、ギリシャのユーロ脱出で実際にどれほどのリスクとなるか査定することは難しい(さらにユーロにとどまるにしても、資産価値の切り下げが起きるだろう)。こうしたローンのなかには、船や飛行機の融資に使われたものもあっただろう。契約はおそらくイギリスの法のもとでかわされ、ドルで支払いが計算された。海運業のローンの場合、返済は港にとどめおくことができる資産から行われることになるが、それは積み荷を輸送する会社にとっては心配な事なのである。

非上場の会社も、貸付に大いに関係しているらしい。ギリシャ最大の上場企業の分析によれば、多くが比較的小額の負債をかかえ、シンジケートローンが広く分配されたようである。それよりリスク感染が少ないルートとしては、ギリシャの長期社債を買った外国の保険会社や年金財団がある。

もしリスク感染がギリシャから広がった場合、ヨーロッパの財政システムは更に大きな危機に直面するだろう。ギリシャのせいで明らかに危機にさらされる国はキプロスである。それと言うのもキプロスの銀行システムは、ギリシャの銀行とからみ合ったものだからだ。格付け会社のムーディズの見通しでは、もしギリシャがユーロ離脱をするようなら、キプロスの銀行は、GDPの50パーセント以上もの資金増加、ないしは90億ユーロを必要とする損失の責任をとることになるだろう。ヨーロッパの各銀行の、島国キプロスの経済に対するエクスプロージャは360億ドルになる。

スペインとイタリアの借入費用はギリシャ不安に反応して上昇しているが、その一方で、投資家に銀行の状況について安心してもらうための、スペイン政府による試みは失敗した。ギリシャ危機は、2年間にわたって延々と続いた。そして今、政策立案者が周辺国を保証するのに残されているのは数週間たらず、あるいはもっと少ないのかもしれない。

しかしキプロスは些細なことであり、もし必要があるなら難なく救出することができる。ギリシャ離脱で本当に心配されるのは、マーケットが離脱候補として他の大国に焦点をあてることである。ポルトガルとアイルランドが次にくる。スペインとイタリアの借入費用は、ギリシャ不安に反応して上昇してきている。5月17日、預金者が新しく国有化されたスペインの金貸しから10憶ユーロ引き出したという報道をうけて、スペインのバンキア銀行の市場占有率は崩壊した。ギリシャ危機は2年間続いた。そして今、政策立案者が周辺国を保証するのに残されているのは数週間たらず、あるいはもっと少ないのかもしないのだ。

 

(Lady DADA訳・B.Riverチェック)

 

Lady DADAのつぶやき・・・経済欄にも弱く、数字も苦手な私(この記事で言うと、夜のニュースで何を言っているかもわからないような人間)には結構手間がかかりました。数字が大きすぎて0を二桁くらい間違えて訳していそうで怖いです。アメリカ人のクルーグマンと比べると、当のヨーロッパ人はやはり貸した金額、損する金額が一番頭にあるようで、問題がかえって見えなくなっているのかもしれません

 

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クルーグマン「まもなく黙示録がひらかれる」NYTコラム

012年 5月17日 The New York Times

Apocalypse Fairly Soon – NYTimes.com.

ユーロとは政治的な連合体ではなく、巨大で、ひびがはいった通貨連合の実験体なのだが、これから急激に、ユーロが失敗していく様を目にすることになるかもしれない。遠い先のことを話しているのではない。数カ月以内に、もろもろのことがすごいスピードで崩壊するかもしれない。これは数年後のことではないのだ。その犠牲となるのは経済はもちろん、政治も論じられている以上に大きな犠牲となり、莫大なものが失われていくことになるのかもしれない。

こうしたことは絶対に起きてはいけない。ユーロを(あるいは、せめてユーロ圏のほとんどを)守らなくはならないだろう。しかし、これはヨーロッパの指導者に、とりわけドイツとヨーロッパ中央銀行に要求されるものであり、過去数年間とは違うやり方で行動を始めないといけない。説教をするのは止めて、現実と向かい合わなければいけない。すなわち時間かせぎの論議はやめ、一度曲がり角のむこうに飛び出してみる必要がある。

楽観主義者でありたいと願うのだが、現実にはそういかない。

話は過去に遡る。ユーロが誕生したとき、ヨーロッパには楽観主義の大きなうねりがあった。しかし後から判明したことだが、そのうねりは想定したなかでも最悪の事態だった。金はスペインや他の国に流出した。そのときは、そうした国が安全な投資と見なされていたからだ。こうした資本の流出が、過剰なまでの住宅のバブルと巨額の貿易赤字をあおることになった。やがて2008年の財政危機のせいで、資本の流出が枯渇し、それまで勢いづいていた国では深刻な暴落が起きた。

この時、ヨーロッパには政治的な連合が欠けていたせいで、ひどい負債が生じた。フロリダとスペインはどちらも住宅がかつてバブル状態にあった。フロリダのバブルがはじけたとき、それでも退職者たちは社会保障やワシントンから送られてくるメディケアの小切手に頼ることができた。スペインでは、それに相当するものを受け取ることができなかった。そこでバブルがはじけ、財政上の危機が生じた。

ヨーロッパの解答は、緊縮財政だった。ボンド市場を保証しようとして野蛮人が財政削減を行った。しかしながら思慮あるエコノミストなら言うだろう(そう、何度も繰り返し指摘してきたことだが)が、財政削減のせいで、ヨーロッパの混迷した経済はますます不況が深刻化した。こうした事態は投資家の自信を傷つけ、政治的な不安定さにつながった。

そして今、真実に直面するときだ。

ギリシャは、しばらく嵐の目となる。有権者たちは22パーセントもの失業率をだした政策に明らかに腹をたてている。若者の失業率にいたっては50パーセントに至っているからだ。そして、こうした政策を実施した政党を非難してきた。ギリシャ政権が実際にしてきたのは、経済はこうなる運命だったのだと正当性を主張することだが、かえって有権者が急激に反動する結果となり、急進左翼連合の力を上昇させることになった。投票結果が過半数に足らなかったため、連立政権が再選挙で議席を補うことになるが、基本的に試合はもう終了している。ギリシャは、ドイツやヨーロッパ中央銀行が要求しているような政策をしようとしないだろうし、また出来ないだろう。

そして今から何が起きるのだろう。もうすぐ、ギリシャはいわゆる「バンク・ジョグ」を経験することになる。ややゆっくりとした銀行の取り付け騒ぎのことで、ギリシャのユーロ離脱の可能性を予期した預金者が、これからますます現金を引き出す。ヨーロッパ中央銀行は実際、ギリシャに必要なユーロを貸すことで、こうした銀行への取り付けに融資していることになる。もし(おそらく)中央銀行がこれ以上貸せないと判断したときには、ギリシャはユーロをあきらめて再び独自通貨を発行せざるをえないだろう。

ユーロは実際には取り消し可能なのだという意思表示は、そのまま順番にスペインやイタリアの銀行にまわっていく。ふたたびヨーロッパ中央銀行は、上限のない融資を行うかどうか選択することになるだろう。もし融資を断るようなことになれば、ユーロ全体がだめになるだろう。

イアリア、それから特にスペインには希望を与えなければいけない。希望とは、経済的な環境を整えることであり、緊縮財政や不況という状況においても無理のない見通しをもたせることである。現実的にそうした環境を整えるには、ヨーロッパ中央銀行が価格の安定という強迫観念を捨て去り、毎年、ヨーロッパで3パーセントか4パーセントのインフレになるようにするしか方法はない(ドイツでは、それ以上のインフレが必要だ)。

ヨーロッパ中央銀行も、ドイツも共にこの考えを嫌っているが、これがユーロを救う唯一の手だてなのだ。過去2年半、ヨーロッパの指導者たちは危機に対応するにあたって、その場しのぎの手段でごまかし、時間かせぎをしてきた。でも、もう時はむだに出来ない。今や、時は残されていないのだから。

ヨーロッパは最終的には危機に対応するのだろうか。そうであると願いたい。ユーロの崩壊が、世界中に負の波及効果を及ぼすからだけではない。ヨーロッパ政策の失敗のせいで最も犠牲になるのは、おそらく政治的なものだからだ。

こんなふうに考えて欲しい。ユーロの失敗とは、より広大なヨーロッパという試みの完全な敗北に等しいと。すなわち陰惨な歴史が繰り広げられてきた大陸に、平和と繁栄と民主主義をもたらそうとする試みの失敗なのである。ユーロの失敗はまた、緊縮財政の失敗と同じ影響をギリシャに与えている。すなわち政治面で与党を疑い、極端主義の急進左派連合に公的権限を与えようとしているのだ。

確かに私たちの誰もが、ヨーロッパが成功するかどうかについては利害関係がある。それでもユーロを成功させるのは、ヨーロッパの人間の義務なのだ。その仕事がなしとげられるかどうか全世界が見守っている。(Lady DADA訳・BlackRiverチェック)

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ギリシャだけの問題じゃないけど    クルーグマンのブログより

New York Times 2012年 5月17日

Not a Greek Problem – NYTimes.com.

ティム・デュイがヨーロッパ中央銀行にとりわけ辛辣なことを言っていたけど、ぼくもまったく同じ意見だ。いいなと感動したのは、現在においても、ギリシャの問題ではなく、ましてスペインやイタリアの問題でもなく、ヨーロッパの問題であるという事実を受容しようとしていない云々というあたりだ。

ドイツ人がよく話したがる教訓劇―――危機に陥った国がどうトラブルにまきこまれているかという話は、事実ではない。それはさておき、問題はなにをしているかってことだ。大切なことは、もしヨーロッパが低い成長、低いインフレのせいで傷ついたら、問題をかかえた国には解決がなくなるってことだ。

こんな現実をつきつけられ、ギリシャの有権者に責任を説き、その一方で期限の猶予をほのめかしているうちに、もう、夏のバカンスの時期だ。バカンスまで節約してはいけない。

ここで必要なのは、経験の転換だ。アテネではなく、ベルリンとフランクフルトで考えるってことだ。そうしないと、この試合はもう終わったようなものだ。

(Lady DADA訳・BlackRiverチェック)

 

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罠におちた希望(完訳版)

楽観主義に欠けているせいで、人々は貧困の罠にしばられている

5月12日 The Economist Free exchange: Hope springs a trap | The Economist

希望を与えれば、貧乏で、みじめな人々の生活が大きく変化するという考え方は、善意の活動家や熱弁をふるう政治家の夢物語に聞こえるかもしれない。しかしながら、これは、マサチューセッツ工科大のエコノミストであり、データから貧困を分析しているエスター・デュフロが、5月3日にハーバード大学でおこなった講演の要点なのである。デュフロによれば、反貧困政策のうちいくつかの政策は効果をあげ、その効果は物資提供で生じる直接的な影響よりはるかに大きい。また、こうしたプログラムのおかげで貧しい人々が生き延びることだけを願うのではなく、さらに希望を抱けるようになるという。

  デュフロと彼女の同僚は、インドの西ベンガル州でおこなわれたプログラムを評価した。そこではBRAC―――バングラディッシュ・マイクロファイナンス・インスティテューションが極端な貧窮状態にある人々と共に働いている。貧窮状態にある人々はローンの返済能力がないとみなされていた。そこでローンを組む代わりに、BRACKは少量ではあるが、牛1頭、山羊のつがい、鶏を数羽など、生産性のある資産を人々に提供してみた。また与えられた資産を食べたり売ったりする衝動にかられないように、BRACKは少額の固定給を給付した。そして毎週学習セミナーをひらいて、動物の飼い方や家庭の切り盛りについて教えた。家畜の生産物を売ることで収入が少しでも増加し、自分で資金をきりもりしていくことについて学んでくれたらと期待したのだ。

  その結果には著しいものがあった。財政上の支援や学習会の終了後、BRACKのプログラムを受けた家族からランダムに選んで調査してみたところ、以前よりも15パーセント多く食べ、毎月20パーセント多く稼ぐようになり、他のグループと比べると食事をぬかす回数も減っていた。貯金もたくさんしていた。効果は非常に高く、持続性のあるものだったが、BRACKから提供された援助の直接的な影響だと説明することは出来なかった。それというのも収入増の説明がつくほど、ミルクにしても、卵や肉にしても十分に売ることはできなかったからだ。給付された家畜を売ったからというわけでもなかった(中には売った者もいるが)。

  では、何がこの成果を説明するのだろうか。援助された人々の労働時間は以前より一時間あたり28%増加していたが、それは提供された家畜には直接関連しない活動にあてられていた。デュフロと彼女の同僚は、援助をうけた人々の精神的な健康状態が目立って改善されていることに注目した。そのプログラムのおかげで、沈んでいた気持ちが明らかに解消されている。デュフロによれば、プログラムはこうした極貧のひとたちの心に考えるゆとりを与え、その日暮らしの状態から抜け出せるのだと言う。農業労働などのように現在の仕事に新しい仕事を見つけ、さらには新しい流れの仕事を開拓し始めていた。希望を抱けないという状態が人々を極貧にしばりつけていたのだと、デュフロは考えている。BRACKは極貧の人々の心に、楽観主義をふきこんだのである。

  デュフロは昔ながらの考えに基づいて行動をすすめている。開発経済学者たちの長年にわたる推量では、貧しい人たちが貧困から抜け出せない理由はこうだ。数カロリー多めに食べるとか、些細な仕事で少しばかり一生懸命働くといった可能な投資をしたところで、僅かな投資からは違いは生まれてこない。つまり貧困から抜け出すには飛躍的な跳躍が要求される。それは食料を増やし、機械を現代化し、店には従業員を配置するということになる。その結果、少量でも肥料を使い、学校でもっと教育を受けてみる、少額でも貯金してみるというような、貧しい人々でも出来る投資をしなくなってしまう。

  こうした希望をもてない状態は、いろいろな形で姿をあらわす。病的なまでの保守主義もその産物である。保守主義者は、僅かでも所有物を失うことを怖れ、実現可能で高い利益をだせそうなことに手を出さなくなる。例えば、街までバスで行けるのに、貧しい人々は干ばつに見舞われた村にとどまる。バグラディッシュの農村で行われた実験では、収穫の少なくなる時期の始めに、男達にダッカまでのバス代を与えてみた。その時期は植え付けと収穫の時期のあいだで、座る以外に何もすることがない。大体の男性にとって自分で貯えることができる金額ではあったが、バス代をあげることにより人口移動が22パーセント上昇した。出稼ぎ労働をした男達が送金したお金のおかげで、家族の消費が高くなった。8ドルのバス代がもたらしたのは、一人あたり100ドルの季節消費の増加である。こうした男達の半分は、翌年も、出稼ぎのバス代支援に申し込んできた。今度は誘わなくても申し込みにきたのである。

 事実はそうでないのに、人々はよく貧困の罠にはまったと考えがちである。多くの国で行われた調査によれば、貧乏な両親は、2、3年の教育だと利益は生じないと考えている。つまり教育とは、中学校まで終えて価値があると考えるのである。だから子ども達が学校を終了できるかどうか不確かであれば、貧乏な両親はだいたい子ども達を教室で学ばせない傾向にある。もし一人分だけ学校を修了する金を支払うことができるなら、一人の子どもにだけ教育を受けさせ、賢くないと判断した他の子ども達には教育をまったく受けさせない。しかし経済学者たちの発見によれば、学校教育を受けた年数分だけ人の収益能力はおおよそ増えていく。さらに両親は子どもの能力について判断を誤りがちである。一番賢いと信じ込んだ子どもに全て投資したせいで、他の子ども達の優れた点を見過ごしてしまうのである。残りの子ども達は可能性がまったくないと思われ、両親から期待されることなく生きていく。

 自分を信じることが燃料になる 

  驚くようなこともしばしば起きて、希望に拍車がかかる。インドでは、3分の1にあたる村の村議会で、選挙で選ばれる村議長に女性をあてることが法律で定められた。それから5、6年にわたって追跡調査をしてみたところ、デュフロは女子の教育にはっきりとした効果を見いだした。以前なら両親も、子ども達も、女子の教育や職業上の目標については男子と比べるとつつましい目標しか抱いていなかった。女子には学校教育を期待させず、家にいて舅や姑の命令にしたがうことが期待されていた。しかし女性の村議長が現れてから2、3年すると、息子と娘のゴールが同じひとつのゴールに素晴らしいくらいに収束してきた。女性村議長の存在のおかげで、女の子たちは自分たちの可能性をひろげ、家事にしばられなくなってきたのだ。これはおそらく予想外の結果だろう。でも期待をいだかせてくれる結果である。 (Lady DADA訳)

Lady DADAのつぶやき・・・ウェブ版を見ると記事に否定的なコメントもあったが、たしかに希望をもてないという状態は貧困に結びつく。ただ、どうしたら希望をもたせられるかはケースバイケース、一律にいかないことが難しい。それにしても若いひとが希望を失うと、一様にとがった、にらむような顔になっていく・・・

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再びギリシャとアルゼンチンの輸出について__クルーグマンのブログより

2012年5月15日 8:27The New York Times

More on Greek and Argentine Exports – NYTimes.com.

エコノミストのマーク・ウェイスブロッツから、先日のブログについて、こう指摘を受けた。1ドル1ペソのドルペック制から離脱したアルゼンチンとユーロ離脱のギリシャを比較する際、適切な比較方法としては離脱前のアルゼンチンと比較するべきである。ドルペック制離脱後のアルゼンチンと比較するべきではない。ウェイスブロックの言うとおりだ。以下に、国連とEurocastのデータを挙げておく。(英文記事にデータあり・・・訳者)

輸出品がないギリシャの場合、デバリュエーション(平価切り下げ)から恩恵をうけることはないと主張している連中は、ただ宿題を忘れているだけなのである。

ウェイスブロッツは、アルゼンチンとギリシャについても、ずいぶん丁寧に比較している。(英文記事にデータあり・・・訳者)

その比較を見ているうちに、思いがけない贈り物に気がついた。ギリシャへの傾斜をいましめた古代ローマの政治家カトーのようなウェイスブロッツは、こう説明している。アルゼンチンはデバリュエーション(平価切り下げ)後、ドルを自国の通貨として導入し、さらには税金を削減して、ようやく経済が回復したと。すなわちカトーのような連中は、2007年のアイスランドのときのように、今度も自分の出番を待っているのだ。  (Lady DADA訳)

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ユーロ離脱後、ギリシャの輸出はどうなる__クルーグマンのブログより

5月14日 午後12時21分 The New York Times クルーグマンのブログより

Economics and Politics by Paul Krugman – The Conscience of a Liberal – NYTimes.com.

もしギリシャがユーロを離脱すれば、そのときギリシャの経済はどうなるだろう。誰にもわかりっこない。それなのにみんな知ったかぶりをしている。

なかでもアルゼンチンの例は、ギリシャにあてはまらないだろう。それというのもギリシャには輸出品なんてほとんどないからだ。なぜ輸出品がないかは知らないけれど、でも事実なんだ。ここに世界銀行の表があるけれど、GDPに対する輸出品の割合がパーセントで示されている。

実のところ、ギリシャは品物をたくさん輸出していない。ギリシャが輸出しているのはサービスである。そう、海運業と旅行業だ。こうした産業はどんなふうに新しいドラクマ(ギリシャ通貨)のデバリュエーション(平価切り下げのことで、ギリシャの為替レートの引き下げを意味する)に応じるのだろう。

私が見たところ、海運業はあまり変化しないだろう。でもユーロかドルで価格が表示されるようになると、ギリシャのGDPにもっと対応したものになるだろう。そうなれば景気は上むく。

旅行業もまた然り。政権が混迷しなければ、安いホテルに惹きつけられて、イギリスやドイツから大勢のツアー旅行客が来るだろう。

万事がうまくいと予言しているわけではい。でも、いったん混乱が終結したのに、ギリシャの今後について悲観的なままでいるのは愚かだと警告しておく。(Lady DADA訳)

 

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安直で、意味のない経済学

ポール・クルーグマン

The New York Times 4月12日   Easy Useless Economics – NYTimes.com

数日前、経済分野の先導的雑誌であるアメリカン・エコノミック・レビュー誌でこんな偉そうな論文を読んだ。なんでもアメリカの高い失業率は構造的な原因に深く根ざしている、だから簡単に解決できるものではないと、その論文はくどくど説明していた。執筆者の診断だと、アメリカ経済はちょっと柔軟でなかったので、急激な技術革新についていけなかったのだという。とりわけ非難がむけられている選挙公約は失業保険だ。失業保険のせいで、労働者は実際に損害をこうむるという。なんでも失業保険は労働者から順応しようとする意欲を削いでしまうからだそうだ。

閑話休題、まだ話していないことがあった。問題の雑誌だけど、発行されたのは1939年6月である。第二次世界大戦が勃発してからわずか数ヶ月後のことで、合衆国自体はまだ参戦していなかった。でも軍備増強を大がかりにすすめ、しまいには不況対策と匹敵する規模で財政を刺激することになった。そして雇用をすぐに産むことは不可能だとする記事から2年後、アメリカの非農業従事者数は20パーセント上昇した。これは現代だと2600万人の雇用に等しい数字である。

そして今、私たちは更なる不況の渦中にある。大恐慌ほどではないけれど、それでも十分ひどいものだ。もう一度、冒頭の偉そうな論文の主張に戻ってみると、問題は「構造的」なものだから簡単に治せないってことになる。長期的な観点にたって考えてみよう。こうした論者が言うように、それが責任ある行動だと信じてだ。でも現実は、そうした論者こそ非常に無責任なのである。

失業者問題には構造的なものがあるって、どんなことなんだろう。いつものバージョンで説明すれば、アメリカの労働者は時代遅れの産業とミスマッチな技術にしばりつけられているからだってことになるだろう。よく誉められているシカゴ大学のラグラム・ラヤンの最近の論文では、問題は「膨張した」保護策、財政、政府部門から労働者を動かす必要性なんだそうだ。

実際、数十年にわたって有効求人倍率はほぼ水平状態であるが、心配しなくても大丈夫。要点は、こうした話の内容とは反対だから。経済危機が始まってからの雇用削減は、バブルで著しく大きくなった産業だけではない。むしろ経済はすべての分野から仕事をうばい、あらゆる部門や職業から仕事をうばっている。そう、1930年代の大不況時のように。さらに多くの労働者がミスマッチな技術しかなく、時代遅れの職場にいることが問題なら、労働者にマッチした技術をもたせ、時代にあった職場に連れて行けば、賃金は大幅に上昇するはずだ。だが現実には、どの労働者も勝者にはなれない。

こうしたことから強調されることだが、苦しみの原因となるのは歯が生えてくるときの痛みのように、構造が自然に移り変わっていく過程での初期の苦労ではない。むしろ雇用全般にわたって需要が十分にないことが原因なのだ。これは政府が支出増加の案をだせばすぐに解決できる問題だし、また案をだして解決すべきものなのだ。

では、何に取りつかれてしまって、「構造的」な問題だと宣言しているのだろう。そう、取りつかれている。反対の証拠があがっているというのに、経済学者ときたら数年間にわたって論争しているし、構造学者たちも答えを何も見つけられないでいる。

取りつかれてしまっている理由は、問題は根が深いものだとする考え方にあるのだろう。構造主義者たちはそう主張することで、失業状態という苦境を楽にしようとする行動を何もおこさないし、何もしようとしないことへの言い訳にする。

むろん構造主義者にすれば、言い訳なんかしていないということになる。大切なことはすぐに雇用を回復することではなく、長期にわたって考えることだと言う。けれど長期的な話は、たいていの場合、明確さからほど遠いものだし、長期的な政策なんて労働者と貧乏人に苦痛を与えるものになるだろう。

とにかくジョン・メイナード・ケインズは、80年も前から、こう言い逃れする連中のことを認識していた。「こうした長期的な考えは」と、ケインスは書いた。「直面している問題への間違った取り組み方だ。長い目で見れば、私たちはみんな死ぬのだから。動乱の季節だというのに、そのうち嵐がおさまり海はふたたび凪ぐと言っているようであれば、経済学者とは実に安直で、意味のない仕事をしていることになる。」

一言つけ加えるなら、目の前の失業問題について策を講じないことへの弁明は、情けに欠けた行為であり、かつ無意味な行為であるだけではない。それはまたひどい長期政策だともいえるだろう。高い失業率には腐食効果があって、これからの数年間にわたって経済に陰をなげかけるという証拠が明らかになりつつある。傲慢な政治家や評論家は赤字のせいで将来の世代の重荷が増えるって言っているけれど、そのたびに思い出して欲しい。今日、アメリカの青年が直面している最大の問題は、負債という将来の重荷ではない。たしかに重荷であることは事実だが、それは早まりすぎた歳出削減のせいで悪化したものだ。歳出削減は事態を好転してはいない。それよりむしろ仕事がないせいで、大学を卒業した若者の多くが職業人生のスタートをきれないでいるのだ。

結局、構造的失業問題についてのこうした論議はすべて、真の問題には向き合っていないことになる。すなわち問題を隠してしまい、安直で、無意味な解決方法をとることになるのだ。もう、そんな議論には終止符をうつべき時だろう。

(Lady DADA訳)

 

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頭脳の浪費策

ポール・クルーグマン

4月24日 The New York Times

Wasting Our Minds – NYTimes.com

スペインでは、25歳以下の労働者における失業率は50パーセント以上である。アイルランドでは、ほぼ3分の1の若者が失業している。ここアメリカでは、若者の失業率は「わずか」16.5パーセントである。これでもひどい状況だと思うが、事態はさらに悪化する可能性がある。

もう止めてくれって言いたいくらい、多くの政治家が思いつくこと全てをやっている。けれど実際のところ、事態のさらなる悪化を保障することばかりだ。対女性戦争ともいえる言動もしょっちゅう耳にするけれど、たしかに女性への弾圧は現実である。そして今度は対若者戦争だ。上手に言い繕って姿を変えているけれど、これはまちがいなく若者への弾圧だ。そしてこの弾圧は若者に損害を与えるだけでなく、国家の将来にもひどい損害を与えることになる。

ミット・ロムニーが先週テレビ番組に出演したとき、大学生にした助言から考えてみよう。オバマ大統領の「分裂」について非難した後、ロムニー候補は聴衆に言った。「ねらいを定めて撃ったら獲物を取りに行け、危険を恐れるな。それと同じように、教育を受けろ。もし教育を受ける必要があるなら、両親から金を借りてでもだ。それから起業しろ」

この発言を聞いて最初に気がつくことは、もちろん、ロムニーの特徴とも言えることだけど、同情する能力がはっきりと欠けていることだ。裕福な家に生まれなかった学生のことも、父さんや母さんの懐をあてにできず将来の野心に出資してもらえない学生のことも考えていない。その他の部分も、まあひどいものだ。

「教育をうけろ」だと? それなら、どうやって授業料を支払えと? 州からの補助金が削減されたせいもあって、公立のカレッジと大学の授業料は急に値上がりしている。ロムニーはこの解決策について何も提案していない。またロムニーはライアン予算案を強く支持しているが、その予算案のせいで政府の奨学金はばっさり削減されるこtになり、100万人の学生がペル奨学金を失う羽目になるだろう。

では、どうやって家計が苦しい家の若者は「教育を受ける」のだろうか? 3月の話に戻るが、ロムニーは答えをだした。それは「少しでも安く、良い教育が受けられる」カレッジを探せというものだ。なんて、まあ有り難い答えなんだ。摩擦を生じる発言だってことはわかっているけど、ロムニーの言葉は、生い立ちに何ひとつ取り柄がないアメリカ人には役に立たないってことを指摘させてもらう。

さらにもっと大きな問題がある。みんながよくやるように多額の借金の山にはまりこみながら、学生がなんとか「教育を受けた」としてもだ。卒業した先は、学生を欲しがっているようには思えない経済社会だってことだ。

散々聞かされているだろうけど、この不景気の中、大学の学位を持っている労働者のほうが高校卒の労働者よりずっとましな暮らしをしていると言われている。それは真実だ。けれど、中高年の学位をもっているアメリカ人に焦点をあてるのではなく、最近卒業したばかりの青年に焦点をあててみると、話から希望が消えていく。最近卒業した青年の失業率は急上昇しているし、パートタイムの仕事の割合も急上昇している。たぶん大学を卒業してもフルタイムの仕事が見つけられないという状況を反映しているのだろう。フルタイムで働いている卒業生も収入が下がっている。それは、ほとんどの卒業生が教育なんて役に立たない仕事で働かなくてはいけないって兆候なのだ。

大学を卒業した学生たちは今も、国の経済が衰弱しているから仕方ないとばかりに、すてっぱちな態度で仕事に取り組んでいる。けれど調査によれば、物価高は一時的なのものではない。ひどい経済社会のなかで卒業した学生たちは決して失点を回復することはない。それどころか、大学を卒業した青年達の収入では生活が窮乏していくのだ。

若者が今なによりも必要としているのは、もっとましな仕事の市場だ。ロムニーのような輩は、自分たちには雇用創出のレシピがあると主張する。そのレシピの内容ときたら、企業と資産家への課税の削減、公共サービスと貧乏人への支出の削減だ。しかし、こうした政策が不況下の経済にどのように作用するかについては、たくさんの証拠がある。それに削減政策は雇用を創出するのではなく、あきらかに雇用を破壊するだけだ。

それというのも、ヨーロッパの経済の荒廃を見たとき、ひどく荒廃している国のなかにはアメリカの保守派が主張している全ての政策を実行してきた国があることに気がつくからだ。遠い昔のことではないが、保守派はアイルランドの経済政策を賞賛していた。とりわけ低い法人税を賞賛していた。ヘリテージ財団は、他の西側の国より「経済の自由」に関してアイルランドに高い評価をつけていた。状況が悪化すると、アイルランドは再度賞賛をたっぷり浴びることになった。今度は厳しい支出削減についてである。削減により自信がついて、経済がすばやく回復すると思われたのだ。

そして今、私が言ったように、アイルランドの若者のうち3分の1は仕事を見つけられないでいる状況だ。

アメリカの若者を助けるために何をするべきなのだろうか。基本は、ロムニーとその仲間の望みとは反対である。学生への援助は削減するべきではなく、むしろ拡大するべきなのだ。前例のない政府や州レベルでの削減など、アメリカの経済を沈滞させる事実上の緊縮財政を逆にしなければならない。そうした緊縮財政のせいで、とりわけ教育が厳しくなってきているのだ。

そう、政策を逆にすればお金もかかるようになる。でも、こうしたお金の使い方を拒むのは馬鹿げているし、財政用語上からみても近視眼的だ。覚えておいた方がいい、若者はアメリカの未来であるだけでなく、未来の税基盤でもあるのだから。

若者の頭脳を浪費するなんて許し難い。さらに全世代の頭脳を浪費することになる政策なんて、さらに許し難い。こんな頭脳の浪費策は阻止しないといけない。

(Lady DADA訳・B.Riverチェック)

Lady DADAのつぶやき

 「高い学費を払ってアイビーリーグを出たけれど、就職先は△ーガーキング」去年の夏、大学時代の友人から聞いたアメリカの状況が、現実のものとして感じられるコラムです。

 IT化のおかげで便利になったけど、その分、頭脳労働者が不要になってくるということなのでしょうか。クルーグマン教授の言うような緊縮財政の見直しだけでは、解決が難しい問題なのかもしれません。大学教育で学んだ内容を仕事に反映させるという価値観を捨てないといけない時代なのでしょうか。

 そんな時代の空気を感じるのか「大学には行かないで漁師になる」と話す私の息子の考えにも一理あるのかもしれません。アイビーリーグに投資するなら、同じ金額で漁船を買った方が幸せに生きられる時代なのでしょうか。(Lady DADA筆)

 

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