「未来への自信を喪失したギリシャの若者たち」 ILOのレポート 2012年5月29日

Greek youth lose faith in the future.

2011年末、ギリシャの失業率はまた高い数字を記録したが、仕事についている若者より、失業中の若者の数のほうが多いのは今回が初めてだ。ジュネーヴを拠点にするジャーナリスト、クラテル・アン・ハイダーがアテネよりレポートする。

緊縮財政という、困難にみちた筏は国家の債務危機を救うためのものだったが、50パーセントをこえる若者の失業率をともなうことになり、ギリシャの自信を粉々に打ち砕いてしまった。

古代ギリシャ時代につながる伝統と家族の絆に誇りを抱いている社会であるにもかかわらず、若者たちが自分たちの未来を外国に想定して考えるという新しい傾向がある。

「政治家連中が生活を満喫しているというのに、この国の若者が故郷を離れ、外国で仕事を探さざるをえないということは本当に悲しい。」アテネ大学で国際関係学を学ぶ若い学生フィオナは語る。

外国に移住できない若者はしばしば老いた両親と一緒に暮らすことで、失業と極貧のせいで味わう不面目な思いを減らそうとする。アテネのプラザ地区の美術教師フォティーニは語る。アテネを混乱させているのは希望の喪失であり、すなわち若者の喪失でもある。

この沈んだ気分は、市の中心シンタグマ広場で鮮明になる。この広場にある1本の木が、アテネの新しい神殿となった。ここで今年四月、退職した薬剤師ディミトリス・クリストラスが、政府の厳しい緊縮財政に抗議してピストル自殺をしたのだ。

人々に囲まれているその木には追悼のキャンドルが飾られ、クリストラスと同じく経済へ絶望した大衆が切々とつづったメッセージが飾られている。若者が大勢やってきては、木の幹にピンでとめたメッセーセジカードを読んでいく。

ギリシャの若者のほとんどは、現在の経済の混乱を目にしても驚くことはない。

若者たちは、両親が経済について不平を言うのを聞きながら育ってきた。多くの若者が到達した結論によれば、現在の危機は、30年以上にわたって欲にかられ、無神経な政治がおこなわれてきた結果である・・・さらには、移民をうけいれてきた結果とまで言い切る。 「この町にはたくさんの問題がありますし、失業問題だけではありません。失業は大きな問題です。私たちは人種差別主義者ではありません。いいですか。けれど移民をコントロールできなくなったのです。ここには、もともといる住民にすら十分な仕事はないのです」アテネの建築の教師エレーニは言う。

エレーニのコメントは、最近のILOの調査結果に新しい事実をつけくわえる。途上国では、ワーキングプアにおける若者の割合が不均衡なまでに多く、それが移民しようとする強い動機となっている。アテネのダウンタウン、オモニア地区のショッピング地区は、こうした事実を実感できるこの上ない場所である。

ここオモニア地区で見かけたのは若いバングラディッシュ人のアマンだ。彼は店外の路上に置いた椅子に座り、安い家庭用品の値段を通行人にむかって大声で叫んでいた。

ときどきギリシャ人の恰幅のいいボスがどなりつけてきては、店の周りの重い箱を運ばせる。「どうやってアテネまで来ることになったの?」アマンは通りを見つめ、ガムをはきだし、移住してきたルートを話した。「サウジアラビア、イラン、山をこえてトルコ、国境を越えてアテネさ」

ギリシャ人のボスは抜け目ない表情で様子をうかがい、ヒンズー語を話す従業員を見つめる。何を考えているか想像するに難くない。アマンは低い賃金で働かされている不法労働者なのだ。

しかしアマンにすれば、母国で働くよりはずっと稼ぐことができるのである。アマンの説明によれば「ダッカでは一月の稼ぎが1000タカ。時によっては、しばらく無収入ってこともある。ここでは5000タカに相当する額を稼げる。ここで稼いで家族に仕送りをすることができる」

まさにこういう理由があって、アジアからの若い男性移民はエージェントに支払うために母国で数千タカ借り、ギリシャへ非合法に入国するリスクをおかすのである。

しかしアマンは、バングラディッシュ人の友達バッシャーと比べたら幸せな方である。バッシャーはギリシャの地方の工場が閉鎖されて職を失ったのである。

文化的な違いがあろうと、経済危機のせいで人々の生活に混乱が生じていようと、バングラディッシュのアマン、ギリシャのフィオナのような若い人々の失業問題は、アテネの街をあるく人々の心にのしかかってきている。(Lady DADA訳・BlackRiverチェック)

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The Economist「ユーロという患者を殺すつもり?」

2012年6月2日

Charlemagne: Killing the euro-patient? | The Economist.

医者の考えでは、ユーロが先に死ななければ薬は効くだろう

欧州委員会は、今週、ヨーロッパ経済の健康診断を発表したが、その意見によれば、超現実的に思えるとのことだ。「薬は効き始めている」欧州委員会委員長のホセ・マニュエル・バロソは語った。差し迫るギリシャ離脱の警告とスペイン債値幅の手に負えない変動のことは忘れよう。国庫の不足額は下がり、他の不均衡も是正されつつあるという吉報がある。そこで医者は同じような処方をだした。すなわち緊縮政策、構造改革、脱税との戦いである。しかし自信があるようにみえるにもかかわらず、欧州委員会は治療について再度考え直している。

活力みなぎるドイツは計画より早く修正し、「過剰な赤字処理」から解放されている。ブルガリアも同様に赤字から解放され、規律とはただ強くなるためのものではないと証明している。ドイツ、ブルガリアは、エストニア、フィンランド、ルクセンブルグ、スェーデンと共に、赤字処理の目標に到達したクラブに入ることになる。ハンガリーは総合的な見地から不承認となったものの、今では赤字に取り組むことを承諾している。そこで欧州委員会は援助保留の脅しを取り消すことを勧告した。

欧州委員会の官僚は、このような事態を、経済的な政府が機能している証拠とみなしている。ブリュッセルの欧州委員会は、いわゆるヨーロッパ学期のもとで国庫と経済政策を監視し、その国にあわせた勧告をしている。その勧告はヨーロッパ連合27カ国各国のために、1500ページにおよぶ分析、診断、処方箋から成り立つ。もし名指しして恥をかかせても政府の改革への取り組みが不十分であれば、欧州委員会には制裁を示唆する権限がある。発言権のある国の大臣から反対されなければ、欧州委員会には強制することができる。

しかし、これは欧州委員会が小国にムチをふるうということである(今年はじめ、ベルギーで欧州委員会は認めた)。しかし、フランスのような大国がブリュッセルからの指示に従うだろうか。欧州委員会が述べたところによれば、フランスは来年、赤字をGDPの3パーセント以下に削減するという目標を達成できず、赤字削減対策を「加速」して取り組まなければいけないということだ。実際、フランソワ・オランドはヨーロッパを緊縮政策から転換させるという公約のもと当選したが、ヨーロッパからは更なる緊縮財政を求められ、しかも速やかに行う必要があると言われている。

構造改革と規制緩和に関する勧告の多くは、オランド氏の口にはほとんど合わないだろう。フランスは、今年、徹底的な調査結果に従わなくてはならない12カ国のうちの1カ国である。フランスは「深刻な不均衡」に直面していて、とりわけ競争力が衰退し、輸出が落ち込んでいる。赤字に関して、過剰な不均衡を直そうとして失敗したことは、罰をのがれることはできない。「繰り返し罪人にならなくてはいけない」欧州委員会の官僚は説明する。「だが、もし各国が勧告書をトイレットペーパーのように使えば、勧告についての罰則を正当化するだろう。」

ヨーロッパの多くの国では、とりわけ南部では、成長の可能性を高めるために、重大であるにもかかわらず、先延ばしされてきた構造改革を必要としている。しかし欧州委員会の勧告は、心臓発作を起こしそうな兆候を無視して、腫瘍の化学療法を処方するようなものである。ギリシャは不況下にあり、来月の2回目の選挙でおそらくユーロを離脱することになるかもしれないが、その見通しは不鮮明である。それとは別に、スペインの銀行の不良債権は、ユーロゾーンで4番目に大きい経済を押しつぶしてしまいそうである。来月のサミットでは「投資」をふやす短期対策が認められるだろうが、その短期対策をあおるよりも、他に取り組むべき課題がもっとあることを欧州委員会は知っている。

過去2年間、欧州委員会は各国に、とりわけ問題を抱えた国に、赤字の目標にこだわることが、マーケットでの信頼回復につながる最高の方法だと説いてきた。それが今スペインには、赤字目標にこだわりすぎないように説いている。2011年の9パーセントから、来年は3パーセントの赤字目標に変更したが、あまりにも急激な調整である。弱体化した状態で欧州共同市場がこのほど認めたのは、さらに厳しい赤字削減のせいで危険かつ深刻な不況を引き起こすかもしれないということだ。そこで欧州委員会は、マドリッドにもう1年猶予をあたえ、目標の達成は2014年でよいとした。その条件とは、スペインは銀行を整理し、2014年までに信頼できる予算を作成し、とりわけ各地方にも同じ作業を課すというものだ。

変化を示す別なサインは、欧州委員会が「28番目」の国にだした勧告である。28番目の国とは、ユーロ圏全体である。それによれば、精算のほとんどを赤字国がするが、残りの国も「貢献することができる」そうだ。欧州委員会が説き伏せて、ドイツが自国経済を刺激してインフレーションになるように期待したいところであるが、それもかなり難しそうである。しかし、そうすれば「不必要な規制」を取り除くこともできるし、「国内の需要への他の制約」も取り去ることができるだろう。

本当の治療方法

成長への一番大きな拍車となるものは、ユーロ生き残りへの不透明な部分をぬぐい去ることだ。オランド氏が当選したことで、ブリュッセルは将来への足どりについて、もっとオープンに話せるようになった。その足どりには、ヨーロッパレベルでの「銀行の統合」と「財政の統合」(負債の共同発行も含まれる)がある。バルバソ氏の見解では、時間がかかるかもしれないが、こうしたことが始まれば、単一通貨の「信頼性と撤回不可能」という自信を取り戻すことになるだろうということだ。

しかしながら二つの問題がある。一番目は、ギリシャ(あるいはスペイン)がまもなく爆発するだろうという問題である。スペインは、更なる公債発行を避け、自国の銀行のためヨーロッパの現金を近いうちに必要としてくるだろう。二番目は、「更なるヨーロッパ」が深刻な政治的問題になるということである。ドイツは来年度の連邦選挙をひかえ、弱いユーロのメンバーを救うため、金をこれ以上賭けることに消極的である。もっと問題なのは、EU全体の市民が「ひとつのヨーロッパ」という計画への夢を失いつつあることだ。

今週ポー・リサーチ・センターがおこなった世論調査によれば、8カ国においてほとんどの人々が、EUは国の経済を弱体化すると考えている。EUの一員であることが「良い」と賛成したのは、多くの国で本当に少数派である。フランス、イタリア、スペインでは多くの人が、今ではユーロは「悪い」と考えている。すべての国で多くの人がユーロ存続には好意的である。しかし、ユーロとは心配のつきまとう脆弱な基盤であり、その上に、巨大な、通貨の経済連合が築かれているのだ。 (Lady DADA訳・BlackRiverチェツク)

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マルクス家の婿ポール・ラファルグ「怠ける権利」1章の途中(2)

Le Droit à la paresse – Wikisource

Paul Lafargue: The Right To Be Lazy (Chap.1).

あらゆることに怠けようじゃないか。ただし、愛することと、それから酒を飲むことは別だ、それから怠けることも怠っちゃいけないよーーーレッシングより

1章
不吉な教え

フランスの労働者階級は、資本主義文明の支配のもと、妙な妄想にとりつかれている。この妄想のせいで個人も社会も衰退してしまい、過去2世紀にわたって、人々は悲しいまでに苦しんできた。この妄想とは、労働への愛である。さらに労働への狂おしいまでの情熱である。しかし、その情熱のせいで、人々も、またその子どもたちも、心身が衰弱するまで体力を使い果たしている。こうした心の変調に向き合うことなく、聖職者も、経済学者も、倫理学者も、労働に聖なる後光をかざしている。神ならぬ身でありながら、愚かしい人間は神よりも賢くありたいと願った。謗られて当然の身ながら、心弱い人間は神にののしられた不名誉を回復しようとした。私はクリスチャンでもないし、経済学者でもなければ、倫理学者でもないけれど、人々の判断をもとに、神の判断に異議を申し立てよう。信仰の、経済の、思想の自由をもって、資本主義社会で労働がもたらす怖ろしい結果に異議を申し立てよう。

 資本主義社会では、労働はすべて知的堕落の原因であり、すべての醜さの根本的な原因でもある。二本足の従者が仕えているようなロスチャイルド家のサラブレッドと、ノルマン人の農場で大地を耕したり、たい肥を運搬したり、農産物を運ぶのに使われる鈍重な動物を比べてみるとわかるだろう。未開の地に生きる高貴な人々を見るとわかるだろう。彼らはまだ、交易についてきた伝道師や布教をかねた商人たちがもたらすキリスト教、梅毒、そして労働の教えのせいで堕落させられていない。そしてその後で、機械のみじめな奴隷である我々を見るがいい。

 文明化されたヨーロッパで、人間が生来もちあわせている美の跡をたどるには、経済学からくる偏見のせいで労働への嫌悪感が払拭されていない国を探さなくてはいけない。スペインも労働への嫌悪感が衰退しつつある国だが、それでも我々の囚人が働かされているような工場やバラックのような工場よりは、ずっと工場の数は少ない。それに芸術家たちは奔放なアンダルシア人への憧れに、肌が栗のように浅黒く、鋼の棒のように強くてしなやかな、アンダルシア人への憧れに心躍らせる。そう、ぼろぼろの赤いケープを優雅にはおった物乞いが、オスナの君主にも等しい話し方をするのを聞いては、心躍らせる。スペイン人にとっても、原始の野獣のような人々は見かけなくなりつつあるが、それでも労働とは奴隷がおこなうことであり、最悪の事柄なのである。栄華の時代のギリシャ人は、労働に対して軽蔑しかしていなかった。奴隷のみが労働につくことを許可されていたのである。自由民は、心と体の鍛錬のみをしていた。それはまた、アリストテレスやフィディアス、アリストファネスのような人々が歩き、息をしていた時代なのである。マラトンの地でほんの一握りのヒーローがアジアの大群を打ち破り、そのあとすぐにアレクサンダーに征服されてしまう時代なのである。太古の哲学者たちは労働を軽蔑することを教え、自由民にとっては不名誉なことだと教えた。詩人は、神々からの贈り物である怠惰について詩を書いた。「O Melibae nobis haec otia fecit]

キリストは、山頂での講話で、怠惰についてこう伝道した。「野のユリがどうして育つのか、よくわきまえなさい。野のユリは働きもせず、紡ぎもしません。栄華をきわめたソロモン王でさえ、このような花の一つほどにも着飾っていません(訳注・・・マタイの福音6章28節)」髭をはやし、怒りの形相をしたエホバは、自分を崇拝する者に対して、理想的な怠惰の例をあげた。すなわち6日間の労働の後、永遠に休息するのだ。

(Lady DADA訳・・・続きはまだあるけれど、今日はこれまで・BlackRiverチェック)
Lady DADAのつぶやき・・・こういう内容を訳した後、夕方5時半からの夜のお仕事に出かけるのは辛いなあ。若いころ、塚原先生が一言「労働とは基本的に、Less work, more money.だと思います」と言われたことを思い出します。正直なくらいストレートな言葉で、塚原先生以外に誰もそんなことを言わなかったけれど。Less work, more money.は私の人生の呪文となり、今でも時々、その呪文をつぶやいては救われています。これから週末はコンピユータのない伊東市宇佐美ナコウ山の山腹におこもりするので、アップは日曜の晩になります。

 

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ポール・ラファルグ「怠ける権利」

Le Droit à la paresse – Wikisource

Paul Lafargue: The Right To Be Lazy (Chap.1).

あらゆることに怠けようじゃないか。ただし、愛することと、それから酒を飲むことは別だ、それから怠けることも怠っちゃいけないよーーーレッシングより

1章

不吉な教え

フランスの労働者階級は、資本主義文明の支配のもと、妙な妄想にとりつかれている。この妄想のせいで個人も社会も衰退してしまい、過去2世紀にわたって、人々は悲しいまでに苦しんできた。この妄想とは、労働への愛である。さらに労働への狂おしいまでの情熱である。しかし、その情熱のせいで、人々も、またその子どもたちも、心身が衰弱するまで体力を使い果たしている。こうした心の変調に向き合うことなく、聖職者も、経済学者も、倫理学者も、労働に聖なる後光をかざしている。神ならぬ身でありながら、愚かしい人間は神よりも賢くありたいと願ってきた。謗られて当然の身ながら、心弱い人間は神にののしられた不名誉を回復しようとしてきた。私はクリスチャンでもないし、経済学者でもなければ、倫理学者でもないけれど、人々の判断をもとに、神の判断に異議を申し立てよう。信仰の、経済の、思想の自由をもって、資本主義社会で労働がもたらす怖ろしい結果に異議を申し立てよう。

資本主義社会では、労働はすべて知的堕落の原因であり、すべての醜さの根本的な原因でもある。二本足の従者が仕えているようなロスチャイルド家のサラブレッドと、ノルマン人の農場で大地を耕したり、たい肥を運搬したり、農産物を運ぶのに使われる鈍重な動物を比べてみるとわかるだろう。未開の地に生きる高貴な人々を見るとわかるだろう。彼らはまだ、交易についてきた伝道師や布教をかねた商人たちがもたらすキリスト教、梅毒、そして労働の教えのせいで堕落させられていない。そしてその後で、機械のみじめな奴隷である我々を見るがいい。(Lady DADA訳・・・先は長いけど今日はここまで)

Lady DADAのつぶやき・・・ラファルグはマルクスの娘ラウラと結婚するとき、黒人の血がまじっているからとマルクスに結婚を反対されたそうだ。そして「怠ける権利」という文を書きながら、自身は31歳の若さで「労働者のために献身できなくなったときは、この世から去るときだ」と妻ラウラと共に自殺した。そんな真面目で、ナイーヴなラファルグの思いがストレートに伝わってくる書き出しです。仏文科卒でありながら、今頃ようやく真面目にフランス語に取り組んでいます。卒業させてくれたDADAゼミの塚原史先生に心から感謝しつつ、少しずつラファルグを訳します。

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クルーグマンのブログ「日本というお手本」NYT

Japan as “Role Model” – NYTimes.com.

2012/05/30 NYT

マーチンウルフとのインタビューで、日本の政策について天皇へ謝罪すると冗談を言ったけれど、状況がよいと考えたからではなく、流動性のわなにはまったアメリカの政策がさらに悪化してきているからだ。これから話そうとする内容について、指し示してくれる表があるほうが役に立つだろう。

下にある表は、1991年以降の、日米における15歳から64歳の男性の労働人口表である。日本はその年あたりから凋落しはじめたと考えられている。なぜ女性ではなく男性なのか、なぜ年齢を区切るのか。基本的に、社会的な変化と結婚などのライフスタイルの影響から離れるためである。賃金労働に従事する女性という観点から見れば、日本はアメリカよりも遅れているうえに、当然のことながら急速な高齢化がすすんでいる。これが壮年期の男性の問題だというつもりではない。これは比較的はっきりとした表である。その表はここにあるとおりである。

(英文記事の表をご覧ください・・・訳者より)

 

日本は凋落しているにもかかわらず、アメリカが苦しんでいるような雇用崩壊をまだ経験していない。こうしたことから、私たちは日本よりも更に悪化傾向にあるといえるだろう。

私が言ってきたことだけれど、ある意味、日本はもう警告をあたえるような存在ではなく、まだ悲惨な存在から抜け出ていない。しかしアメリカと比べると、お手本のように見えてしまうのである。(Lady DADA訳・BlackRiverチェック)

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クルーグマンのブログ「英国のわな」NYT

Britain’s Trap – NYTimes.com.

2,012年5月28日

英国のジャーナリストであるマーティン・ウルフが暴露した。キャメロン政府は、緊縮財政主義を推し進めることでひどい過ちをおかしたのだが、今さら流れを変えることはできない。もし変えようものなら、自ら過ちを認めることになるだろう。

「今頃になって政府がそうした声明をだせば、政府の面目はつぶれるかもしれない。しかし英国民がいつまでも政府の誤りのせいで苦しむ理由はないのだ」

しかしながら、理由はもちろんある。理由というのは、政治家たちの野心と虚栄にある。そうだろう、クレッグ(イギリスの副首相であり自由民主党党首)。

(Lady DADA訳)

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クルーグマン「財政に巣くう詐欺師たち」NYT

201211年5月27日

Fiscal Phonies – NYTimes.com.

ショート・クイズをどうぞ。「ニュージャージー州の共和党知事クリス・クライストを、最後がyで終わる5文字に言いかえると何になる?」

最初にでてくる答えはもちろん、「bully(いじめっ子)」だ。しかし州予算をめぐって最近おこなわれたディベートを見ると、「phony(詐欺師)」も同じくらい妥当な答えだ。そしてクリスティが詐欺師なら、クリスティと同じ共和党の連中も詐欺師だ。

これまでも、財政に巣くう詐欺師という攻撃はされてきたけれど、それは州レベルの話ではなく、主に国家レベルでの話であり、ふさわしい例をあげるなら予算委員長のポール・ライアンだ。このコラムをいつも読んでいる読者ならわかるだろうけど、ライアンは容赦なく財政を食らうタカ(詐欺師の意)という世評をとりつけてきた。ライアンがだしてきた予算案は赤字削減に焦点をあてたものからは程遠く、主として富裕層への税金を削減するものであり、貧しい人々や運に恵まれなかった人々への援助を削減するものだ。実際、ライアンの「魔法のアスタリスク」を取り去ればーーーなんとかして歳入を増やし支出を削減するつもりだというが、具体的な策について語ることは拒んでいる。手元に残されるのは、政府の負債を減らす案ではなく、ただ増やすことになるだろう案なのである。

同じことは、ミット・ロムニーについてもあてあまる。ロムニーの主張では予算のバランスをとるつもりだそうだが、実際の提案は、主として巨額の税金の削減(もちろん、企業と富裕層のための減税である)から構成され、国防費については削減しないという約束が付け加えられている。

ライアンにしても、ロムニーにしても、二人とも赤字については詐欺師まがいの人物である。二人のペテンを証明しているのは、ひどい計算能力だけではない。予算不足を心配していると表面上は主張しているけれど、心配しているからといって何かをあきらめるわけでもない。それどころか何一つあきらめていない。ライアンやロムニー、それから二人の支援者たちは欲しいものを何もあきらめていない。二人は赤ん坊の口から食べ物をつかんで奪い取ろうとしているのだ(それはまさに、栄養摂取計画への厳しい削減のことである)。さらに二人の視点からも明白なことだが、ライアンの言葉によれば、社会的な安全網とは「健全な体の持ち主を、生活保護や自己欺瞞であやすハンモック」であってはいけないとのことだ。利益や所得への税は低くおさえ、更にこうした税の削減についての批判は、どんな方法であれ許されないことなのである。

今でもライアンとロムニーは、国中の聴衆にむかって演じ続けている。共和党の知事は厳しい予算の制約に対処しなければいけないが、その姿はぶざまなのだろうかと。これは論議をよんだ。とりわけクリスティが広く支持されてきているのは、少なくとも彼自身の力によるものではなく、厳しい選択をしようとする姿が政治家の一例として支持されてきたのだ。

しかし先週、クリスティが実際に冷酷な選択にせまられる姿を目にすることになった。大声でわめいて影響を与えることは別にして、クリスティは自分から財政に巣くう詐欺師の一人にすぎないことを証明した。

以下がその話の詳細である。以前、クリスティはいわゆる「ジャージー・カムバック(ニュージャージーに戻っておいで)」を奨励していたた。最近でも言動が暴走しているけれど、以前からクリスティには何を言っているんだか意味不明のところがあったのである。たしかにクリスティが知事の座についてから、州には成金趣味の建物が建ち、職がふえてきた。けれど、それは増えたといっても遅々とした増加であり、国全体でみても、あるいはニューヨークやコネチカットと比較してみたところで遅々とした増加であることに変わりない。

それでもクリスティが断固主張するところによれば、ニュージャージーには皆が戻り始めているという。しかも見当がつくだろうけど、それを口実にして、資産家が儲けている現状にもかかわらず減税を行うそうだ。

そして先週、現実がクリスティに攻撃をかけてきたというわけだ。無所属で、どの党派にも所属していない予算分析家ディヴィッド・ローゼンが議員たちに警告したのだが、それによればニュージャージー州は13億ドルの赤字に直面しているという。クリスティ知事の反応やいかに。

まずは、指摘してきたローゼン氏当人への攻撃だ。ローゼン氏は経験をつんだ公務員であり、職務では州知事のクリスティよりも正確に、予算の予測をたてている。でもクリスティにかかれば、ローゼン氏も「ケホーキアン博士(不治の病に苦しむ大勢のために自殺機械を発明した人物)」になってしまう。なんて慇懃無礼な奴。

でもクリスティのもとで働く公務員ですら、予算の不足額が大きいだけでなく、深刻な事態であることを予測している。更に二つの信用格付け会社ムーディズとスタンダード・エンド・プアーズも、最近、ニュージャージーの州予算について警告した。スタンダード・エンド・プアーズによれば、知事の楽観的な歳入見通しのせいで、州の予算は「構造的に不均衡」だということだ。

ニュージャージーの経済状態は、いまや不吉な状況にある。強情な知事も、さすがに十八番の減税を考え直すのだろうか。意味不明の言葉で、「Fuhgeddaboudit(そんなことは忘れちまえ)」とでも言うのだろうか。クリスティはそうする代わりに、窮地をその場しのぎの予算のからくりでごまかそうと望んだ。交通機関への投資のための借入金を減少させるという約束を反古にしてしまい、クリーン・エネルギー計画から資金を流用したのだ。財政上の責任追求については、このくらいで止めておく。

予算が限られていることから癇癪をおこすせいで、クリスティがロムニーのジョギング仲間になるかもという見方は終わりをむかえるのだろうか?私にはわからない。でも、本当はそんなことは問題ではない。ロムニーが誰を選んだのであれ、それが男だろうが女だろうが、予算が破産するまで喜んで一緒についていくだろう。そして前の知事が勝利していたらなら実現していたはずの、ロビンフッドのような政策へと逆回転させるだろう。

現代のアメリカ右翼は、赤字のことを気にかけていない。昔から気にかけていなかったのだ。負債についての話といえばすべて、メディケアやメディエイド、社会保障、フードスタンプを攻撃するための理由にすぎなかった。クリスティに言及するなら、財政に巣くう詐欺師の一人にすぎない。ほかの詐欺師と区別できるのはは、ただ悪口が好きだという点においてなのである。(Lady DADA訳・BlackRiverチェック)

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クルーグマン「アンモラルなエゴイストたちへ」NYT

Egos and Immorality – NYTimes.com.

2012年5月24日

国家を荒廃させる財政危機に瀕し、オバマ大統領は穏やかながら、でも明らかに必要な規制を若干制定した。なんとも許し難い税の抜け道を少しふさごうと提案したのである。また大統領の指摘では、ミット・ロムニーが会社を売り買いしてきたという歴史は、従業員を解雇して途中で年金を奪ったという歴史であり、アメリカの経済を動かすのに適した人間だということにはならないという。

ウォール・ストリートは反応したーーー私が思うところ、案の定である。泣いたり、かんしゃくをおこしたりしたのである。宇宙の帝王の、これほど子供っぽく、怒りっぽい姿を見ることになろうとは、ある意味、面白いことでもあった。ブラックストーン・グループのステファン・シュワルツマンが、税の優遇措置を制限する提案を、ヒットラーのポーランド侵攻になぞらえたことを覚えておいてほしい。JPモーガン・チェースのジャミー・ディモンが、収入の不平等性に関する議論を、成功という考えそのものへの攻撃とみなしたことも覚えておいてほしい。

しかし、肝心要はここなのだ。ウォールストリートが甘やかされて育ったたガキの場だとしたら、そのクソガキどもは巨大な勢力を手にしているし、自由に使用できる富も持ち合わせているってことだ。そして今、クソガキたちが力と富を使ってやろうとしていることは、利益を生み出してくれる政治を買うだけではなく、自分たちを批判しない政治を買おうとしているってことだ。

ところで、その話題の前に、ウォール・ストリートやその筋から信用の厚い支持者たちから散々聞かされている妖精物語を暴くことに時間をさこう。その妖精物語では、急騰した財政のせいでアメリカ経済がこうむった莫大な損害は記憶から流し去られてしまい、資本家はアメリカを救ったヒーローになるのである。

むかしむかし・・・と妖精物語は語りかける。アメリカは怠け者の管理職とぐうたら労働者の国でした。生産性は弱くなり、アメリカの産業は外国との競争のせいで衰退していきました。

やがて四角いあごをした、感情に流されないミット・ロムニーと作り話の人物ゴードン・ゲッコーが救助にきてくれて、財政と労働について訓練を行いました。たしかに二人を好まない人たちもいましたし、たしかに二人は途中でたくさん金儲けをしてしまいました。しかし結果はすばらしい経済の再生であり、利益が少しずつ皆のところへ流れていきました。

ウォール・ストリートがなぜこの話を好きなのかわかるだろう。しかし、ゲッコーとロムニーが金儲けを好きだという部分をのぞいて、その話はどれも真実ではない。

生産性が高くなるという主張が、現実には起きなかったからだ。実際、アメリカのビジネス全般の生産性は戦後スピードが早くなった時期があるが、その時代において銀行はきびしく規制され、個人による銀行の所有権はほとんど存在しなかった。その時代のほうが、「強欲は善」であると決めた今の政治システムより、生産性のスピードが早いのである。

国際的な競争はどうだろうか。現在アメリカは絶え間ない貿易赤字を運命づけられた国と考えられているが、常に赤字だったわけではない。1950年代から1970年代にかけては、だいたい貿易の均衡がとれていて、輸入した分と同じ位の輸出をしていた。大きな貿易赤字はレーガンの時代に始まった。いわばレーガンの時代は、急騰財政の時代なのだ。

では少しずつ富が流れていくという話はどうか。それも起きていない。過去30年間、生産物はかなり増大した。ウォール街の自己主義の連中が信じさせようとしている天秤で計ると、増大してないように見えるだけの話だ。アメリカの労働者に流れたのは、こうした利益のごくわずかな部分だけだ。

だから財政で凄腕をふるっても、アメリカの経済に奇跡は起きなかったのだ。そして、辣腕のディーラーたちが金儲けをしているのに、何故あいまいな結果しかでてないのかと問うべき処なのである。

けれど、これこそ凄腕ディーラーたちが訊かれたくない問いなのである。私の考えでは、税の優遇やら特権やらを守りたいだけではないのだ。そこにはまた、エゴにかられたものもあるのだ。莫大な富では十分ではなく、敬意も欲しいと望み、手に入れようと頑張っているわけだ。ウォール街のかつての民主党員がミット・ロムニーに好意をもっている理由を読んで驚いた。ロムニーの政策が優れているからではなく、財政超過に関するオバマ大統領の穏やかな批判のことを個人的に侮辱されたように考えているからなんだ。

ネワーク市長やコリー・ブッカーのように、ウォール街と関係のある民主党の政治家が義務感から立ち上がって、友達のなんともはかないエゴを守ろうとする姿を目にすると、実に悲しくなる。

冒頭に言ったように、ウォール街の自己中心的で、自分の利益に専念した行動は滑稽だ。けれど、こうした行動は面白いかもしれないが、また非常に不道徳なことなのだ。

今、無責任な銀行家のせいでもたらされた50年間の中において、私たちがどこにいるのか考えてほしい。銀行家たちは手を引いてしまったが、残りの国民の苦しみはまだ続いている。長期にわたる失業率は高い数値にあるにもかかわらず不況以降ほったらかしにされ、若いアメリカ人は学校を卒業しても救いようのない求職市場が待つのみだ。

この国家をおおう悪夢のなか、経済エリートたちが皆気にかけているのは、オバマ大統領が自分たちの感情を傷つけたってことだけだ。なんて滑稽な有様だろう。恥を知るべきだ。(Lady DADA訳・BlackRiver訳)

 

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クルーグマンのブログ「再びラッファー再考」NYT

More Laffering – NYTimes.com.

2012年5月25日

今夜、ビル・マハーの番組でとりあげる話題の一つに、州税の税率を低くすることが経済成長の鍵になるというアート・ラッファーの主張がある。ラッファーの説について、どう考えればいいのか。簡単なことさ。そんな考えは、ジャンク・エコノミックス(訳注・・・英文記事のリンク参照)ってものだ。リンク先のデータを見てみるといい。

本当はITEPを信用するべきなんだけど、だって注意深く、良い仕事をしているから。けれど、もしITEPを自由主義の情報源として信用しないなら、エド・グレーサーを読んでみてごらん。まあ、たまたま共和党員だけれど、穏やかな気候と規制の緩やかな土地活用政策によってどこかの州は急激に成長すると言っている。そう、税金によってじゃない。それともジム・アルムの包括的研究を読んでごらん。かなり保守的だと思うけど、こんな一節があるんだ。

「結果から示されているのだが、政府と州、あるいは州と地域間の課税政策の相関関係は、統計学的には十分ありうるものだ。しかし、集合体の規模や課税期間など具体的な後退策から影響を受けやすい。それとは対照的に拡大政策の効果は、もっと安定したものがある。重要なことだが、州の政治的な情勢判断は、最初から経済成長に影響を与えているという強い証拠がある。驚くべき事だが、おそらく政策が保守的になるほど経済成長率が低くなるのである。」

そう、ラッファーのジャンク・リサーチに、右翼シンクタンクの、ウォール・ストリート・ジャーナルとかが注目するのはなぜだろう。わからないなあ。まったく不思議だよ。こうした右翼連中はいつも富裕層の税削減の口実を探しているということだろうか。冗談じゃないなあ。(Lady DADA翻訳・B.Riverチェック)

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クルーグマンのブログ「ラッファー再考」NYT

Enter, Laffering – NYTimes.com.

2012年5月24日

ブログをほったらかしですまない。シアトルではいろんなことがありすぎてね。

明日は夢の国カリフォルニアで、ビル・マハー気分。それともアート・ラッファーを気取ろうか。

これは、2、3年前にいろんな政党からだされた予言をふりかえる良い機会だ。3年前に、ラッファーが「インフレと利率の上昇へ備えよ」で、こう述べている。

「しかし財務情勢も悪く、パニックをもたらす通貨政策も悲惨な結果の前兆となるであろう。今後4、5年にわたり物価が急激に上昇し、利率も更に上昇するだろうという見通しがたつ。しかし、それに付随するものとして、1970年代後半とは異なり、生産性と雇用に対して有害な衝撃をあたえる結果になろう。」

いいかい、これが書かれたのはわずか3年前のことだ。だから、まだハイパーインフレーションには間に合うと思うけど。もう、動き出した方がいい。ぼくのメモも少しは役に立つんじゃないかな。

「しつこい位繰り返してるけど、言わせてもらうよ。ぼくたちは、流動性のわなにはまっているのだと。こんな状況では、金融基盤の危機はインフレにはならない」

それから続けて、そのときにぼくがだした声明文をもう一つ。

「われわれが現在おかれている窮地は、世界中が適切な額を超過して貯金しているということにある。すなわち経済を爆発でもさせないかぎり、財政赤字のせいで利率が上昇しないだろう。」

ついでに言わせてもらうけど、ぼくが緊縮政策の神話を攻撃してから2回目の記念日をむかようとしている。

記念にこうした文を思い出してみるのも、価値があるだろうと思っただけのことなんだ。 (Lady DADA訳・B.Riverチェック)

 

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