アダム・スミス 道徳感情論1.1.13.3

 

Smith: The Theory of Moral Sentiments | Library of Economics and Liberty.

その一方で、死者の幸せとは言うまでもなく、こうした状況から一切影響をうけない。またこうした状況について考えてみても、休息についている死者の、ふかい安らぎを妨げることはできない。だが、死とは悲しみにみちた、果てのない憂鬱だと考えるひともいる。夢想家は、憂鬱の原因を死者の特質のせいにする。死を憂鬱なものだとする考えが生じるのは、死者に起きた変化に自分を結びつけ、私たちが死者の変化を意識するからであり、死者の状況に身をかさねるからである。もしこのように語ることが許されるなら、私たちの存在を、すなわち生き生きとした魂を、死者の生命のない体に感じ、こういうことになれば自分がどう感じるのだろうと思うからである。想像力がかきたてるこの幻影のせいで、体が腐り朽ちていくさまを予見することが私たちにとってつらいものとなる。また死んだら痛みはない筈なのに、こうした状況を考えると、生きているときから惨めな気持ちになる。死の恐怖がもとになり、人間の本質のなかでももっとも重要なものである道徳規準が生じる。道徳規準とはすなわち死の恐怖であり、幸せへの弊害となるものである。だが人間の不正をしようとする心をおさえるものである。道徳規準はひとりひとりを打ち負かして屈辱をあたえるが、一方で社会を守り保護してくれるものである。

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アダム・スミス 道徳感情論1.1.13.(仮)2

Smith: The Theory of Moral Sentiments | Library of Economics and Liberty.

たしかにそうだ。死という凄惨な不幸にのたうちまわる者の気持ちになることは、とうていできやしない。だからかつての仲間が忘れさられる危機に瀕したり、むなしい名誉をたたえて弔意をのべたりするときに、仲間によせる気持ちがずるいものに見えてくる。これが自分の貧苦につながるなら、悲運におかれた死者の憂鬱な思い出を鮮明に残そうとして努力する。共感するといっても、死の不幸にあるひとを慰めるほどの余裕はない。せいぜい死の不幸におまけを添えるくらいのことしか出来ないだろう。死の不幸にたいして出来ることすべてを考えてみたところでむなしい。人々の絶望や後悔、恋慕の情、そのまた友達の悲嘆を癒してくれるすべてのものですら、死の不幸にある者を慰めることはない。死の不幸にある者の悲惨さについて思う私たちの気持ちがいっそう強くなるだけである。

 

 

 

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アダム・スミス 道徳感情論 1.1.13.1

Smith: The Theory of Moral Sentiments | Library of Economics and Liberty.

1.1.13.1

 私たちは死者にさえ共感をいだく。だが死者にとってほんとうに重要なこととには、目をつぶっている。それは、死者には悲惨な未来が待ち受けているということである。死者のありように心を滅入らせるが、幸せにすることはできない。悲惨だ、と私たちは思う。太陽の光を奪われ、会話をかわす生活から閉め出されるなんて。さらには冷たい墓のなかに横たえられ、腐敗して地中の虫の犠牲となることも。ついにこの世で考えてもらうこともなくなり、親しくしていた友人や身内の愛情や記憶から、みるみる消し去られていくことを悲惨だと思う。

(今まで訳したものについては、上のバーのアダム・スミス「道徳感情論」の部屋からお入りください。)

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アダム・スミス 道徳感情論 1.1.12

Smith: The Theory of Moral Sentiments | Library of Economics and Liberty.

1.1.12

 母の心はどれほど痛むことだろう。病床にある我が子は苦しんでいるのに、その痛みを訴える言葉も知らない。ただ苦悶の声を洩らしているだけだとしたら。我が子が苦しんでいるという思いにかられた母は、なすすべのない子どもの現実に己の無力感をからませ、我が子の病の先がわからないという恐怖をかさねていく。苦悶、無力感…これらすべてのことが母の悲しみのもととなり、悲惨さや絶望を完璧なまでに描いてみせる。だが子どもは、今この瞬間だけが、不安なのである。子どもの不安はたいしたものではない。未来を考えたとき、子どもとは揺るぎない存在である。子どもが軽率なのも、慎重さにかけるのも、私たちの胸に拷問のようにやどる恐怖や不安を解毒するためなのである。やがて子どもが成長して大人になったとき、理性や哲学の力で自らの子どもを守ろうとしては、むなしく終わるのだ。(さりはま訳)

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アダム・スミス 道徳感情論 1.1.11

Smith: The Theory of Moral Sentiments | Library of Economics and Liberty.

1.1.11

 死の危険にさらされるような災難のなかでも、理性がなくなるという災難は、感情の火花が飛び散らない凡人にすれば恐ろしいものである。それでも不幸が最後にどうなるのかを見つめ、他のひとよりも深い哀れみの言葉をかけたりする。だが不幸のどん底にいる筈の哀れなひとは、笑うこともあれば、おそらく歌うことだってあるだろう。きっと自身の悲惨さをまったく感じていないのだ。だから相手の様子をみて感じる苦痛とは、その不幸をうけている相手の感情を反映したものでない。不幸を目にして感じる同情とは、そうした不幸な状況に自分が落ちぶれたら、何を感じるのだろうかという思いから生じるものである。だがそれと同時に、理性と判断力を働かせ、相手の不幸を見つめるということは、おそらく不可能である。(さりはま訳)

(今まで訳したものについては、上のバーのアダム・スミス「道徳感情論」の部屋からお入りください。)

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アダム・スミス 道徳感情論 1.1.10

Smith: The Theory of Moral Sentiments | Library of Economics and Liberty.

1.1.10

 だから共感する気持ちは、悲しんだり喜んだりという感情からは生まれない。むしろ、そうした感情をいだかせる状況から、共感は生まれてくるものである。時折ほかのひとのために怒りや悲しみを感じても、当の相手が、そうした感情を少しもいだいていないように思えることがある。それは相手の境遇に自分をおくとき、想像力のおかげで喜びや悲しみが私たちの胸にはやどる。だが現実から、相手の胸にやどる感情ではないせいである。他のひとが失礼なことをしたり不作法だったりすると、恥ずかしさで顔が赤くなることがある。だが肝心の相手には、その行動がよろしくないということがわかっていないように思えることがある。もし自分がそんな馬鹿げた行動をとれば、どんな混乱におちいるだろうかと、私たちは思わないではいられないからである。

(さりはま訳)

(今まで訳したものについては、上のバーのアダム・スミス「道徳感情論」の部屋からお入りください。)

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アダム・スミス 道徳感情論

1.1.9

 ほかのひとの悲しみや喜びに共感することがあるかもしれない。でも、そうした感情をひきおこしている原因がわからなければ、その共感はとても不完全なものである。ふつう悲しみがあらわしているものは、受難者の苦痛だけである。だが、そのひとの境遇を知りたいという関心を抱かせるものである。また、受難者に共感する傾向があるが、ほんものの共感のように鋭敏に感じとるものではない。私たちが最初に問いかけることは、「あなたの身になにがおきたのですか」だ。この問いに答えてもらうまで不安になる。それは相手の不運について漠然としているからである。あるいはどうなるのか推察してみることで、自分自身を拷問にかけることになるからである。けれど悲しみや喜びの原因がわからなければ、私たちの仲間としての意識はたいしたものではない。

(さりはま訳)

 これまでの訳は、上のバーのアダム・スミス 「道徳感情論」の部屋、からどうぞ

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お金のあるひとは有利ー長寿と年金支給年齢について

Buttonwood: The rich are different | The Economist.

TheEconomist 2012年12月22日

 長く生きるほど、長く働くことになる。先進国は白髪のひとたちにかかる費用と闘っているが、スタンダードな対応は退職年齢のひきあげである。10年から20年のあいだに、65歳から67歳で退職してもらうことがノルマとなる。

 だが、こうした変化は公平なのだろうか。先進国をみてみると、社会的階級が高い裕福なひとのほうが、貧乏なひとより長く生きる傾向がある。近年、この格差は縮小するより広がる傾向にある。その結果、貧乏なひとは裕福なひとより年金給付を楽しむ時間が少なくなる。

 これは簡単には対処できない問題である。お金のあるひとのほうが長く生きる傾向にあるため、年金年齢に関する不公平感が世界中どこにでもある。そして収入レベルだけが長寿の決定的要因ではない。性差による格差もある。女性のほうが男性より長生きする。だがバランス是正のために、退職年齢をひきあげるように女性は求められない。

 歴史的にみて、労働者階級の男性の平均余命が短い要素はその仕事の内容のせいだった。炭坑で働いたり、桟橋でおんぼろ車に荷を降ろしたりする人生のせいで、男たちの体はすり減った。時がたち、製造業からサービス業を土台にした経済へと転換し、この仕事内容からの影響は減じた。

 お金のあるひとと貧乏なひとの格差は、何によって説明されるだろうか。健康管理の利用が可能性としてあげられる。裕福なひとたちは進歩した医療の恩恵をうけている。調査によれば、金持ちと貧乏人の寿命の格差は、英国の場合、1980年代初頭からみていくと、およそ1年にまでひろがっている。アメリカの場合、1970年からみていくと、およそ5年まで上昇している。

 英国では、国民健康サービスのおかげで、心臓病だろうと脳卒中の予防薬だろうと、治療を受診する割合が収入レベルで異なることはない。けれどアメリカでは、無保険者のヘルスケアの利用は一様ではない。調査によれば、アメリカ南西部より北東部の低所得の住民のほうがヘルスケアの利用率も高く、死亡率のデータも低い。

 生活スタイルもおそらく重要である。30年にわたって65歳から74歳の死亡率がさがった大きな要素のひとつに、循環器官系の問題を減らしたということがある。治療技術の向上も理由であるが、喫煙するひとが減ってきたということも大きな要因である。アメリカの分析によれば、大人の喫煙者が5.9パーセント上昇すると、早く死亡するひとの割合がおよそ7パーセント上昇する。

 ここ10年で、男女のあいだの平均余命の格差がせばまってきた理由で考えられるものとしては、男性のタバコの使用が急に落ち込んだことである。対照的に、金持ちと貧乏人の生活スタイルの格差は広がっている。教育をうけたひとと比べると、学歴のない英国人は喫煙、過度の飲酒、貧弱な食生活、運動不足におちる割合は5倍になる。

 これは国によって異なる。フランスでは、金のあるひとと貧乏なひとのあいだで喫煙の習慣の格差はない。それにもかかわらず、ヨーロッパの40歳から65歳を対象にした調査結果によれば、収入の低いひとたちが裕福な人たちのように危険を意識して行動することで、早く死亡するひとの割合は男性で23パーセント、女性で16パーセントほど減少するだろう。

 こうした生活スタイルの差がなぜ続くのか納得できる合意にはいたっていない。貧乏だというストレスが人々をますます喫煙にかりたて、賢明ではない食生活にはしらせると主張するひともいる。だが、そこには文化的な要素もあるように思える。アメリカでは同じ収入でも、ヒスパニック系と黒人とでは健康状態が明らかに異なる。裕福なひとたちのあいだで喫煙がすたれたということも文化的な要素である。喫煙という習慣は、豊かなクラスではもはや社会的に受け入れがたいものなのである。

 寿命の格差の最大の理由が生活様式だとしたら、年金受給年齢を引き上げることはしないで、健康問題を直接取り上げたほうがいい。国によっては職業ごとの年金計画(消防士や陸軍)があるが、危険の多い職業だというせいで、労働者に早めに退職することをみとめている。

 しかし政府の年金計画も、すべての国民に均一に年金を支払わないアメリカの年金計画のように、密接な関連性がある。裕福なひとたちは長生きするだけではなく、生きていくなかで高い収入を得る。現在、アメリカ政府の年金のうち85パーセントだけが課税対象であり、裕福なひとに最大の利益をもたらすものである。寿命の格差にしても、赤字の現実にしても、ふさぐべき抜け道であることにちがいない。(さりはま訳)

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アダム・スミス 道徳感情論 1.1.8追加

Smith: The Theory of Moral Sentiments | Library of Economics and Liberty.

パート1    品性ある行動について

セクション1  品性という感覚

一章 共感するとは

1.1.1

 かなり自己中心的だと思われているひとでも、心にはなんらかの道徳規準が確かに存在している。その道徳規準があるために、ほかの人の運命の浮き沈みについて考えようとし、さらには周囲に幸せになってもらうことが必要なのである。ただし、その幸せを見ても喜びがあるのみ、幸せからひきだせるものは何もない。ひとの不幸をみたり、心に思いうかべたりするとき、窮状を気遣うこの感情は同情でもあり、哀れみでもある。ひとさまの悲しみが自分の悲しみの原因となることは明らかであり、例をあげて証明するまでもない。同情や哀れみのような感情は、人間の心にもともとある他の感情と同じであり、けっして徳の高いひとや思いやりのあるひとに限定されたものではない。たしかにそうしたひとたちであれば、悲しみをきわめて鋭敏な感覚で感じとるのかもしれない。だが社会の法を無情にも踏み破る極悪非道の悪党ですら、悲しみを感じないことはないのだ。

1.1.2

 他人の感情をそのまま追体験できないから、どんなふうに感じているのか思い描くことはできない。でも、同じような状況におかれたらと考えてみればいい。兄弟が拷問にかけられているときでも、安楽に過ごしていれば、その苦しみを感じとることはないだろう。自分が感じる以上に強く苦しみを感じることは、今も、昔も不可能なことである。ほかのひとの感受性を理解するのは、ただ想像力あるのみである。苦しみを感じるように手助けしてくれる能力は想像より他にない。すなわち自分が苦しい立場におかれた場合には、どう感じるのか想像すればいい。想像力で模倣するときには自分の感覚を使うのであり、ほかのひとの感覚ではない。想像力の力によって相手の境遇に自分をおき、同じ苦痛に耐えている自分を思い描く。いわば相手の体に入り込んで、ある程度同じ人物となり、その感覚を思い描き、なにか感じとることである。いくぶん程度は弱まるが、相手の苦痛からまったくかけ離れているわけではない。ひとの苦しみを切に感じて受け入れ、自分自身のものとするとき、その苦しみは私たちの心をついに動かす。さらに相手の感じていることを考え、震えおののくようになる。あらゆる種類の痛みや苦悩のせいで過度の悲嘆にくれてしまうように、悲しみの中にいる自分を思い描いたり想像したりすることで同じ感情にかられてくる。悲しみの程度はいきいきと心に思い描くのか、それともぼんやりと描くかによる。

1.1.3

想像力こそが、ほかのひとの窮状を憂える感情の源である。苦しんでいる人と想像のなかで立場をを交換することで、その痛みを感じるようになる。ほかのひとが感じていることを思い描いたり、心が動かされたりもする。悲しみそのものについて子細に考えるべきではないにしても、簡単な観察をたくさん繰り返していけば、明らかになることかもしれない。脚や腕をめがけ一撃がおろされようとしている場面を目撃すると、しぜんに身をちぢめ、手足を引っこめてしまう。その一撃がくだされたとき、かなりその衝撃を感じとり、受難者と共になって傷つけられたように感じる。綱渡りのロープのうえの踊り子を凝視するとき、観客はしぜんに身をよじって苦しみ、自分の体でバランスをとろうとする。そのようにして綱渡りの芸人が綱をわたるのを見ながら、もし同じ状況におかれたら感じるだろうことを思う。繊細な性格のひとや体が弱いひとがこぼす不平に、道ばたの物乞いがさらけだしている腫れ物や潰瘍を見つめていると、自分の体の同じ箇所がむずがゆくなったり、そわそわしてくるというものがある。悲惨な境遇にあるひとの惨めさをみて感じる恐怖は、他の部位よりも特定の部位に影響する。なぜなら、見つめている相手が悲惨であるとしよう。そして自分の特定の部位が同じように惨めな影響をうけるとしよう。すると自分たちが苦しむだろうものを思い描くことで、こうした恐怖が生じるからだ。こうして理解するだけで十分である。体の脆弱な部位に、むずむずとした不安な感覚を生じ、愚痴をこぼすようになる。どんなに屈強な男でも、悲嘆にくれる眼を見ているうちに、自分の目に鋭敏な痛みをおぼえる。これは同じ理由である。つまり、屈強な男にしても目というこの部位は繊細なものであり、弱者の体の他のどんな部位よりも傷つきやすい。

1.1.4

 仲間意識をよびおこすのは、こんなふうに苦痛や悲しみを生じる状況のもとだけではない。あらゆることを契機にして、いろいろな感情がうまれるだろう。でも観察者に思いやりの心があれば、状況について考えるとき、仲間と同じような感情が胸に芽生える。悲劇や物語の主人公に私たちは憧れる。その主人公を救い出す喜びは私たちの心をひきつけ、その喜びも、また主人公が絶望するときに感じる悲しみも真実である。主人公の幸せにも、悲惨さにも、仲間として思うということも真実である。誠実なひとが困難な状況にある友を見捨てず、感謝される様子を思い描くことができる。裏切り者に傷つけられたり、見捨てられたり、騙されたりしたひとが憤る様にうなずく。心あるひとには感じることのできる感情である。その状況を自分のものとして思い浮かべることで、受難者の思いはこうだろうと思えてくる。

1.1.5

 哀れみと同情とは、悲しみにくれるひとへの連帯感をしめしてくれる言葉である。もともとは、共感も哀れみや同情と同じ意味だったのだろう。でも今では、共感は、正確に言えば、どんな感情をもつ相手であろうと仲間意識をしめすのに使われている。

1.1.6

 共感とは時折、他のひとの特定の感情から生じるように見えることがあるかもしれない。感情とは時折、ひとからひとへすぐに広まるように見え、たとえ関係者をわくわくさせる知識があるとしても、その知識よりも優先されて広まるように見えるかもしれない。表情や身振りに強くでる悲しみや喜びは、観ている者にも同じような苦痛や心地よさを、いくぶんひきこすものである。ほほえみをうかべている顔は、その笑顔を目にするすべてのひとにとって心地よい対象である。一方で、悲しみにみちた風貌は憂鬱にみちた対象となる。

1.1.7

 だが相手の喜びや悲しみをいつまでも感じるわけではないし、どの感情にもあてはまるわけではない。表情や身振りをしめしたところで、どんな類の共感をよぶことのない感情もある。共感をよばない原因を理解する前から、そうした感情に嫌悪をいだき腹をたてている。腹をたてたひとが激怒にかられた行動をとるのは、敵に苛立つといよりも、自分に苛立つからである。怒りの原因を知らなければ、そのひとの立場を自分のものとして考えることもできないし、そんなふうに思う心を想像できない。だが腹をたてている相手の状況を理解することはできるし、立腹した敵がふるいかねない暴力も理解することができる。恐怖や怒りにもすぐに共感できるし、怒っているようにみえる相手にあらがいたい気分にもなる。

1.1.8

 悲しみや喜びを目にすると、いくぶん似たような気持ちになることがある。それは観察している相手にふりかかる運、不運について知るからである。こうした悲しみや喜びの情熱を感じながら、相手の運、不運を目にすることで、私たちは少なからず影響をうける。悲しみや喜びはこうした感情を感じているひとだけにしかわからない。また怒りとは異なって、相手の考えを教えてくれない。さらに相手の関心が自分とは逆だということも教えてくれない。運、不運について考えることは、そうした出来事に遭遇したひとに関心をもつことになる。だが怒りの原因について考えてみたところで、怒りをむけられているひとが腹をたてる気持ちに共感しない。自然は私たちが怒りにかられることを毛嫌いするようにしむけ、怒りの原因がわかるまでは怒りを鎮めようとするものである。

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支援を必要とするアメリカの貧しい人たち The Economist

The poor in America: In need of help | The Economist.

 

バラク・オバマの再選挙のときに語られることのなかったアメリカの貧しい人たちであるが、彼らのことははもっと考えるに値する問題である。

 

2012年11月10日 TheEconomist

 

バラク・オバマが大統領に最初に立候補したときに、エンマ・ハミルトンが位置している白人の労働者階級は政治的に重要な構成グループであった。ミズ・ハミルトンは黄色い髪に、長身、がっしりとした肩で、握手する手は力強く、単刀直入な物言いをする女性だ。南カリフォルニア州の東中央部、人口四万ほどの小規模都市サムターにある工場で積み荷係として働いていた。しかし工場に勤務しての七年後の2008年7月、重い二つのローラーのあいだに片手をはさんで潰してしまった。その事故のせいで彼女は仕事ができない状態になってしまった。

事故から3年後の2011年4月に、ミズ・ハミルトンは家も失ってしまった。20歳の息子と犬と一緒に、シュヴロンの紺色をした自分のワゴンに引っ越すことになり、それ以来そこに住んで、日中は金属缶を拾ったり、夜は食料品店の駐車場で眠った。

ミズ・ハミルトンの脚の痛みがひどくなり無視しがたいものになると、ときたま息子と一緒に滞在するシェルターの職員は、サムター郊外にあるダウンタウンのエクセルシオール・メディカル・クリニックをすすめた。ミズ・ハミルトンの受付をしたのが、パトリシア・ダンハムという名前の職員だった。ミズ・ダンハムの肌は黄褐色、青い目としまりのない笑いが目につく。ミズ・ダンハムはエクセルシオールで毎週37.5時間働いている。夜になるとファーストフードレストランの奥で働く。エクセルシオールの時給は12ドル50セント、ファーストフードでは時給が7ドル25セント、これは連邦政府の最低時給である。もし一週間に24時間レストランで働くことができればーーーこれは彼女がそうしたいと望んでいることだがーーー1週間で61.5時間、一年間で50週働くことになり、天引き前で32137ドル50セント稼ぐことになる。

ミズ・ダンハムは学校にかよう年齢の子供たちを3人抱えているが、夫は働くことができない状態である。ダンハム氏には犯罪歴がある上、2010年から定期的に発作を起こしてはその後数日間寝たきりの状態になってしまう。センターの補助にしてもレストランの仕事にしても、ミズ・ダンハムの仕事では、健康保険には加入できない。ミズ・ダンハムは夫のために発作を押さえる薬の支払いをし、さらに自分自身の7歳児のような注意欠陥障害をおさえる薬の支払いもしている。

ダンハム夫妻は、2010年にダンハム氏の母親を埋葬するさいに借りた2100ドルのローンを未だに支払い続けているが、車の支払いはもはや関心事ではない。ミズ・ダンハムは車を差し押さえられ、まもなく車が回収されたことが伝えられた。メディカル・クリニックは家から徒歩圏にあるが、ファースト・フード店はそうではない。勤務は夜遅く終わるが、通りは安全からほど遠い。

これら二つの人生の断片は、アメリカ人の金銭的な余裕を物語るものである。アメリカ人の15%(4600万2000人)ほどが、最初のミズ・ハミルトンのように貧困ラインを下回る暮らしをしている(チャート1参照)。L.B.ジョンソンが大統領選で「偉大な社会」を目標にかかげた1960年代初期に戻れば、このように貧困が著しい割合をしめている状況を見つかるだろう。多くのひとはミズ・ダンハムのように貧困ライン以上の収入はある。だが、それにもかかわらず、家族が月々必要とする基本的なものを充たすことができないでいる。そしてこのような人々の数が増えつつある兆しがある。

 

困難になりつつある状況

 

かつて、こうした人々の運命はアメリカの政治家にのしかかっていた。ロナルド・レーガンの自慢は、所得税を免除して貧乏人を助けたことだった。1996年にボブ・ドールと同時に立候補したジャック・カンプは、「貧困への新しい戦争」の先陣をきろうとした。だがジョージ・W・ブッシュは、「根が深くて絶えることのない貧困には・・・国家の公約にする価値はない」と述べた。

もはやそうなのだ。予算はきびしく、セーフティ・ネットは高くつく。よく知られているようにミット・ロムニーはこう発言したことがある。「貧困者について心配していません。なぜなら、貧困者を助けるためのセーフティネットはちゃんとあるからだ。かつてオバマ大統領は二次計画で貧困について言及した。今回もその延長線上で、「ミドル・クラス(中間層)へ憧れる人たち」と用心深く話した。「poor」は四文字の汚い単語なのである。

オバマ氏が再選したことで上院への民主主義的なコントロールが働き、ロムニーの行政下であれば安心できなかっただろうが、連邦の反貧困プログラムの水準も維持される。しかしアメリカの貧乏な人は、行政やプログラムからの支援を上回る構造の変化に直面している。かつては高校をドロップアウトしても勤勉な者は、工場の流れ作業で働いてミドル・クラス(中間層)になることが出来た。今やそうではない。20世紀には技術は要らないが高賃金の仕事に多くの人がついて貧困から抜け出そうとしたものだが、そうした仕事もほとんどがなくなってしまった。貧しい人たちは家族構造が弱いものになっているせいで、貧しい子供たちが収入という人生の梯子において一番下で脅かされている。おぼろげに見えてきた教養娯楽・高級品購入など裁量支出への削減は、アメリカのすでに手薄なセーフティ・ネットを脅かしている。

15%という貧困率は、連邦政府がさだめた一人当たり年収11702ドル、四人家族一世帯で年収23201ドルという貧困の境界線にもとづいて計算されているが、これは一人あたりの収入だと中央値メジアンからおよそ44%になり、四人家族にすると中央値メジアンから30%になる。豊かな国のクラブであるOECDが貧困ラインの比較数値として示しているのは、税引き後の世帯収入の中央値メジアンから40%のところにある数値である。これを基準にすると、アメリカの貧困の割合は11%であり、OECDの平均6%より高い数字である。

一般的にアメリカの貧困といえば、アパラチアとオークランドを、すなわち田舎の白人と都心部の黒人がうかんでくる。確かにそれは真実である。1990年からにかけて、貧しい人たちが常に住み続けて、貧困率が20%かそれ以上になる地域は、たしかにアメリカの田舎である(地図参照)。貧困の全体的な割合は大都市で高い。貧乏人の過半数1900万2千人は非ヒスパニック系白人であり、貧困率は少数人種において高い。黒人やラテンアメリカ系移民の1/4が貧困状態で生活しているのに対し、白人で貧困状態にあるのは1/10にすぎない。

子供の貧困率も高く、ユニセフのレポートによれば、日本、カナダ、ルーマニア以外のヨーロッパの他の国よりもアメリカの子供のほうが貧困率が高く、そのせいで人生を駄目にしてしまう。アメリカでは低所得グループの子供たちは、高所得グループの子供たちのように五歳で学校にいく準備をしない。低所得グループの子供たちが落第することなく高校を卒業することは少ない。学校にいっている歳なのに、低所得グループの子供たちは親になったり有罪宣告をうけたりしている。高校を卒業して高い収入をえることはありそうにない。

ほとんどの場合、貧困とは一時的な状況だろう。いつまでも続く貧困とは比較的まれである。しかし、いつまでも続く貧困が広がりつつあるように思える。2004年1月から36ヵ月間、アメリカ人のうち2.8%だけが貧しかった。危機以降の2009年から10年にかけて、貧乏なひとの割合は4.8%に上昇した。以前から潜んでいたものの、危機のあいだに悪化した別の問題とは、郊外の貧困である。郊外に住んでいる貧乏な人の数は2000年から2010年にかけてのあいだに53%になり、そのあいだに数十年間発展してきた郊外は逆方向に転落し、アメリカでは都市がもう一度働くのに望ましい場所となり、裕福な郊外居住者をひきよせ、末端の郊外の経済活動を沈下させた。財政危機がさらに事態を悪化させ、中でも以前にぎやかだったサンベルト地帯においてひどい。2008年度に関していえば、アメリカでは貧しいひとの1/3以上が郊外に住んでいる。

 

貧困に監禁されて、あるいは監禁された貧困

 

2010年には、1億5千万人のアメリカ人がワーキングプアであるとみなされた。それはすなわち労働力人口のなかで27週を過ごすが、それでも貧困ライン以下で生活しているということになる。これは労働統計局が1987年に統計をとりはじめてから最も高い数字である。ミズ・ダンハムのように貧困ライン以上のところにいても、家族の必要を充たすことの出来ない人々を含めたら、もっと高い数字になるだろう。

ひろく惜しまれていることは、40年か50年前なら正式な教育は受けていなくても、ミズ・ダンハムのように意欲のある労働者は工場に職を見つけて、年金のつく標準的な仕事を見つけることができただろうということだ。しかし技術のいらない単調な仕事、中でも製造業は、海外に転出してしまうかオートメーション化の犠牲となってしまった。低いレベルのサービス業だけが残っている(ワーキングプアの1/3がサービス業で働いている)。こうまで言うと単純化のしすぎかもしれないーー製造業がかならずしもサービス業より給料が高いという訳ではないーーーしかし、これは真実なのである。

低所得者の賃金は過去40年間において大きく変わっていない。1947年から1967年にかけて、労働者ひとりあたりの時給は平均で年2.3%上昇した。これはアメリカの労働者の80%をしめる労働管理下にない労働者の話である。しかしながら過去30年間、時給は毎年少し0.2%ほど上昇した。2007年から2011年、平均時給はアメリカの労働者のうち底辺70%で下落し、なかでも所得が低い層での下落がもっとも激しい。

賃金が落ち込んだのと同じように、危機のせいで全労働人口における生産年齢人口の割合が急激に落ち込んでいる。2000年代の最初、その割合は62%と63%のあいだだった。2010年には59%以下になった。仕事についていない期間が長くなればなるほど、仕事に復帰するのが難しくなる。そのせいで不景気における高い失業というマクロ経済の一時的な問題が、貧困へと構造を転換してしまうだろう。

アメリカの尋常でない投獄率も原因となっている。ダンハム氏の犯罪歴は異常はない。若い黒人男性で学校をドロップアウトした者のうち37%に犯罪歴がある。刑務所にいるあいだに稼ぎたいと思う気持ちがなくなり、仕事にしがみつくことも面倒になり、結婚したいと思わなくなる。おおざっぱにいって高校をドロップアウトして犯罪歴のある者のうち3/4が底辺の収入グループから抜け出すことはない。1970年から2010年にかけて犯罪人口が8倍に伸びたせいで、貧しいひとへの判決が貧しい生活になってしまう。

さらに貧乏人のあいだで家族構成が崩れつつある。1965年、ダニエル・パトリック・モニヤンはリンドン・ジョンソンで「貧困に関する戦い」を研究していたが、黒人の家族のあいだで家族構成が壊れつつあると警告した。1/4の家庭で女性が世帯主であると、モニヤンは「ネグロの家族、国家が行動すべき事例」で書いた。更にほぼ1/4の黒人の子供たちは、はやりの言葉で言えば「私生児」である。今日、結婚しないカップルの出生率をすべての民族で平均してみると、モニヤンの頃の黒人よりも高く、ほぼ41%である。高校を終えていない白人女性だと、この割合は60%を越えている。

貧乏な子供のほとんどが片親家庭であり、貧しい家庭のほとんどに結婚している両親がいない。ミズ・ハミルトンのようにシングルマザーが世帯主で夫がいない家庭の1/3が貧しく、それと比べると両親が結婚している家庭で貧しいのは14家庭のうち一家庭にみたない。1999年にさかのぼるが、シンクタンクのブルッキング・インステティューションで貧困について研究していたイザベル・サウヒリがこう警告した「子供の頃が人生の分岐点となり、私たちを持てる者と持たざる者に分けようとしている。そしてその分岐点の原因となる大半は、金持ちの家庭か貧乏な家庭か、あるいは両親が結婚しているかそうでないかという生まれや育ちの違いである。

なぜ結婚が安定につながるのか理解することは難しいことではない。ミズ・ハミルトンの場合を考えればいい。彼女の夫がでてくることはない。頼る家族もない。複合硬変と心臓をわずらう姉が施設に住んでいるが、夜の訪問は許可されていない。もう一人の姉は60代で、夫は仕事にはついてなくて数年間ガンをわずらっている。姉夫婦は家を失ったばかりである。極貧におちいったときには息子は幸いにも成人していた。もし小さい頃であったなら、息子の未来は荒涼としたものになっていただろう。

ミズ・ダンハムを見れば、結婚がどれほど役にたつかわかるだろう。彼女の状態は不安定である。だが、家で子供たちの面倒をみてくれるダンハム氏がいなければ、状況はさらに悪化しているだろう。子供の面倒にもっと時間をついやすことだろう。子供たちは監督する者もいなくなるだろう。ダンハム氏は15歳になる息子に「頑固者」やならず者になることへの危険を好んで警告するが、これは自分自身の没落を責めてのことである。ダンハム氏の仕事は突発的なもので正式な仕事ではないが、一家の財源をふくらますことが可能なのである。ミズ・サワヒリが家族に「予備軍」をあたえるものとして結婚について語るとき、言おうとしているのは臨時の手伝いであり、臨時の稼ぎ手であるということなのだ。

アメリカは貧困の問題に無計画でも、無頓着でもない。たとえ金持ちと貧乏人が異なる地域で、別個の生活習慣をおくり、まったく異なる生活を送っていたとしてもだ。貧しい人々は多くのプログラムにより助けられているが、負担がもとで軋み始めたプログラムもある。連邦政府がフードスタンプに費やした金額は2011年度には750億7千万円に達し、2008年の2倍以上になった。メディケイド(医療補助制度)への登録をとおして連邦政府と州政府は低所得のアメリカ人にヘルスケアを提供している。2008年以来、メディケィドへの登録は増加している。2012年のヘルスケアの予算増加は一時的な不景気がはじまったせいで最も緩やかなものとなり、連邦政府や州政府のコスト削減方針のせいでメディケアへの歳出は登録人数よりも低いものとなった。2011年に失業対策で1130億3000万ドルを支出した政府は990万人の受け取り人に利益を与え、同様にざっと見積もって160億6千万ドルを「必要ある家族への一時的援助」と呼ばれる連邦のプログラムの援助をした。

 

危ういハンモック

 

アメリカ人が、他の豊かな国と比べてみて、貧乏人に現金の譲渡することをとても嫌がる。この国は長年、貧乏でいることへの「報償」にみえるものを政治的に嫌悪し、そのかわり温情主義や課税コードなどの進歩主義を用いて貧困と闘っている。子供の税金控除は、ある程度の収入以下の家族(夫婦の場合なら110000ドル、片親なら75000ドル)が扶養下にある子供をかかえていると1000ドルの税金の控除を申請することができる。その範囲はミドルクラスにまで伸びるけれど、もっとも恩恵をうけるのは貧しい人たちである。控除のおかげで貧しい人の税の負担はほとんどなくなる。(おそらくミズ・ダンハムの場合のように)

アメリカにおけるもっとも重要な税金をもとにした現金譲渡プログラムは、勤労所得控除である。これは貧乏なひとが労働力になるよう奨励するために1975年に制定されたものであり、両方の党から精力的に範囲をひろげ拡充されてきている。最近では2009年に、オバマ大統領によって範囲を拡大された。ほとんどの税控除と異なって、勤労所得控除は返済できるものである。その額は収入と扶養している家族の数によって異なるが、納税者の勤労所得のパーセントに等しい控除になる。税控除が納税者の税負担を超過しているとき、政府は差額を払い戻す。その恩恵は家族をはなはだ歪めてしまう。一人暮らしのひとの控除はおよそ500ドルであるが、結婚している夫婦で扶養している子供が3人以上いれば、5000ドル以上の控除を受けることが出来る。2010年には、550億ドルが勤労所得控除で支払われ、230億ドルが子供たちの税控除のために支払われた。

ミネアポリス連邦準備局のファブリゾ・ペリーとジョー・スタンバーグの報告書によれば、最近の危機で、アメリカの底辺層の収入は中間層とくらべて30%落ち込み、資産は40%ほど減ったが、消費活動は以前のままだった。だから反貧困プログラムはアメリカにおける20%ほどの底辺の所得者を支援して、景気後退の衝撃をやわらげ消費しやすくしようとしてきた。再分配はアメリカの政治の汚い言葉なのかもしれない。だが再分配がなければ、景気の後退は貧しいひとたちだけではなく、アメリカの経済全般にとって、もっと痛みのあるものになっただろう。

しかしながら、こうしたプログラムは国会議員にあまり人気のない状態が続いている。共和党議員はフードスタンプの削減を求め、ポール・ライアンによる予算案を強く支持したが、それは反貧困プログラムが連邦予算の大幅削減にも耐えられるようにするものだった。誰もオバマ大統領の健康保険改革を支持しなかった。だが、それは収入が1/3ほど貧困ラインを上回る人々にメディケイドを提供することで、ミズ・ダンハムとその家族ような人々の人生を楽にすることを目指したものだった(しかし連邦最高裁判所の採決では、政府はメディケイドによる予算の拡大にはかかわりを持たないことが可能だとでた。サウスカリフォルニア州の知事はすでにそうする旨を宣言した)。しかし危機は特定の党に片寄ったものではない。赤字を減らすため連邦予算を制限する案は、あらゆる種類の自由裁量の予算を圧迫してしまうだろう。そうして削減されるもののなかには、うまくいくはずの反貧困プログラムも含まれているだろう。更に貧乏な人々は、任意予算の削減に脅かされる他の利益グループとは異なり、陳情してくれるロビイストを持ち合わせていない。

サムターの貧乏な人に関して、事態は完全に絶望的ではない。タイヤ会社が500000000ドルかけて工場を建設しはじめたが、その工場はサンター・カンティで1600人の人を雇用する予定である。サンターの西端にあるショー空軍基地では、昨年、15000人の兵士を受け入れた。ダンハム氏はクリスマスの季節の準備をして、正面のポーチで紫色の自転車を一台組み立てたり分解したりしている。彼は箱にはいった贈り物と家具を集める仕事をはじめようと希望している。彼はそれを「もしハンマーがあったなら」と呼びたがっている。その仕事は季節労働的なものであり、単発的であり、正式なものではない、だが仕事となり、喜んで迎え入れられるだろう。(さりはま訳・リバーチェック)

さりはまより・・・日本の子供たちを取り囲む貧困の状況については、下の日弁連のサイトにまとめられています。

日本弁護士連合会│Japan Federation of Bar Associations:貧困の連鎖を断ち切り、すべての子どもの生きる権利、成長し発達する権利の実現を求める決議.

 

 

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