アルフレッド・マーシャル 経済学原理1.Ⅳ.30

経済学者たちは、必要以上に用心しているのかもしれない。当時の偉大な予言者ですら見通すことができた範囲とは、ある部分、現代の教育をうけたひとが見通す範囲よりは、ずっと狭いものだからである。生物学の研究からも或る程度わかることだが、環境が性格をつくりあげることに影響しているという事実は、社会学においても優勢をしめている。したがって経済学者が学んできたこととは、人間が進歩していく可能性についての見方を広げ、希望にあふれたものにするということである。経済学者が学んできた信念とは、注意深い思考によって導かれる意志は、環境を変えることが可能であるということである。また意志の力とは、性格を変える力に匹敵するものであるということである。また経済学者が学んできた信念は他にも、生活の新しい状況を好ましいものに変えるということである。すなわち経済を好ましいものに変えるということであり、また道徳、つまり一般大衆の経済状態を好ましいものに変えるということである。今でも、この偉大な目標への近道が信頼できそうなものであろうとも、拒むことが経済学者の義務である。なぜなら近道をするせいで、活力と進取の精神がだんだん弱まっていくからである。(1.Ⅳ.30)

 

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アルフレッド・マーシャル 経済学原理 1.Ⅳ.29

事実、現代経済学の創設者たちは、ほとんどの者が穏やかで、共感的な性質の者であり、厚い慈悲の心に影響をうけている。彼らは自分自身の富については、少しも気にかけることはない。一般大衆のあいだに、富が広がっていくことを気にかける。だが反社会的な独占には、強く反対する。幾世代にもわたって、経済学者は、階級的な法律に反対する運動を支援してきたが、その法律は、雇用主協会への参加が認められている産業別労働組合の特権を拒んだ。また経済学者の活動には、昔の救貧法が、農業や他の労働をするひとの心や家庭にふきこんだ毒の治療を求めようとしたものもある。経済学者は工場法を支援して、政治家や雇用主のなかには従順になるように求め、激しく妨害する者もいたが屈しなかった。経済学者が例外なく身を捧げた主義において、すべての人々がよい状態で生活できるようになることが個々の努力の最終目標であり、すべての公共政策の最終目標である。さらに経済学者は勇気においても、用心深さにおいても優れていたが、冷淡であるようにも見えた。なぜなら手探りで道を歩いている途中なのに、急激な進歩を擁護する立場にあるとは思いもしなかったからである。ただ一つ確実な安全策とは、自信にみちた希望をいだく人にあるものであり、その人の想像力こそが強く求められるものであって、固定された知識でもなければ、鍛え抜かれた思考でもない。

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アルフレッド・マーシャル 経済学原理 1.Ⅳ.28

無慈悲な雇用主や政治家のなかには、前世紀の早い時期から排他的かつ階級的な特権を守りながら、政治経済学の権威を自分の味方につけた方がいいと気がついた者もいる。さらには自らのことを「経済学者」として語る者もしばしばいる。われわれの時代においても、この「経済学者」という肩書きが、惜しみなく一般大衆を教育する支出を出そうとすることに抵抗する者によっても用いられてきている。現在の経済学者が満場一致で主張していることだが、教育へ支出することが真の経済であり、教育への支出を拒むことは、国家の観点からみて、間違った愚策なのである。それにもかかわらず、いまだに教育への支出を惜しむ者がいるのである。しかしカーライルやラスキンは、輝かしさも高貴さも詩作にいっさい関係のない作家に囲まれてしまい、多くの経済学者が嫌悪することとはいえ、言ったことや行動に責任をもたせることを怠ってしまった。その結果、カーライルやラスキンの考え方や特徴について、広く誤解されるようになってしまった。(1.Ⅳ.28)

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サキ 「耐えがたきバシントン」 16回 2章

ランスローは悲しいことに、チョークで線をひくという話の真実を理解した。

 コーマスは思いどおりの線を心配になる程の厳密さでひいたが、その線をユークリッドの図式や地図でロシアとペルシアの境界をひくのに使おうとするなら、彼は蔑んだことだろう。

 「少し前にかがめ」彼は犠牲者にいった。「もっとかがむんだ。うれしそうな面をしてみせなくていい。こっちから、お前の面は見えないからな。伝統に背いた言葉かもしれないが、これから痛い思いをするのは俺よりも、お前のほうだからな」

 慎重に考え抜いた沈黙のあとで、ランスローがまざまざと悟ることになったのは、本当に上手な者の手にかかると、どれほど巧みに鞭がふりおろされるかということだった。二発めの鞭をうけ、思わず椅子から離れようとした。

 「おや、回数を忘れたじゃないか」コーマスはいった。「また最初からやり直しだ。元の位置に戻っていただきたいんだが。もし終わりにならないうちにまた動いたら、ルートリィにおさえつけてもらって十二回打つことになる」

 ランスローは椅子に戻り、執行人の好みに身をさらすことになった。なんとかそこにとどまり、鞭で八回ぶたれ、正確かつ苦悶をともなっておろされた鞭は、チョークの線にそって効果的に攻撃した。

 「ところで」苦しみをあたえる刑が終わると、喉をならして喘いでいる犠牲者に、彼は声をかけた。「チェトロフといったな。たしか、お前を可愛がってやるようにと言われていた。まずは俺の勉強部屋を掃除しろ。古い陶磁器の埃をぬぐうときは慎重にやるんだぞ。もし何か壊してみろ、そのときは言いにこなくていいから、とっと出て行って、どこかで溺れ死ぬがいい。そうしなければ、もっと悪い運命が待っているからな」

 「勉強部屋がどこにあるのか知らないんです」チョークのあいまからランスローはいった。

 「見つけるんだ。さもないと、また鞭でぶつぞ。今度は、もっと痛いからな。ほら、チョークをポケットに入れて持って行け。また役に立つだろう。俺がしたことに感謝しなくてもいい、うっとうしいだけだ」

 コーマスは勉強部屋を持っていなかったので、ランスローは熱にうかされたように半時間ほど探し続け、また偶然にもサッカーの練習を逃してしまった。

 「ここではすべてが快適です」ランスローは姉のエメリーンに手紙を書いた。「監督生たちは、気分次第でとても熱くなることもありますが、ほとんどの人は礼儀正しいです。でも中には、獣みたいな人もいます。バシントンは下の学年でいながら監督生です。極限にまで達した獣です。少なくとも、僕はそう考えています」

 無口な男子生徒は、それ以上語らなかった。しかしエメリーンはその行間を、女性らしい卓越した想像力でおぎなって埋めてみた。フランチェスカの橋は、亀裂が入ろうとしていた。

 

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サキ 「耐えがたきバシントン」15回  2章

監督室でコーマスは、床の中央に椅子を正確におくことに余念がなかった。

 「すべて手はずはととのったと思う」彼はいった。

 ルートリィは時計に目をやったが、その様子ときたら円形競技場のローマ人のように優雅であり、期待をあつめたクリスチャンが、待機している虎に紹介されるのを待つかのように、意気消沈していた。

 「あと二分で到着するはずだ」彼は言った。

 「優秀でいらっしゃるから、遅れることはあるまい」コーマスは言った。

 コーマスは、学生になってまもない頃、罵られたり、酷評されたりしたことがしょっちゅうだったので、今、この瞬間も運命の犠牲者が、ドアのむこうでおそらく惨めにうろつきながら、感じているにちがいない恐慌状態を、最後の一滴にいたるまで堪能することができた。つまるところ、そういうことが物事の楽しみであり、どこを探すべきか知っていれば、ほとんどの物事には楽しい側面がある。

 ドアをたたく音がしたので、心から親しみをこめて「はいれ」というと、その命令にしたがってランスローが入ってきた。

 「鞭でうたれるために来ました」息をひそめていうと、「僕の名前はチェトロフです」と名を告げた。

 「その態度にも問題がある。だが、さらに問題にするべきことがある。君は、あきらかに何かを隠している」

 「サッカーの練習に参加しそこないました」ランスローはいった。

 「6回」コーマスはそっけなくいうと、鞭をとった。「掲示板の通知を見なかったものだから。」決死隊として行動するように、ランスローは思い切って言った。

 「毎度のことながら立派な言い訳だ、感激するよ。だから、こちらも鞭の回数を二回ふやすとしよう。さっさとやるぞ」

 それからコーマスは椅子を身ぶりで示したが、その椅子は部屋の真ん中にぽつりと、不気味な様子で置かれていた。ランスローの目に、そのときほど家具が憎むべきものに見えたことはなかった。コーマスも、部屋の中央に突き刺すように置かれた椅子が、自分の目にも、最もおぞましい工芸品に思えた時のことを思い出した。

 

 

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アルフレッド・マーシャル 経済学原理 1.Ⅳ.26と27

 

§6 経済学者が想像力を必要とする目的は、理想をひろげることにある。しかし必要なことの多くは、理想について擁護する経済学者の考えが、未来から離れたものにならないようにするということである。(1.Ⅳ.26)

 

 幾世代が過ぎた後では、現代の理想や方法は幼い者が抱くもののように見え、成熟した大人が抱くものには見えないかもしれない。確かな前進が、すでに一つなされている。どうしようもなく弱いとか卑しいということが証明されるまで、すべての者が経済の自由を享受するということを学んできている。しかし、このようにして始まった進歩が、最終的にどのような目標へ到達するのか、自信をもって推測する立場にはない。中世の後半に、産業の構造についてなされた荒々しい考察は、すべての人間を受け入れるように見なしてきた。あとに続く世代はいずれも、組織がさらなる進歩をとげるのを見てきた。だが、私たちの世代ほど、大きく進歩した世代はなかった。私たちの世代は進歩を研究してきたが、その進歩を熱く願う気持ちも成長し、研究そのものも成長してきた。だが以前は、比較できるところを探そうと広い分野で努力し、いろいろ努力したが、見つけることは出来なかった。しかし最近の研究の主な結果から、前の世代よりもよく理解できるようになったが、それは進歩がすすむ理由について知らないということであり、産業組織の最終的な運命について予想もしていないということなのである。(1.Ⅳ,27)

 

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サキ 「耐えがたきバシントン」 14回 2章

 知性には欠けていながら、それとは相対的に自分の力については信じるところが大きい上級生たちは、まだ到着まで時間の猶予がある竜巻にタックルしようと準備していた。

 

 「君の立場にいるなら、生意気なバシントンの気をくじいて意気喪失させるんだが」学級担任の教師が同僚にかつて指摘したことがあるが、それというのも同僚の寄宿舎は、他の学生のなかにコーマスがいるという厄介な特徴をそなえていたからだ。

 「天により、それは禁じられている」同僚はいった。

 「そうだろうか、なぜ」改革論者はたずねた。

 「なぜなら天は、御心の仕業への妨げを嫌われるからだ。それに御しがたい者の意気をくじこうとするなら、自分に大変な責任をおわなければならない」

 「ばからしい。男の子なんて、神があたえたままの存在だ」

 「たいていの男の子はそうなんだが。ただ少数ながら例外もある。たしかにバシントンもそうしたひとりで、学生の段階で、自然によって高い次元にまでつくりあげられている。あたえられた素材を型に入れてつくりあげる私たちは、そうした少数派と関わってもどうすることも出来ない」

 「だが、その少数派が成長したら、何が起きるのだろうか」

 「そうした者は成長することがない」バシントンを預かっている教師はいった。「それがそうした者たちの悲劇だ。バシントンにしたところで、現在の状態を脱して成長することは絶対にあるまい」

 「まるでピーターパンの言葉で話しているようだ」バンシントンの寮監の話を聞いた教員はいった。

 「ピーターパンの流儀で話しているとは思わない」バシントンの寮監はいった。「その作品の筆者に尊敬をこめて言うのだが、子供の心を洞察する力は素晴らしいしものがあるし、繊細に洞察しているけれど、男の子のことについては何も知らないんだ。今、話題にしているこの作品について一つだけ批判するなら、英国の男の子でも、あるいはどこかの国の男の子でもいいけど、狼がいたり、海賊がいたり、落とし戸の上で戸を落とそうとしているインディアンがいたりするのに、子供の遊びに甘んじながら地下の洞窟にとどまる男の子がいるだろうか」

 寮監の相手をしている教員は笑い声をあげた。「君の考えときたら、明らかに、大人になろうとしなかった男の子のことは、男の子になることができなかった大人が書くべきだと考えている。おそらく、それこそが理想郷の意味だろう。おそらく君の非難はあたっている。だが、バシントンについては賛成できない。手に負えない厄介者だということは、関わってきた者なら誰もが知るところだ。だが手が空いているようなら、彼の意気をくじくべきだという意見をおすところだ」

 道理のとおったことをしているという、奪うことの出来ない担任としての特権をふりかざしながら、彼は立ち去った。

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サキ 「耐えがたきバシントン」 13回 2章

 

「鞭でぶつのは、ほんとうは君の番ではない」彼は言った。

 「知っているとも」コーマスは言うと、丈夫そうな鞭を指先でもてあそんだが、優しく鞭を取り扱う様子は、まるで敬虔なヴァイオリン奏者がストラディバリウスをとり扱うときのようだった。「グレイソンにミントのチョコレートを少しあげて、僕が鞭でぶつのか、それともグレイソンがぶつのかコインを投げて賭けることにした。そうしたら僕が勝った。彼にはわりと礼儀正しいところがあって、チョコレートを半分返してくれた」

 コーマス・バシントンが会得した滑稽な快活さとは、仲間うちでの人気をはかるものではあったけれど、その快活さをもってしても、学生時代に接した歴代のボスから慕われることにはならなかった。面白がらせ、楽しませた相手とは、ユーモアを思いのままに解することができ、救いのある性質の持ち主ではあったものの、自分の責任の範疇から彼が消えたときに吐息をつき、それは安堵からくる吐息であって、悲しんでの吐息ではなかった。彼について知れば知るほど、また経験を積めば積むほど、自分たちがかかわる必要のある領域の外にいる者だと思うようになった。嵐を扱うように訓練をつみ、嵐の接近を予感しながら、さらに嵐の影響を極力少なくしようとする者ならば、竜巻にあらがおうとすることに躊躇いを感じるとしても、許されるものかもしれない。

 

 

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アルフレッド・マーシャル 経済学原理 1.Ⅳ.25

こうした問題において、もっとも要求されるものとは知性であり、時には批判的な能力でもある。しかし経済学の研究において求められ、培われてきたものは、共感の能力である。とりわけ、このすばらしい能力のおかげで、仲間の立場に身をおくことだけでなく、他の階級の立場に身をおくことが可能になる。例えば、異なる階級への共感とは、研究によって可能になってきたものである。そうした研究が、日々、ますます求められるようになってきている。その研究は、人格と収入における影響について、また雇用手段と支払い習慣における影響について研究することであり、国家の効率をあげ、確実さと愛情を強固なものにして、経済集団のなかで個々をまとめる方法を研究することでもある。個々とは、家族であったり、同じ仕事における雇用主と雇用人であったり、同じ国の市民同士であったりする。それはまた、私欲のない個人が、職業的なしきたりや産業別労働組合の習慣が残る階級の私欲と混ざる時の、善悪についての研究でもある。あるいは、現在および未来の世代のために、富を増やし機会を増やしていく方向へ向こうとする動きについての研究でもある。(1.Ⅳ25)

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サキ 「耐えがたきバシントン」 12回 2章

そうしている間に、廊下の反対側のはずれにある監督生の部屋に、コーマス・バシントンと仲間の監督生が時間どおりに来て座って待っていたが、楽しみを期待する雰囲気がただよっていた。コーマスは、監督生のカーストのなかでは一番下にいる一人だったが、よく知られていないというわけでは決してなく、寮長の談話室の外に出れば、いつもというわけではないが人気もあり、賞賛されて楽しい思いをしたりした。ラグビーをしても、彼は風変わりなところが多々あるため、実際のところ、すばらしい選手にはなれなかったが、相手の選手を地面に吊し上げる行動そのものに、喜びを感じているかのようにタックルしていき、怪我をしたときはかならず、この世のものではないような罵りの言葉をあげるので、その言葉を耳にすることができた運のいい者は、熱心に記憶にその言葉を蓄えようとした。一般的な運動競技で、彼の運動は人目をひくものがあり、監督生の役割には慣れていなかったが、鞭の使い方が巧妙で芸術的であるという評判を確立していた。まさに風変わりな、パガンの名前と似合っていた。その大きな瞳は淡い緑色で、その輝きは永久にきらめくように見え、子鬼がいたずらしているときのようにも、歓楽のよろこびにひたっているときのようにも見え、曲線をえがいた唇は邪悪で、ギリシャ神話の半獣神ファウヌスが笑っているかのようなので、角が生えてきそうで艶やかな黒髪の滑らかさを浸食していくかのように思えた。顎はひきしまっていた。だがハンサムでありながら、短気な印象が相殺して台無しにしてしまい、半ば嘲るような、半ばいらいらした顔をしていた。その不機嫌な性格とともに、コーモスにはどこか創造的で、傲慢なところがあった。運命は気まぐれな魅力を授けてくれたのだが、人生の大きな目的をさしだしてくれてはいなかった。おそらく誰からも愛すべき性格だとは言われたことはなかっただろうが、彼には惚れ惚れするようなところが多くあり、また強く非難すべきところも多くあった。

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