アダム・スミス 道徳感情論1.1.33 役に立つから判断やセンスを受け入れるわけではない

 こうした特質の有益さについては、最初に私たちに推薦するものとして考えられているのかもしれない。たしかに疑いようもないことだが、有益さについて考えてみるということは関心をむけてみることであり、新たな価値を特質に生じるものである。けれど本来は、他のひとの判断を受け入れるのは、有益さからではない。正しくて、間違いがないからであり、真実と現実に一致するからなのである。そしてこうした特質が有益さにあると考えるのも、自分と一致しているからなのである。美的センスについても同じであある。もともと認められていたセンスは、有益だからではない。対象にふさわしい繊細さと正確さが、センスにはあるからである。こうしたすべての特質に有益さをもとめる考えは、明らかにあとになって思いついたものであり、私たちの賞賛をもとめて推薦しているわけではない。(さりはま訳)

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すべてのひとに最高の教育を(の続きを途中まで) オバマ大統領

ペルグラント(経済的必要性に応じて給付する完全給付型の奨学金)への投資を二倍に

 

大統領はペルグラントへの最大授与を引き上げ、2013年から2014年にかけて5635ドルへ引き上げた。2008年から905ドルの増加である。大統領の指導力のおかげで、ペルグラントの受取人の数は同じ時期に比べると50パーセント増加し、国中の低所得および中間層の数百万の学生に大学入学の機会をあたえた。オバマ政権のランドマーク(歴史的建造物)ともいえるペルグラントへの投資は、2010年、ヘルスケアと教育和解法案により成立された。この法案は、民間財政機関と銀行への学生ローンの補助金を終了し、600億ドルを学生へ還元した。

 

学生が学生ローンの借金をやりくりする手助けを

 

大統領府の「稼ぎに応じて支払う」計画は、収入をもとにした返済を拡大するものであり、月々の収入の10パーセントで学生ローンを支払うという選択肢を利用することができる。この試みは、財政上の責任をとることで学生ローンの負担を軽くするためのものである。さらに借りての多くは、ダイレクトローンとFFELローンを統合することができ、利率を1パーセントにつき半分までおさえることができる。

 

教育減税の拡大

 

オバマ大統領は、2009年にアメリカの減税について定め、大学教育で費用のかかる家庭を援助した。年収180000ドル以下で大学の授業料を支払っている家庭では、10000ドルまで控除を受けることができる。940万人の学生と家族が、毎年、減税の恩恵をこうむる。オバマ大統領は議会のこの減税措置を永久的なものにするようにもとめ、2012年で終了することを防いだ。

 

学生ローンの利子は低く

 

演説でオバマ大統領は議会に対し、今年度の学費のために連邦学生ローンを借りている740万人の借りての利子を低くおさえるように求めた。去年の夏のことだが、オバマ大統領の指導のもと、スタフォードローンの利子は、倍の6.8パーセント3.4パーセントにとどめられた。この大胆な行動により、学生はローンの期間に1000ドルを節約することになった。オバマ大統領は学生ローンを低くおさえることを言明している。(さりはま訳)

さりはまより・・・まだまだオバマ大統領の教育へのメッセージは続きますが、とりあえず途中まで。日本学生支援機構の予算はこちらより奨学金貸与実績-JASSO ペルグラントの予算はDepartment of Education Budget Tables. 数字に弱い私がみても、無償の奨学金の予算はアメリカのほうがひと桁多い気がします。

 

 

 

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すべてのひとに最高の教育を オバマ大統領

引用元: Higher Education | The White House.

「もしアメリカを21世紀に導きたいなら、すべてのひとに可能なかぎり最高の教育をあたえることほど重要なことはない、幼稚園に通い始めた日から職業のスタートをきる日まで」       バラク・オバマ大統領

 ホワイトハウスのサイトより教育分野について

 大学教育について

  「大学教育は贅沢品ではない。大学や短大で学士号や資格をとることは、21世紀の仕事には欠かせない。そしてすべてのひとが教育を受けることができるようにするべきなのだ。」

  学士号や資格をとることは、もはや才能ある少数が手にする機会へと続く小道ではない。学士号や資格は、新しい経済社会で成長している仕事に欠かせないものである。今後10年間で、高等学校より上の教育を要求する仕事への雇用のほうが、そうした教育を要求しない仕事への雇用よりも急速に伸びるだろう。もっとも速く成長しつつある30の職業のうち半分以上が学士号をとる教育を必要としている。大学を卒業したひとの平均給料は、高卒の資格しかない労働者の2倍である。つまり高い教育をうけるということは、あきらかに、ミドル・クラス(中間層)へ続く道になるのである。

  大学教育において、合衆国は国際的にみても著しい発展をとげてきた。合衆国は大学に入学する青年の割合が世界で9番目なのに、25歳から34歳までの成人にあたえられた卒業証明書や学位の割合は世界で16番目に落ち込んでしまっている。韓国、カナダ、日本や他の国に後れをとってしまっている。大学間の達成度の格差にも苦しんでいる。私たちの国では、高校を卒業した者のうち裕福な家庭出身者は大学教育を受け続ける。一方で貧困家庭では、高校を卒業するのは四分の一で、さらにその卒業生のたった二分の一が大学に進学する。それから半分以上の学生が6年以下で大学を卒業する一方で、収入が低い学生のうち学業を達成する割合はおよそ25%である。一期目のときに早くからこの事実を認め、オバマ大統領はすべてのアメリカ人を、少なくとも一年の大学教育が学士号の訓練に委ねようとした。オバマ大統領は、この国の目標を新たに設定した。すなわち2020年までに、アメリカは大学卒業の割合が世界でももっとも高い国になるというものだ。この怖れを知らない大学教育の目標を達成するためにも、アメリカの学生と労働者が、今日と明日の仕事に必要とされる教育や訓練をうけることを確かなものにすると共に、ミドル・クラスにより大きな安心をあたえる。オバマ大統領とその政府は、大学をもっと入りやすく、手が届くものにして、すべてのアメリカの家庭が到達できるものにする。

 ミドル・クラスの家庭が大学に進学できるようにするための支援

 アメリカは、世界でも最良の大学の本拠地である。それなのに大学の学生を増加させることを、経済の競争にとってあまり重要視してきてなかった。授業料が過去10年間で急騰してきているため、アメリカの家庭にとって将来のために投資することがいっそう難しくなってきている。今日の学生は、以前よりも借金をして負債に苦しんでいる。2010年、ローンを借りた学生は、26000ドルのローンをかかえて大学を去った。学生ローンは初めてクレジットカードの借金をしのいだ。

 質のよい教育を求めるひとのために手の届くところにもうけることは、過去数十年にわたってアメリカの強いミドル・クラスを築く手助けとなってきた。これを活かしながら、オバマ大統領は連邦の支援を拡大してもっと多くの学生が大学にいけるようにして、一方で上昇する大学の費用にとりくむ責任を分かち合うように求める。オバマ大統領の大学教育改革への努力は、G.I.ビル以来、学生の支援に多大な投資をしてきて、有効で、頼りになって効果的なシステムとなり、学生が大学へいって負債をなんとかできるものになった。(さりはま訳)

さりはまより・・・ホワイトハウスのウェブより、教育についての文のうち、大学教育について書いた文を途中までですが、訳しました。日本の安部首相が考える教育再生についてはこちらが全文、ご参考までに。

教育再生 – 衆議院議員 安倍晋三 公式サイト.

 

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アダム・スミス 道徳感情論 知性ある徳の礎になるもの

1.1.32

 仲間の感情と私たちの感情が、こうした類のことについて、一致するときがある。明確で、簡単なことについてであり、おそらく自分と異なるひとは誰一人としていない、そんなことについてである。そうした感情を認めないわけにはいかないが、賞賛や憧れに値するようには思えない。しかも私たちの感情と一致するだけではなく、私たちの感情を導き示すこともある。また、感情をかたちづくる過程で、見逃していた多くのことに注意をむけて、対象をとりまく様々な状況に感情を重ねたように思えることもある。私たちは感情を認めるだけでない。そうした感情には、意外にも、思いもよらない鋭さと包容力があることに驚き、感嘆する。そして相手が賞賛と喝采にふさわしいように思う。感嘆したり驚いたりしているうちに、相手を賞賛する気持ちがたかまり、感嘆するというのにふさわしい感情がつくられていく。拍手喝采する気持ちが自然な感情となるのだ。ぞっとするような奇怪さよりも、あるいは2×2=4だということよりも、すばらしい美が好ましいと判断する。そうした決意は、世界中からきっと認めてもらえるにちがいない。でも、それほど賞賛されないことは事実である。一瞬をみきわめ、美と奇怪さの違いをなんとか知覚できるのは、繊細で、鋭い認識力と判断力をもちあわせた人である。わかりにくくて当惑させる割合をやすやすと解明するのは、経験をつんだ数学者の、広範囲にわたる正確さである。また科学と審美的判断をもちあわせた偉大な指導者であり、すぐれて正しいものへと感情を導き示すひとであり、不思議さと驚きで私たちを驚愕させる才能の持ち主であり、憧れをいだかせ、賞賛に値するように思えるひとである。知性ある徳とよばれるものによせられる賞賛の大半は、こうしたことに基礎をおいている。(さりはま訳)

 

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アルフレッド・マーシャル 経済学原理 7ページ

 繰り返すが、人間と人間が使う機械のあいだは、はっきりと線引きをすることができる。人間と商品の需要と供給のあいだにも、はっきりと線引きをすることができる。努力して犠牲をはらうということ自体に、商品の需要と供給の特質があるのであり、需要と供給に付随して特質が生じるわけではない。つまり結局のところ、こうした商品そのものは、一般的に人間の努力と犠牲の産物なのである。労働の価値論、および労働からつくられる商品の価値論を、切り離して考えることはできない。労働の価値論も、商品の価値論も、大きなまとまりの一部なのである。どんな違いだろうと細部にいたるまで違いをみつけ調査してみると、ほとんどの場合、種類の違いというよりも、程度の違いであることがわかる。鳥類と四足動物のあいだには大きな違いがあるにもかかわらず、その構造にはひとつの基本となる概念がある。同じように需要と供給の平衡に関する一般理論は、配分と交換に関する主要問題の、様々な部分を構成する構造の基本概念である。(さりはま訳)

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アルフレッド・マーシャル 経済学原理6ページ

 たとえば、このようにして全てとは言わないまでも、資本における収益と利益を区別しているかなりの部分が、私たちが見ている期間の長さを主題としている。自由資本や流動資本の利子、あるいは資本の新たな投資の利子は、資本の以前からの投資から生じたある種の収益として、もっと適切に扱われる。以後は、この収益のことを準地代とよぶ。流動資産も、特別に枝分かれしていく生産の過程において沈んだものも、資本における新旧の投資も、明確には区別されない。流動資産も、投資も、それぞれが一方にむかって、だんだん変化していく。土地の収益はそれ自体は問題にされないが、大きな概念における主な項目としてみられている。しかしながら土地の収益にはそれ自体に特質があり、実践と同様に理論の見地からもきわめて重要なものである。(さりはま訳)

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アダムスミス道徳感情論1.1.31 同じ視点から共感はうまれない

 対象が私たちとは特に関係がなく、また感情について判断する相手とも特に関係がないのなら、相手の感情が私たちの感情とすっかり一致した場合はいつでも、趣味の高尚さも、すぐれた判断力も、相手に理由があるのだと考えるものである。美しい平原も、偉大な山も、装飾をほどこされた建物も、絵画の表現も、会話の構成も、関わりのない人の行いも、異なる数量の配分も、そして宇宙のすばらしい機械が神聖な車輪とバネをうごかして感情を生じながら絶え間なく示す様々な外見も、知識と判断力からなる全般にかかわるものであり、私たちと私たちの仲間のどちらにも、個人的な関係はない。私たちがともに同じ視点からながめると、共感する機会をのがし、共感がうまれるような状況を想像する機会をのがし、つまり感じたり感動しいたりという心のハーモーニーをうむ機会をのがしてしまう。それにもかかわらず、異なるかたちで影響をうけるなら、異なるレベルで意識が生じることになり、生活の行動パターンが異なっていても、複雑な対象のある部分には心地よく身をゆだねることができる。あるいは、心に本来ある鋭敏さから、異なる意識が生じ、その心から感情が語られもする。(さりはま訳)

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アルフレッド・マーシャル 経済学原理5ページ

 正常な行為と異常なものとして一時的に無視される行為のあいだには、明確な区別がない。同じように正常価格と現在価格、あるいは市場価値、臨時価値のあいだにも明確な区別はない。後者の現在価値、市場価値、臨時価値とは、そのときにおける出来事からいちじるしい影響をうける価値である。一方で、正常価格とは最終的には達成される筈のものであるが、それは目の前に示された経済状況がみずからの影響にさまたげられることなく、作用する時間がある場合である。しかし、この二つのあいだには克服できない隔たりはない。そうした価値は、継続したグラデーションになる。生産物の交換について刻一刻と変わりつつある変化について考えるなら、正常だと考える価格も、その年の出来事に関連した現在の変化を指し示しているだけなのである。更にその年の出来事に関連した正常価格は、その世紀に関連した現在価値でしかない。その時代を構成する要素があらゆる経済問題の中心にくるが、その要素自体も継続しているものだからである。自然界では、時を長期間に分割したり、短期間に分割したりすることは完全にはできない。しかし、わずかなグラデーションをえがきながら片方から片方へと移り変わっていく。ある問題にとって期間が短くても、別の問題にとっては期間が長いということになる。(さりはま訳

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アダム・スミス 道徳感情論 4章 引き続き同じテーマについて

1.1.30 感情が関係ないときもあれば関係あるときもある

  ほかのひとの感情が適切なものか、不適切なものか判断する基準は、自分の感情と一致するか、それとも不一致なのかということにあり、二つの異なる状況にもとづくものかもしれない。まず一番目にあげられる状況としては、私たち自自身も、感情について判断しようとしている相手も、感情の原因とは、特別な関係がいっさいないと考えられる場合である。そして二番目にあげられる状況としては、感情が私たちの誰かにに影響していると考えられる場合である。(さりはま訳)

 

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アルフレッド・マーシャル 経済学原理 4ページ

Marshall: Principles of Economics | Library of Economics and Liberty.

 この原則があてはまるのは、動機の倫理的特徴だけではない。たしかに動機の倫理的特徴から、目的をえらぶときに影響をうけるかもしれない。動機の判断力、活力、こうした目的を追求する進取の気性にも、こうした原則があてはまる。強調したいのは、「都会の人間」の行動には、継続的に、なだらかに変化していくグラデーションがあるという事実である。都会の人間の行動とは、計画的な、広範囲にわたる計算にもとづくものであり、また実務的なやり方で事を処理したりする力も、意志もない普通の人々に、活力と能力でもって実施されるものである。救出をいとわない気持ちも、金銭の報酬を手に入れようとして骨の折れる仕事をいとわない気持ちも、売買に最高の市場を探そうと用心するのも、自分や子どもに一番都合のいい仕事を探そうとして用心するのも、すべて普通なのである。このように似かよった言葉はすべて、ある場所と時代で、特定の階級を構成する人々に関連するものにちがいない。しかし、そうした言葉がひとたび理解されると、普通という価値理論が同じように、事務職ではないクラスの行動にも適用される。だが商人や銀行家の行動のように、細部にいたるまでぴったり同じというわけではない。(さりはま訳)

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