「若者に投資せよ、さもなければ一世代が失れることにになる」ILO

Invest in youth or lose a generation, ILO says.

国際労働会議は、世界中の750万人の若い男女に影響を与えている雇用の危機に取り組むように、緊急行動を求めている。

2012年6月12日

ジュネーヴILO発ーーー世界は、もし若者の雇用危機に早急に取り組まなければ、一世代を失う危機に直面している。ジュネーヴで5月30日から6月14日にかけて開催された、国際労働者会議での報告文書は告げている。

世界が速やかに、強い行動をとらなければ、情け容赦なく一世代が失われてしまう事実に直面することになるだろう。

その報告書は、雇用主や労働者への支援とともに、政府が取り組むことができる施策として、技術のミスマッチへの取り組み、実習システムの改善、若者の起業の推進などをあげている。

報告書の代表は、政府、多国間のシステム、G20、国に相当する地域的、国際的機構に、ILOがリーダーシップをとりながら、この問題に取り組むよう求めている。

「若い人たちが労働市場に入るときに直面する障壁にどう取り組むべきか、多くのことが研究されてきました。しかし多くの国では、マクロ経済と政策が効果的ではなく、十分な仕事を生じるに至っていません。とりわけ若い人のための雇用を創出していません。」

その文書は、雇用の危機のおそろしい数字を際立たせている。7500万人の若者に、職がない。2007年から400万人の増加である。そのうち600万人が、職を探すのをあきらめている。働いている若者にしても、2億人が1日2ドル以下で働いている。

ILOは解決にむけて重要な役割をはたしている。「政府、社会組織、多国間のシステムによって活動を支援し、若者の雇用危機に取り組み、若者に適切な仕事を提供するようにしなければならない」と報告書はいう。さらに「政治的なかかわりと新しい取り組みが、状況の改善には大切である。」という。(Lady DADA訳・BlackRiverチェック)

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「屈辱的な就職市場とむきあう近頃の学士たち」NYT

Outlook Is Bleak Even for Recent College Graduates – NYTimes.com.

The New York Times 2011年5月18日

それぞれの話はなじみ深いものである。バーで客の相手をする化学専攻の学士。電話の応答をする古典専攻の学士。ウォールマートの通路を箒ではくイタリア語専攻の学士。

似つかわしくない職業についたり、就職を延期することだけが、腐敗しはじめた経済のせいで被る損害ではないということが、今、明らかになりつつある。不況という石のつぶてや弓矢から一番守られている大学卒にとっても、殺伐とした様相になりつつある。

最近の大卒の雇用も過去2年間で急激に落ち込んでいるし、仕事を見つけることができた大卒の初任給も同様に落ち込みを見せている。さらに、大学卒の資格を必要としている仕事の半分にしても、結局、高等教育が「その仕事の内容に見合う」ものかどうかは議論を提起するところである。

「同じように学士号をもっている友達も何人かいるが、ずっと低レベルの学校卒さ。でも、知り合いに偉い人がいたり、いつ卒業したかで、こっちよりずっといい仕事についている」とキール・ビショップはいう。ピッバーグ大学を2009年に卒業した23歳の若者だが、この2年間はウェイターをしたり、ビールを運んだり、本屋で働いたり、データ入力をしたりしている。「何よりも運次第なのさ」

ルツガー大学雇用訓練局のために、ジョン・J・ヘルドリッヒ・センターが水曜日に発表した調査結果によれば、2009年と2010年に4年制大学を卒業した学生の平均給料は2700ドルであり、2006年から2009年にかけて労働市場に入った学生たちの3000ドルを下回る。インフレを考慮にいれる以前に、すでにこれは10パーセントも減少している。

もちろん、これは運のよい者たちの話である。すなわち仕事を見つけた卒業生である。2010年度卒業の学生たちは、調査によれば、就職したのはわずか56パーセントである。2006年と2007年は、90パーセントの学生が就職した。(さらに教育を受けることにした学生もいれば、労働力となることから逃げた学生もいる一方で、多くはまだ通りをぶらぶらしている状態である。)

大学卒の労働者のキャリアがこうむったダメージについて、こうした数字はまだ控えめに表現している。多くの学士たちは自分たちの能力が活かされない仕事についている。最近大学を卒業した者のうち、最初の仕事が学士を必要としていたと答えた者は半分にとどまる。

大学で何を専門とするかという選択が、きわめて重要である。ある専門は、大学卒の資格を必要とする仕事を見つける幸運に恵まれている、ノースイースタン大学のエコノミスト、アンドリュー・M・サムは、2009年労働局の25歳以下の大卒データで分析する。

教育や教職、工学を専攻した卒業生は学士を必要とされる仕事を見つけやすい。一方で、ラテン・アメリカ研究など地域研究の専門や人文研究のような専門では、そうした幸運には巡り合うことはないだろう。教育学を専門した学士のうち71.1パーセントが、学士を必要とされる仕事についている。しかし地域研究の専門では、学士を必要とする仕事につく者の割合は、44.7パーセントにとどまる。

25歳から34歳の大学卒についての労働局のデータをニューヨークタイムズが分析したところによれば、データのサンプルは小さいが、レストランやバーなどの飲食サービスに従事している労働者の数は、2008年から2009年にかけて17パーセント上昇している。ガソリンスタンドやガス販売、食料品やアルコール販売、タクシーやリムジンの運転などで働く大学卒の数も、飲食サービスと同様に、あるいはそれよりも大きく増えている。

これでは学士号がむだになるかもしれないが、普通ならこうした仕事につく筈の、高い教育をうけていない労働者から仕事を締め出す事態が生じてきている。

「学校教育をうける期間が短ければ短いほど、労働市場全体から放り出される可能性が高くなる」とサム氏は言い、高卒とドロップアウト組の失業率は大卒よりも常にずっと高いと指摘する。「大卒によって完璧に仕事から締め出されている」

一方で、大学卒は学生ローンの負債の支払いという問題をかかえている。2006年から2010年卒の学生で、平均20000ドルになる。

ピッバーグ大学の卒業生ビショップは、最初の仕事が生涯をとおしてキャリアにつきまとうかもしれないと「恐れている」と言う。「履歴書にこんな短期の仕事ばかりだと印象が悪くなるけど。でも支払いをしないといけないし」それから彼の学生ローンは今のところ70000ドルを超えていると付け加えた。

多くの卒業生がさらに学生ローンを借りることになるだろう。過去5年間に卒業した学生のうち60パーセントのものたちは、成功するにはもっと教育をうける必要があるという。

「博士号をとらないと、仕事はそれほどないだろうとわかっていた」とトラヴィス・パターソン、23歳、カリフォルニア大学フラートン校の卒業生は話した。彼は不動産管理会社で管理のアシスタントとして働きながら、大学院で心理学を学んでいる。仕事は学位とは関係はないけれど、「おかげで部屋代と授業料を支払うことができる。それが大事なんだ。」

経済がよくなると、学校へ戻っていたら労働力に参入する可能性にあずかる。また失業率は、学歴が高い人々ほど一般的に低くなる。

学校へ戻らない者は、数年間低賃金の曲線上にあるかもしれない。そうした者は低い給料で始めることになる。さらにその下で職業人生を歩んでいくことになる雇用主にしたところで給料の支払いが平均より下回り、今後も成長していきそうな余地を持ち合わせていない。

「彼らの給料の歴史は、どこに行こうともついてまわる。」ルツガー大学の労働エコノミスト、カール・ヴァン・ホルンは言う。「肩の上のオウムのようなもので、どこにでも一緒について来て常にしゃべる。「いや、そんなに稼げるわけがない」と。

厳しい就職市場にさらされた若者は、職業人生を危険にさらすことにためらうかもしれない。でも、不運な卒業の日付を無効にしてしまう最高の方法とは、可能なときに仕事を変えることだと、コロンビアのエコノミスト、ティル・ヴォン・ウォッチャーはいう。

「卒業して5年以内に動かなければ、何らかの理由ができて今の場所にしばりつけられることになる。これはまさに経験からくる発見である。」ヴォン・ウォッチャーはいう。「20代後半までには結婚しているだろうし、家族もいて、家もあるだろう。仕事を変えるという勢いがとまってしまう。」 (Lady DADA訳・BlackRiverチェック)

Lady DADAのつぶやき・・・日本も同じような状況になりつつあるのかもしれないが、大卒が高卒の仕事をすることへの不満はあまり聞かない気がする。勤勉・温厚云々ではなく、日本人は、労働以外で自分をあらわす術を知っている成熟した民族なのかもという気もする。

 

 

 

 

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「働くでもなく勉強するでもなく・・・世界中で数百万人の若者が破滅にさらされている」ILO報告

Neither working nor studying, the fate for millions of youth worldwide.

 世界中の数百万の若者が経済危機が始まってから仕事を探すことをあきらめたが、これは若者が労働市場からはじかれつつある状況を反映している。

 2012517日 ILO

 ジュネーヴ(ILO発)世界中の数百万人の若者が仕事を探すのをあきらめた、とILOは新しい報告書で警告した。

 若者の失業率(2011年には12.6パーセント)は、労働市場からこぼれおちていった若者も数にいれると、さらに高いパーセンテージになるだろうと、ILOは「世界雇用傾向2012年度」(www.ilo.org/getyouth)で報告した。

経済危機と関連して若者が労働市場からはじかれていく現象は先進国で顕著であると、その報告書では述べている。

 なかでも関心をひくのは、雇用されているわけでもなく、教育を受けているわけでもなく、訓練を受けているわけでもない若者の存在である。多くの国でニート(NEET)という略称で知られている。アメリカでは、「disconnected youth(接続を切断された若者)として、スペイン語圏では「ni-ni(ーでもないしーでもない)」として知られている。

 こうしたグループは経済危機が始まってから増加しており、若い人達が労働市場からはじかれているということを反映していると、ILOの報告書は述べている。

 もし教育や訓練をうけているせいで若者の経済活動が不活発だというなら、将来の雇用に役立つ技術に投資していることになる。しかしニートたちは労働市場を危険にさらし、社会的に排除される危険をおかしているのである。

     国や地域ごとのニート像

 アメリカでは、2010年には、15.6パーセントの若者が雇用されているわけでもなければ、教育や訓練を受けているわけでもないことになる。

 ニュージーランドでは、ニートの割合は13.1パーセントであり、日本では9.7パーセントである。一方OECDの平均は12.8パーセントである

 ・ヨーロッパ連合では、ニートの割合は経済危機前の10.9パーセントから1.9パーセント上昇し、ブルガリア、イタリア、アイルランド、ラトビア、ルーマニア、スペインでは15パーセントを越えている。

 ・先進国24カ国のデータによれば、ニートの平均割合は若い男性で12.4パーセントであり、若い女性で28.1パーセントである。

先進国では、ニートの教育レベルは低く、家庭の収入も低く、移民してきたという背景をもつ者が多い。対照的に、学校に残ることで就職活動を遅らせる若者は、最初から高学歴のものが多い。

 途上国では、一方、ニートは仕事についている若者ほど貧しくないという傾向にある。仕事はしばしば貧困を運んでくるものであり、若い男性は働くしか選択がないからである。

問題に取り組む手段

いくつかの国では、教育、雇用、学校から仕事への移行に関した法案を通して、問題に取り組もうとしている。

 ヨーロッパ連合では多くの国が率先して、学校での落ちこぼれに再入学の機会を与え、それはしばしば実務的な訓練をともなうものである

ブルガリアとルーマニアでは、学校から落ちこぼれてしまうことが貧困と密接に関係している。これらの国では、政府による支援プログラムが提供され、給食、教科書、通学費の無償化がはかられている。

 いくつかの国々では、若者を採用し、訓練している企業や出来るだけ雇用を創出している企業を奨励するために、減税など報奨金を与えている。

 アメリカの行政は今年はじめビジネス界の指導者たちや地域の指導者と共に取り組んで、無数の「disiconnected youth(接続を切断された若者)」と低収入の若者に対して、仕事の経験や技術の習得をしてもらい、人と触れ合う場を設けるために、夏の仕事を提供することにした。

共同経営にもとづいた政策は、公的な政策よりもさらに効果的にニートたちに近づくものである。(Lady DADA訳・BlackRiverチェック)

 

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ILO「2007年以降、400万人以上の若者に職がない」

Four million more jobless youth since 2007.

ジュネーヴ(ILO発)ーーー世界の雇用傾向報告若年篇(www.ilo.org/getyouth)でILOが報告したところによれば、2012年度の世界における若者の失業率は危機的なレベルに達し、2016年まで数字は下がらない。

今年、世界の若年労働力のうち12.7パーセントが失業している見積もりになる。その報告書によれば、2009年の経済危機で頂点に達したままで、僅かながら去年の12.6パーセントより上昇している。

希望をもつことができない失意の若者や仕事を探すことをあきらめたり、見合わせている若者も数にいれると、若者の失業率は更に高くなる。そうした若者を数にいれて調整すると、2011年の若者の世界的な失業率は13.6パーセントになる。

世界中を見てみると、2012年には、15歳から24歳にかけての若年失業数は、7500万人になるだろう。2007年から400万人増加している。

仕事が限られているせいで学校に残っている若者が労働市場に参入するとき、失業率にはさらなる圧力がかかるだろう。

「政策をたてるときに若者の雇用創出を優先事項として、民間部門への投資をよく考えて行えば、若者の失業の危機は解決されるだろう。」ILO雇用部門の常務理事、ジョゼ・マニュエル・サラザール・クリナッチは語った。

「こうした手段には減税もあるだろう。また若者を雇用する企業へ報奨金をだしたり、若者の技術差を減らそうと努力したり、技術訓練をおこなう起業プログラムへの援助もあるだろう。資本金へ助言したり又は資本金を利用させたり、若者への社会保障の改善等ということを促すこともある。」とジョゼは述べる。

各地域の失業率はどうか。

地域によっては経済危機から回復している国もあり、経済危機のショックは薄れつつある。だがどの国も、若者の雇用という試練に直面している。(地域ごとの若者の失業率を参照)

経済が発達した国では、今年の若者の失業率は18パーセントと算出されていたが、状況は更に悪化している。これは労働力から離れる若者が大量にでたためである。

中央ヨーロッパ、東ヨーロッパ、南ヨーロッパにおける若者の失業率は、2011年には17.6パーセントと僅かに減少している。経済が発展していくのとは対照的に、この地域の経済危機のせいで、失業者における若者の割合は上昇し、貧困においこまれる若者もでてくるだろう。

北アフリカでは、アラブの春以降、失業している若者の割合は5パーセント上昇し、その割合は2011年では依然27,9パーセントである。中東では失業している若者は26.5パーセントである。

・ラテンアメリカとカリブ海の諸国の若年失業率は2008年の13.7パーセントから、2009年の15.6パーセントへと急上昇した。2011年には14.3パーセントへ減少したが、中期的に見ると更なる改善は期待できない。

・サハラ以南のアフリカでは、2011年の失業率は11.5パーセントであり、2005年から変動していない。

東南アジアと太平洋地域は2011年の失業率は13.5パーセントであり、2007年から0.7パーセント改善している。

・おそらく経済活動が一番活発な地域である東アジアでさえも、若者の失業している割合は大人と比べて2.8倍高い。

その他の鍵となる事柄 ・世界的にみても、経済危機はほとんどの地域で、男性よりも女性の若年失業率に強いダメージをあたえた。これはとりわけ北アフリカで顕著である。経済が発展した国では、経済危機は若い男性に強いダメージを与えた。

・多くの若者は、生産性が低い仕事に、臨時雇い、または他の雇用形式で働くという罠におちている。そうした仕事は良い仕事へと発展していかない。先進国では、臨時雇いの仕事やパートの仕事につく若者が増えてきているが、一方途上国では、家族の商売や農場を手伝ったりして、多くの若者が無報酬の仕事についている。

・働かず、学校にも行かない若者たちが、とりわけ先進国では深刻な問題となっている。こうした集団は少なくとも若者の10 パーセントにあたり、先進国では急速に増えてきている。(Lady DADA訳・BlackRiverチェック)

Lady DADAのつぶやき・・・フランス最大の労組CGTは、HPでもILOのレポートを大きく取り上げてコメントを発表していた。さて日本では・・・?組合のオジサン、オバサンは自分のことで精一杯で、数が少ない若者のことまで気が回らないのかなあ?少数に気を使っても見返りはないと思っているのかなあ?

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NYTコラム「2012年度に卒業する学生たち」

The Class of 2012 – NYTimes.com.

The New York Times2012年6月4日

大学を卒業していく学生たちは、順調な未来へと大きな1歩をふみだすと思われている。しかし仕事を見つけることができた運のいい卒業生にしても、労働市場が弱体化しているせいで初任給の減額に直面する。一方、大多数の学生は仕事を見つけようとして苦労し、あるいは大学卒の資格を必要としない低レベルかつ低賃金の仕事につくことになる。

たとえ経済が回復しても、昨今の大卒の多くはスタートの遅れを取り戻すことはできない。調査によれば、スタート時点で仕事がなかったり賃金が低かったりすると、職業の見通しがたたず、生涯にわたって収入の不利益をこうむることになる。

昨今の大卒は高卒よりましな就職状況であるが、数字は厳しい。25歳以下の大卒の失業率は過去1年で平均で8.5パーセントであり、その前の年の9.5パーセントよりは改善されている。しかし2007年末の大恐慌以前の、5.4パーセントという数字よりはずっと高い。2007年から2011年にかけての大卒の賃金をインフレで調整すると、4.6パーセントの落ち込みであり、1年に約2000ドルの落ち込みである。

1年か2年間の苦境を立て直すにしても、大変なことである。経済のメルトダウンから数えると5年間もの苦境は、効果のある政策を考えるように、更なる試練を促している。

最大の誤解はーーーそれほど不況が深刻ではなかった時代の、数十年におよぶ成長のせいで生じた誤解だが、大学の学位が良い仕事をほぼ保証してくれるというものである。事実は違う。ガソリンが燃えるように経済が勢いよく広がらなかったため、仕事が不足する事態がやむなく生じた。それは大学教育をうけた学生も例外ではない。

もう一つの誤解は、今日仕事がないのは主として雇用のミスマッチの結果だとするものである。雇用主は技術のある労働者を見つけることができないし、労働者は仕事のある場所まで引っ越したくないし、引っ越すことも出来ないというミスマッチだ。この頃の大卒は技術もあり、働く場所を選ばないのだが、それでも、かなりの者が仕事を見つけられないでいる。弱体化した経済社会には需要がないということを、あらためて示すものである。

学校教育は、学生たちにありあわせの仕事につかせようとしている。大卒のうち仕事につけないでいる学生の数がかなり低いことから、それは証明される。過去1年間の平均失業率は高卒の21パーセントに比べ、大卒は平均8.5パーセントである。しかし、不本意なパートの仕事についている者や就職活動をあきらめた学生も含めると、大卒の不完全就業率は平均19.1パーセントになる。これは不況前のおよそ2倍である。

さらに大卒の完全雇用も落ち込んでいる。調査によれば、学士の資格を必要としてない仕事につく大卒は、不況が始まる2007年以前がおよそ30パーセントであるのに比べ、最近では40パーセントになってきている。

政府が需要と成長をうながすために更なる支援をしないかぎり、州に対する雇用創出支援、エネルギー事業やインフラ整備への投資などの手を打たなければ、大卒に限らずすべての者が苦戦することになるだろう。共和党の政治家は必要な政策を凍結して、予算の赤字削減が大事であり、規制解除や富裕層のための減税を行えば、事態はなんとか好転すると主張してきた。しかし好転しないまま現在に至り、今後も好転することはないだろう。

その傷は深く、消えることはない。大卒者が高賃金のよい仕事もなく、学生ローンをかかえるということは、成長が更に遅い経済社会が長く続くということだ。教育ローンという負債を抱えたパート労働者では、家族を持つのも遅くなり、家を買うことも遅くなるからだ。大学の卒業生たちは大恐慌の二次的な被害を受けただけではないのだ。彼らが受けた教育は困難を切り抜ける手段と柔軟さを、おおいに与えてくれることだろう。とは言え、アメリカで学士をもつ若者がうまくやれないのであれば、誰がうまくやれるというのだろうか。 (Lady DADA訳・BlackRiverチェック)

 

 

 

 

 

 

 

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The Economist のブログより「ヨーロッパというステレオタイプ」

2012年5月30日

Greeks say they are the hardest-working European nation: Stereotypes of Europe | The Economist.

ギリシャ人はヨーロッパで一番自分たちが一番勤勉だと考えている

世論からときおり、形になりつつある見解が明らかになることがある。昨日おこなわれた、ポー・グローバル調査会社による調査がそうである。ユーロとヨーロッパ連合への受け止めかたに関する、ありふれた質問項目には、8カ国(英国、フランス、ドイツ、チェコ共和国、ギリシャ、イタリア、ポーランド、スペイン)の人々に対して、ヨーロッパ連合で一番勤勉な国はどこかという問いがあった。ギリシャ人は明らかな解答(ドイツ)を無視して、そのかわりに自分たちギリシャ人が一番勤勉であると答えた(他の7カ国は表が示すように、「ドイツ」と答えている)。しかしながらギリシャ人の理解は見かけほど、現実の把握を間違えているわけではない。ギリシャ人は、OECDのデータが図表で示しているように、実際にヨーロッパで一番長く働いてはいる。しかしながら、どのエコノミストも指摘するように、長く働けば生産性があがるというものでもない。そしてギリシャの生産性は比較的低い。この国の苦境は、収賄のせいで回復を妨げられている。ギリシャの収賄はイタリアに次ぐレベルと見なされているが、ギリシャ人は自分たちの国がとりわけ一番収賄にそまっていると考えている。(Lady DADA訳・・・英文記事中に図表があるので、参考にしてください・BlackRiverチェック)

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「未来への自信を喪失したギリシャの若者たち」 ILOのレポート 2012年5月29日

Greek youth lose faith in the future.

2011年末、ギリシャの失業率はまた高い数字を記録したが、仕事についている若者より、失業中の若者の数のほうが多いのは今回が初めてだ。ジュネーヴを拠点にするジャーナリスト、クラテル・アン・ハイダーがアテネよりレポートする。

緊縮財政という、困難にみちた筏は国家の債務危機を救うためのものだったが、50パーセントをこえる若者の失業率をともなうことになり、ギリシャの自信を粉々に打ち砕いてしまった。

古代ギリシャ時代につながる伝統と家族の絆に誇りを抱いている社会であるにもかかわらず、若者たちが自分たちの未来を外国に想定して考えるという新しい傾向がある。

「政治家連中が生活を満喫しているというのに、この国の若者が故郷を離れ、外国で仕事を探さざるをえないということは本当に悲しい。」アテネ大学で国際関係学を学ぶ若い学生フィオナは語る。

外国に移住できない若者はしばしば老いた両親と一緒に暮らすことで、失業と極貧のせいで味わう不面目な思いを減らそうとする。アテネのプラザ地区の美術教師フォティーニは語る。アテネを混乱させているのは希望の喪失であり、すなわち若者の喪失でもある。

この沈んだ気分は、市の中心シンタグマ広場で鮮明になる。この広場にある1本の木が、アテネの新しい神殿となった。ここで今年四月、退職した薬剤師ディミトリス・クリストラスが、政府の厳しい緊縮財政に抗議してピストル自殺をしたのだ。

人々に囲まれているその木には追悼のキャンドルが飾られ、クリストラスと同じく経済へ絶望した大衆が切々とつづったメッセージが飾られている。若者が大勢やってきては、木の幹にピンでとめたメッセーセジカードを読んでいく。

ギリシャの若者のほとんどは、現在の経済の混乱を目にしても驚くことはない。

若者たちは、両親が経済について不平を言うのを聞きながら育ってきた。多くの若者が到達した結論によれば、現在の危機は、30年以上にわたって欲にかられ、無神経な政治がおこなわれてきた結果である・・・さらには、移民をうけいれてきた結果とまで言い切る。 「この町にはたくさんの問題がありますし、失業問題だけではありません。失業は大きな問題です。私たちは人種差別主義者ではありません。いいですか。けれど移民をコントロールできなくなったのです。ここには、もともといる住民にすら十分な仕事はないのです」アテネの建築の教師エレーニは言う。

エレーニのコメントは、最近のILOの調査結果に新しい事実をつけくわえる。途上国では、ワーキングプアにおける若者の割合が不均衡なまでに多く、それが移民しようとする強い動機となっている。アテネのダウンタウン、オモニア地区のショッピング地区は、こうした事実を実感できるこの上ない場所である。

ここオモニア地区で見かけたのは若いバングラディッシュ人のアマンだ。彼は店外の路上に置いた椅子に座り、安い家庭用品の値段を通行人にむかって大声で叫んでいた。

ときどきギリシャ人の恰幅のいいボスがどなりつけてきては、店の周りの重い箱を運ばせる。「どうやってアテネまで来ることになったの?」アマンは通りを見つめ、ガムをはきだし、移住してきたルートを話した。「サウジアラビア、イラン、山をこえてトルコ、国境を越えてアテネさ」

ギリシャ人のボスは抜け目ない表情で様子をうかがい、ヒンズー語を話す従業員を見つめる。何を考えているか想像するに難くない。アマンは低い賃金で働かされている不法労働者なのだ。

しかしアマンにすれば、母国で働くよりはずっと稼ぐことができるのである。アマンの説明によれば「ダッカでは一月の稼ぎが1000タカ。時によっては、しばらく無収入ってこともある。ここでは5000タカに相当する額を稼げる。ここで稼いで家族に仕送りをすることができる」

まさにこういう理由があって、アジアからの若い男性移民はエージェントに支払うために母国で数千タカ借り、ギリシャへ非合法に入国するリスクをおかすのである。

しかしアマンは、バングラディッシュ人の友達バッシャーと比べたら幸せな方である。バッシャーはギリシャの地方の工場が閉鎖されて職を失ったのである。

文化的な違いがあろうと、経済危機のせいで人々の生活に混乱が生じていようと、バングラディッシュのアマン、ギリシャのフィオナのような若い人々の失業問題は、アテネの街をあるく人々の心にのしかかってきている。(Lady DADA訳・BlackRiverチェック)

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The Economist「ユーロという患者を殺すつもり?」

2012年6月2日

Charlemagne: Killing the euro-patient? | The Economist.

医者の考えでは、ユーロが先に死ななければ薬は効くだろう

欧州委員会は、今週、ヨーロッパ経済の健康診断を発表したが、その意見によれば、超現実的に思えるとのことだ。「薬は効き始めている」欧州委員会委員長のホセ・マニュエル・バロソは語った。差し迫るギリシャ離脱の警告とスペイン債値幅の手に負えない変動のことは忘れよう。国庫の不足額は下がり、他の不均衡も是正されつつあるという吉報がある。そこで医者は同じような処方をだした。すなわち緊縮政策、構造改革、脱税との戦いである。しかし自信があるようにみえるにもかかわらず、欧州委員会は治療について再度考え直している。

活力みなぎるドイツは計画より早く修正し、「過剰な赤字処理」から解放されている。ブルガリアも同様に赤字から解放され、規律とはただ強くなるためのものではないと証明している。ドイツ、ブルガリアは、エストニア、フィンランド、ルクセンブルグ、スェーデンと共に、赤字処理の目標に到達したクラブに入ることになる。ハンガリーは総合的な見地から不承認となったものの、今では赤字に取り組むことを承諾している。そこで欧州委員会は援助保留の脅しを取り消すことを勧告した。

欧州委員会の官僚は、このような事態を、経済的な政府が機能している証拠とみなしている。ブリュッセルの欧州委員会は、いわゆるヨーロッパ学期のもとで国庫と経済政策を監視し、その国にあわせた勧告をしている。その勧告はヨーロッパ連合27カ国各国のために、1500ページにおよぶ分析、診断、処方箋から成り立つ。もし名指しして恥をかかせても政府の改革への取り組みが不十分であれば、欧州委員会には制裁を示唆する権限がある。発言権のある国の大臣から反対されなければ、欧州委員会には強制することができる。

しかし、これは欧州委員会が小国にムチをふるうということである(今年はじめ、ベルギーで欧州委員会は認めた)。しかし、フランスのような大国がブリュッセルからの指示に従うだろうか。欧州委員会が述べたところによれば、フランスは来年、赤字をGDPの3パーセント以下に削減するという目標を達成できず、赤字削減対策を「加速」して取り組まなければいけないということだ。実際、フランソワ・オランドはヨーロッパを緊縮政策から転換させるという公約のもと当選したが、ヨーロッパからは更なる緊縮財政を求められ、しかも速やかに行う必要があると言われている。

構造改革と規制緩和に関する勧告の多くは、オランド氏の口にはほとんど合わないだろう。フランスは、今年、徹底的な調査結果に従わなくてはならない12カ国のうちの1カ国である。フランスは「深刻な不均衡」に直面していて、とりわけ競争力が衰退し、輸出が落ち込んでいる。赤字に関して、過剰な不均衡を直そうとして失敗したことは、罰をのがれることはできない。「繰り返し罪人にならなくてはいけない」欧州委員会の官僚は説明する。「だが、もし各国が勧告書をトイレットペーパーのように使えば、勧告についての罰則を正当化するだろう。」

ヨーロッパの多くの国では、とりわけ南部では、成長の可能性を高めるために、重大であるにもかかわらず、先延ばしされてきた構造改革を必要としている。しかし欧州委員会の勧告は、心臓発作を起こしそうな兆候を無視して、腫瘍の化学療法を処方するようなものである。ギリシャは不況下にあり、来月の2回目の選挙でおそらくユーロを離脱することになるかもしれないが、その見通しは不鮮明である。それとは別に、スペインの銀行の不良債権は、ユーロゾーンで4番目に大きい経済を押しつぶしてしまいそうである。来月のサミットでは「投資」をふやす短期対策が認められるだろうが、その短期対策をあおるよりも、他に取り組むべき課題がもっとあることを欧州委員会は知っている。

過去2年間、欧州委員会は各国に、とりわけ問題を抱えた国に、赤字の目標にこだわることが、マーケットでの信頼回復につながる最高の方法だと説いてきた。それが今スペインには、赤字目標にこだわりすぎないように説いている。2011年の9パーセントから、来年は3パーセントの赤字目標に変更したが、あまりにも急激な調整である。弱体化した状態で欧州共同市場がこのほど認めたのは、さらに厳しい赤字削減のせいで危険かつ深刻な不況を引き起こすかもしれないということだ。そこで欧州委員会は、マドリッドにもう1年猶予をあたえ、目標の達成は2014年でよいとした。その条件とは、スペインは銀行を整理し、2014年までに信頼できる予算を作成し、とりわけ各地方にも同じ作業を課すというものだ。

変化を示す別なサインは、欧州委員会が「28番目」の国にだした勧告である。28番目の国とは、ユーロ圏全体である。それによれば、精算のほとんどを赤字国がするが、残りの国も「貢献することができる」そうだ。欧州委員会が説き伏せて、ドイツが自国経済を刺激してインフレーションになるように期待したいところであるが、それもかなり難しそうである。しかし、そうすれば「不必要な規制」を取り除くこともできるし、「国内の需要への他の制約」も取り去ることができるだろう。

本当の治療方法

成長への一番大きな拍車となるものは、ユーロ生き残りへの不透明な部分をぬぐい去ることだ。オランド氏が当選したことで、ブリュッセルは将来への足どりについて、もっとオープンに話せるようになった。その足どりには、ヨーロッパレベルでの「銀行の統合」と「財政の統合」(負債の共同発行も含まれる)がある。バルバソ氏の見解では、時間がかかるかもしれないが、こうしたことが始まれば、単一通貨の「信頼性と撤回不可能」という自信を取り戻すことになるだろうということだ。

しかしながら二つの問題がある。一番目は、ギリシャ(あるいはスペイン)がまもなく爆発するだろうという問題である。スペインは、更なる公債発行を避け、自国の銀行のためヨーロッパの現金を近いうちに必要としてくるだろう。二番目は、「更なるヨーロッパ」が深刻な政治的問題になるということである。ドイツは来年度の連邦選挙をひかえ、弱いユーロのメンバーを救うため、金をこれ以上賭けることに消極的である。もっと問題なのは、EU全体の市民が「ひとつのヨーロッパ」という計画への夢を失いつつあることだ。

今週ポー・リサーチ・センターがおこなった世論調査によれば、8カ国においてほとんどの人々が、EUは国の経済を弱体化すると考えている。EUの一員であることが「良い」と賛成したのは、多くの国で本当に少数派である。フランス、イタリア、スペインでは多くの人が、今ではユーロは「悪い」と考えている。すべての国で多くの人がユーロ存続には好意的である。しかし、ユーロとは心配のつきまとう脆弱な基盤であり、その上に、巨大な、通貨の経済連合が築かれているのだ。 (Lady DADA訳・BlackRiverチェツク)

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マルクス家の婿ポール・ラファルグ「怠ける権利」1章の途中(2)

Le Droit à la paresse – Wikisource

Paul Lafargue: The Right To Be Lazy (Chap.1).

あらゆることに怠けようじゃないか。ただし、愛することと、それから酒を飲むことは別だ、それから怠けることも怠っちゃいけないよーーーレッシングより

1章
不吉な教え

フランスの労働者階級は、資本主義文明の支配のもと、妙な妄想にとりつかれている。この妄想のせいで個人も社会も衰退してしまい、過去2世紀にわたって、人々は悲しいまでに苦しんできた。この妄想とは、労働への愛である。さらに労働への狂おしいまでの情熱である。しかし、その情熱のせいで、人々も、またその子どもたちも、心身が衰弱するまで体力を使い果たしている。こうした心の変調に向き合うことなく、聖職者も、経済学者も、倫理学者も、労働に聖なる後光をかざしている。神ならぬ身でありながら、愚かしい人間は神よりも賢くありたいと願った。謗られて当然の身ながら、心弱い人間は神にののしられた不名誉を回復しようとした。私はクリスチャンでもないし、経済学者でもなければ、倫理学者でもないけれど、人々の判断をもとに、神の判断に異議を申し立てよう。信仰の、経済の、思想の自由をもって、資本主義社会で労働がもたらす怖ろしい結果に異議を申し立てよう。

 資本主義社会では、労働はすべて知的堕落の原因であり、すべての醜さの根本的な原因でもある。二本足の従者が仕えているようなロスチャイルド家のサラブレッドと、ノルマン人の農場で大地を耕したり、たい肥を運搬したり、農産物を運ぶのに使われる鈍重な動物を比べてみるとわかるだろう。未開の地に生きる高貴な人々を見るとわかるだろう。彼らはまだ、交易についてきた伝道師や布教をかねた商人たちがもたらすキリスト教、梅毒、そして労働の教えのせいで堕落させられていない。そしてその後で、機械のみじめな奴隷である我々を見るがいい。

 文明化されたヨーロッパで、人間が生来もちあわせている美の跡をたどるには、経済学からくる偏見のせいで労働への嫌悪感が払拭されていない国を探さなくてはいけない。スペインも労働への嫌悪感が衰退しつつある国だが、それでも我々の囚人が働かされているような工場やバラックのような工場よりは、ずっと工場の数は少ない。それに芸術家たちは奔放なアンダルシア人への憧れに、肌が栗のように浅黒く、鋼の棒のように強くてしなやかな、アンダルシア人への憧れに心躍らせる。そう、ぼろぼろの赤いケープを優雅にはおった物乞いが、オスナの君主にも等しい話し方をするのを聞いては、心躍らせる。スペイン人にとっても、原始の野獣のような人々は見かけなくなりつつあるが、それでも労働とは奴隷がおこなうことであり、最悪の事柄なのである。栄華の時代のギリシャ人は、労働に対して軽蔑しかしていなかった。奴隷のみが労働につくことを許可されていたのである。自由民は、心と体の鍛錬のみをしていた。それはまた、アリストテレスやフィディアス、アリストファネスのような人々が歩き、息をしていた時代なのである。マラトンの地でほんの一握りのヒーローがアジアの大群を打ち破り、そのあとすぐにアレクサンダーに征服されてしまう時代なのである。太古の哲学者たちは労働を軽蔑することを教え、自由民にとっては不名誉なことだと教えた。詩人は、神々からの贈り物である怠惰について詩を書いた。「O Melibae nobis haec otia fecit]

キリストは、山頂での講話で、怠惰についてこう伝道した。「野のユリがどうして育つのか、よくわきまえなさい。野のユリは働きもせず、紡ぎもしません。栄華をきわめたソロモン王でさえ、このような花の一つほどにも着飾っていません(訳注・・・マタイの福音6章28節)」髭をはやし、怒りの形相をしたエホバは、自分を崇拝する者に対して、理想的な怠惰の例をあげた。すなわち6日間の労働の後、永遠に休息するのだ。

(Lady DADA訳・・・続きはまだあるけれど、今日はこれまで・BlackRiverチェック)
Lady DADAのつぶやき・・・こういう内容を訳した後、夕方5時半からの夜のお仕事に出かけるのは辛いなあ。若いころ、塚原先生が一言「労働とは基本的に、Less work, more money.だと思います」と言われたことを思い出します。正直なくらいストレートな言葉で、塚原先生以外に誰もそんなことを言わなかったけれど。Less work, more money.は私の人生の呪文となり、今でも時々、その呪文をつぶやいては救われています。これから週末はコンピユータのない伊東市宇佐美ナコウ山の山腹におこもりするので、アップは日曜の晩になります。

 

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ポール・ラファルグ「怠ける権利」

Le Droit à la paresse – Wikisource

Paul Lafargue: The Right To Be Lazy (Chap.1).

あらゆることに怠けようじゃないか。ただし、愛することと、それから酒を飲むことは別だ、それから怠けることも怠っちゃいけないよーーーレッシングより

1章

不吉な教え

フランスの労働者階級は、資本主義文明の支配のもと、妙な妄想にとりつかれている。この妄想のせいで個人も社会も衰退してしまい、過去2世紀にわたって、人々は悲しいまでに苦しんできた。この妄想とは、労働への愛である。さらに労働への狂おしいまでの情熱である。しかし、その情熱のせいで、人々も、またその子どもたちも、心身が衰弱するまで体力を使い果たしている。こうした心の変調に向き合うことなく、聖職者も、経済学者も、倫理学者も、労働に聖なる後光をかざしている。神ならぬ身でありながら、愚かしい人間は神よりも賢くありたいと願ってきた。謗られて当然の身ながら、心弱い人間は神にののしられた不名誉を回復しようとしてきた。私はクリスチャンでもないし、経済学者でもなければ、倫理学者でもないけれど、人々の判断をもとに、神の判断に異議を申し立てよう。信仰の、経済の、思想の自由をもって、資本主義社会で労働がもたらす怖ろしい結果に異議を申し立てよう。

資本主義社会では、労働はすべて知的堕落の原因であり、すべての醜さの根本的な原因でもある。二本足の従者が仕えているようなロスチャイルド家のサラブレッドと、ノルマン人の農場で大地を耕したり、たい肥を運搬したり、農産物を運ぶのに使われる鈍重な動物を比べてみるとわかるだろう。未開の地に生きる高貴な人々を見るとわかるだろう。彼らはまだ、交易についてきた伝道師や布教をかねた商人たちがもたらすキリスト教、梅毒、そして労働の教えのせいで堕落させられていない。そしてその後で、機械のみじめな奴隷である我々を見るがいい。(Lady DADA訳・・・先は長いけど今日はここまで)

Lady DADAのつぶやき・・・ラファルグはマルクスの娘ラウラと結婚するとき、黒人の血がまじっているからとマルクスに結婚を反対されたそうだ。そして「怠ける権利」という文を書きながら、自身は31歳の若さで「労働者のために献身できなくなったときは、この世から去るときだ」と妻ラウラと共に自殺した。そんな真面目で、ナイーヴなラファルグの思いがストレートに伝わってくる書き出しです。仏文科卒でありながら、今頃ようやく真面目にフランス語に取り組んでいます。卒業させてくれたDADAゼミの塚原史先生に心から感謝しつつ、少しずつラファルグを訳します。

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