2019.06 隙間読書 黒史郎『未完少女ラヴクラフト』

2013年 スマッシュ文庫

黒史郎のクトゥルフの知識、ラブクラフトへの敬意と愛情がめいっぱい注ぎ込まれた作品。

まずこのカバーデザインからして創元推理文庫ラブクラフト全集をふまえたライトノベル風のもの。でも黒史郎氏のクトゥルフの知識がつまった本書は、クトゥルフに詳しくない者が読んでも楽しい。

黒史郎氏は「名前にはこだわる」と早稲田エクステンション講座で話されていたが、本書に出てくる名前も「バイアクヘー」「ユッグゴッツ」「エイリア・ツアン」「唯一真」「時を穿つもの」と、名前を唱えるだけで不思議な世界に旅立つ気分になる。

主人公カンナ・セリオはラブクラフトの生まれ育った地アーカムで、母のパブで働いている。「時を穿つもの」と間違われ、異世界「スウシャイ」に飛ばされたところ、ラヴクラフトという黒髪の美少女に出会う。実はこの美少女ラヴクラフトは……と最後で分かる物語展開も面白い。またアーカムの描写も、黒史郎氏ならではの知識、観察があって興味深い。

ラヴクラフトへの敬意がこめられた作品ながら、あまりラヴクラフトを知らない者でも楽しく読めるのは、登場人物あるいは登場怪獣に何とも言えない人間性があるからだろうか? たとえば石化した観客のために毎晩演奏している音楽家エオリアや人面鼠ジェンキンのように……。

原作をよく覚えていない者でも楽しく読ませるのはラヴクラフトの魅力なのか、黒史郎氏の魅力なのか……と思いつつ頁をとじる。

(2019.06.16読了)

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再訳 サキ『耐えがたきバシントン』№25

「ねえ、ピーターパンの言葉で話しているよ」学級担任はいった。

 「ピーターパンの流儀で考えてはいない」舎監はいった。「その作品の作者に尊敬をこめて言う。作者の子供の心を洞察する力は素晴らしく、優しい。でも男の子のことについて何も知らないんだ。今、話題にしているこの作品について一つだけ批評しよう。英国の男の子でもいいし、あるいはどこか知っている国の男の子でもいいけど、想像できるか? 地下の洞窟ごっこをしているそのときに、引き窓のむこうに狼や海賊、アメリカインディアンを望む男の子がいるかい?」

 学級担任は笑い声をあげた。「君の考えははっきりしている。『大人になろうとしなかった男の子』について書くなら、『男の子になることができなかった大人』が書くべきだと考えている。おそらく、それこそが『ネヴァー・ネヴァー・ランド』の意義だろう。たしかに君の批評は正しい。だが、バシントンに関しては賛成できない。彼は持て余してしまう。接したことのある者なら誰もが知るところだ。だが片方の手が他のことでふさがっていないようなら、彼の意気をくじくべきだという意見は変わらない」

 そして彼は立ち去っていったが、自分は正しいという担任ならではの拭い去ることの出来ない矜持を保ったままであった。

“Now you are talking in the language of Peter Pan,” said the form-master.

“I am not thinking in the manner of Peter Pan,” said the other.  “With all reverence for the author of that masterpiece I should say he had a wonderful and tender insight into the child mind and knew nothing whatever about boys.  To make only one criticism on that particular work, can you imagine a lot of British boys, or boys of any country that one knows of, who would stay contentedly playing children’s games in an underground cave when there were wolves and pirates and Red Indians to be had for the asking on the other side of the trap door?”

The form-master laughed.  “You evidently think that the ‘Boy who would not grow up’ must have been written by a ‘grown-up who could never have been a boy.’  Perhaps that is the meaning of the ‘Never-never Land.’ I daresay you’re right in your criticism, but I don’t agree with you about Bassington.  He’s a handful to deal with, as anyone knows who has come in contact with him, but if one’s hands weren’t full with a thousand and one other things I hold to my opinion that he could be tamed.”

And he went his way, having maintained a form-master’s inalienable privilege of being in the right.

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再訳 サキ『耐えがたきバシントン』№24

男たちが—知性に欠けた表情をして、それに比例して自分たちの権力に大きな信念をいだいていたー論じようとしているのは、どんちゃん騒ぎを許されている竜巻君のことだった。

「わたしが君の立場なら、あのバシントンの気をくじくんだが」学級担任がそう話しかけた同僚は寮の舎監をしていて、その寮は他の寮生にまじってコーモスがいるという厄介な特徴をそなえていた。

 「神により、それは禁じられている」舎監はいった。

 「そうだろうか、なぜ」改革論者はたずねた。

 「なぜなら造物主は、御心の仕業への妨げを嫌われているからだ。それに明らかに御しがたい者の意気をくじこうとするなら、自分に大変な責任をおわなければならない」

 「ばからしい。男の子は造物主の御手がはいる原料だ」

 「たいていの男の子はそうなんだが。ただ少数ながら例外もいる。バシントンも学生ながら、そうした少数のひとりだ。造作主によって高い次元にまでつくりあげられている。わたしたちは原料を型に入れてつくりあげるだけだ。そうした少数派と関わってみたところで、どうすることも出来ない」

 「だが成長したら、どうなるのだろうか」

 「彼らはけっして成長しない」舎監は言った。「それが悲劇なんだ。バシントンにしたところで、現在の状態から成長することはけっしてないだろう」

Men of more limited outlook and with a correspondingly larger belief in their own powers were ready to tackle the tornado had time permitted.

“I think I could tame young Bassington if I had your opportunities,” a form-master once remarked to a colleague whose House had the embarrassing distinction of numbering Comus among its inmates.

“Heaven forbid that I should try,” replied the housemaster.

“But why?” asked the reformer.

“Because Nature hates any interference with her own arrangements, and if you start in to tame the obviously untameable you are taking a fearful responsibility on yourself.”

“Nonsense; boys are Nature’s raw material.”

“Millions of boys are.  There are just a few, and Bassington is one of them, who are Nature’s highly finished product when they are in the schoolboy stage, and we, who are supposed to be moulding raw material, are quite helpless when we come in contact with them.”

“But what happens to them when they grow up?”

“They never do grow up,” said the housemaster; “that is their tragedy.  Bassington will certainly never grow out of his present stage.”

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再訳 サキ『耐えがたきバシントン』№23

 ラトレーはーそのときの彼の仲間だーは座ってバシントンをながめ、人並の頭脳を奥底から振り絞って、自分はこの男が好きなだろうか、それとも嫌いなのかといぶかった。

「ほんとうは鞭打ちは君の番ではない」彼は言った。

「知っているとも」コーマスは言うと、丈夫そうな鞭を指先でもてあそんだが、優しく鞭を取り扱う様子は、まるで敬虔なヴァイオリン奏者が自分のストラディバリウスをとり扱うときのようだった。「グレイソンにミントのチョコレートを少しあげて、僕が鞭でぶつのか、それともグレイソンがぶつのかコインを投げて賭けることにした。そうしたら僕が勝った。けれど礼儀正しいところがあるやつだから、チョコレートを半分返してくれた」

人を楽しませる愉快な気質のおかげで、コーモス・バシントンは仲間といて楽しめるだけの評判はものにしていたけれど、その快活さをもってしても、学生時代に接した教師たちに好かれる助けにはならなかった。彼のことを面白いと思い、楽しむ教師たちは、ユーモアというつましい美点を思いどおりにあやつる教師だった。だが、そうした教師たちが、自分の責任の範疇から彼が消えたときに吐息をつくとしたら、それは悲しみの吐息といよりも、安堵からくる吐息であった。彼について知れば知るほど、また経験を積めば積むほど、自分たちがかかわらなければいけない領域の外にいる者だと思うようになった。嵐を扱うように訓練をつんだ者ならー近づきつつある嵐を察知するだろうし、嵐から生じる影響を極力少なくしようとするだろうー、竜巻にあらがおうとすることに躊躇いを感じるとしても許されるのかもしれない。

The more enlightened and experienced of them realised that he was something outside the scope of the things that they were called upon to deal with.  A man who has been trained to cope with storms, to foresee their coming, and to minimise their consequences, may be pardoned if he feels a certain reluctance to measure himself against a tornado

Rutley, his companion of the moment, sat watching him and wondering, from the depths of a very ordinary brain, whether he liked or hated him; it was easy to do either.

“It’s not really your turn to cane,” he said.

“I know it’s not,” said Comus, fingering a very serviceable-looking cane as lovingly as a pious violinist might handle his Strad.  “I gave Greyson some mint-chocolate to let me toss whether I caned or him, and I won. He was rather decent over it and let me have half the chocolate back.”

The droll lightheartedness which won Comus Bassington such measure of popularity as he enjoyed among his fellows did not materially help to endear him to the succession of masters with whom he came in contact during the course of his schooldays.  He amused and interested such of them as had the saving grace of humour at their disposal, but if they sighed when he passed from their immediate responsibility it was a sigh of relief rather than of regret. The more enlightened and experienced of them realised that he was something outside the scope of the things that they were called upon to deal with.  A man who has been trained to cope with storms, to foresee their coming, and to minimise their consequences, may be pardoned if he feels a certain reluctance to measure himself against a tornado.

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2019.06 隙間読書 ディクスン・カー『ビロードの悪魔』

1951年発表、原題は”The Devil in Velvet”、カーが45歳のときに書いた歴史ミステリ。

同じく歴史ミステリのジョセフィン・ティ『時の娘』を読んだときは、背景知識がないせいだろうか? 流れも、場面もまったく浮かんでこなくて実につまらなく、砂をかむような思いで読んだ記憶がある。

ところが『ビロードの悪魔』は、まったく違う。

背景となっているチャールズ二世の治世についても、シャフツベリー卿についても、まったく知識がないながら、その性格や場面、街の光景がありありとうかんできて、読んでいて面白い。

剣術についてもまったく本書で初めて接したが、剣術場面の臨場感にひきずりこまれるような魅力を感じた。

カーとジョセフィン・ティの違いはどこにあるのだろうか? アメリカ人のカーは歴史ミステリを書きながら、背景知識をもたない万人が楽しめるように悪魔もでてくるオカルト風、剣術で活躍する活劇風作品を書いたのかもしれない。

一方、英国人のジョセフィン・ティには背景知識やニュアンスがあってこそ楽しめる要素があるのかもしれない。

すべてが面白かった『ビロードの悪魔』だが、最後にフェントンが「求めていたものをついに見いだした」といきなり女性を選択する展開には納得できない、もう一人の女性に同情してしまった。

カーの他の歴史ミステリを読んでみたいと思いつつ頁をとじる。

2019年06月10日読了

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再訳 サキ『耐えがたきバシントン』№22

 ランスローは心に弱々しい希望を育もうとしたが、それはこの不快な、現実的な描写には、誇張している要素があるかもしれないということだった。

 一方、廊下のむこう端にある監督生の部屋には、コーモス・バシントンと監督生が時間どおりに来て座って待ちうけ、そこには楽しみを期待する雰囲気が強くただよっていた。コーモスは、監督生のカーストのなかでは一番年下の一人だったが、よく知られていないというわけでは決してなく、寮長の談話室の外に出れば、ときどき評判になることもあって、ともかく賞賛の言葉を楽しんだ。 サッカーをするとき、彼には風変わりなところが多々あるため、真のすばらしい選手にはなれなかった。だがタックルのときには、相手を地面に逆さにする行動そのものに、つよい喜びを感じているかのようなタックルをした。そしてこの世のものではないような罵りの言葉を、怪我をしたときにはかならず喚いたが、耳にした運のいい者によって、その言葉は心に深く刻まれた。 ありきたりの運動競技のときには、彼は人目をひく競技者だった。そして監督生の役割にはついたばかりだったが、もう鞭さばきが完璧で芸術的だと評判であった。彼の容姿は、風変わりな、パガンの名前とぴったり合っていた。その大きな瞳は淡い緑灰色で、永久にきらめくように見えるその輝きは、子鬼のいたずらにも、どんちゃん騒ぎのよろこびのようにも見えた。曲線をえがいた唇は邪悪で、ギリシャ神話の半獣神ファウヌスが笑っているかのようであった。艶やかな黒髪の波間から小さな角がのぞくのでは……という気すらするほどであった。顎は毅然としていたが、人々が不機嫌で、短気なところを捜そうとしても、ハンサムで、半ば嘲るような、半ば生意気な顔には見当たらなかった。その不機嫌さのせいで、コーモスにはどこか独創的で、傲慢な輩になったのかもしれない。運命は奇妙な魅力を彼に授けてくれたが、人生の大きな目的は用意されないままであった。おそらく誰からも、愛すべき性格だと言われたことはなかっただろう。だが多くの面で、彼には素晴らしいところがあった。同時にあらゆる面で、強く非難されるところも確かにあった。

Lancelot tried to nourish a wan hope that there might be an element of exaggeration in this uncomfortably realistic description.

Meanwhile in the prefects’ room at the other end of the passage, Comus Bassington and a fellow prefect sat also waiting on time, but in a mood of far more pleasurable expectancy.  Comus was one of the most junior of the prefect caste, but by no means the least well-known, and outside the masters’ common-room he enjoyed a certain fitful popularity, or at any rate admiration.  At football he was too erratic to be a really brilliant player, but he tackled as if the act of bringing his man headlong to the ground was in itself a sensuous pleasure, and his weird swear-words whenever he got hurt were eagerly treasured by those who were fortunate enough to hear them.  At athletics in general he was a showy performer, and although new to the functions of a prefect he had already established a reputation as an effective and artistic caner. In appearance he exactly fitted his fanciful Pagan name. His large green-grey eyes seemed for ever asparkle with goblin mischief and the joy of revelry, and the curved lips might have been those of some wickedly-laughing faun; one almost expected to see embryo horns fretting the smoothness of his sleek dark hair.  The chin was firm, but one looked in vain for a redeeming touch of ill-temper in the handsome, half-mocking, half-petulant face. With a strain of sourness in him Comus might have been leavened into something creative and masterful; fate had fashioned him with a certain whimsical charm, and left him all unequipped for the greater purposes of life. Perhaps no one would have called him a lovable character, but in many respects he was adorable; in all respects he was certainly damned.

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2019.06 隙間読書 三島由紀夫「朝顔」

1951年、三島由紀夫25歳のときの作品。

『文豪怪談傑作選 三島由紀夫集 雛の宿』収録

『文豪ノ怪談 ジュニア・セレクション 死』収録

終戦の年の11月、腸チフスで亡くなった妹・美津子の夢を三島はたびたび見たのだと記している。本作品も、亡き妹・美津子をみた夢について記したものである。

夢でみた美津子の浴衣について書いている文が心に残る。暗と陽のコンストラストが鮮やかである。

妹の顔は暗くてよく見えない。着ているものの柄もよくわからない。子供のような浴衣を着て、黄色い兵児帯をしめている。

「どんな柄、見せてごらん」

と私が言った。妹は黙って袖をひろげて見せた。あざやかに大きな紫の朝顔が染めてある。妹が五つ六つの時分に着せられていた浴衣である。

(三島由紀夫「朝顔」より)

なぜ、この朝顔がかくも印象的なのか? 三島の実際の思い出なのかもしれない。また東雅夫氏の註によれば(文豪ノ怪談ジュニア・セレクション「死」)、「夭折した娘と朝顔、そして夢の話といえば、その名も『夢の朝顔』の通称で知られる『兎園小説』(曲亭馬琴ほか編・1825)中の一篇が想起される」とのこと。知らなかった!

そういえば浄瑠璃にも「生写朝顔話」というすれ違いの哀しい物語がある……朝顔は日本文学のなかで大切な小道具なのだなと思った。

可憐な妹さんの夢に心がゆるんだところで最後に怖いどんでん返し。これも東氏の註によれば、エリザベス・ボウエン「魔性の矢」(『英国怪談珠玉集』南篠竹則訳)も似たような趣向の作品のようである。こちらも読まなくてはと思いつつ頁をとじる。(2019年6月7日読了)

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再訳 サキ『耐えがたきバシントン』№21

ランスロット・チェトロフは、長い、がらんとした廊下のはずれに立ち、気もそぞろに腕時計に目をはしらせながら、すでにはるか昔のことになりつつある痛ましい出来事を思い、自分が三十分でもいいから年上であればと強く願った。だが不幸にも、その出来事は未来につづくものであり、さらに恐ろしいことに、その未来は逼迫しつつあった。 学校に慣れていない男の子の例に違わず、彼が不健康な情熱を燃やしてきたのは、規則と要求に従うことで、この方面への熱意が身の破滅を確かなものにしてしまった。二、三の価値あることを一度にしようと急いだあまり、毎日同じとはかぎらない掲示板を見ることを忘れてしまい、そのせいで、新入生に特別に呼びかけたサッカーの練習に参加しそこねてしまった。一学期前から学校にいる年下の仲間が、彼の過ちから生じる避けがたい結果について、絵を見るようにを教えてくれた。その恐怖は未知の世界が付随するもので、迫り来る運命からは何とか消し去られていたが、そのときに大げさに心配され、思いつくままに知識を授けられたことに、彼はあまり感謝の念をいだかなかった。

 「椅子に座らされて、うしろから鞭で六回ぶたれるよ」

 「チョークで体に線を一本描かれるんだ、知っているだろうけど」

 「チョークで線を一本、どういうことなの?」

 「本当だよ。むちでぶつたびに、きっかり同じ場所をねらえるからだよ。すごく痛いんだ」

Lancelot Chetrof stood at the end of a long bare passage, restlessly consulting his watch and fervently wishing himself half an hour older with a certain painful experience already registered in the past; unfortunately it still belonged to the future, and what was still more horrible, to the immediate future.  Like many boys new to a school he had cultivated an unhealthy passion for obeying rules and requirements, and his zeal in this direction had proved his undoing. In his hurry to be doing two or three estimable things at once he had omitted to study the notice-board in more than a perfunctory fashion and had thereby missed a football practice specially ordained for newly-joined boys.  His fellow juniors of a term’s longer standing had graphically enlightened him as to the inevitable consequences of his lapse; the dread which attaches to the unknown was, at any rate, deleted from his approaching doom, though at the moment he felt scarcely grateful for the knowledge placed at his disposal with such lavish solicitude.

“You’ll get six of the very best, over the back of a chair,” said one.

“They’ll draw a chalk line across you, of course you know,” said another.

“A chalk line?”

“Rather.  So that every cut can be aimed exactly at the same spot.  It hurts much more that way.”

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2019.06 隙間読書 ジョン・ディクスン・カー『囁く影』斎藤数衛訳

1946年、カーが40歳のときの作品。

第二次世界大戦直後、ヨーロッパの混沌とした雰囲気を味わえるのもよし。可憐で健気なヒロインが登場するのもよし。塔の最上階という設定も楽しい。列車に飛び乗る活劇風の場面も楽しい。何よりも空飛ぶ吸血鬼の恐怖が楽しい。

楽しい要素が盛りだくさんの作品である。ただ、すべて理詰めで解き明かそうとするカーの姿勢が楽しくないかも。少し曖昧な部分があった方が私的には好みである。

なぜ、この男に巡り合うのか? なぜ、この男に惚れてしまうのか? という部分は謎のまま、曖昧に残っているからいいのだろうか?

やはりカーは楽しいと思いつつ頁をとじる。

2019.06.05読了

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再訳 サキ「耐えがたきバシントン」№20

 コーモスは、叔父のお気に入りではなかった。

 フランチェスカは自分の書き物机にむかうと、息子にあてた手紙を急いで書き、新しく入ってくる少年について手紙にしたため、ひ弱な体のことも、内気な資質についても、そうしたことから生じる特徴についても伝えて、面倒をみるようにと頼んだ。彼女が手紙に封をして印をおすと、ヘンリーは遅ればせながら注意をした。

 「おそらく、その少年のことはコーモスに言わないでおいた方が賢明だ。あれときたら、いつも言いつけにはしたがわないから」

 フランチェスカもわかっていた。それに兄の言うことにも半分以上は納得していた。だが奇麗な、未使用の一ペニー切手を犠牲にできる女は、いまだ誕生した試しはない。

Comus was not a favourite with his uncle.

Francesca had turned to her writing cabinet and was hastily scribbling a letter to her son in which the delicate health, timid disposition and other inevitable attributes of the new boy were brought to his notice, and commanded to his care.  When she had sealed and stamped the envelope Henry uttered a belated caution.

“Perhaps on the whole it would be wiser to say nothing about the boy to Comus.  He doesn’t always respond to directions you know.”

Francesca did know, and already was more than half of her brother’s opinion; but the woman who can sacrifice a clean unspoiled penny stamp is probably yet unborn.

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