チェスタトン「マンアライヴ」二部二章第234回

「私たちの願いは」マイケルは言った。「その起訴にたいして、可能なかぎり、もっともな便宜を提供することです。とりわけ全法廷の時間を節約するような類のことです。この件について、私はもう一度追及するつもりですが、そのときに問題になる理論の要旨は、ピム博士にはなじみのあるものです。その理論が、どのように形成されるのかを私は知っています。偽証とは失語症の変形であり、あることのかわりに別のことを言うのです。捏造とは、作家が言わば痙攣してしまうことであり、自分の名前のかわりに叔父の名前を無理やり書いてしまうのです。公海における海賊行為、すなわち盗作行為とは、おそらく船酔いのある形なのです。でも否認している事実を調査するなんて、それは不必要なことです。つまりイノセント・スミスは、住居侵入強盗を絶対にしていないのです。

 

“We wish,” said Michael, “to give all reasonable facilities to the prosecution; especially as it will save the time of the whole court. The latter object I shall once again pursue by passing over all those points of theory which are so dear to Dr. Pym. I know how they are made. Perjury is a variety of aphasia, leading a man to say one thing instead of another. Forgery is a kind of writer’s cramp, forcing a man to write his uncle’s name instead of his own. Piracy on the high seas is probably a form of sea-sickness. But it is unnecessary for us to inquire into the causes of a fact which we deny. Innocent Smith never did commit burglary at all.

 

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チェスタトン「マンアライヴ」二部二章第234回

ムーンは、その手紙をちらりと見ただけだった。告発者が、そんなに重々しい文書を思いつくはずがないことは分かっていたし、モーゼス・グールドは教会法典を読めないのだから、書けるはずもないことは分かっていた。その紙を戻すと、彼は立ち上がり、窃盗行為についての弁護をはじめた。

 

Moon merely went through the form of glancing at the paper. He knew that the prosecutors could not have invented so heavy a document; that Moses Gould (for one) could no more write like a canon than he could read like one. After handing it back he rose to open the defence on the burglary charge.

 

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2017.09 隙間読書 坂口安吾・高木彬光「樹のごときもの歩く」

「樹のごときもの歩く」

作者:坂口安吾

   高木彬光

初出:1958年(昭和33年)

掲載誌廃刊にともない未完のままになっていた安吾「復員殺人事件」のあとを、高木彬光が書いて完成させた作品。

家族がばたばた殺されていっても動じない倉田家当主 由之の冷淡さは、高木彬光も不思議に思っていたのだと納得。でも、なぜ冷淡であったのかが説明しきれていない。安吾は、何か理由があって冷淡に描いたと思うのだが。

以下はネタばれあり。

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チェスタトン「マンアライヴ」二部二章第233回

こうして厳しく自分を見つめる体験をした結果、私は荒々しい仲間とのつながりを絶つことにしました。キリスト教社会連盟の人々がかならず強盗にちがいないと言うつもりは一切ありません。そうした告発をする権利は、私にはありません。でも、その体験は、そうした行動が行き着く先を示唆してくれました。それ以上、彼らに会うことはありませんでした。

 もうひとつ言い添えることは、イングルウッド氏が撮影されたという同封の写真は、話題にしました泥棒にちがいありません。あの夜、帰宅すると、彼の名刺を確かめました。彼はイノセント・スミスという名のもとに記されていました。

敬具 ジョン・クレメント・ホーキンス

 

 

 

“In consequence of this soul-searching experience I severed my

connection with the wild set.  I am far from saying that every

member of the Christian Social Union must necessarily be a burglar.

I have no right to bring any such charge.  But it gave me a hint

of what such courses may lead to in many cases; and I saw them no more.

 

“I have only to add that the photograph you enclose, taken by a

Mr. Inglewood, is undoubtedly that of the burglar in question.

When I got home that night I looked at his card, and he was inscribed

there under the name of Innocent Smith.–Yours faithfully,

                                     “John Clement Hawkins.”

 

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2017.9 隙間読書 泉鏡花『紅玉』

『紅玉』

作者:泉鏡花

初出:1913年

青空文庫

鏡花三大戯曲の「夜叉ヶ池」「海神別荘」と同じ1913年の作である。だが三大戯曲には入っていないため、読むひとも少ない作品ではないだろうか。でも「夜叉ヶ池」「海神別荘」には劣らず、いろいろ想像させるところの多い作品。上演しても、他の作品に負けない魅力があると思う。

まず冒頭部分で子供たちが輪になって歌い、この輪のなかにはいると急に踊りだすと画工に告げる場面。子供たちは「踊らうと思って踊るんぢゃないんだよ。ひとりでにね、踊るの。踊るまいと思っても。だもの、気持ちが悪いんだ」と説明する。でも画工は「此の世の中を、酔って踊りや本望だ」と、その輪のなかに入っていく。そして読んでいる者も、画工と一緒に妖しの世界へ入っていく。

踊りの輪のなかに「顔黒く、嘴黒く、烏の頭(かしら)して真黒なるマント様(よう)の衣(きぬ)を裾まで被りたる異体のもの」が入ってくると、男は踊りだして、さらに幻想にみちた世界がはじまる。

子供たちの歌の輪が異次元への橋わたしとなる此の戯曲、上演されてもいいと思うのだが。なぜ上演されないのかが謎である。

読了日:2017年9月26日

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2017.9隙間読書 坂口安吾「復員殺人事件」

「復員殺人事件」

作者:坂口安居

青空文庫

11月26日開催予定の日比谷日本ミステリ読書会、次回の課題本である。

「不連続殺人事件」につづく坂口安吾の長編ミステリ。掲載雑誌が廃刊になってしまい、解決編はしめされず、犯人はわからないままの未完ミステリ…ということで疑問だらけのまま読了。

まず殺人の動機は何なんだろうか。資産が目的なら、倉田家当主の倉田由之を殺してしまえばいいのに。子供たちは殺されても、由之はしぶとく生きている。

子供たちが長男公一とその子供、次男安彦、三男定男、長女起久子とバタバタ殺されていくのに、倉田家当主の由之がまったく悲しんでいる気配がないのはなぜか?

財産がらみだとしたら一番得をするのは誰だろう? 長男公一の妻であり、倉田家当主由之の妾である由子か、それとも由之の次女美津子だろうか。

安彦が出征前夜に、自分が戦死したらあけるようにと残した包みに記された「マルコ伝第八章二四」のメッセージとは? 「人を見る、それは樹のごときものの歩くが見ゆ」という文句が残したかったのだろうか。まさか後ろから読んで「しにんがはち」、「死人が八人でるぞ」だったりして?死にかけた人物はちょうど八人だと思うけど。

「不連続殺人事件」を読んだとき、安吾は、犯人を詳細に描く作家だという印象をうけた。「復員殺人事件」で一番多く描写されているのは安彦、次が由之なのだが(青空文庫は、こういうことを調べるのにとても便利。筑摩文庫版はあるけれど)。もし犯人が安彦だとしたら、なぜ犯行を、どのようにして…依然、疑問につつまれたままである。

異国の地で邪教に入信した重吉の役割とは?まだまだ疑問だらけである。安吾にかわって高木彬光が解決編をしるした「樹のごときもの歩く」を楽しみに読むことにしよう。

読了日:2017年9月22日

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チェスタトン「マンアライヴ」二部二章第232回

「それが犯罪だろうと、冗談であろうと」私は大声をあげた。「ごめんこうむりたい」

「梯子なら、あなたのすぐうしろにありますよ」その男は怖ろしいほどの礼儀正しさで言った。「でも立ち去る前に、わたしの名刺をさしあげましょう」

もし、なんらかの分別をみせる冷静さがあったなら、そんなものは捨て去ったのですが。そうした類の妥当な身ぶりが、塀のうえでの私の平衡状態に影響をおよぼしたとしてもです。そのまま、そのときの荒々しい雰囲気のなかで、私はその名刺をベストにしまい、壁と梯子のほうへと戻り、ふたたび見苦しくはない通りへと戻りました。しかしながら、歩き出すまえに、私のこの目が見ました二つの光景はひどいもので、悲しむべきものでした。その泥棒は煙突の方へと傾斜した屋根をのぼって、レイモンド・パーシィー師(神の司祭であり、さらに悪いことにジェントルマンである方なのです)が、彼のあとにつづいて這い登っていました。その日から、ふたりとも見かけたことはありません。

 

“`Whether this is a crime or a joke,’ I cried, `I desire to be quit of it.’

“`The ladder is just behind you,’ answered the creature with horrible courtesy; `and, before you go, do let me give you my card.’

“If I had had the presence of mind to show any proper spirit I should have flung it away, though any adequate gesture of the kind would have gravely affected my equilibrium upon the wall. As it was, in the wildness of the moment, I put it in my waistcoat pocket, and, picking my way back by wall and ladder, landed in the respectable streets once more. Not before, however, I had seen with my own eyes the two awful and lamentable facts— that the burglar was climbing up a slanting roof towards the chimneys, and that Raymond Percy (a priest of God and, what was worse, a gentleman) was crawling up after him. I have never seen either of them since that day.

 

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チェスタトン「マンアライヴ」二部二章第231回

幸いにも、私は最初の五歩で立ちどまって、無理もない咎めだてを仲間にあびせつつ、できるだけ上手に平衡をとりました。

「通行権というものだ」擁護のしようがない案内人は言いました。

「百年間、ここは通行を禁じられていた」

「パーシィ師、パーシィ師」私は呼びたてました。「この悪漢と一緒に行かないでしょうね?」

「いいではないか、そうするつもりだ」私の不幸な仲間は軽々しく答えた。「あなたと私の方が、ずっと体の大きな悪漢ではないか。彼の正体が何であろうとも」

「私は泥棒だとも」この大男は動じることなく説明した。「フェビアン協会の一員なのだから。資本家に搾取された財産を返してもらうだけなんだ。内乱や革命をおこして一掃することなしに。特別な機会にふさわしい改革によって返してもらうんだ。ここで少し、あっちで少しというふうに。ひな壇ぞいの五番目の家が見えるかい? 平らな屋根の家だ。今夜、あの家におしいるつもりだ」

“I am glad to say that I stopped within my first five steps, and let loose my just reprobation, balancing myself as best I could all the time.

“`It’s a right-of-way,’ declared my indefensible informant.
`It’s closed to traffic once in a hundred years.’

“`Mr. Percy, Mr. Percy!’ I called out; `you are not going on with this blackguard?’

“`Why, I think so,’ answered my unhappy colleague flippantly. `I think you and I are bigger blackguards than he is, whatever he is.’

“`I am a burglar,’ explained the big creature quite calmly. `I am a member of the Fabian Society. I take back the wealth stolen by the capitalist, not by sweeping civil war and revolution, but by reform fitted to the special occasion—here a little and there a little. Do you see that fifth house along the terrace with the flat roof? I’m permeating that one to-night.’

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チェスタトン「マンアライヴ」二部二章第230回

聖職者の仲間にたいして、無理もないことですが、疑いつづけていると、高さがあまりない梯子を見つけました。それは道より一段高いところへとかかっていました。思慮に欠けた仲間が梯子にわっと駈けよったものですから、私も後をついていくしかありませんでした。梯子をのぼり、私が足をおろした小道は、見たこともないくらい狭い場所でした。こんなに狭い通路を歩かなければいけなくなったことはありません。その通路の片側は、暗い闇につつまれ、最初、しっかりと密に茂った藪らしいものが繁茂していました。ややして、それが藪ではないことに気がつきました。高さのある木々の頂きだったのです。この私が、英国の紳士であり、英国国教会の聖職者である私が、まるで雄猫のように庭の塀の上を歩いていたのです。

 

“I was just repeating my very natural doubt to my clerical companion when I was brought up against a short ladder, apparently leading to a higher level of road. My thoughtless colleague ran up it so quickly that I could not do otherwise than follow as best I could. The path on which I then planted my feet was quite unprecedentedly narrow. I had never had to walk along a thoroughfare so exiguous. Along one side of it grew what, in the dark and density of air, I first took to be some short, strong thicket of shrubs. Then I saw that they were not short shrubs; they were the tops of tall trees. I, an English gentleman and clergyman of the Church of England—I was walking along the top of a garden wall like a tom cat.

 

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2017.9 隙間読書 グラディス・ミッチェル『灯台の殺人』

『灯台の殺人』

作者:グラディス・ミッチェル

訳者:宮脇孝雄

今週末のグラディス・ミッチエル「月が昇るとき」読書会にむけて、『灯台の殺人」を慌てて読んだ。

この先、ネタバレあり。

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