チェスタトン「マンアライヴ」二部一章第228回

「しみのついたブラインド」エマーソン・イームズは弱々しく言った。

「それ以上、はっきりと言えないのか」若者は言った。「それなら、こう言って終わりにしよう。先生が公言していたとおりの人なら、カタツムリも、天使セラピムも心配はしないと思う。たとえ先生が信仰に欠けた、その固い首の骨を折ったとしても。それから戯言を口にする悪魔崇拝の頭を打ち砕いたとしても。だけど先生の厳めしい伝記に書かれた事実によれば、先生は素敵なひとだ。腐ったような冗談を話すのに夢中になっているんだから。兄さんみたいに好きだよ。だから狙うのは先生の頭のまわりにして、先生を撃たないようにする。僕の射撃の腕前が優れていると聞いたら、先生も安心だろう。さあ、中に入って朝食にしよう」

それから彼は宙にむかって弾を二発撃ったが、教授はしっかりと耐えてみせた。そして言った。「全部、撃たない方がいいぞ」

「どうして?」相手は陽気に訊ねた。

「弾はとっておくんだ」彼の相手は言った。「こんなふうにして話すことになる次の相手のために」

 

“`Spotted blinds,’ said Emerson Eames faintly.

“`You can’t say fairer than that,’ admitted the younger man, `and now I’ll just tell you this to wind up with. If you really were what you profess to be, I don’t see that it would matter to snail or seraph if you broke your impious stiff neck and dashed out all your drivelling devil-worshipping brains. But in strict biographical fact you are a very nice fellow, addicted to talking putrid nonsense, and I love you like a brother. I shall therefore fire off all my cartridges round your head so as not to hit you (I am a good shot, you may be glad to hear), and then we will go in and have some breakfast.’

“He then let off two barrels in the air, which the Professor endured with singular firmness, and then said, `But don’t fire them all off.’

“`Why not’ asked the other buoyantly.

“`Keep them,’ asked his companion, `for the next man you meet who talks as we were talking.’

 

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チェスタトン「マンアライヴ」二部一章第227回

「先生は、今、礼拝式にいるのです」スミスは厳かにのべた。「ぼくから見放される前に、池のアヒルについて神に感謝したほうがいいですよ」

この有名な悲観論者は、いくぶんはっきりとした口調で、池のアヒルについて神に感謝したいという気持ちをあらわした。

「カモのことも忘れないように」スミスはきびしく言った。(イームズは弱々しくカモについて認めた。

「何も忘れることのないように。天に感謝するように、教会のことも、大聖堂のことも、邸宅のことも、教養のない人々のことも、水たまりのことも、鍋のことも、フライパンのことも、杖のことも、絨毯のことも、骨のことも、しみのついたブラインドのことも」

「わかった、わかったよ」その犠牲者は絶望にかられながら繰り返した。「杖のことも、絨毯のことも、ブラインドのことも」

「しみのついたブラインドと言ったと思うが」スミスは詐欺師のごとき無慈悲さで言うと、銃身をふりかざし、まるで長い、鉄の指をのばすように動かした。

 

“`You are now engaged in public worship,’ remarked Smith severely, `and before I have done with you, you shall thank God for the very ducks on the pond.’

“The celebrated pessimist half articulately expressed his perfect readiness to thank God for the ducks on the pond.

“`Not forgetting the drakes,’ said Smith sternly. (Eames weakly conceded the drakes.) `Not forgetting anything, please. You shall thank heaven for churches and chapels and villas and vulgar people and puddles and pots and pans and sticks and rags and bones and spotted blinds.’

“`All right, all right,’ repeated the victim in despair; `sticks and rags and bones and blinds.’

“`Spotted blinds, I think we said,’ remarked Smith with a rogueish ruthlessness, and wagging the pistol-barrel at him like a long metallic finger.

 

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隙間読書「黒後家蜘蛛の会1」より『会心の笑い』

『会心の笑い』

著者:アイザック・アシモフ

訳者:池央耿

ISBN:4-488-16701-2


わずか20ページあまりの短編にずいぶんと登場人物がぞろぞろと登場。

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隙間読書「水晶幻想」より『青い海黒い海』

『青い海黒い海』

作者:川端康成

出版社:講談社文芸文庫

ISBN4-06-19671-3

川端康成といえば、熱海の土産物屋にならんでいる「踊子饅頭」の絵柄のイメージがどうも頭にあったのだが、この水晶幻想という短編集の冒頭の短編『青い海黒い海』を読んだら、そんな野暮な(失礼!)イメージが吹っ飛んだ。

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チェスタトン「マンライヴ」二部一章第226回

「何の歌をうたえというつもりか?」苛立ったイームズは訊ねた。「何の歌だ?」

「讃美歌が一番いいと思うが」相手は重々しく答えた。

「あとに続いて次の言葉を繰り返したなら、そこから解放することにしよう。

我が感謝する善良さも、優美さも、

生まれし時より微笑みしものなり。

我を奇妙な場所に腰かけさせ者は

幸せなる英国の子供なり」

エマーソン・イームズ博士がぶっきらぼうに応じると、迫害者はいきなり両手をあげるように命令した。ぼんやりとではあるが、こうしたやり方を、山賊のふだんの振る舞いと結びつけたので、イームズ博士は両手をあげ、堅苦しい様子であったけれど、ひどく驚いたようではなかった。彼がかけている石の席に一羽の鳥がとまったが、彼には何の関心もはらわず、こっけいな像のような扱いであった。

 

“`What song do you mean?’ demanded the exasperated Eames; `what song?’

“`A hymn, I think, would be most appropriate,’ answered the other gravely.
`I’ll let you off if you’ll repeat after me the words—

        “`I thank the goodness and the grace
            That on my birth have smiled.
          And perched me on this curious place,
            A happy English child.’

“Dr. Emerson Eames having briefly complied, his persecutor abruptly told him to hold his hands up in the air. Vaguely connecting this proceeding with the usual conduct of brigands and bushrangers, Mr. Eames held them up, very stiffly, but without marked surprise. A bird alighting on his stone seat took no more notice of him than of a comic statue.

 

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隙間読書「炎に絵を」

「炎に絵を」

著者:陳舜臣

出版社:出版芸術社

ISBN:4-88293-054-4

8月27日2時から中野サンプラザで予定している日比谷日本ミステリ読書会の課題本。読書会だと「おもしろい」「よかった」の一言では続かないから、愚問、意地悪な質問を書き連ねたけれど。当日はこうした愚問が不要な会となりますように。

疑問3からはネタバレになるから隠してあります。読了されている方だけ、続きを読むをクリックしてください。

【疑問1】出版芸術社のカバー、男女カップルを背後から描いたイラストは誰と誰なのでしょうか?諏訪子と呉練海、それとも諏訪湖と葉村康風なのでしょうか?諏訪子が緑のスーツを着ている場面があったから、着物も緑、下駄の鼻緒も緑なのでしょうか?着物の青い朝顔はどこからなのかなあと愚にもつかないことをいろいろ考えてしまいます

 

【疑問2】金に関する欲望、打算を描いた小説ですが、金だけがテーマだと現実にはもっと恐ろしい話もあるわけで、私は「桃源遥かなり」や「青玉獅子香炉」の方がロマンがあって好きです。

 

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隙間読書「私の中の三島由紀夫」

 

「私の中の三島由紀夫」

著者:山本光伸

出版社:柏艪社

ISBN:978-4-434-230981 c0095

作者はのっけから「非才の私に三島由紀夫が論じられるわけがないではないか。三島の作品だって全て読んではいないし、熱心で誠実な読者であったわけでもない。」と謙遜して言うけれど。

でも二十代の頃、楯の会に身をおいた作者だからこそ記憶にとどめた三島の言葉の数々が新鮮だ。

「老後は純粋ミステリーを書いてみたい、そして畳の上で死にたいものだ」(ラジオで)

「そうだよ、おれは太宰治と同じだ。同じなんだよ」(村松剛に)

「青春に於て得たものこそ終生の宝」(楯の会会員宛遺書)

三島も、穏やかな老後をちらりとでも思うことがあったのか。

それに三島は太宰が嫌いだったと思い込んでいたのに。この本のおかげで、あらたな三島のイメージを次々と発見。

また切腹する直前、三島が叫んだ「森田、お前はやめろ!」の森田を、「豊饒の海」の「奔馬」の飯沼勲と重ねる山本氏の読み方もユニーク。

北杜夫「白きたおやかな峰」についての三島の評文「行為に対する、言葉の側からの憑依力が欠けている」という一節を読んで、三島の文学評論も読みたくなった…。

こうして脱線読書道の日々が明日も続く。

読了日:2017年7月1日

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チェスタトン「マンアライヴ」二部一章第225回

いきなり彼が声をあげる様子ときたら、いばりくさった権威者でしかなく、まるで学生にむかってドアを閉めるようにと言っているような感じであった。

「この場所から離れたいんだ」彼は怒鳴った。「ここには我慢できない」

「その場所の方が、先生に我慢できるかどうか」スミスはじろじろ見つめながら言った。「でも先生が首の骨を折る前に、あるいは僕が先生の脳みそを吹き飛ばす前に、それとも先生を部屋に戻す前に、(複雑な問題ですから、どうするかまだ決めていませんが)、形而上学的な点をはっきりさせておきたいと思います。先生は、この世界に戻りたいということでいいんですか?」

「戻れるなら、何でもくれてやるぞ」不幸な教授は答えた。

「何でもくれる…のですか」スミスは言った。「それなら、その生意気なところは捨ててもらおう。歌をうたうんだ」

 

“Suddenly he called out with mere querulous authority, as he might have called to a student to shut a door.

“`Let me come off this place,’ he cried; `I can’t bear it.’

“`I rather doubt if it will bear you,’ said Smith critically; `but before you break your neck, or I blow out your brains, or let you back into this room (on which complex points I am undecided) I want the metaphysical point cleared up. Do I understand that you want to get back to life?’

“`I’d give anything to get back,’ replied the unhappy professor.

“`Give anything!’ cried Smith; `then, blast your impudence, give us a song!’

 

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チェスタトン「マンアライヴ」二部一章第224回

太陽が昇るにつれて、輝かしい光を一面に放ちはじめたものだから、どこまでも深い空ではあったけれど、その光はあふれだした。浅き水路が彼らの下を流れ、その水面は黄金色に輝き、満々と水をたたえて、神の飢えを癒すに満ちたりる深さであった。ちょうどカレッジのはずれの、彼の狂気の止り木からも見えるあたり、明るい風景のなかに、ひときわ明るい小さな点がみえていたが、それは汚れたブラインドがかけられている屋敷で、彼が何時かの晩に文書に記した場所であった。その屋敷のなかには、どんな人が住んでいるのだろうかと彼は初めて考えた。

 

The sun rose, gathering glory that seemed too full for the deep skies to hold, and the shallow waters beneath them seemed golden and brimming and deep enough for the thirst of the gods. Just round the corner of the College, and visible from his crazy perch, were the brightest specks on that bright landscape, the villa with the spotted blinds which he had made his text that night. He wondered for the first time what people lived in them.

 

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チェスタトン「マンアライヴ」二部一章第223回

こうして朝の色に染められた頂きのすべてが、不思議と別々のものであるかのように思え、そのまわりには何か暗示するような雰囲気が漂い、それはあたかも高名な騎士のクレストが野外劇や戦場で示されるかのようであった。それぞれの頂きに目を奪われたが、なかでもエマーソン・イームズのぐるぐる回る目には顕著なものがあり、彼は眼下の風景をみわたしては、今生の最後の眺めとして心に刻みつけた。狭い隙間が黒々としたティンバーと灰色の、大きなカレッジのあいだにはできていて、そのむこうに時計がみえたが、金メッキをほどこした針は太陽の陽に燃えていた。彼が眺める有様は、催眠状態にかかっているかのようであった。だが突然、時計が時を告げ始め、まるで彼に答えているかのようであった。それを合図にしたかのように、時計が次から次へと鳴り始めた。すべての教会が、明け方の鶏のように目覚めた。鳥たちもすでに、大学の裏手の木立で賑やかに囀りはじめていた。

 

All these coloured crests seemed to have something oddly individual and significant about them, like crests of famous knights pointed out in a pageant or a battlefield: they each arrested the eye, especially the rolling eye of Emerson Eames as he looked round on the morning and accepted it as his last. Through a narrow chink between a black timber tavern and a big gray college he could see a clock with gilt hands which the sunshine set on fire. He stared at it as though hypnotized; and suddenly the clock began to strike, as if in personal reply. As if at a signal, clock after clock took up the cry: all the churches awoke like chickens at cockcrow. The birds were already noisy in the trees behind the college.

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