サキの長編小説「耐えがたきバシントン」 13章145回

よく知った顔に気がついたせいで、ざわめきがピットの中央の席から生じ、それと同時に特権のあたえられていない席に座る人々は鶴のように首をのばした。それはシェラルド・ブローの到着を告げるざわめきであった。シェラルドはみずから発見してきた作家であり、世に自分の発見を惜しむことなく与えてきた作家であった。レディ・キャロラインはボックス席で、会話での猛攻撃にかかっていたが、到着したばかりの相手をしばらく穏やかにみつめ、やがて傍らに腰かけている銀髪の助祭長のほうへむいた。

 

「聞くところによれば、あの可愛そうな男がとりつかれている恐怖とは、自分が総選挙のあいだに死んでしまうことのようよ。もしそうなれば、選挙の結果が場所をとることになるだろうから、彼の死亡記事はずいぶん縮小されるでしょうね。政党政治の弊害とは、あの男n考え方によれば、新聞で場所をたくさんとるということなの」

 

助祭長は寛大な笑みをうかべた。この助祭長はあざやかなまでに世慣れていたので、侯爵夫人が感じ入ってさずけた、聖なる俗人という名前にふさわしかった。さらにその上、彼の生地は本物の聖人のような模様に織られていたので、誰が天国の鍵を所有していようと、すくなくとも彼もその住所への自分の鍵を所有しているように感じられた。

 

A buzz of recognition came from the front rows of the pit, together with a craning of necks on the part of those in less favoured seats.  It heralded the arrival of Sherard Blaw, the dramatist who had discovered himself, and who had given so ungrudgingly of his discovery to the world.  Lady Caroline, who was already directing little conversational onslaughts from her box, gazed gently for a moment at the new arrival, and then turned to the silver-haired Archdeacon sitting beside her.

They say the poor man is haunted by the fear that he will die during a general election, and that his obituary notices will be seriously curtailed by the space taken up by the election results.  The curse of our party system, from his point of view, is that it takes up so much room in the press.”

The Archdeacon smiled indulgently.  As a man he was so exquisitely worldly that he fully merited the name of the Heavenly Worldling bestowed on him by an admiring duchess, and withal his texture was shot with a pattern of such genuine saintliness that one felt that whoever else might hold the keys of Paradise he, at least, possessed a private latchkey to that abode

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サキの長編小説「耐えがたきバシントン」 13章 144回

13

コーマスはストロー・イクスチェンジ劇場の一等席にある自分の席をみつけると、むきをかえ、著名人もいれば、どこか見覚えのある人々の流れを観察していたが、そうした人々は、社交シーズンが到来した初日に、当然のごとく姿をあらわした人々だった。ピットも、ギャラリーも、どの席もすでに人々でいっぱいになり、緊張しながらも期待と警戒に胸をふくらませた人々が開幕をまつ様は、まるでぐずぐずした飼い主が屋外の活動の支度をととのえる有様をテリアがながめるときのように、とことん根気強いものだった。一等席も、ボックス席も、ゆっくりと躊躇しながらではあるが徐々に観客で満席となっていったが、その観客のなかには、これから観ることになる劇と同じくらいに面白そうな者たちがいた。自分に額面上の価値がない者は、あきらかに注目されている隣席のひとのそばにいることで、ある種の社会的な威厳をひきだそうとしていた。もし会釈をかちえることがなくても、親しいところにいて論争中なのだという悪評がたっていると考えてみては、うっすら悦にいるのであった。

 

「赤褐色の髪に、瞳にやけに好戦的な輝きをうかべた女がいるけど、あれは誰なのか」コーマスの背後に座っている男性がきいた。「彼女ときたら、世界を六日で創り上げ、七日目で破壊したようにみえる」

「名前は忘れたわ」隣の席にいる連れがこたえた。「物書きよ。たしか彼女が書いた本は、『それを欲した女の名はウェンズディ』よね。昔、女の物書きは平凡で、やぼったかったけど、今は極端に走り過ぎて、贅沢に飾りたてているわよね」

 

Comus found his way to his seat in the stalls of the Straw Exchange Theatre and turned to watch the stream of distinguished and distinguishable people who made their appearance as a matter of course at a First Night in the height of the Season.  Pit and gallery were already packed with a throng, tense, expectant and alert, that waited for the rise of the curtain with the eager patience of a terrier watching a dilatory human prepare for outdoor exercises.  Stalls and boxes filled slowly and hesitatingly with a crowd whose component units seemed for the most part to recognise the probability that they were quite as interesting as any play they were likely to see.  Those who bore no particular face-value themselves derived a certain amount of social dignity from the near neighbourhood of obvious notabilities; if one could not obtain recognition oneself there was some vague pleasure in being able to recognise notoriety at intimately close quarters.

“Who is that woman with the auburn hair and a rather effective belligerent gleam in her eyes?” asked a man sitting just behind Comus; “she looks as if she might have created the world in six days and destroyed it on the seventh.”

“I forget her name,” said his neighbour; “she writes.  She’s the author of that book, ‘The Woman who wished it was Wednesday,’ you know.  It used to be the convention that women writers should be plain and dowdy; now we have gone to the other extreme and build them on extravagantly decorative lines.”

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サキの長編小説 「耐えがたきバシントン」12章143回

 

「きがえて夕食にしましょう」

 

食事は、最近フランチェスカとコーマスがふたりでとる食事の大半がそうであるように、無言のうちにすすんでいった。これ以上の失敗はないというくらいの大失敗をやらかした今となっては、もはや何も言うべきことはなかった。状況を無視しようとしても、議論するほどのことではない話題にすすんでいこうとしても、どちらもわざわざ経験するほどのことではないだろう。だから夕食はすすんでいったものの、苦々しい深い穴に隔てられたふたりのあいだにある親密さからは疲労感が漂い、陰鬱な雰囲気につつまれていた。そしてふたりの心は互いにたいする怒りがたぎっていた。

 

フランチェスカは、上の部屋にコーヒーをもってくるようにと女中に言いつけたとき、ある種の安堵感をおぼえた。コーマスは黙り込んでいたが、顔には不快感があらわれていた。だが彼女が立ち上がって部屋を出ていこうとしたとき、なかば嘲るような笑い声を小さくあげた。

「そう悲劇的な様子をみせる必要はない」彼はいった。「勝手にすればいい。アフリカ西海岸のみすぼらしい家にいくよ」

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サキの長編小説 「耐えがたきバシントン」 Ⅻ章142回

コーマスを叱ってみたところでどうなるかについては、彼女はずいぶん昔に理解していた。そうしてもコーマスに関していえば、時間と労力をむなしく費やすだけだった。だがその夜、彼女が舌鋒をむけたのは、過度の感情をかきたてようとする単なる気分転換のためであった。なんの意見を述べることもないまま、彼は耳を傾けながら腰かけていた。そこで自己防衛や抗議の行動をおこさせようとして、彼女は意図的に言葉をぶつけた。彼女は惜しむことなく告発した。相手を損なう言葉になるほど、議論の余地がないほど真実味をおび、悲劇的な言葉になるほど、その言葉を語っている人物が、彼がこの世で気にかけるただ一人のひとのものなのだと思えてくるのだった。だが彼は黙ったまま、見たところでは平静にその言葉を終わりまで聞いていたが、いっぽうで彼女は応接間の喜劇のために一説ぶつのだった。彼女が発言の権利をふりかざして話しているときに、彼がみせた報復とは、激怒をおしやるような優しい返事をするのではなく、むしろ激怒をあおるかのような的外れの返事をすることだった。

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サキの長編小説 「耐えがたきバシントン」 Ⅻ章141回

よりによって彼女の神聖なる場所で、しかも大切に保管している所有物に囲まれている状態で、この恐ろしい提案はなされた。彼女が大切にしているその家の崇拝物は、過去の日々の記念品であったり、思い出の品であったりしたのだが、おそらくオークションにかけても大した金額にはならないものもあれば、なかには明らかに価値があるものもあった。だが彼女にとっては、すべてが貴重な、価値あるものだった。なかでもコーマスが値踏みをするような、無礼な視線をむけているヴァン・デル・ムーレンは、そうした品々のなかでも、もっとも神聖な品であった。フランチェスカが街の住まいを離れ、病のため寝室にこもりっきりのときでも、遠い昔の戦闘場面を厳粛に描いた素晴らしい絵は、戦のときでも威厳をしめそうとする騎士あがりの王がご機嫌うかがいを好むため、その心をくすぐろうとして描いたものであったが、それでもフランチェスカはまず街に戻れば最初に観にきたし、病が快方にむかえば最初に観にきた。もし火災報知器が使われていたとしても、その安全性について彼女は悩んだことだろう。それにもかかわらずコーマスが提案してきたのは、その絵と別れるべきだということであり、しかも鉄道株や他の魂がないようなものを売るときのような言い方をしたのだ。

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サキの長編小説 「耐えがたきバシントン」 Ⅻ章140回

コーマスは嘲笑した。

「うるわしい話だし、説得力のある話ではあるけど、退屈な話だよ。聞いていると、聖書の中の詩とか会社の設立趣旨書を思い出しそうになる。正直に、ゴムや鉄道の事業計画から撤退したと告白すればいいのに。さて真面目な話をしよう、お母さん。ぼくが生活費をあさらなければいけないにしても、どうして英国のなかでやってみては駄目なのか。たとえばだけど、ビール醸造所をひらくこともできる」

フランチェスカはきっぱり頭をふった。コーマスに安定した仕事を考えてみたが、たしかにロンドンの磁力や競馬大会のささやかな魅力、それと似たようなお祭が手の届くところから合図していてくれるなら、コーマスもそうした仕事をやりとげることができるだろう。だが、そういう事情は別とはべつに、母国での仕事をおこそうとしても、財政的に難しいものがあった。

「ビール醸造所とかそうした類のことは、始めるにはお金が必要となってくるわ。事業をおこせば、給料を払わなくてはいけないし、資本を投資する必要もでてくるわ。今の借金も払うことだってほとんどできないのだから、そんなことを考えてみても無駄よ」

「何か売ればいいじゃないか」コーマスはいった。

 何を犠牲にすべきかについては具体的に示唆しないまま、彼はまっすぐヴァン・デル・ムーレンをみた。

 痛いところをつかれて、しばらくフランチェスカは窒息しそうな感覚をおぼえ、心臓がとまりそうであった。やがて身を乗りだすようにして椅子にこしかけると、気力をふりしぼって話しはじめたが、その有様は獰猛なものがあった。

「わたしが死ねば、わたしの品々も売られて散っていくでしょうけど。生きているあいだは、手元に置いておきたいわ」

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サキの長編小説 「耐えがたきバシントン」 Ⅻ章 139回

「すんだことをとやかく言っても仕方ないわね」フランチェスカはその言葉の見識とは矛盾するが、もう耐えきれないと言いたげな悲劇的なみぶりでいった。「過ぎたことをくよくよしても無駄だもの。それに現在のことにしても、未来のことにしても、考えなければいけないことがあるわ。この世は愚か者の天国とはいえ、人生から借家をかりたまま漠然とすごすわけにはいかないの」そこで彼女は気をしずめ、こうした状況では胸におさめておくわけにはいかない最終通牒をつきつけた。

「長い経験から知るかぎり、お金についておまえに話をしてみても無駄なことだとはわかっている。でも、これだけは言っておくけど、私はまもなく街を離れなくてはいけないことにある。それから悲しいけど、おまえもすぐさまイングランドを離れることを考えなくてはいけないのよ。この前、ヘンリーが話していたけど、おまえに西アフリカでの仕事の口があるらしい。経済的な観点からみると、もっとましな仕事をする機会があったのに。贅沢をするための些細な金を借りるために、その機会をぶちこわしてしまったのだからね。今や、おまえはある仕事につかなくてはいけないのよ」

「西アフリカだって」コーマスは考えこみながらいった。「それはいわば時代おくれの地下牢のかわりといったところだ。うんざりするような輩を保留しておくのには、都合のいい場所だ。ぼくの大切なヘンリーおじさんはさぞ悲嘆にくれながら、大英帝国の重荷について話したんだろうな。無価値ではあるけれど、ぼくには消費者としての使い道があることに気がついたというわけだ」

「コーマス、落ち着いて。おまえが話しているのは、過去の西アフリカの姿よ。学校でおまえが時間を無駄にしているあいだに、ウェスト・エンドで時間を無駄にするほうがましだったかもしれないけど、ほかのひとたちが熱帯の病の研究に取り組んできているの。それに西アフリカの海岸地帯は急速に変わってきていて、命をうばう部屋から療養所へと変貌しているわ」

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サキの長編小説 「耐えがたきバシントン」 Ⅻ章 138回

「コートニー・ヨールに彼女をさらわれてしまうことも考えて」フランチェスカは苦々しそうにいった。「あの青年と親しくすることはやめたほうがいいと言い続けてきたのよ」

「ぼくが彼と親しくしているから、エレーヌが彼をうけいれたということはないと思う」コーマスはいった。

 

フランチェスカは、これ以上非難しても無駄なことだと悟った。目に怒りの涙をあふれさせながら、自分のむかいに腰かけているハンサムな若者をみつめた。その若者はみずからの不運をあざけってはいたが、自分のおろかさには強情なまでに無関心であり、その結果にも無関心であった。

 

「コーマス」彼女はしずかに、でも疲れた口調でいった。「おまえはパンドラの伝説をひっくりかえしてしまったのよ。おまえには助けになるような魅力も、強みもあるのに。それにもかかわらず、地獄におとすような不幸な贈り物をして絶望におとしいれてくれた」

「ぼくが思うに」コーマスはいった。「誰よりも上手にぼくのことを語るね」

つかの間、母親と息子のあいだに共感と率直な愛情がほとばしった。その瞬間において、親子はこの世でふたりきりのようにみえた。おおよその希望も、計画も瓦解してしまった今、そこにゆらめいているものとは、親子がたがいに手をさしのべ、はるか昔に消えてしまったものながら、たがいに最高のものであり、最強のものであると知っている愛を呼び戻そうとして和解する姿であった。だが絶望からくる苦しみは鋭く、双方ともに怒りがこみあげてきたあまり、和解はつかの間におわり、ゆらめきは虚空に消えてしまった。昔からの破滅にいたる不和が表面化した。

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サキの長編小説 「耐えがたきバシントン」 Ⅻ章137回

フランチェスカの声は惨めさと怒りにふるえた。思いのままになるかにみえた幸運は強い一撃をうけて、思慮にかけた軽蔑すべき愚かしい振る舞いの数々によって、脇におしやられてしまった。優れた船も、昔ながらの船乗りのせいで失われてしまった。コーマスは、仕立て屋やタバコ屋が熱心に請求してくる支払いにあてるために、求婚している娘にいやいやながら金を出させ、その結果、富が保証され、あらゆる点で望ましい花嫁が保証されている好機を投げ出してしまった。エレーヌ・ド・フレイとその富は、コーマスを幸運に導くものだった。だが彼はいつものように、自分に破滅をもたらすほうへと急いでしまった。このように考えているのだから、彼女が穏やかな表情になるわけがなかった。そのことについて考えれば考えるほど、フランチェスカはますます苛立つのだった。コーマスは低い椅子に身をしずめ、困惑のあともみせなければ、彼女の悔しさに関心をしめす風でもなかった。自分のことをかわいそうに思う彼女の思いを知ることで、おのれの敗北を意識して、苦い思いにとらわれた。いっぽうで彼女はののしり、すくなくとも思いを分かちあっているようにはみえなかった。そこで彼は、相手をからってやろうと心にきめ、自分のために望んでいたことが達成されても、それとも崩壊しても、そのあいだにあるものは些細で、つまらないものでしかないという見解をしめそうとした。

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サキの長編小説 「耐えがたきバシントン」 Ⅻ章136回

財力の背後にある金のおかげで、どこに住むべきかという問題は、どこに住みたいのかという簡単な問題になり、裕福な義理の娘の気配りのおかげで、メッカともいうべきシティの中心部を立ち去ることもなければ、荒野に建つ漆喰と煉瓦の家に行く羽目にもおちいることもないだろう。ブルー・ストリートの家のことで和解することがなくても、失われたエデンの園のかわりにフランチェスカを慰めることのできる他の住まいがあった。それなのに嫌悪すべきコートニー・ヨールが踏み入ってきて、黄金色をした希望と計画をひっくりかえした。そうしたことが達成されないせいで、彼女の将来は変更を余儀なくされるだろう。彼女が苦々しい気持ちをいだいていたのも無理はなく、今回の件に関するコーマスの過ちに寛大な見方をしたい気持ちにもなれなかった。ようやく彼が到着したときの彼女のあいさつには、同情の欠片もしめされていなかった。

「資産家の娘をつかまえる機会を逃したんだね」彼女は不愛想に指摘した。その日、彼女はふだんより疲れた心もちであった。

「あの娘とはうまくいっていたと思っていたのに」沈黙のままのコーマスに、彼女は非難をつづけた。

「ぼくたちは仲良くしていたよ」コーマスはいったが、意図的なぶっきらぼうさをつけくわえた。「でも、彼女から借りた金のことを気にしすぎているところがあった。ぼくのことを金目当てだと考えたんだよ」

「彼女からお金を借りたの?」フランチェスカはいった。おまえのことを好意的にみてくれていた娘からお金を借りるなんて、よっぽどの馬鹿だね。背後にいるコートニー・ヨールが、割り込んで追い出そうと待っていたのに」

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