サキ「耐えがたきバシントン」Ⅹ章105回

「現代においては、どのような異教徒も、あるいはどのような流行も」彼は語りつづけた。「統計的データに基づいた考察にもとづく、好ましい影響をうけているのではありません。帽子の型や外套の仕立てを採り入れるときに、拠り所になるのは好みなのです。それというのも、そうした品々はランカシャーとかミッドランドで広く織られているものだからです。また、あるブランドのシャンパンを好むという嗜好がありますが、それはそうしたシャンパンが、夏にドイツのリゾート地で広く好まれているからです。こうした誤った方向にむかっているのですから、この国で宗教がすたれるのも不思議ではありません。」

「もし望むのであれば、異教徒が改宗をしてくるのは防ぎようがないとおっしゃるのね」

「拒もうと思えば、そうすることも可能です」ポルティモール師がいった。「ベルギー人がコンゴで痛ましい出来事をおこしたように。でも、それよりも一歩進んだことをしていきましょう。この国で弱まりつつあるキリスト教への熱意を刺激するために、そうした熱意を抱ける者は少数の限られた特権階級だという位置づけをするのです。たとえばペルムの公爵夫人をこう断言させてごらんなさい。グレートブリテン島に関していえば、そこは彼女のものであり、その下で働くペルンビーの二人の園丁のものであり、はっきりとはしませんが、おそらくディーンの大聖堂主任司祭のものであると。そうすれば宗教にいだく信念も、宗教を守ろうとする思いも勢いのあるものとなり、即座に新しい形をとるでしょう。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅹ章104回

「その土地に根づくということは」ポルティモール師はいった。「芸術を救うものなのです。芸術に欠けるということは、信仰から転落しているということを証明するようなものですから。私と同じく牧師をしている者が熱心に説いてまわったことですが、宗派はともかくとしてキリスト教には、改心者を引き寄せてしまうような隠された危険があり、読むこともない旅行案内の批評でしか耳にしないような、あらゆる人種や種族からの改心者を引き寄せてしまうと言うのです。この世界に住んでいる人がまばらであれば、それもよいでしょう。しかし人がいっぱいいる今日でも、数百万もの改心者が精神的に低い発達状態にあり、特定の宗教の教えだけを受け入れているというのに、その事実に心をうたれる者が誰もいないのです。真実だと信じるようにして育てられてきたものが、ブリヤート族やらサモエード族、あるいはカナカ人に好意的であるということを耳にすれば、たしかに熱意も冷め、信念もゆらぐものです」

 ポルティモール師はかつてヴォルテールとのあいだに類似点を見いだしたことがあり、それからはヴォルテールに似るようにして生きていた。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅹ章103回

「もちろん彼がぜったい正しいわ」レディ・キャロライン・ベナレスクはいうと、キャビアのサンドイッチが山盛りされた皿をひきよせて、その皿に簡単に手が届く場所に席をとっている令嬢たち三人組からキャビアのサンドイッチを救い出した。「芸術とは」彼女は言葉をつづけながら、ポルテイモール・ヴァードン師に語りかけた。「土地にむすびついて栄えてきた。たしかにロンドンはどの視点から考えても、ヴェニスよりも大切かもしれない。でも肖像画という芸術は市長とは関わり合いをもたないものなのに、ドジェスの足もとで卑屈にうずくまっているじゃない。社会主義者として、アビニョンのようにロンドン西自治区の権利を認めざるをえないけど、このふたつを美術館に同じように並べるわけにいかないわ」

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅹ章102回

彼の外見は、ふつうの身綺麗な英国紳士であったが、ただ異なるのは両目であり、千夜一夜物語の図書館版をほのめかしているかのような眼差しであった。服装も外見にあっていて、田園都市やカルチェラタンのブルジョワが、芸術と思想の血縁関係を宣言しようとするときに着るような服装ではなかった。つまり、仕立て屋の秩序をみだすかのような、汚れのついた服装ではなかった。彼の風変りなところは、当時、ひろがりつつある社会的な流れをあえて無視するかたちをとっているところにあり、しかもそれは反動思想家としてであって、改革者としてではなかった。流行りをおいかける集まりにおいて、彼があっと息をのむような驚きをうみだしているのは、女優を描くことを拒否したからであるが、ただし、もちろん、デブレット貴族年鑑の表装本にでてくるような、合法的なものとはいえ葛藤劇の最中にある人々を描いていた。好きな州の出身でなければ、アメリカ人の肖像画を描こうとは決してしなかった。彼の「水彩画の線」は、ニューヨークの新聞の言葉を借りれば、怒れる批評であり、大西洋を横断する依頼なのであった。そして批評も、依頼も、ケントックがもっとも欲しがっているものであった。

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅹ章 101回

ラトランドギャラリーが混んでいることと言えば、近隣のお茶会のなかでも群をぬいていて、芸術の保護者たちが流行の群れをなして、マーヴィン・ケントックが描いた紳士淑女の肖像画を収集した展示物を吟味していた。ケントックは若い芸術家で、その才能は批評家からは正当に評価されていた。だが、その評価が過度になりすぎないのは、彼が大切にしていることが、もし謙遜して才能をブッシュル升に隠すなら、才能を隠すブッシュル升を正確に描いてすべての人に示すことに心を砕くということだからだ。世の人から認められるには、二つの場合がある。ひとつは死後だいぶたってから発見され、孫たちが新聞に関係を書くような場合だ。もうひとつは赤ん坊のモーゼのように、人生の最初の段階で発見されるような場合だ。マーヴィン・ケントックが選んだのは後者であり、より幸せな生き方だった。大志をいだく若者の多くが自らの作品を宣伝しようと努めるのは、奇妙な弱さを知らせることに頼るような時代にあって、ケントックがだした作品は、愉快なものでありながら、繊細かつ節度のあるものであり、それでも自分の作品を告げようと、風変りなファンファーレを鳴らしては、そうしなければ自分のアトリエから逸れてしまうだろう注目を引き寄せるのだった。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅸ章 100回

昼食はすべてが首尾よくいった。楽団さながらの努力をすることにより、会話に夢中になりながらも、会話に溺れることはなかった。それというのも、ヨールは思慮深くて、すばらしい相手であったからだ。戸口が開いていたので、読書室を兼ねた喫茶室がエレーヌの目に入ってきたが、その喫茶室には人目をひくやり方で、ノイエ・フライエ新聞、ベルリン日報、その他にも異国の新聞が壁の書架にならんでいた。自分のむかいに腰かけている青年を見やったが、その青年が人々にあたえてきた印象といえば、頭脳をつかって真剣に努力していることは身なりと食べ物だろうというものだった。だが、そこで彼女が思い出したのは、最近の演説について新聞が書いたもので、喜ばしい指摘だった。

「あなたはうぬぼれたりしないのかしら、コートニー」彼女はたずねた。「壁のところに置いてある新聞をみれば、そのほとんどが、あなたのペルシャいついての演説をとりあげているのに」

ヨールは笑った。

「そこにある新聞のいくつかに、自分の写真がのっていると考えると、気持ちがひきしまって、自分が矯正されるような気がする。たとえばマタン紙に大急ぎで印刷された自分の肖像を見たなら、残りの人生は、ヴェールをかぶったトルコの女のように過ごしたいと思うだろう。

それからヨールは手近なところにある鏡にうつる自分の姿を、長いこと時間をかけ、入念に見つめたが、その様子は写真が展示され、名声がただよう部屋で、できるだけ謙虚になろうとしているかのようであった。エレーヌはこの青年に甘美な満足をおぼえた。それというのも、中東の知識においては質疑や論争のときに大臣たちを狼狽させるほどの知識を持った青年が、自分の台所について好き嫌いについても、同じようによく知っているからだ。もしスゼットがこの場に立ち会ってくれたら、いっそうエレーヌは幸せを感じただろう。

「給仕頭から婚約したかと訊かれたのかしら」コートニーが勘定を払ってくると、エレーヌはたずね、従順な従者の手から、日よけの傘や手袋、他の手荷物をあつめおえた。

「ああ」ヨールはいった。「でも、ぼくが『婚約してないよ』と言ったら意気消沈したようだった」

「あれほど気をつかってもらったのに、がっかりさせるなんて感じが悪いわ」エレーヌはいった。「婚約したと言って」

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅸ章99回

エレーヌがスゼットを見下すのはもっともなことではあるが、それでも、とにかくスゼットには思いやりのある優しい恋人がいた。エレーヌは公園の門の方に歩いていきながら、スゼットが持っている大切なものが、自分を落ち着かなくさせるのだと思った。そのとき門のところで、家路につこうとしているジョワイユーズと粋な恰好の乗り手に出会った。「ジョワイユーズから降りて、どこか昼食に連れて行ってくださらないかしら」エレーヌは誘った。「喜んでご一緒しますとも」ヨールは言った。「コリドールのレストランへ行こう。そこにいる給仕頭はウィーンで知り合った旧友で、よく面倒をみてもらっている。あそこには女性連れて行ったことがないから、きっと後で訊かれるだろうけど。父親らしい気持ちにかられてのことだ。婚約しているのかってね」

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅸ章 98回

エレーヌは、この遠回しな言い方に注意をはらわなかった。控訴院が急いで開かれ新しい証拠について検討していたが、今回の控訴院の動きには、突然、意を決したような速さがあった。

会話はしばらくの間、不吉な話題からそれていたのだが、やがてコーマスがわざわざ危険地帯に戻した。

「数日のあいだ、好意に甘えることができれば、僕はとても助かるけど、エレーヌ」彼はためらわずにいった。「もし甘えさせてもらえなければ、どうしていいのかわからない」

「もしトランプの借金のことが気になるのなら、今日の午後にでも、使いの少年に二ポンドを持って来させましょう。彼女の口調は静かながら、強い決意をひめていた。「でも、今夜、コーナー家の舞踏会には行かないわ」彼女は続けた。「踊るには暑すぎるもの。もう家に戻るわ。わざわざ送ってくださらなくて結構、ひとりになりたい気分だから」彼女が優しい人物だとしても、耐えきれないようなことをしてしまったのだと、コーマスは気がついた。賢明にも、彼女の優しさに無理やり自分を合わせようとはしなかった。彼女の憤りがおさまるまで彼は待とうとした。

すぐそばには無敵の軍がひかえているのを忘れていなかったなら、彼の戦術はうまくいったことだろう。

エレーヌ・ド・フレイは、自分がコーマスに求めるものをはっきりと理解していた。そして自らを欺こうとする努力にさからって、彼にはこうしたものが欠けていることを理解したのだった。好きなこの青年に合うように、道徳の規準を下げることもしてきたが、彼女にはどうしても許すことのできない線があった。彼女の誇りは傷つけられ、そのうえ警戒心が呼びおこされてしまった。

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅸ章97回

この爽やかな五月の午後、こうして木々の下にいるということは、とても楽しいことであった。さらにエレーヌは幸いにも確信していたが、手の届くところにいる女性の誰もが、自分の傍らに腰かけた、整った顔立ちをした陽気な若者とのつきあいのことで羨むだろう。ある種の自己満足を感じながら、いとこのスゼットを観察したことがあるが、スゼットは婚約者から献身的につくされるのを意識しながら、あまり有頂天にはなっていなかった。その婚約者とは、真面目そうな青年で、河の南側で発行されるピープル誌のなにやらを管理していたが、コーマスに言わせれば、その服装は怒りを表現する記者というよりも、いかにもテムズ南岸のサザック製という感じのものだった。人生における喜びのほとんどは支払いを求められるものであり、やがて椅子の切符の売り子がペニーを稼ぎに姿をあらわした。

コーマスは売り子にコインの寄せ集めから支払い、手のひらのうえで残りのコインの重さをはかった。エレーヌはこれから何か不快なことが起きようとしているのを察知したので、頬の赤みが濃くなった。

「なにか?」エレーヌはそっけなく返すと、彼の資金についての話には関心がないという態度をあきらかにした。おそらくは、と彼女は急いで考えた。他の借金のことを切り出すほど、彼も愚かではないだろう。

「トランプの借金ときたら憂鬱になる」コーマスは宿命であるかのように、その話題をつづけた。

「先週、7ポンド買ったわよね」エレーヌは確かめた。「負けの穴埋めをするために、そのお金をとっておかなかったの?」

「4シリング7ペンス半ペニーは、7ポンドから残された守りだよ」コーマスはいった。「残りはいつのまにか減った。もし今日2ポンドあれば、勝ってなんとかなるけどなあ。今、いいカードを持っている。でもクラブに姿をみせないと、もちろん払うことも出来ない。僕が欲しいものがわかるだろう」

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅸ章 96回

コーマスが返してくれていない貸しが少しばかりあったが、エレーヌにはその金を惜しむ気にはなれなかった。だが、貸した金の使い方を見ていると、嫌悪の念にかられ不安におちいるのだった。コーマスのなすことから邪悪さを切り離すことは不可能に思えた。借りた金を使い果たす有様は人目をひくものでもあり、何の利益にもならない乱費であり、そのせいで高位聖職者たちに躾けられた彼女は憤りを感じ、彼のことをよく理解できるとも思わなければ、満足を感じることもないのであった。こうした落胆を繰り返すうちに、彼女の愛情がそっと遠ざかっていったのは驚くべきことではなかった。だが、その朝、公園にきたときに胸にひめていた期待とは、穏やかに口説かれていくうちに優しい気持ちになって忘れてしまうだろうというものであり、そのような気持ちになることを強く願うあまり、かえって優しくなれないでいた。コーマスに腹をたてるのももっともなことであり、彼が発揮すべき術を心得ている魅力に頼って、親しくしようとなだめてくることに喜びを感じつつも腹をたてるのであった。

 

 

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