サキ「耐えがたきバシントン」Ⅳ章27回

こうして母親と息子のあいだにある氷の壁はだんだんと厚みを増していき、その壁ごしに話はできるのだが、その壁は軽い言葉のきらめきにも冬の寒さをあたえるのだった。その若者は、ある方向に自分自身を発揮することを選んでは楽しんでしまうという才能があり、食事の席では長いこと不機嫌にしていたり、言い争ったりしては、急流のような速さで世間話をしたり、醜聞をひろめたり、悪意にみちた話をするのだが、そうした話は真実であることもあるけれど、たいていの場合はつくり話であったのだが、それでもフランチェスカはその話を楽しみつつも味わい、嫌々ながら聞かされるというよりも、むしろ喜んで聞いているのであった。

「尊敬すべき人たちから友達を選んだりしたら、ぜったいに面白くないよ。だから、こうしているほうが利点があるし、埋め合わせができるってものだ」

ある日の昼食の席で、こうした指摘を聞いたフランチェスカが鼻白んだのも、自由奔放な微笑みに裏切られてきているからであり、その微笑みは彼女がとるコーマスへの態度を考えると許し難いものであった。

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サキ「耐えがたきバシントン」26回 Ⅳ章

フランチェスカは、彼女なりの方法で、世界の誰よりもコーマスに愛情を注いでいたので、もし彼がスエズの東のどこかで日焼して茶色の肌になっていたなら、彼女は毎晩ベッドへはいる前に、本物の愛情をいだいて、彼の写真に接吻しただろうし、コレラの不安がおきたり、新聞のコラムに書かれている現地の噂を聞いたりすれば、不安にかられ、動揺しもしただろうが、それでも心の中で国家の必要を守るために、最愛の子を犠牲にするスパルタの母親に自分をなぞらえたのだろう。しかし自分の家の屋根の下に最愛の息子が居座って、不適切なまでの三次元空間を占め、その代わりとなるものは与えないのに毎日の犠牲を要求してくるうちに、彼女の心は愛情というよりも苛立ちをおびてきた。他の大陸で犯した悪事なら重大なものでも彼女は許しただろうが、チドリの卵が五つ入った皿から彼が三つ取っていったにちがいないという事実を見過ごす訳にはいかなかった。いない者も常に悪いのかもしれないが、それでも配慮に欠けた態度はあまりとらないものである。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅳ章 25回

学生時代も、その後、再度生じることになった休暇のあいだも、陽気さと美貌のおかげでコーマスはうまくやり、全体的には愉快な男だった。同じような長所のおかげで、今でも彼は自分の人生を前進していた。しかし、そうしたことがいつでも、わざわざやってくると当てに出来ないことに気がつき、それは冷静さを失わせてしまう体験であった。動物の世界では、しかも競争心の強い動物の世界で必要とされていることとは、野の百合のような、装飾的ともいえる放縦さではなかった。それこそがコーマスが自分に与えようともしなければ、また与えることができないものでもあった。その何かが欠けているせいで、彼は運命をひがみ、勝利の人生を妨げたものを、あるいはせめて邪魔されない人生を妨げたものを恨むのであった。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅳ章24回

フランチェスカが心の中で、自分の息子と比較してみるのは、まわりで見かける幾百の他の青年であったが、彼らがしっかりと、さらに明らかに幸せそうに没頭しているのは、自分自身を好青年から有益な市民に変えていくことであった。そのほとんどが職業をもっているか、あるいはそうした類のものに自分が向くようにとに熱心に励んでいた。暇なときには、程々の値段の巻きタバコを吸い、ミュージック・ホールの出来るだけ安い席に行き、たまには関心も露わにローズ試合場でクリケットの試合を観戦したり、映写機を媒体にして世界の華々しい出来事を見たりして、別れに際して「元気で」という挨拶を交わすのに慣れていた。ボンドストリートからも、ピカデリー通りから枝分かれした道の多くからも、当世ロンドンの顔が一掃されなかったのは、彼らが毎日の生活に必要とするものがあたえられていたからである。彼らは知人としては退屈であったが、息子としては大いに安らぎをあたえてくれただろう。苛立ちをつのらせながら、フランチェスカはこうした財政の援助を受けるに値する青年と、自分の御し難い息子を比較しては、運命はなぜ自分を選び出して、このいらだたしいまでに心地よさとも望ましさとも無縁の子の親にしたのだろうかと思った。報酬を得るということに関して言えば、コーマスは危険なまでの貞節さをもって、野の百合の無関心さを真似した。母親と同じように、彼も物足りなそうな眼差しで、当世の若者によってもたらされた例を見るのであった。そして彼が注意をむける知人とは、より裕福な層であり、ボタンホールにさすカーネーションを買うくらいの気安さで、車やポロ用のポニーを買い、まるでブライトンでの週末を考えるかのように何の困難もなく、財政上の無理もなく、カイロやチグリス流域へと旅する者たちであった。

 

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アビジット・バナジー「なぜ貧困と闘うことが難しいのか」6回

1-6プログラムの基準を設定してから実行することの大切さ

 

インド政府がおこなっている目標を設定したプログラムのなかでも最大のものは、ターゲッティッド公共分配計画(TPDS)であるが、その計画のもとでBPL(貧困ライン以下)の家庭は、村のフェア・プライス・ショップと呼ばれているところから、支給された穀物とその他の食料を購入することができる。フェア・プライス・ショップは、その代わりとして近くの政府の倉庫から供給をうける。このプログラムについて、最近、政府の財務省が次のように語った。「およそ58%の支給された穀物が、対象とされるグループにまで行き渡らない。そうした事例のうち36%以上が、流通過程で流用されます。謹んで意見を伺いたいのですが、インドの貧しい人々は公立学校のすばらしい教育に値しないのでしょうか。貧しい人々が貧弱な資格さえ奪われるのを、座ったまま無力に見ていられるのでしょうか。」

 

財務省の役人が引用した数字で目立つことは(最近、政府が自らのプログラムを評価するためにつくった組織の報告)、最大の漏洩の原因とは、上記のことからもわかるようにBPLカード所有が適切に設定されていないからではない。穀類を途中で、そのまま盗んでしまうからなのである。漏洩36%のうち、20%とは輸送の途中のことである。一方で、そのほかの16%が、幽霊のBPLカード所有者、すなわち存在していない人へのカード発行である。

 

報告書では、いわゆる「イクスクルージョン・エラー(誤差を除外する)」という手段を提供している。こうして出された数字によれば、TPDSから食料の支給を受けているのは、BPLカード所有者のうち僅か57%にすぎない。言い換えるなら、このおびただしい食料の漏洩が、貧しい人々に届く費用になっているとは、とても言い難いのである。

 

一方でこれまで論じてきたように、基準を設定することは難しいことではあるが、横流しを防ごうとする政治的な意志があるのに、政府がそうできないのだと考えることは難しい。少なくともタミ・ナヅとウェスト・ベンガルというインドの二つの州では、盗みの割合は20%以下だった。レイニカとスベンソンによるウガンダの教育部門での漏洩の研究から、この疑いに対して策が講じられてきている。1995年には、中央政府から学校に送られたお金のうち、学校に届いたのは僅か20%だけだった。2011年には、政府は費やしてきたお金の公表も含め、多くの結果を公表し、漏洩は20%にまで下がった。

 

政治的な阻止力が働かないのは、基準を設定されたプログラムであり、貧しくない人を公にしめだしてるという事実からきているのであろうか。もし、それが原因であり、基準を設定することでは不十分に見えるとしたら、基準の設定をあきらめたほうが賢明だろう。こうすれば、除外されていた誤差が取り除かれることになり、また政治への影響力が大きい貧しくない人々をプログラムに近づけることにもなるだろう。

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サキ 「耐えがたきバシントン」 Ⅳ章 23回

フランチェスカは、他のひとの視点から物事をながめる自分に誇りを抱いていた。つまり、それは常に、様々な面から自分の見方をみることができるということであった。コーマスに関していえば、彼のふるまいについても、あるはしなかったことについても、そのとき、彼女の心に占める割合は大きくなっていた。彼の人生の見とおしがどうあるべきか明確に思い描きすぎているあまり、その心の動きを理解することにも、また心の動きを支配する衝動を理解することにも、まったく適していなかった。結婚相手は、彼女に息子をひとり授けたが、息子への寄付には制限をもうけ、唯一の子孫に節度をみせたが、そのことをフランチェスカはありがたく思い、また感謝しながら、友達のひとりが、半ダースいる息子と娘二、三人への贈与を経験して生き生きと満足しているのをみては、自分の子供はたったひとりコーマスであると指摘してみせるのであった。だが彼の場合、子供の数としては節度があっても、性格の無節制さのせいで釣り合いがとれるものになっていた。

 

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サキ「耐えがたきバシントン」3章 22回

(今までの話は、上のサキの部屋をお読みください)

ランチェスカはしかしながら、任命されるという可能性を聞いたときから、ジュリアン卿に深く、はっきりとした関心を抱いてきた。国会の下院議員としては彼女の人生における、せっぱつまった社会的な必要を充たしはしなかった。滅多にあることではないが国会のテラスでお茶をするとき、挨拶する範囲以内に卿が近づいてくるときはいつでも、彼女はセント・トーマス病院について深い瞑想にふけるのを常としていた。だが島の総督になったからにはもちろん、彼は秘書を欲しがるだろうし、ヘンリー・グリーチの友達であり仲間でもあり、ヘンリーが金を貸して些細なものながらも政治上の多くの決議を支援してきたからには(彼らはかつて一緒に改正案を起草したことがあるのだが、その改正案は不適切なものだった)、ヘンリーの甥のコーマスを選択しても、それは極めて自然で適切なことではないだろうか。ヘンリーとフランチェスカが卓越したものであり、望ましいものであると意見が完全に一致していたのは、迷惑この上ない若い獣を移住させてしまうことであり、セント・ジェームズ教会を中心とした閉ざされた、人目につきやすい場所から、英国が支配する外国の、霧の深い果てへと移住させてしまうことだった。兄と妹が共謀して、入念かつ手の込んだ昼食会をジュリアン卿のために催したのは、卿の任命が公に明らかにされたまさに日のことであったから、秘書の問題が話題にあがり、機会があることに勤勉に話題をむけられたので、ついには問題に決着をつけるのに必要なことは、総督閣下とコーマスの面接だということになった。ただ、この青年は最初から、国外追放となる見通しにほとんど満足をしめさなかった。遠く離れ、鮫にかこまれた島で暮らすということは、とコーマスは表現した。それもジュールの家族と一緒であり、しかもジュールを大黒柱として暮らし、毎日その存在を暗示するかのようなジュリアン卿の会話を聞いて暮らすということには希望をいだかず、自分たちと同じような熱意をしめさないので、母親も叔父もその試みを行うことは、まだ踏みとどまっていた。すっかり新しい支度をしなくてはいけないというこでさえ、期待されていたような、彼の想像力に訴える力はなかった。だが彼のこの計画への同意が、どれほど熱意に欠けたものであろうと、フランチェスカとその兄が心にはっきりと決めているのは、手際よくやりぬかなければ、うまくいくことも危険にさらしてしまうだろうということだった。翌日の昼食でコーマスに会ってもらう約束をジュリアン卿に思い出してもらい、そして秘書の問題について明確に処理してもらうために、フランチェスカはこうして耐え、大英帝国の資産としての西インド諸島の価値に関する長々とした叱責をうけるという辛い体験を忍んでいるのであった。他の聞き手は一人、また一人と巧みに離れていったが、フランチェスカの忍耐はジュリアン卿の陳腐な文句の洪水にももちこたえ、やがて彼女の貢献は、昼食の約束を交わすことになって、その目的について新たに意識することで報いられた。彼女は群衆をかきわけて進み出したが、人々はムクドリのような声でおしゃべりに興じ、そのおしゃべりは勝利を勝ち取ったという思いで一層強化されていた。

 

フランチェスカは早起きをする方ではなかったので、明くる朝、ザ・タイム紙が兄の家から特別な使いの者によって届けられ、彼女の部屋に運ばれてきたとき、朝食はまだ食卓にのせられ始めたところであった。青で囲まれた余白たっぷりの広告が彼女の目をひきつけたが、そこには目立つような活字体の書簡形式の広告で、上の方には「ジュリアン・ジュル総督閣下」と当てこすりたっぷりに宛名が記されていた。その広告とは、最近、ジュリアン卿が支持者におこなった演説についてのものであり、馬鹿げていて、忘れられていたような演説を残酷にもばらばらにして広告に埋めこんだものであるが、演説のなかでも植民地を所有するということについて、とりわけ西インド諸島を所有するということについて、尊大な態度をとりながら無知と驚くほど安っぽいユーモアを織り交ぜて卿は非難していた。渡された演説からの抽出物は、それだけを読んでみても十分に愚かしく、また馬鹿らしく思えるものだったが、広告の書き手はさらに自分の意見を記し、それは皮肉の輝きで火花を散らし、セルバンテスのように洗練された残酷さがあった。昨夜の試練を思い出しながら、フランチェスカは自分でも思わず楽しさを感じながら、昼食会の約束をしたばかりの総督閣下がおわされた無慈悲な傷に目をとおした。だが広告の末尾の署名のころまでくると、彼女の目から笑いが消えた。「コーマス・バシントン」という署名が彼女を見つめ、それはヘンリー・グリーチの震える手によってくっきり引かれた青い線から浮かび上がっていた。

 

コーマスならこの広告記事に工夫して書くことができず、英国国教会が地区の聖職者に説明するかのように書いただろう。その手紙は明らかにコートニー・ヨールの手によるものであり、コーマスははっきりとした自分の目的のために彼をおだてて、巧みに政治的な嘲りをいれた広告を自分の名で書くという矜持を控えてもらい、そのかわりに記事内容を提供してもらったのだ。向こう見ずな一打であったが、成功に関しては間違いなく、秘書の地位も、遠く離れた鮫に囲まれた島も、不可能という地平線のむこうに消えてしまった。フランチェスカは、立場やら状況やらを選択するように注意深く考えてから、敵意と相対するという戦略の黄金則を忘れてしまい、浴室の扉に直進したが、扉のむこうからは、にぎやかな喧しい音がしあがり、水しぶきをたてている様なので、コーマスは入浴をはじめたところのようだった。

 

「なんて悪い子なの、どういうことよ?」彼女は非難がましく叫んだ。

「からだゴシゴシ」陽気な声がかえってきた。「耳もゴシゴシ、そのまま胸もゴシゴシ、胸もゴシゴシしたから今度はどこをゴシゴシ」

「将来が台無しになってしまった。ザ・タイムに、おまえの署名がはいった悲惨な広告記事がのってしまったから」

大きな歓声を喜びのあまりあげながら浴槽からでてきた。「なんだって、かあさん。見せてくれよ」

手足が水をはねる音がしたかと思うと、水滴をぽたぽたたらしながら浴槽から急いで出てくるような音がした。フランチェスカは逃げた。身体がぬれバスタオルを一枚まいただけの、湯煙をあげているような19歳の青年をうまく叱ることができる人なんているだろうか。

 

別の使いがきたとき、フランチェスカは朝食を終えていなかった。今度の使いはジュリアン卿からの手紙をもってきたが、その手紙には昼食会の約束を辞退する旨が書かれていた。

 

 

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サキ「耐えがたきバシントン」21回

(これまでの訳は、上のサキの部屋をお読みください)

ジュリアン・ジュル卿は下院の一員であるが、下院を特徴づける高い基準とは情報につうじた平凡さであるため、卿は環境によくとけこみ、議会の進行を注意深く見守る者でさえも、下院のどちら側の席に卿が座ったのか思い出すことはほぼ無理であっただろう。与党によって卿にあたえられた男爵の地位は、少なくともそうした曖昧さをとりのぞいてくれた。数週間後、彼は西インド保護領のどこかの総督になった。準男爵の地位を受けいれた報酬としてなのか、それとも西インド諸島の人たちが、自分たちにふさわしい総督をむかえるという考えを実践した結果としてなのか、それは何とも言い難いことである。ジュリアン卿にとって、その地位は確かに、重要なことの一つであった。彼が総督をしている期間に、もしかしたら皇室の人々が訪れることがあるかもしれないし、あるいは地震が起きることもあるかもしれない。どちらにしても彼の名前は新聞にのることになるだろう。でも一般の人にすれば、こうしたことはまったく関心がもてないことであった。「彼は誰なのか、どこの話なのか」という問いかけが、事件について個人的な、あるいは地理学的な面についての一般的な情報を正確に要約しただろう。

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アビジット・バナジー 「なぜ貧困と闘うことが難しいか」6回

1-5セルフ・ターゲッティング(自分で設定した目標)

 

目標設定の代わりとなるものが、セルフ・ターゲッティング(自分で設定した目標)である。セルフ・ターゲッティングという考え方は、もちろん新しいものではない。悪名高いヴイクトリア時代の貧しい家について、スクルージーは誉めたものの、クリスマス・キャロルにでてくる憐れみ深い紳士が言った「多くの者はそこに行くことはできないが、そこに行くくらいなら死んだ方がましだろう」という言葉は、まさにそのとおりだろう。あまりにも悲惨な場所なので、頼みとするものがない絶望的なまでに貧しい者だけが行こうとするだろう。最近、インドで国立農村雇用計画(NREGS)というものが打ち出された。その計画は、農村の家庭すべてに、技術を必要としない公共部門の労働者として、最低賃金で100日のあいだ(雇用を探す15日もふくむ)村で働く資格をあたえるというものである。この計画はこうした方向にむかうための、まさに最大の努力となるだろう。

 

この計画の背後にある理論とは、よく知られたものである。目標の設定が必要なのではない。もっとましな選択肢がない人々だけが、排水溝を掘り、レンガを運ぶなどの示された仕事をやりたがるだろう。それが必要にもとづいた仕事であるという事実のせいで、仕事を探すのに誰の許可も必要としないことになる。これには柔軟だという長所がある。極貧の多くは一過性のものであり、予測できないものである。たとえば家族のなかの収入の稼ぎ手が思いがけず病気になると、家族がBPLとして分類されるのには長い時間がかかるが、働く権利は求める者のために、いつでもあるということなのである。

 

不都合な点もはっきりしている。家族に肉体労働をできる者が誰もいなければ、どうなるのだろうか。さらに労働とは、社会的な富である。貧しいということを証明するために排水溝を掘らせても、排水溝を掘ってもらいたいと思わない限り、それは勿論むだなことになる。排水溝が欲しいのではなく、誰が貧乏なのかということを知りたいのであれば、お金をあげて生産的なことをさせればいい。NREGSの文書にある元々の重要な部分とは、労働力を投資して村の公共資産をつくる際、村が何を必要としているのか知ることにあるのである。

 

汚職もまた難題である。これはいつものことであるが、NRGESが無理にやらせているように思われてしまい、そのため固定予算がないという事実がとりわけ、余計な名前をくわえてしまう。これは批判屋が話題にあげる偽の総員名簿の問題である(総員名簿にはNRGESの業務が記録されている)。こうした理由からプログラムが要求するのは、すべての総員名簿を目につくところに展示することであり、またプログラムの支援者は社会の会計監査と呼ばれるものをかなり重視している。こうした会計監査のあいだに、関心のあるボランティアは総員名簿に名前がある人々を見つけようと試み、また、そうした人々に支払要求を受けたかどうか尋ねるのである。

( この次からが今回の訳になります )

  

こうした会計監査により、NREGSを実施していく途中において、かなりの不正があったことが明らかになった。シャールカンド州において、アトランダムに選ばれた五つの村にアラーハーバード大学の研究者が社会監査を行い、その結果、お金の三分の一がなくなっていることに気がついた(2008年、ドレーズ、ケーラ、シダータ)。さらに怖ろしいことに、シャールカンドの社会監査に関わった活動家の一人が殺害されたが、おそらく監査によって明るみになったことと関係があるのだろう。一方で、シャティーガでアトランダムに選ばれた9個のプロジェクトでは、請求された賃金の支払いの95%が実際になされていた。

 

5%がうまくいくように見え、3分の1はそう見えないので、水準点をどこにおくべきか明確ではない。これはよく耳にすることだが、「プログラムが十分機能していない」という批判にともなってくる問題である。インドの監察官や報告長は、政府の組織からプログラムの監督業務を任せられているが、プログラムに登録した者のうち3.2%が実際に許可された100日間ずっと働くが、平均すると登録家庭はそれより20日ほど働く日が少なかった。これを受け、プログラムを運営している農村開発省も指摘したが、プログラムに実際に参加している家族の(つまり実際に働いた家族)働いた日数の平均は40日ほどであり、100日すべて働いたのは10%である。

 

しかし、どのようにして40日(あるいは100日すべて働いた家族が10%)が多すぎる、または少なすぎると言うのだろうか。もし誰もこうした仕事を引き受けることにならなくても、NREGAの最低賃金の仕事があるおかげで民間の賃金も押し上げられて、人々が民間で働き続けることになれば、成功したといっていいだろう。もし誰も仕事を引き受けなくても、必要なときに仕事があるという保証のおかげで、人々は利益というリスクについて心配もしなければ、果敢に立ち向かおうとする。反対に、すべての人がNRGAの仕事をやりたがっても、100日の仕事につくことができる人が50%しかいなければ、深く失望してしまうだろう。先ほど言及したCAGのレポートでは、需要が満たされていないので、プログラムに人手が足りていないと非難している。だが、それがどれ程なのかはわからない。

 

前述した西部での調査で発見されたことだが、調査対象の村では、ジョブ・カードを使って貧乏になることを予言できなない(最低賃金ながら技術のいらない仕事につけるジョブ・カードは、このプログラムに登録することで手にいれることができる)。このプログラムがかなり目標からずれたものだということになるのだろうか。あるいは保障のために皆がジョブ・カードを欲しがるということなのだろうか。だが実際には、二者択一を迫られたときのみ、ジョブカードを使うつもりでいるのではないだろうか。

 

さらに重要なことがある。たとえ目標設定が妥当なものであり、漏れていく人も他のプログラムと同じ程度であるとしてでもだ。どうすれば、お金を稼ぐために輪を飛び越えていく価値があるとわかるのだろうか。言い換えれば、こういうことである。プログラムの労働から稼ぐ資産には、時と努力をかける価値があると確信しているから、適切な目標を設定するために話し合ってもいいと考えたのである。

 

もしプログラムがきびしく評価されていれば、大半が責任をとらされているだろう(NRGSに参加しない様々なグループの詳細な調査もあわせて)。だが先ほどの国中にプログラムを広げようとする方針からも、インドには、こうした評価が根づかないということになる。すなわち自分で目標を設定するということは、トラブルを自由に話し合う場にするという考えが根づかないということなのである

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アビジット・バナジー 「なぜ貧困と闘うことが難しいのか」 5回

1-5セルフ・ターゲッティング(自分で設定した目標)

 

目標設定の代わりとなるものが、セルフ・ターゲッティング(自分で設定した目標)である。セルフ・ターゲッティングという考え方は、もちろん新しいものではない。悪名高いヴイクトリア時代の貧しい家について、スクルージーは誉めたものの、クリスマス・キャロルにでてくる憐れみ深い紳士が言った「多くの者はそこに行くことはできないが、そこに行くくらいなら死んだ方がましだろう」という言葉は、まさにそのとおりだろう。あまりにも悲惨な場所なので、頼みとするものがない絶望的なまでに貧しい者だけが行こうとするだろう。最近、インドで国立農村雇用計画(NREGS)というものが打ち出された。その計画は、農村の家庭すべてに、技術を必要としない公共部門の労働者として、最低賃金で100日のあいだ(雇用を探す15日もふくむ)村で働く資格をあたえるというものである。この計画はこうした方向にむかうための、まさに最大の努力となるだろう。

 

この計画の背後にある理論とは、よく知られたものである。目標の設定が必要なのではない。もっとましな選択肢がない人々だけが、排水溝を掘り、レンガを運ぶなどの示された仕事をやりたがるだろう。それが必要にもとづいた仕事であるという事実のせいで、仕事を探すのに誰の許可も必要としないことになる。これには柔軟だという長所がある。極貧の多くは一過性のものであり、予測できないものである。たとえば家族のなかの収入の稼ぎ手が思いがけず病気になると、家族がBPLとして分類されるのには長い時間がかかるが、働く権利は求める者のために、いつでもあるということなのである。

 

不都合な点もはっきりしている。家族に肉体労働をできる者が誰もいなければ、どうなるのだろうか。さらに労働とは、社会的な富である。貧しいということを証明するために排水溝を掘らせても、排水溝を掘ってもらいたいと思わない限り、それは勿論むだなことになる。排水溝が欲しいのではなく、誰が貧乏なのかということを知りたいのであれば、お金をあげて生産的なことをさせればいい。NREGSの文書にある元々の重要な部分とは、労働力を投資して村の公共資産をつくる際、村が何を必要としているのか知ることにあるのである。

 

汚職もまた難題である。これはいつものことであるが、NRGESが無理にやらせているように思われてしまい、そのため固定予算がないという事実がとりわけ、余計な名前をくわえてしまう。これは批判屋が話題にあげる偽の総員名簿の問題である(総員名簿にはNRGESの業務が記録されている)。こうした理由からプログラムが要求するのは、すべての総員名簿を目につくところに展示することであり、またプログラムの支援者は社会の会計監査と呼ばれるものをかなり重視している。こうした会計監査のあいだに、関心のあるボランティアは総員名簿に名前がある人々を見つけようと試み、また、そうした人々に支払要求を受けたかどうか尋ねるのである。

 

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