サキ「耐えがたきバシントン」Ⅳ章 35回

「なぜそう思われるのかわからないわ」

「昨日、コーマスがあなたの本を貸してくれたものでね」ヨールはいった。彼は形のいい頭をのけぞらせながら、からかって楽しむような横目で彼女をながめた。コーマスと親しくしていることを彼女が嫌っていることを知っていたが、その青年に及ぼしている自分の影響を内心ひそかに誇っていた。たとえ、その影響が浅はかなものであり、報われることのないものだと知っていたとしても。彼にすれば求められていない親しさであり、真面目に指導者の役目を引き受けたとき、おそらく粉々になってしまうだろう。若い政治家の目に好奇心が宿っているのは、もっぱら、コーマスの母親がふたりの友情を認めていないことにあった。

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明治花魁日記「遊女物語」2 大正2年 和田芳子

更に私は、書肆(しょし)文明堂(ぶんめいだう)御主人に、感謝ん。文明堂義侠的好意(もつ)今日(こんにち)(まさ)であす。一日半時牢獄(ひとや)やうしい(うち)()ひ、やう仲間たいは、(あひだ)た。(いな)ら、は、であす。(しか)待ち望であす。約束自由()の、一日半時も、しいであす。しいであす。(こと)は、文明堂が、落籍(ひか)はあん。境遇(きやうぐう)同情(どうじやう)(また)す。永久(えいきふ)(この)御恩(ごおん)ないす。

 客となつて、贔屓(ひいき)方々を、物語材料は、申譯(もおわけ)があ(おほやけ)ないお手紙を、前篇()御迷惑も、三五はあさうが、書肆(ほんや)御注意(ごちうい)もあし、悪戯もあで、幾重(いくへ)勘弁であす。ほお客様(いただ)、お手紙やお端書(はかき)(すう)は、二千以上(のぼ)()ど、(これ)()な、(まへ)に、(しまい)()安心さいせ。

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅳ章34回

居合わせた客のうち三分の一の者がトルダム家と縁があった。

「レディ・キャロラインときたら、最初からとばしている」コートニー・ヨールはつぶやいた。

「二十五年間の結婚生活を曇り空よばわりするなんて、私にはとてもできないが」ヘンリー・グリーチは気弱にいった。

「結婚生活についての話しはおやめなさい」といったのは威厳のある女性で、その外見は現代画家が思い描く古代ローマの戦争の女神ベローナのようだった。「不運なことに、私が永遠に書くのは夫、妻、それからその変化形だわ。読者が私にそう望むから。新聞記者が羨ましくて仕方ないわ。伝染病にストライキ、無政府主義者のひそかな計画、そして他にも楽しいことを書くことができるもの、黴臭い昔の話題に縛りつけられなくていいのよ」

「あの女性はどなた、何を書いているのかしら?」フランチェスカはヨールにたずねた。ぼんやりと記憶にあるのだが、セレナ・ゴーラクリィの集まりで見かけたとき、彼女は賛美者の小宮廷に囲まれていた。

「名前は忘れたが、サン・レモかメントーネだかの別荘地に別荘があってブリッジがとても上手い女性だ。それに君と同じ女性にしては、ワインの素晴らしい鑑定家だ」

「でも何を書いているのかしら」

「やや堅苦しさに欠ける小説をいくつか書いている。最近の小説では、『その女がそう望んだのは水曜日のこと』というのがあるが、これはすべての図書館で禁止になった。君も読んでみるといいのに」

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明治花魁日記「続・遊女物語」1 大正二年和田芳子作

 

    自序

苦界四年の思い出は、悲しかったこと、苦しかったこと、辛かったこと、嫌であったこと、たまには(また)も、女心のいであ若し()文学素養があば、(あるひ)薄明()に、ように、(あるひ)世の()()に、(いささ)(ささ)く、こうやう、ああ(うつ)やうと、学問文字(もんじ)ないの、()を、親切高瀬が、(ふで)同情書肆(しょし)文明堂引き受下さが、(さき)の「遊女物語」た。

 (しか)ない書物が、意外世間のお(とま)(さいわ)に、境遇同情方々もあり、社會(しゃかい)研究参考と、新聞雑誌に、さいしいの、不束は、ざいた。も、を、やうはあど、同情推奨出でと、此處(ここ)が、遊女物語」であす。

 さきには、現に勤めの身の、足を洗って、世に出づる日も、半年の後を待たねばならぬと()で、(ろう)(しゅ)(はばか)もあり、朋輩(ほうばい)感情と、たいと、たいも、もあが、此度(こんど)は、泥水も、と、()で、遊女生活ど、事実(あり)(まま)を、も、以来、は、非常多忙一月二十五日夜、(ある)新聞記者さいら、三月三十一で、名指のおが、すべ四十九人、()二度三度四度馴染り、馴染名指ない、普通初會(しょくわい)のおもあて、しい()前編は、手紙も、など、朋輩(ほうばい)衆に睨まれるのが五月蠅(うるさ)ず、いといの、尚更も、を、ようであす。文章添削、編集体裁高瀬におす。(ここ)御礼

 

 

続・遊女物語は和田芳子という女性が花魁をしていた頃の日記であり、大正二年に文明堂という出版社より出され話題になったようである。明治・大正の生活を知りたく、国立国会図書館デジタルライブラリより写経させていただいた。

 

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅳ章 33回

「むかいの女性に関心があるようだが」コートニー・ヨールがいった。

「以前、お会いしたことがあるような気がするもので」フランチェスカはいった。「お顔に覚えがあるのです」

「ルーヴルの狭い回廊で見かけたとでも、ダ・ヴィンチの絵が飾られている回廊で」ヨールはいった。

「きっとそうですわ」フランチェスカは答えたが、その女性への表現しがたい印象からくる満足を感じる一方で、ヨールが自分の救いになったことに困惑して、心は入り乱れていた。レディ・キャロラインのテーブルの端から、ヘンリー・グリーチの痛ましいまでに目立つ声があがると、当惑の色あいはますます強まって彼女を支配した。

 

「昨日、トルダム家を訪ねたのだが」彼はいった。「ご存知のように、その日は銀婚式だった。銀のプレゼントがたくさんあって、これ見よがしだった。もちろん複製のものもたくさんあるが、それでもプレゼントされるのは素敵なことだ。あんなにたくさんもらって嬉しかったことだろうよ」

「プレゼントを見せられたからといって羨ましく思う必要はないわ、二十五年の結婚生活のあとなのだから。どんな雲にも光は射すということなのね」レディ・キャロラインが穏やかにいった。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅳ章 32回

晩餐会は盛大なものであったが、フランチェスカが遅く到着したため、客の名前を確認するための時間もなく、テーブルの端の彼女の席のむかいには「ミス・ドゥ・フレイ」と名前が記されたカードがおかれ、一方の相続人女性をさししめしていた。フランチェスカの癖なのだが、まずメニューを注意深く端から端まで目をとおしてから、それと同じようにして向かいの席の娘についても注意深く、でも目立たないように詮索したが、取り立てて言うほどの娘でもないが、それでも彼女の収入はすべて望ましいものだった。彼女はたしなみのある栗色の服装で可愛らしく、表情はまじめで思慮深く穏やかであり、考え込んで取り乱すような気質を隠していた。態度は非難めいて言うなら、かなりぞんざいであった。だが素晴らしいルビーを身につけた様子は、家にはもっとあるけれど、間に合わせることが出来なくてというような説明しがたい雰囲気があった。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅳ章 31回

レディ・キャロラインは、政治上の社会主義者を公言していたが、もっぱらそれが信じられていたのは、彼女がこのようにして可能にしたこととは、当時の自由主義者、保守主義者のほとんどと意見を違え、そして社会主義者のすべてと意見を違えることだったからである。彼女はしかしながら、自分の社会主義が階下の召使い部屋に浸透することを認めなかったので、調理人や執事は独立したひとになるようにという叱咤激励をあらゆる面でうけた。フランチェスカは熱心かつ知的な食事の批評家でありながら、彼女をもてなしてくれる女主人の台所と食料庫には何の疑念もいだかなかったが、それでも宴席における人間の姿をした添え料理のせいで、彼女の心はさらなる不安にふくらむのだった。たとえばコートニー・ヨールは見事なまでに黙り込んでいるだろうし、彼女の兄のヘンリーはきっとその逆だろう。

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サキ 「耐えがたきバシントン」 Ⅳ章 30回

彼が有益な結婚に取り組むべきだということは明らかであったが、まじめに考えるとは彼女は敢えて思わないことにした。もし魅力もあって利益をもたらす娘といちゃつくことになれば、性格にかなりつむじ曲りなところがあるせいで、彼は強く求愛をすることになるかもしれないが、それは純粋に夢中になっている他の求婚者を押し倒したいという欲望にすぎないからかもしれない。はかない希望であった。余りにはかない希望であるために大嫌いなコートニー・ヨールの慈悲にすがって、コーマスにおよぼしている影響に便乗する考えが彼女の脳裏にうかび、大急ぎで思いついた計画をすすめようとした。なにはともあれ晩餐会は、彼女がもともと期待していたものよりも、更に興味深いものになることが約束されていた。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅳ章 29回

彼女も認めざるをえないが、もし議会で論議すれば、その理論はかなりもろい代物であった。だが晩餐の食卓では、その理論の成功はたいていの場合、意気揚々と証明された。

「どなたが来るのかしら」フランチェスカはたずねると、至極当然な疑問をはさんだ。

「コートニー・ヨール。たぶん母さんの隣に座ることになるから、沈没させてしまうような意見を考えて用意しておいた方がいい。それからエレイン・ド・フレイ」

「その方のことを聞いたことはないと思うけど。どんな方なの」

「どうってことのない女性だけど、まじめな人からすれば可愛い方、それに不作法なくらいの金持ちだ」

「彼女と結婚しなさい」助言がフランチェスカの唇へむかってほとばしりでかけたが、塩漬けのアーモンドと共にその言葉をこらえたのは、言葉のせいで目的が台無しになることもあるという事実をすばらしくよく理解していたからだ。

「キャロラインもトビーとか甥の息子のために、おそらく自分の基準を下げたのね」彼女は口がすべってしまった。「小金があれば、そういうときには役に立つものね」

コーマスは、彼女のお気に入りの喧嘩好きな表情で下唇をゆがめた。

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅳ章 28回

「今夜、きちんとした集まりに行くんだ」コーマスは満足げな笑いで答えた。

「かあさんとヘンリーおじさん、それから束になった退屈な信仰心のあつい連中と夕食をとる」

 

フランチェスカは驚きと当惑のあまり息をのんだ。

 

「まさかキャロラインが今夜、おまえを夕食に招いたということなの」彼女はいった。「しかも私に相談もなく。彼女がやりそうなことだこと」

 

レディ・キャロライン・ベナレスクは、人々の繊細な感情も、尊重されるべき嫌悪感も無視して発言したり、行動したりすることができる年齢になっていた。今の年齢に達するのを待って、そうした行動へとすすんだのではない。彼女の家系とは、揺りかごから墓場まで、機転と機知を発揮して生きていくように出来ているからであり、それはまるで込み合った浴場におけるサボテンの生け垣のようなものだった。彼女の一家が外の世界でなく、身内で言い争うのはせめてもの慈悲であった。よく知られている宗教と政治の多様性や陰などあらゆることに対して、彼女の一族は人生の重要な要素から、アイルランド自治獲得運動のような危険が生じる可能性を避けるようにして動き、さらには地方自治の分裂、関税の大改革、婦人参政権論の女性との聖戦などの予測できない出来事は、ありがたいことにも、更なる不一致を生じて散り散りになるための、飾りのような機会として理解されていた。レディ・キャロラインが楽しみにしている好みの計画とは、身近な人に軋みと相反する要素をもたらすことであり、無情にも互いを争わせることであった。「こうした状況のほうが結果がよくなるものよ」彼女は意見をよくのべた。「互いに会いたいと願う人たちよりは。それに敵を失望させることくらい、誰も友達の心に深く残る話し方はできないものだから」

 

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