「遊女物語」 五回 大正二年 和田芳子

 

女将(ぢうしゃう)小言

 

「遊女物語」の製本が出来て、書屋(ほんや)は、一月二十四のお(ひる)(ごろ)であた。賤業婦(せんげふふ)だ、売笑婦(ばいせうふ)と、一口(ののし)を、やうの、(これ)(じつ)苦界(くがい)()四年間、記念である。事実て、あ(まま)に、果敢(はか)運命ら、苦界(くがい)苦心を、(うつ)記念である。て、一頁(いちぺいじ)一頁(いちぺいじ)(ひら)今更万感(ばんかん)(うしお)やうに、であ

 (わたし)は、しい友達やう心地で、()自分(ふで)第一(ぺいじ)()と、昨夜(ゆうべ)か、平時(いつ)(しま)た。

()(ゆふ)風呂(のち)平常(いつも)(とほ)、お化粧て、()()やう主人(しゆじん)部屋ら、一寸(ちょっと)()女将(おかみ)が、

「お(まへ)さうが、一寸(ちよつと)()()()たいら。」

()て、()今更「御座(ござ)と、(わけ)()

御覧(ごらん)も、()ないよ」

と、自分の部屋から、持つて来て、女将(おかみ)

 (その)(ばん)は、お客様二人あで、

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅴ章 42回

リージェントパークにあるロンドン動物園の北の雉飼い場に面した、都合よく奥まったベンチに腰かけて、コートニー・ヨールは大人の恋の戯れに夢中になっていた。相手の女性は、たしかに外見は若いけれど、四、五歳はコートニーより年上だった。コートニーが十六歳の学生だった頃、モリー・マククェードが個人的に動物園に案内してくれた後で、ソーホーにある外国料理のケトナーズ・レストランでご馳走してくれた。それ以来、昔の祝祭日を祝う記念日に町にいることがあれば、信心深くも、この日程をそのまま繰り返した。夕食の献立も、可能なかぎり、そのときと近いものにした。学生らしいはにかみで遠慮しながらも、元気あふれる学生が数年前に選んだ食料やワインが、こうした機会にヨールに対峙する有様は、まるで溺れかけている男の過去の人生が、意識のある最後の時に立ちあがって歩き回るようにと言われているようだった。

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅳ章 41回

少なくとも彼女が自分で見つけた慰めとは、もしヨールが割り込んできて、求婚しようとして友達のコーマスをおしだそうとしたところで、コーマスの方が有利な出発点にたっているということだった。コーマスは、その日の昼食会で、ミス・ド・フレイについて、さりげなく、しかも冷静に言及していた。もし夕食会の客の話題があがらなければ、おそらく彼女について言及することはなかっただろう。だが、二人はがとても仲の良い友達であることは明らかだった。ブルー・ストリートの家が緊張状態にある原因とは、フランチェスカが夕食会の客を淘汰していくうちに思いがけず、この非常に興味をひかれる相続人を知るようになったからであった。

レディ・キャロラインの声が彼女の思考をさまたげたが、それはいかにも満足げな声で、長々とした夕食の食卓に響きわたるような、そっとする特徴をそなえていた。

「愛すべき聖堂の助祭長ときたら、心がここにないものだから。ある日曜の最初のレッスンで読まれたのは、家族の大切さでもなく、約束の地カナンに入ったイスラエルの多くの民のことでもなくて、なんとオペラのバルコニー席をもっている人達の一覧だったのよ。幸いなことに、誰も間違いに気がつかなかったけど」

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅳ章 40回

心の中では、彼女もわかっていたのだが、もしヨールの存在を知らなかったとしても、コーマスがとっただろう現在の方針とは、働きもしないで我儘に行動するものであっただろう。それでも、この青年を自分の息子に忌々しい影響を及ぼす人として見なしたい気持ちがあり、そのせいか彼女が知っている以上に、ヨールは自分のことを正当化しているように思えた。こう見えるのも一生に一度のことだが、コーマスは気を利かして行動し、自分のチャンスをいかそうとしていたが、同時にコートニー・ヨールも、可能性をひめた危険なライバルとして、その場面にあらわれた。コーマスの素敵な容貌や、その場にもたらす気まぐれな魅力にあらがいながら、若い政治家は半ダースもの目もくらむような素質を発揮し、世界中の女性の目に自分を推薦しようとしていたが、理想的な人を追い求める若い娘の目にはなおさらであろう。ヨールもそれなりに容貌のいい男であり、たしかにコーマスほど人目をひく容貌でないにしても、いつも良い身なりで、自信にはみちていても議会での成功をひけらかすことなく、コーマスを前にしても、けっして見くびることのできるライバルではなかった。フランチェスカが自分に苦笑したのは、つい数時間前まで、コーマスの求婚に力をかしてくれるようにコネをもとめようという考えを楽しんでいたからである。

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅳ章 39回

用心深く、抑えた声音だがコートニー・ヨールのむかいから、女性の声が聞こえてきて、ブリッジの札を積み上げてつくった建物をくずした。

「お金をたくさん持っているし、見苦しくもない。これからの若い政治家にぴったりの妻よ。行動にでなさい。金持ちの花嫁をねらっている誰かさんに奪われる前に、あの娘を勝ちとるのよ」

 ヨールと世の知恵にたけた指導教官はテーブルのむこうを見つめ、真面目で思慮深い瞳をした、静かにしていることに過敏になりすぎた様子の、レオナルド・ダ・ヴィンチの娘を見つめた。フランチェスカは縁結びをしようとしている隣人に怒りがこみあげてきて、そのせいで動悸がはやくなりながらも、「どうしてなんだろう」と自らに問いかけ、「自分でつくす志もなければ、目的もないような女たちときたら、まあ、ひと様の恋にただおせっかいを焼くのが好きな女は別として、こうした類の企みや悪らくらみに手をかすのかしら、そこにはひとりの幸せがかかっていると言うのに」さらにはっきりと彼女が理解したのは、自分がコートニー・ヨールを嫌っているということだった。彼のことを忌々しい影響をおよぼす者として嫌っているのは、息子の前でこれ見よがしの野心の手本を示すけれど、その野心に息子が全然ついていかないせいでもあり、また金遣いのあらいお洒落のお手本をしめしたところで、息子には自信がありすぎて真似をしないせいでもあった。

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅳ章 38回

妻に莫大な富があり、その富に比例して人柄にも、野心にも生まれつきの資質というものが備わっていれば、おそらくコーマスに元々備わる、隠されたエネルギーを楽しいものにかえてくれるだろうが、そのエネルギーとは出世に結びつかず、少なくとも仕事にはならないものであり、おまけに向かいの真面目な顔の娘は特徴もなく、活気にも欠けているようにみえた。フランチェスカは個人的なことにお思いをめぐらした。想像力がもてあそぶ申し出は満ちたりたものであり、今の手頃な取り決めが終わりとなって、フランチェスカとヴァン・デール・ムーレンが新しい場所を探さなければいけないようなときには、信じられないような金額が、ブルーストリートの家についての虚言に捧げられ、あの家を手に入れることになるかもしれない。

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅳ章 37回

「敵はどうしようもなく困難な闘いで戦っているし、連中もそのことをわかっている」彼はさえずるように話した。「狂気にとりつかれている有様ときたら、むこうみずなガダラの豚のように全軍団でー」

「たしかにガダラの豚は転げ落ちているわ」レディ・キャロラインが穏やかだけど詮索好きな声をあげた。

ヘンリー・グリーチはあわてて微笑みを引っ込めると、陳腐な言葉に加え、もう少し安全な事実に頼ることにした。フランチェスカは、政治的手腕に関する兄の考えについては、福音に照らすこともなければ、驚くべき事実だと考えることもなく、かつてコーマスが指摘したように、その考えはたいてい退去を告げられていた。今の段階で彼女が見いだした気晴らしとは、むかいの娘について新たに詮索することであるが、その娘は節度を守りながらも、席の両側で苦心してかわされている会話に関心をもっていた。コーマスは非の打ち所がない姿をして、最善の話をしながらテーブルの片方の端に座っていたが、フランチェスカが素早く察知したところでは、コーマスのいる方向へと娘の視線はむかいがちだった。一度か二度、若者たちの視線がぶつかると、喜びがみるみる溢れ出し、理解していると言わんばかりの微笑みが相続人の顔にうかんだ。直観という昔からの女の才能に頼らなくても、好ましい貯金高をもつ娘をかなり惹きつけているのが若いパガンであり、その気になれば、パガンには賞賛をあつめる技があった。何か月もかけてようやくフランチェスカは、薔薇色の背景にうかぶ息子の将来を見いだし、意識しないうちに「不作法なくらいに金持ち」という意味ありげな表現は、正確には、どのくらいの合計になるのかと考えはじめていた。

 

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明治花魁日記「遊女物語」4回 大正二年 和田芳子

『遊女物語』を出して後

 

身は遊女、辛くても、悲しくても、借金の抵当(かた)、手も足も束縛せられて、心の思ふままに()つことも、動くことも出来ず、日ごと夜ごと肉を売り、(いつは)りの情けをひさいで、世の浮かれ()に、侮蔑せられ、愚弄せらるる(しう)(がい)にも、()(いささ)か思ふ思ひの存するありて、わが身を苦界に沈めし事の始終(しじゅう)より、苦界に()りて、見しこと、聞きしこと、思ひしこと(ども)を書き記し、()れを『遊女物語』と名づけて、世には出だしました所、不束(ふつつか)な身の仕合せなのか、さりとも不仕合せなのか、意外の評判を(かう)むりまして、新聞には歌はれる、態々(わざわざ)此の賤しい身を訪ねて、御同情やら、お世辞やら、お世話やら心々(こころこころ)に持ち運んできて下さるお客様も、少なくないと同時に、身に降り()かつて来た、非難やら、迷惑やら、冷評(れいひやう)やら、心配やら、困難やらも(また)雨のやうで、(ろう)(しゅ)からは()(ごと)()ふ、朋輩(ほうばい)からは、嫉妬交じりの嫌味を言はれる、『診て貰った先生』までも、事実は棚の上に上げて置いて、身の名誉が()うの()うのと、東京日々新聞を突付(つきつ)けての強談判(こわだんぱん)、すると亦、()の本の中で罵倒せられたお客様から、脅迫の文句で(うづ)めた手紙が来る手紙を引張(ひつぱ)り出されたお客の中には、更に手紙を寄越(よこ)したり、亦は自身わざわざお登楼(いで)になつたりして、僕の名誉を毀損(きそん)したと、私をお責めになる方もあり、(あるひ)は、此の手紙に僕の名は(かは)つてゐるが、もと居た家の町名番地が書いてあつたり、病気をして転地すたことが載つてゐたりするから、知る人が読んで見ると直ぐに僕だと()ふことが判るに相違ない、()し此の事が、僕の親父(世に名ある人)に知られ、又(かない)の里(有名な金満家)にでも知られたら大変、()れこそ僕の一生の浮沈に関する大事だ、再販には是非彼の手紙の所を削除して呉れなどなど、(しき)りに迫つて来る人もあつたりして、私は一時困惑の(きょく)に達し、ますます苦界(くがい)の苦しさを覚え、()ぐにも飛び出したいのですが、縛られてゐる身は、思ふに任せず、ええ(まま)よ、()うせ苦界(くがい)だ、何處(どこ)まで自分は、此の苦しみに堪へ、嫌な思ひを忍び、自分の立場に立つて行くことが出来るであらうかと()ほ笑顔の中に悲しみをつつみ、強い言葉の中に弱い心をおおひ、泥水の中に身は汚れて、洗ひも()せずゐるのであります。

 

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅳ章 36回

フランチェスカは、テーブルの端にいる兄に注意をむけた。ヘンリー・グリーチはこの招待に乗じて嬉々として結婚生活について話題をふりまき、現代政治についても直に同じように使い古した話題をふりまいてきた。彼は公の集まりで求められるような人物でもなければ、議会が望んで時代の話題について意見を聞きたがるような人物でもなく、むしろ議会が逆を望んでいることがわかるような人物だった。そのため機会が到来すれば、蓄積された政治的叡智を明らかにして楽になろうとするところがあり、時には知性そのものは肉眼ではほとんど確認できなということに思い知らせるのであった。

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明治花魁日記 「遊女物語」3 大正二年 和田芳子

思へば、私の半生は夢でありました。不幸(ふかう)不思議であた。今日(こんにち)、いよい()とい振り返て、四年有余(ゆうよ)を、と、戦慄(ふる)り、であす。が、であす。()(みずか)しいしいく、()浮世を、しい目、しいであらう、腹立しいであらう。ああ、今日(けふ)しい一刻世界しい生活(せいくわつ)たい人間しい生活(せいくわつ)たいもうもう()事情があ()であれ、(ゆる)ん。女工て、労働も、二度世界帰らうとは、露ばかりも思ひません。萬一(まんいち)決心(ひるが)やうな、場合(ばあひ)出遭(であ)ば、もうはあん。

 さるにても、不思議なる女心よ、苦しんでは泣き、辛くては泣き、涙を隠して、心にもなく笑ひ、思ひの(ほか)ひ、(いつは)(こび)(ささ)浮世を、やう死屍(かばね)よう(きた)里、世界を、て、(おか)も、名残(なごり)であす。対しもあん。朋輩(ほうばい)()もあん。不思議女心よ。

 

 大正二年四月二十日、罪の夢より醒むると()今日(こんにち)(さく)()若芽時、新宿二階て。

                芳子事 和田元子(しる) 当年二十六

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