「遊女物語」 9回 大正2年 和田芳子

僕が先頭第一だ

 

同じ晩(二十五日)の十一時も(なか)ば過ぎた頃、おばさんに呼ばれたので、行つて見ると、初會(しよかい)の客で私を名指(なざ)しだと云ふ。

 年齢は二十八九、中肉の丈高く、長顔(ながかほ)の色白、眉は太いけれど薄く、目は大きくて凄味があり、鼻は高いが、口元が悪い。髪はハイカラ。

 (あか)(じま)の糸織の着物に、銘仙(めいせん)(かすり)の羽織を引掛け、縮緬(ちりめん)兵児帯(へこおび)を締めてる。眼鏡は金縁、帽子は茶の中折(なかおれ)

 大分(だいぶ)酔つてるらしく、酒はもう飲まないと云ふ。親子(おやこ)(どんぶり)を通した後で、

「君、面白い本を書いたってね。()れを聞いて、君を訪ねたのは、僕が先頭第一だらう」

「おや、(そう)でしたか。有りがたいのね。御苦労さま!!」

(しか)し、悪意があつて、君を訪ねたんじやない。本の売れるやうにしてあげるから、何でせう、一部(ゆづ)つて呉れませんか、本屋では、まだ売出(うりだ)してないやうだから。」

生憎(あいにく)一冊も、持合せが御座(ござ)いません。」

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅴ章 48回

「よく判断してから行動するような娘だと思う。だから愚かしいまでに好いてはくれないかもしれないが、私にだまされてみるのも悪くはないはずだ。私は若いし、見かけもいい。それに議会で功をなしている。彼女なら朝食のときに、私についての良い記事やら怖ろしい記事やら、新聞を読んでくれるだろう。時々だが、朗らかで楽しい夫になることもできる。だが、私は沈黙の価値を理解しているから、陽気でおしゃべり好きの夫という怖ろしいものになりさがる心配はない。お金もあって社会的な野心もある娘にすれば、私はまんざらでもあるまい。」

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅴ章 47回

モリー・マククェードは鋭く見つめたが、相手は目の前に駆けまわる雉を見つめていた。

「お金もないひとに夢中になっているなんて、そんな虚しいことは言わないでね」彼女は言った。「そんなことには耐えられないわ」

しばらくのあいだ、彼女はコートニーのわがままが思いがけない展開を生じ、そのせいで現在について空想する方へと野心が流されたのではないかと危惧した。もしかしたら議会での出世を犠牲にしてまで、束の間の魅力的な相手にゆったりと、愚かしい時を過ごすのだろうか。彼は機敏にその懸念をはらいのけた。

「その女性には山ほどの資産がある」

モリーは安堵の吐息をもらした。コートニーへの愛情から、最初の問いかけが生じるような不安が生じたのだ。次に、自然に嫉妬にかられた。

「若くて、可愛らしい感じの方なのかしら。それとも物腰のいい、目のきれいな方なのかしら。ふつう、お金がたくさんあれば、そうなるものだから」

「若くて、見た目もいいし、他の女性とは違うものがある。美人だという人もいるかもしれない。政治的なもてなしをする女主としては、すばらしい女性だと思う。どちらかと言えば恋しているのだと思う」

「では彼女も、あなたに恋しているのかしら」

ヨールは少し断定するかのように頭をそらしたが、その動作はモリーがよく知っていたものであり、好んでいたものだった。

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅴ章 46回

 

その日の午後は特別であり、昔の思い出がひろがり、過去数カ月の噂話が程よいかたちで物語られたが、会話の静けさはやや慢性的なものになりかけていた。モリーもすでに思っていることではあったが、情事ははるか前に満ち足りたものとなってしまい、新しい局面は驚きにみちたものにしなければいけない。

「あなたは嫌なところもあるけど賢いわ」ふと、彼女は残念そうに、でも愛情をこめて言った。「議会でうまくいっているのは知っているけれど、すぐに頭角をあらわすことになるとは余り期待していないわ」

「頭角をあらわすことはできるだろうが」ヨールも公平に認めた。「問題は、その立場にとどまることができるかということだ。財政面で何かが起きてくれないかぎり、どうやって議会にとどまればいいのものか、なす術を思いつかない。倹約は問題外だ。もし僕が実際には何も持たない事実を知れば、みんな驚いて目を見開くと思う。それなのに収入を上回る生活をしているから、僕たちも別々に分かれて暮らすように言われるかもしいれない」

「私が思うところ、お金持ちの妻に頼るというものは」モリーはゆっくりと言った。「出世のなかでも最悪のものだわ。不利な状況をたくさん押しつけられるもの。あなたの様子から、なんとなくわかるけど、その方向へ向かっているようね」

ヨールは否定するかのように何も言わなかった。正面の鳥の檻を見つめる様子は、外国のその雉がしばらくのあいだ、世界で最も心を奪う研究対象になったかのようだった。実のところ、彼の心はエレーヌ・ド・フレイの姿にあり、心の中の彼女は静かに澄みわたった瞳に、レオナルド・ダ・ヴィンチの雰囲気をかもしだしていた。彼女について言えば、少なくとも恋をするというような気分になるのではないだろうかと彼は考えた。

「ひどく恐れていたけれど」ややしてモリーは続けた。「だけど、もちろん、こうしたことが近々起きるとは思っていたわ。男のひとが政治家になれば、自分の魂も自分のものだとはいえないもの。それと同じように、そのひとの心も個人の所有物ではなくなるのね」

「私を知る者であれば、私には心がないと君に教えるだろう」

「私も賛成したい気がするわ」モリーは言った。「時々、あなたが心をどこかに隠しているような気がするわ」

「心を隠せたらと思う」ヨールは言った。「なぜなら、あるひとに恋しているという事実を君に告げようとしているから」

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「遊女物語」 8回 大正2年 和田芳子

 

と、さんざんに()(ごと)()はされ、嫌なことを言はれましたが、(じつ)()ふと、私は(むし)ろ女将さんから、「お前がまあ、()の忙しい中に、()の本を書いたかい大萬楼(だいまんろう)から花魁(おいらん)の作者が出たと、お蔭で私の鼻が高くなるわ。」くらゐに、ほめられたかつたのである。(しか)るに、意外にも、身勝手屁理屈(へりくつ)()(ごと)頂戴(ちょうだい)た。(けだ)花魁(おいらん)不平()は、人達が、嫉妬(しっと)()、お女将(かみ)()()である。不平不快(いだ)()()()

 

 ()初會(しょかい)登楼(あが)で、二階自分部屋で、()鉄道役人()待遇(もてな)と、女将(おかみ)女将(おかみ)

 

「今二六新聞社から電話が(かか)ら、、お本名を、(なん)()よ。(へん)ら、(きみ)()()女郎(おんな)は、此楼(こちら)よ。おへ、へ、()ないかえ。

 

(いい)え、私、。」

 

「さうかい」

 

と、女将(おかみ)ほ、怪訝(おかし)()やう(かほ)が、面倒さいら、()部屋た。

 

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サキ 「耐えがたきバシントン」 Ⅴ章45回

コートニー・ヨールは創造主から、熱烈な、あるいは献身的な恋人の役割を果たすように設計されていなかったので、創造主がさだめた限界を良心的にも尊重していた。しかしながらモリーにたいしては、たしかに敏感な愛情をいだいていた。彼女が慕ってくれていることは明らかだったが、それでいながら稚拙なご機嫌取りで責めたてることもなかった。戯れの恋が何年もの試用期間に耐えた基本的な理由とは、間隔も都合よく、恋が高じて活動的な存在になるという事実のせいであった。今は電話のせいで人々のプライバシーという要塞が衰退し、隠遁生活の高潔さがかかっているのは、ボーイのように機転のきいた嘘をつく能力という時代である。ヨールは、自分の美しい女性が一年の大半を費やしているのは、自分を追いかけることではなくて、狐を追いかけることであるという状況を深く理解していた。これも認識されている事実だが、彼女が人間狩りをするときは、一匹以上の獲物を追いかけては、やがて恋と別れをつげることになるのだが、そのことに彼女も相手も当惑することもなければ、仕返しをすることもなかった。青春を楽しむ年頃が過ぎても、彼女も、相手も自分の人生が壊されたと責めたてることはなかった。せいぜい週末が乱れたくらいのものだろう。

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「遊女物語」7回 大正2年 和田芳子

「でも、御名前が出てゐませんから、別に(わか)かるよう気遣(きづか)もあわ」

(わか)よ。院長()此邊(ここいら)は、(ほか)(たれ)ない()()身分のあら、()迷惑ない

「ですけど、(うそ)(いつは)(わけ)御座の。」

「嘘も(ほん)()ないね。()ない()ん。加之(それに)(うち)花魁(おいらん)(しゅう)名前で、(さら)()面の皮さ。つうさい

「皆さんのお名前が出たつて、別に悪いこともないじやありませんか。(かえ)()()()()廣告(くわうこく)て、()わ」

()ないよ。(じつ)(さい)不平ないか。()があは、(うち)(おさ)ない出来を、(しま)(わけ)()まいら、本屋差障(さしさは)のあは、(しま)やう()よ。(わたし)()()ない

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅴ章 44回

彼女の恋愛はほぼ途切れることのないものであったが、まとらなまいまま過ぎていき、日々の熱情に苦しんだ。彼女は愛情にみちた関心を数人の若者にむけ、そうした若者を恋して、心に思い描く有様は、あっけらかんとしていた。若者数名の存在を隠そうともしなければ、互いを競わせるようなこともしなかった。だが、夫を漁る狩猟家だとは言えなかった。それというのも彼女はどのような男と結婚するつもりなのか心に決めていたからだが、その予測は地元の知り合いが考えているものとはかなり異なっていた。やがて結婚生活が失敗だということが判明することになるとしても、少なくとも節度を保ちながら、彼女は結婚に期待していた。だから恋愛は結婚と異なる基礎にあるのだが、それでも明らかに人生において彼女を夢中にさせる要素がった。幸せに組み合わされた彼女の性格には、男だろうと女だろうと、二つの職務を可能にするものがあり、又その性格は一つの籠に卵をたくさん詰め込みすぎないように予防する措置でもあった。彼女の要求は正確なものではなかったが、若くて、ハンサムで、少なくとも適度に面白い男性であることが必要だった。相手が変わることなく忠実であることも好んだが、自分が体験してきた例から、かなりの確率で、そうした種類の男ではないだろうという心積りをしていた。

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「遊女物語」 6回 大正二年 和田芳子

(その)()()()やう(また)女将(おかみ)何事

「お腕前は確かに拝見しましいたがね、(うち)(うち)()廃業ら、て、差支(さしつか)し、て、つてら、(いく)ね」

「あら、女将(おかみ)ん、廃業の、(うち)(うち)と、ないやあか。迷惑やうは、

「第一院長さんの事なんか、書いて()ないないか。(まへ)世話し、(うち)始終御厄介ないね。」

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅴ章 43回

戯れに恋をしながら昔の関係へと何度も戻りつつと、恋の寿命が長いのは、ヨールが自分の立場から感傷をそそろうと努力しているというより、ミス・マククェードの積極性に富んだ気づかいにあった。モーリー・マククェードは小さな狩りの仲間のあいだで、乗馬好きの、月並みだが型にはまらない女として知られ、「愛想のいい女」だと分類されていた。近所のひとの庭や子供たち、一般的に人気のある猟犬について、いささかなりとも真価がわかるときに、彼女は十分に愛想がよく、自分の不健康なところについて十分に黙っていた。ほとんどの男は彼女を好んだが、彼女を嫌う女の割合は厄介なくらいに高かった。そのうちにと思われていたことだが、彼女はビール製造業者かオッター・ハウンド犬の飼い主と結婚してから、後に、モールバーンとか、それと似たような学問や商業の中心地で、男の子一人か二人の母親になるだろう。彼女の本質である熱情的な側面は、田舎では推し測れないものであった。

 

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