サキ「耐えがたきバシントン」Ⅵ章58回

 このふざけた発言に、エレーヌは胸を喜びにふくらませた。彼女は自分がコーマスのことが好きであることをよく知っていた。だが、このとき、コートニー・ヨールはまだ論議されていない事実について明白に述べたのであり、もう少し進んだ間柄にあった事柄を知っていたのだ。太陽に照らされた庭は、突然、永久の幸せの秘密を秘めた天国になった。若くて整った顔立ちの若者がこの庭を歩きまわっていた。低いマルベリーの木が枝をひろげて陰をおとし、その風景は、古びた噴水の縁で鉛の鮭をとらえているカワウソと同じように変わることのないものだった。どういうわけか恋人たちは始終それらしい表情をうかべ、エレーヌも彼女らしい表情をうかべ、水の階段のちかくで四羽の白鳥に話しかける少年も彼らしい表情をうかべていた。ヨールは正しかった。ここは夢と憧れがかなう真の天国ではあるが、天国のリュ・ド・ラ・ペからは計り知れないくらい離れていた。だが、礼拝式の場に憧れるように、偽りの憧れをその場所に抱いていた。エレーヌは幸せな思いで沈黙しながら紅茶をのんだ。ヨールは朗らかな話し手でありながら、時には話しをしない話者になるという類まれな術を理解していた。

コーマスは、空になった皿と籠をふりまわしながら、芝生を横切ってきた。

「白鳥はとても喜んだ」彼は陽気にいった。「幸せなティー・パーティの思い出に、僕にパンがのっていた皿をもっていてもらいたいって。もらってもいいよね」彼はねだるような声でつづけた。「カフスや小物をいれたりするんだ」

「そのお皿は、家紋がついているものなのよ」エレーヌはいった。幸せそうな表情が、彼女の目から消えた。

「家紋を削って、かわりに僕の家紋をつける」コーマスはいった。

「何代にもわたって、家族に引き継がれてきたものなのに」エレーヌは抗議し、コーマスがいだいている「君は金持ちなんだから、持ち物が少なくなっても、君の目にはどうということもないだろう」という考えに共感することはなかった。

「僕はその皿が欲しい」コーマスは不機嫌にいった。「君はバターつきパンをのせる皿なら、いっぱいあるじゃないか」

 

どのようなことがあろうとも、彼は皿を手放すまいとする強い欲望に、しばらくとりつかれた。強欲な決意にみちた表情が顔を支配し、一瞬たりとも欲しいものを掴む手を緩めようとはしなかった。

 

エレーヌはその頃にはすっかり腹をたてながら、つまらないことに心をみだすのも愚かなことだと、しきりに自分に言い聞かせた。それと同時に、正義感が彼女に告げているのは、コーマスが見せたのは、かなり恥ずべき自己本位なところだということだった。どういうわけか彼女が心配していることの大半は、コートニー・ヨールに怒っている自分に気づかれないようにすることだった。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅵ章 57回

ヨールは、それに応じるように、小さく笑い声をあげた。それは遠回しながら、コーマスをけなすための絶好の機会であった。エレーヌはその批判を聞き漏らすまいとしながら座り、批判されている者を今すぐ判断することは保留した。

 「彼の自己本位なことときたら、まったく徹底しているけど、なんの役にもたたない」ヨールは言った。「それにひきかえ、僕の自己本位なところはありふれているけれど、いつも徹底して実用的なものだし、計算されたものだ。彼は白鳥に贈り物を受け取らせるのにずいぶん苦労するだろうし、おまけにパンとバターがない状態にして、僕たちの憎しみを買うことになるだろう。さらに彼はすごく熱くなるだろう。」

エレーヌはふたたび当惑してしまった。ヨールが今までに冷たいことを言ったことがあったとしても、それは自分についてのことだった。

「もし、いとこのシュゼットがここにいれば」彼女は意地の悪い微笑みを口元にうかべていった。「バターつきのパンをなくしたことに涙にくれたことでしょうし、それに後々まで彼女の心に現れるコーマスの姿は、おぞましくて、滅茶苦茶なことをやっている、憎むべき者でしょうね。本当のところ私にも、この損失にたいして、なぜ抗議しないのかわからないわ」

「理由は二つある」ヨールはいった。「君はかなりコーマスが好きだ。それに僕はバターつきパンがあまり好きではない」

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅵ章 56回

「なにを手がけるにしても」ヨールはいった。「この庭に改善の手をいれてはいけない。ここは私たちが思い描く天国そのものだから。ユダヤ人はまったく違う形での天国を創り上げてくれたけど。ギリシャ人のかわりに、ユダヤ人を宗教上のユートピアの監督にむかえるなんてひどい話だ」

「ユダヤ人が本当に嫌いなのね」

「私は東ヨーロッパを旅したこともあれば、そこに住んでいたこともあるので」

「問題になっているのは地理のように思えるけど」エレーヌは言った。「英国では、ユダヤ人が嫌いな方はいませんから」

ヨールは首をふった。「私はユダヤ人がどんな人間かということをたくさん見てきた」

召使いが静かに、そして恭しく、柳のテーブルの上に紅茶と茶器を置き、また静かに景色から退いていった。エレーヌは真面目な若い女神のように座り、崇拝者たちに神秘にみちた飲み物をさしだそうとしていた。だが彼女の心は、ユダヤ人の問題について判断しようとすることにとらわれていた。

コーマスが急に立ち上がった。

「お茶にしては熱い」彼はいった。「白鳥に餌をあげてくる」

そしてバターをぬった黒パンがはいった銀の小さな籠を手にして行ってしまった。

エレーヌは静かに笑った。

「いかにもコーマスらしいわ」彼女はいった。「私たちのバターつきのパンを持っていくなんて」

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅵ章 55回

「とにかく彼は正直なひとだわ」彼が自らの不道徳な行為の数々を白状すると、彼女はそう考えた。だが、彼が語ってくれた話を思い出しては、気持ちが落ち込むのだった。その話には、正直さというものが著しく欠けていた。彼の率直な行動から正直さを見つけようとしたけれど、聞こえてくるのはおそらく、善悪に関する慣わしを無視しようとする冷笑だけであった。

「今日の午後は、いちだんと考えにふけっているような顔をしているよ」コーマスは彼女にいった。「まるで君がこの夏の日を発明して、改善しようと考えているみたいだ」

「なにかを改善する力があるなら、あなたから改善していくべきだと思うけど」エレーヌはこたえた。

「僕は今のままの方がいいと確信している」コーマスは抗議した。「君はアーガイルにいる僕の親戚みたいだ。その親戚ときたら、時間を費やしてやっていることと言えば、羊や豚や鶏の品種改良だ。言わば全能の神様にむかって、贔屓をしたり、いらいらしたりするようなものだ、歩き回って、優れた手を万物にさしのべて仕上げをしようとすることは」

 エレーヌは賛成しかねるという顔をしたが、直に笑いだし、ついには吐息をちいさく

ついた。

「あなたとまじめに話をするのは簡単ではないわ」彼女は言った。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅵ章54回

コーマスには幾分、人の心をまよわせるところがあり、その点ではヨールとひけをとらなかった。だがエレーヌ自身が彼の不安の原因であり、その不安が彼の人柄をおおう経帷子のように彼女の目にはうつった。彼女は、その若者に一時的な好意以上のものを感じ、いわば、そのままの少年の姿を愛していた。さらに彼女はむこうみずにも彼を見ようとはしないで、本当の彼の姿を評価しようとはしなかった。このようにして心の控訴院は、人柄に関する証人を調べることに忙しかったが、ほとんどの者があっけなく失敗するのは、好意的な評価をささえるために、控訴院が手に入れようとしている証拠をしめすことだった。この世のあり方や欠点について、もう少し経験をつんだ女なら、恋する気持ちのほうが相手を嫌に思う気持ちに勝るということを、なんの不満もなく受けいれることだろう。エレーヌは真剣に考えすぎて、簡単で、都合のよい見地から問題を考えることができなかった。コーマスに半ば恋しているため、彼が愛すべき魂の持ち主だと発見することがとても重要であった。だがコーマスは、本当のところをいえば、こうした発見をうながすようなことを何もしなかった。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅵ章53回

ふたりの求婚者と一緒であり、そのうちのひとりは少なくとも若々しくて魅力的に思え、それでいて機嫌をとろうとしていたのだから、エレーヌには、この世界に満足するだけの理由はあり、とりわけ自分自身に満足するだけの理由はあったのである。幸せは、しかしながらこの幸運な瞬間においても、彼女を支配してはいなかった。その顔の墓穴の静けさが、いつものごとく仮面となって、不安にとりつかれた心を覆い隠していた。善意にあふれた家庭教師がつづき、大勢の伯母たちが父方母方の両方の一族について道徳的な考察をしてきたせいもあり、彼女の心に刻まれているのは、富には大きな責任があるという理論上の事実だった。責任を意識しているせいで、彼女がいつも考えるようになったのは、「管理すること」から解放してくれる適性があるかということではなくて、近づいてくる人々の動機やら利益についてだった。世界には、自分なら買えるものが沢山あるということを知っているせいで、彼女が考えるようになったことは、買う価値のあるものがどれだけあるだろうかということだった。だんだんと、彼女は自分の心をある種の控訴院として見なすようになり、その控訴院が密かに開かれているあいだ、動機や行動について調べたり判断をくだしたりするのだが、とりわけ一般の人々の動機を対象とすることが多かった。学校の教室で学んでいた頃、彼女がまじめに批判していたのは、チャールズやクロムウェル、モンク、ワレンシュタインにサボナローラを導き、誤った方向に導いた動機についてであった。そして今、同じようにして夢中になって調べているのは、外務省で秘書官をしている青年の、政治面での誠意であった。弁舌たくみでありながら、忠実な心をもつ侍女の誠実さがあるか、調子よく甘やかす仲間は無私無欲かということだった。かつてよりも熱心に調べながら、彼女の目に急がなければいけないように思えたのは、自分に好意をいだき、関心をよせている二人の青年の人柄について、分析したり評価したりすることであった。こういう事情で、ずいぶん考えたり、混乱したりしているのであった。たとえばヨールは、もっと人間観察について経験をつんだ者ですら当惑させたことだろう。エレーヌは賢明であったから、相手が気取り屋だというところや自己宣伝をしているところを、ダンディズムと取り違えることはなかった。彼は、鏡にうつる自分の身なりの効果をみては、心地よいものに感じる本物の喜びの感覚から、素晴らしいと思ったが、それは優雅で、手入れの行き届いた、似合いの二頭の馬を見たときにいだく感傷のようなものであった。政治面での生意気な言動や皮肉癖のむこうに、うかつにも本心があらわれてしまい、結局、ほどほどに成功することもなく、見事なまでの失敗におわるのだった。こうしたことを乗り越え、コートニー・ヨールを正しく理解するのは難しいことだが、エレーヌは自分がうけた印象をはっきりと整理分類するのが好きだったため、彼の性格や発言の見かけを細かく調べるのだった。それは美術評論家が疑わしい絵をあたえられ、当惑しながらも、修繕や傷の下にはっきりとした署名をもとめる姿にも似ていた。この若者が彼女に不安をあたえたのは、たいていの者なら好ましい印象をあたえようとするときでも、好感をあたえるような光にあてて自分をみせようとしないという意外な方針にあった。彼は自分の良いところを探してもらうことを好みはしたが、心がけたことと言えば、自分本位なことがらでも、できるだけ空くじをひいた思いをさせないようにするということくらいだった。そうすることが彼の存在の頼みの綱であったので、どうにかして注目されようとしてきたのだが、今回はまったく自己本位な行動をとらないので注目されたというわけだ。支配者として人気があるのはもっともなことだが、夫としてはおそらく我慢ならない男だろう。

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅵ章 52回

ヒマラヤスギの影におかれたエレーヌの椅子のかたわらには、柳の小枝で編まれたテーブルがおかれ、その上にはアフタヌーン・ティーの茶器一式が置かれていた。彼女の足元のクッションには、コートニー・ヨールがもたれかかっていたが、如才なく着飾り、若々しく優雅な姿は装飾的な静けさを象徴しているようで、人目をひくけど落ち着きのないトンボと同じくらいに装飾的であった。コーマスは入ることを許された前庭から、かなり間隔をあけて、フランネルを来たコートニーの姿を楽しんでいた。

 

二人の青年のあいだにある親しさのせいで、沈黙のうちに同じ女性のご機嫌をとるという状況でも、身近にせまる混乱に苦しめられることはなかった。それは趣味や考え方が同じことからきている友情でもなければ、仲間意識でもなく、どちらも相手のことを面白く思い、興味を抱いているという事実にあった。ヨールはしばらく、劇場通いの、ならず者だとコーマスを考えていた頃のように、愉快で、面白い相手だと考える一方で、エレーヌの好意をめぐる競争相手だとみなしていた。コーマスとしては、ヨールと接触を失うことを望んではいなかった。それと言うのも、ヨールにはいろいろと魅力があるが、なかでもコーマスの母親が許さないような長所を持ち合わせているからだった。彼女が、息子の友達の大半を認めていなければ、その付き合いも認めていないことは真実だったが、なかでもこの人物が、永遠につづく苛立ちの根源であるのは、相手が目立つ存在であり、多少なりとも、時流にのって公の生活で成功しているからであった。とりわけ苛立ちを感じるのは、自分の息子に思いつく限りの浪費をけしかけている若者が述べる文を読むときで、それには公の支出が思慮に欠けたものだということを、明晰に、鋭く攻撃していた。実際のところ、ヨールのこの若者への影響は、ごく僅かであった。コーマスは、たとえ世捨て人や貧民街イーストエンドの牧師のような人物と親しく交際するような状況に放り込まれたとしても、そうした人からも軽薄な出費や浮ついた会話を誘うことだろう。しかしながら、フランチェスカが母親の義務を果たして推察したところでは、独身仲間は息子を破滅させようと骨を折るのに熱心であるように思えるのだった。そのため、若い政治家は彼女にしてみれば、あからさまなまでに困惑してしまう原因になるのだった。だが彼女が認めないのと同じ程度に、コーマスも注意深く、彼に親近感をいだいては、その思いを披露してみるのだった。そうした親近感が存在し、むしろ途切れることなく続いていることに、この若い娘がかすかながら当惑するのは、その好意を求めるということは、親密感を急速に解体させる機会になるからであった。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅵ章 51回

エレーヌ・ド・フレイは、柳の小枝で編んだ低い椅子に全身をしずめ、くつろいで座っていた。その椅子が置かれているヒマラヤスギの木立は広々とした、荘重な庭の中央にあったが、その庭はまるで公園になろうと心に決めたかのようだった。浅めの石の水盤でできた古風な噴水が、すぐ間近の前景のうち人目につく場所をしめ、噴水の縁では、カワウソが重そうな鮭にのりかかって永久に餌食をとらえていた。周囲に刻まれたラテン語の碑文が、「時は水のように速く流れてしまい、時を利用しようとしては疲れ果てる」と死すべき人間に警告していた。道徳についての考察をジャコビアン様式の小品で真似ていて、恥知らずにも通りすぎる者すべてを惑わして、休んで黙想することをあきらめさせていた。噴水のまわりには天鵞絨のような芝生が広がり、小人のような栗や桑の木立があちらこちらで芝生のうえで茂り、その木立の下には葉や小枝からレース模様のような影がおちていた。芝生は緩やかな傾斜をえがき、そのはずれには小さな湖があり、湖上には白鳥のカルテットが漂っていたが、その動作から悲しく、物憂いものが漂う様子は、自分たちのカーストのうんざりするような威厳のせいで、小さな水鳥の賑やかなざわめきに入らないとでも言うようであった。エレーヌは好んで想像したのだが、白鳥は不幸な少年たちの魂が再び形成されたものであり、その少年たちは親の利益のために、無理やり教会の高僧にさせられたり、早々と尊師にさせられたりしたのであった。石でできた低めの欄干が柵となって湖と岸を分け、欄干の上にテラスの小さな模型をつくり、あたりには薔薇が絢爛に咲いていた。他の薔薇の茂みも注意深く刈り込まれたり、育てられたりして、色彩と香りのオアシスを形成し、安らぎをあたえてくれる芝の緑に囲まれていた。さらに離れたところからでも、目に入ってくるのは、多彩な色にみちたロードデンドロンの生垣であった。こうした好ましい例外はあるが、花を見つけるのが難しいような、よく整った庭だった。ゼラニウムの花壇や花で飾られた道を見つめれば、それは誤った指導をうけているのではないかと思えるほどの権力の行使であり、その道はどこにたどり着くでもなく、ただ郊外に住んで、情熱のない、なじみの園丁にたどり着くだけだった。アマーストの雉はすばらしいから、同じ場所にいる孔雀に挑戦を挑んでも、相手が恥ずかしく思うほどで、エメラルド色の芝生へと向かう有様は、まるでスルタンのような自意識を保障されていた。ここでは、夏はせわしない訪問客なのではなく、部分的な所有者なのであった。

 

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅴ章50回

「無事に結婚をして、新婚旅行に出かけて楽しんでから、妻を政治上の女主人として試したところで、いつかは議会に席がなくなり、ひとりで戻ってきて一緒に狩りをすることになるでしょうから。そうじゃないかしら。昔のままというわけにはいかないでしょうけど。でも、今風の政治婚について延々と続く記事を読むのが楽しみだわ」

「ずいぶん先のことを考えすぎている」ヨールは笑った。「あの娘さんも、君と同じ見方をするようになって、僕と将来を共有すれば不幸になる可能性があると考えるようになるかもしれない。そうなると僕は、政治家としては困窮のうちに独身時代を過ごすことになり、そんな自分に我慢しなければいけない。とにかく今というときは、私たちと共にある。今夜、ケトナーの店で夕食にしよう、いいね」

「どちらかといえば」モリーはいった。「私についていえば、のどにつまるようなご馳走になりそうだけれど。ヨール夫人の健康を祈って乾杯しないといけないのね。ところでお相手がどなたなのか言わないのもあなたらしいけど、それがどなたなのか聞かないのも私らしい。さあ、聞き分けのいい犬のようになりなさい。急いで立ち去って、私をひとりにして。まだ、あなたにはさようならは言わないけれど、雉の飼育場には別れを告げるつもりよ。面白くて、楽しい話をしたわねえ。あなたと私でこの席に腰かけて、ねえ、そうでしょ。わかっているけど、私が知る限り、それもこれでおしまいになるのね。今夜、八時ね。できるだけ遅れないように」

相手が引きあげていく姿を、彼女は涙にかすむ目で見つめた。彼は陽気で、外見もいい友達だった。楽しい時を過ごしてきた。慣れ親しんだ待ち合わせの場を見わたしたとき、まつ毛にかかる涙のせいでいっそう目がうるんだ。此処でしょっちゅう密会してきたのだ。初めて来たとき、彼はまだ学生で、彼女もその頃は十代であった。しばらくのあいだ、彼女は悲しみに隷属している自分を感じた。

 だが、しばらくすると飛びゆく二十四夜を追い求め、街に暮らす者のみに見受けられる、驚くべき気力を発揮した。彼女は立ち去ると、世界を旅する海軍の崇拝者と一緒に、海軍のクラブでお茶をした。かくのごとく多元論とは、慈悲深い麻薬なのである。

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サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅴ章 49回

恋をしているのは確かなようね、コートニー」モリーはいった。「でも、それは考えたうえでの恋、けっしてうぶな恋ではないわね。すこしうれしい。ほんの少しのあいだでも、あなたが可愛らしい女の人に惚れているなんて嫌だもの。でも自分の気持ちは脇において、あなたには前進、勝つのよと言うことにするわ。お金のある女性と結婚することになった。相手は素敵な女性で、しかも申し分のない女主人になれる。誰にとっても結構な話だわ。私がおくることになる結婚生活よりも、ずっと幸せな結婚生活をおくるでしょうね。でも結婚をすれば、あなたのことだから、他のことに夢中になるでしょうけど。私は庭いじりをしたり、乳しぼりをしたりして、子供部屋には子供たちがいて、貸本屋さんで本を借りて読むのよ。周囲数百マイルの庭や乳搾り場や子供部屋と、ほとんど同じようなものでしょうけど。自分の妻が指の痛みを訴えたところで、あなたはその度に心配したりしないでしょうね。妻に会うのも、家で時々会っていればいいというひとだから。あなたがそれで幸せかどうかなんて心配しないけど。その女の人はおそらくみじめでしょうね。けれど、どんな女の人でも、あなたと結婚すれば、そうなるのね」

 

一瞬、間があいた。ふたりとも雉の檻をみつめた。ややしてモリーがふたたび口火をきったが、それは機敏で、神経質な将軍が急いで自分の部隊の配置を変え、退却しようとする戦略をとろうとする勢いだった。

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