サキ「耐えがたきバシントン」Ⅶ章67回

「ゲームのことで心配なんかしていませんから」アーダ・スペルベクシーは言いい、優雅なまでの冷淡さをみせびらかしたが、実際のところはレディ・キャロラインが申し出てきた金額がもっともな額だったので、心の中で安堵して喜んでいた。もし高い掛け金が示されたら、おそらく反対したことだろう。彼女はブリッジのゲームをしてもうまくいかないことが多いので、カードで金を失うことが常に身を切るような死別となっていた。

 

「そういうことで気になさらないのなら、百点につき十シリングを賭けるとしましょう」とレディ・キャロラインは言ったが、その顔には嬉しそうな笑いがうかび、まるで鳥を見かけて網をひろげている人のようでも、あるいは自惚れを逆手にとって攻撃をしかけている人のようでもあった。

 

フランチェスカの方から不注意にも見えるカードは、退屈なラバーの連続なので、テーブルの運は反対の方にむくだだろうということを証明していた。彼女はブリッジには熱心だったから、ゲームがはじまると没頭するのが常だったが、その日は気が散ってしまい、リードやカードを捨て、ビットをだす束の間の重要性と競り合うようだった。彼女が用心深く注意をむけているのは、カードをあつかうあいまにこぼれてくる話の山であり、カードをあつかう手の両方であった。

 

「たしかに、今日の午後の集まりはこじんまりしたものね」いっけん打ち解けた風なフランチェスカの指摘に、セレナは相槌をうった。「それにブリッジをしない方も二、三人いるなんて、水曜日らしくない。キャノン・ベズモレーも、あなたが到着する少し前まで、ここにいたのよ。ご存知でしょうけど、大柄な伝道師よ」

「あの方が人間のことを叱りつけるのを、一度か二度、聞いたことがあるわ」フランチェスカは言った。

「とても強いメッセージを伝える強い方なの」アーダ・スペルベクシーは、きっぱりと断定的な調子で言った。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅶ章66回

ブリッジの三人目の参加者は、とフランチェスカは冷ややかに考えた。それはレディ・キャロライン・ベナレスクだった。レディ・キャロラインはブリッジがとても上手だというわけではなかったが、情け容赦なく自分がついたテーブルを支配し、なんとか勝とうとした。独裁的なブリッジのプレーヤーは、相手に大きな損害をあたえ、やる気を失わせた。レディ・キャロラインのやり方は、味方にしても敵にしても同様に苦しめ、やる気を失わせた。

「ずいぶん弱いのね」彼女は穏やかな声で言って、相手をもてなす女主人の役をおりた。「百点に賭けるのは五シリングだけにした方がよさそうよ」

フランチェスカは、その老女がかけ金への課税をほどほどにしたのをいぶかった。相手が高めのゲームを好んでいるし、カードをもっているときは運がいいことを知っていたからだ。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅶ章65回

その日の午後はあまりに暑く、ブリッジをしても、いつものように安い気分転換にはならなかった。それにセレナの集まりは比較的小さいものだった。その集まりにフランチェスカが姿をあらわしたときには、人数が集まっていないテーブルがひとつだけあった。そのテーブルにセレナが腰をおろしてアーダ・スペルベクシーとむかいあった。彼女がいつも「チェーシャー スペルベクシー」の一人として説明される様子は、他の多様性には我慢ならないとでもいうようだった。アーダは成長の見込みがない精神の持ち主で、「気配」とよばれるものに多大なる喜びを感じていた。「私は多くのことを学んできましたが、それは貧しい人々から教わりました」という台詞が彼女の好みだった。貧しい人々が彼女に教えようとしたこととは、台所や病室というところは、彼女の講演用ホールとはちがって、全然思いどおりにはならないということだったが、彼女は全然消化していなかった。彼女の助言はきりがなく、戸口から狼をいれないようにするにはどうするべきか助言をつづけた。だが、そのかわりに東風や砂塵嵐の入り込もうとする力を求めては強制した。彼女は自分より豊かな知り合いを訪問したが、それは広範囲にわたる積極的なものでありながら、田舎の邸宅の集まりで歓迎されることはなかった。せいいっぱいの歓迎をうけて彼女が実践してみせたのは、余暇や贅沢という悪について説教をして楽になることであった。だが、そうしたからといって他の客に慕われることはなかった。招いた女主人は彼女のことを哲学的にとらえ、だれもが体験しなくてはいけない社会的な包虫の形態として見なしていた。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅶ章64回

「ここで失礼するわ」彼女はきっぱり言うと、展覧会の機械部門から離れるときのように、音のする範囲から離れた。彼女の目的地について、マーラがくだした判断は正しかった。フランチェスカは暑い通りをすすみ、バークレー・スクェアのむかいにあるセレナ・ゴーラクリーの家の方向へむかった。ブリッジの試合をみつけることになるということは有り難いことに確実だけれども、興味深く、事態をはっきりさせてくれるような知らせの断片も聞けるかもしれないという可能性をくわえた。個人的に興味をつよくもっていたせいもあり、彼女は特定の話題に関しての啓蒙をうけることを必要としていた。最近のコーマスは、自分の行動やふるまいについて、挑むかのように押し黙っていた。彼の性分が挑発的にできているせいでもあり、お金をめぐる毎日の口論のせいで、他の会話もだんだん息苦しいものになってきていたからでもあった。フランチェスカは、一度か二度喜ばしいことに、彼が公園でエレーヌ・ド・フレイと一緒にいるところを見かけ、時々、あちらこちらの家で彼らがダンスをしているという話を耳にはさんでいた。一方で、その女子相続人の名前がコートニー・ヨールと結びつけられているという証拠も同じように耳にしていた。こうした気をもませる情報が限られており、また相容れないものであるため、現在の状況についての彼女の知識は深まっていかなかった。もし、若者のうちどちらかが優位にたっているのであれば、わざわざ遠回りをしてその話題をふったり、自分の無知をむやみやたらと暴き立てなくても、噂をたっぷり仕入れたセレナの友人は狡猾にほのめかしたり、感想をひけらかしたりすることだろう。そして高い得点を競って穏やかにブリッジのゲームをしていれば、都合のいいことに無口になりがちなことへの言い訳となった。もし質問が探求的な物になりすぎてまごつかせるなら、守備のスペードに避難すればいい。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅶ章63回

「どこに行くつもりなのか知っているわ」マーラは言ったが、その口調は、窓ガラスの冷たい、不合理な抵抗に邪魔されたアオバエが腹をたててぶんぶん音をたてているようなものだった。「セレナ・ゴーラクリーのところでブリッジをするつもりでしょう。彼女ときたら、ブリッジ・パーティに私を誘ってくれないのよ」

フランチェスカは、今度はあからさまに身震いをした。マーラの声がとどく場所でブリッジをしなければいけないという予想のせいで、いつものように心穏やかに考えることができなくなった。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅶ章 62回

「そうね、そうした奇妙な言葉でパンフレットをだすなんて、まったく意味のないことよね」マーラは不平をいった。「誰の目にも分かりやすくしようとするなら。そうした言葉にはっきりとした説明をつけようとしても、大切な単語のなかにも、もともとの意味が他にも十五あるくらいだから。閣僚や政治家も、ラテン語やエスペラント語を理解する犬を採用して、演説を届けさせればいいのに。そうすれば次に続く説明を省くことができるのに。でもボンドストリートに戻りましょうね、ボンドストリートから立ち去るのではなく」

「残念だけど、もう立ち去らないといけないわ」フランチェスカは言いながら、グラフトン・ストリートの方にむかった。「さようなら」

「行かなければいけないのかしら?一緒にお茶をしていきましょうよ。邪魔をされないで話しができる、気持ちのいい場所を知っているわ」

フランチェスカは身震いしたいのをこらえ、急用ができたからと告げた。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅶ章 61回

暑い日の午後四時頃、フランチェスカはピカデリーサーカスに近いボンドストリートにある店の玄関から出てくると、マーラ・ブラスリントンに飛びついた。その日の午後は、いちだんと暑くなりそうだった。マーラは人間の姿をした蠅で、混み合った通りや市場、暑い気候のもとでぶんぶん音をたてていた。レディ・キャロライン・ベナレスクがかつて予言して、自分は別の世界に適応するために、新聞という特別な蠅を一匹飼っていると言ったことがあった。しかしながら中には、彼女が将来、不思議なことに力を増すだろうと考える者もいた。そこでマーラ・ブラスリントンは4箇所以上、功に準じて、いつまでもひっきりなしに地獄におちた魂をまわっていたのだ。

 

「さあ、着いたわ」彼女は嬉しそうに、熱心にぶんぶん音をたてながら言った。「兎のように出たり入ったりね。もっとも兎なら、こんなに広い範囲で店に出たり入ったりしないけど」

 

たしかにアオバエのような一日だった。

 

「ボンドストリートが好きじゃないの?」彼女はまくしたてた。「この通りには、他とは違って独特のものがある。他の通りには、どこにもこうしたところがないわ。こうした通りのイコンや絵画がヨーロッパのあちらこちらにばらまかれて、いわば聖ルカやザキアスという類の人たちの手によるもののように、描かれたり、彫られたりしたのよ。私はいつも思うけど、この時代の高貴な人たちがボンドストリートをつくったよ。たぶん聖パウロよ。だって随分と旅をしているから」

 

「ミドルエセックスには来ていなかったと思うけど」フランチェスカはいった。

 

「わからないわ」マーラは言い張った。「あちらこちらさすらっていると、混乱してきて、どこに行ったのかわからなくなるもの。私も自分がチロルに二回行ったのかサンモリッツに一度行ったのか、それとも逆なのか思い出せないわ。いつも女中に聞いている有様よ。ボンドストリートという名前にも、聖パウロを示唆するものがあるわ。縛り(ボンド)と自由について、たくさん書いていたじゃない?」

 

「ヘブライ語かギリシャ語で書いていたと思うけど」フランチェスカは反論した。「言葉はまったく似ていないわよ」

 

 

 

 

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅵ章 60回

煙草入れが空になってしまったコーマスは、煙草がきれて、一時的に途方にくれている状態について、いきなり文句を言いはじめた。そこでヨールは自分の煙草入れから、最後に残っている煙草をとりだすと、それを半分に折った。

「友情がふかまることはないだろうが」彼は言いながら、疑わしそうにしつつも充たされた様子のコーマスに煙草を半分あたえ、もう半分は自分で火をつけた。

「玄関ホールにいけばたくさんあるわ」エレーヌはいった。

「ツゥールの聖マルティヌスにならっただけだ」ヨールはいった。「急ぐときに一服するのは嫌だからね。では失礼」

出発しようとしている奴隷船の奴隷は陽の光のなかへと歩み出たが、その様子は明るく、自信に満ち溢れていた。数分後エレーヌは、ロードデンドロンの茂みを通り過ぎていく彼の白い車を、一瞬だがとらえた。彼は最高のかたちで求婚をしたのだ。最初に離れ、しかも戦場へと、あるいは戦場の様を帯びている場へと出かけたからだ。

どうしたものか永遠の若さからなるエレーヌの庭は、想像力に照らしてみても、もうぼんやりしたものになっていた。庭を歩く娘の姿はまだはっきりとしていたし、変わってもいなかったが、彼女の連れの方はぼんやりと霞んでしまい、まるで他の絵に重ねられた絵のようであった。

ヨールは町の方へと急ぎながらも、自分に満足していた。明日になれば、と彼は考えた。エレーヌは朝刊で自分の演説を読むだろう。それが満更でもない効果を生じるだろうと、彼は知っていた。笑いや賞賛のどこで区切れをいれたら、人々が湧くのかということを、彼は心得ていた。対峙している冷静な首相にむかって、からかいや論争を投げかけるとき、国会の手先たくみな記者たちが、どのようにして書き留めるのかということも、心得ていた。そして意中の女性がどう判断するだろうかということも、心得ていた。自分自身やその世界について、彼がからかいながら怠惰に、庭で午後を過ごしたとしても。

さらに彼が笑いながら考えたのは、これから数日、彼女が紅茶を飲んで、なじみのない皿にのったバターつきパンを見るたびに、コーマスのことをまざまざと思い出すだろうということだった。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅵ章59回

「君は本当のところ、欲しがってなんかいない。だから僕がもらう」コーマスはしつこく言い張った。

「頭に血がのぼっている人となんか話し合いにならないわ」エレーヌがいった。

「君の運命の女性は的確に表現する術を心得ている」ヨールは笑い声をあげた。「でも、この論争は望ましいときに持ち越せるし、望ましい温度で話し合うこともできる。僕も外で論じるときがるけれど、君たちより不幸なことに、他のひとの論争を聞いていないといけないこともある。それもまるで病弱な蜥蜴を扱うように、熱心に治療するような雰囲気のなかでだ」

「でもバターつきパンの皿について、論争なんかしたことはないでしょう?」エレーヌはいった。

「主にバターつきのパンについてだ」ヨールはいった。「私たちが第一に取り組むべき仕事は、人々のバターつきパンについてだ。そのパンを稼いだり、つくりだしたりするわけだが、私たちがいそしんでいるのは、どのようにパンを切り分けるかということであったり、切り分けたパンの厚さであったり、あるいはどれ位のバターを、どれ位のパンに塗ることになるかということだ。それが言わば、法律だということになる。どのようにしてバターつきパンを消化すればいいのかということについて規則をつくればいいだけなら、本当に楽だろうなあ」

 

エレーヌが育ってきた環境では、議会とは病気や家族の再会など極めて真面目な事柄について扱うところとして考えられていた。だが7ヨールが、自分が関わる仕事について不真面目なことを話しても、彼女の気持ちが乱されることはなかった。彼が生き生きと効果的に論争をくりひろげるだけではなく、委員会では熱心に働いていることも、彼女は知っていた。彼が自分の働きを軽くみているにしても、軽くみなすような抜け道を誰にもあたえなかった。それに確かに、議会の雰囲気はこの暑い日の午後は心をそそられるようなものではなかった。

「いつ行くのですか?」エレーヌは共感をこめていった。

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サキ「耐えがたきバシントン」Ⅵ章58回

 このふざけた発言に、エレーヌは胸を喜びにふくらませた。彼女は自分がコーマスのことが好きであることをよく知っていた。だが、このとき、コートニー・ヨールはまだ論議されていない事実について明白に述べたのであり、もう少し進んだ間柄にあった事柄を知っていたのだ。太陽に照らされた庭は、突然、永久の幸せの秘密を秘めた天国になった。若くて整った顔立ちの若者がこの庭を歩きまわっていた。低いマルベリーの木が枝をひろげて陰をおとし、その風景は、古びた噴水の縁で鉛の鮭をとらえているカワウソと同じように変わることのないものだった。どういうわけか恋人たちは始終それらしい表情をうかべ、エレーヌも彼女らしい表情をうかべ、水の階段のちかくで四羽の白鳥に話しかける少年も彼らしい表情をうかべていた。ヨールは正しかった。ここは夢と憧れがかなう真の天国ではあるが、天国のリュ・ド・ラ・ペからは計り知れないくらい離れていた。だが、礼拝式の場に憧れるように、偽りの憧れをその場所に抱いていた。エレーヌは幸せな思いで沈黙しながら紅茶をのんだ。ヨールは朗らかな話し手でありながら、時には話しをしない話者になるという類まれな術を理解していた。

コーマスは、空になった皿と籠をふりまわしながら、芝生を横切ってきた。

「白鳥はとても喜んだ」彼は陽気にいった。「幸せなティー・パーティの思い出に、僕にパンがのっていた皿をもっていてもらいたいって。もらってもいいよね」彼はねだるような声でつづけた。「カフスや小物をいれたりするんだ」

「そのお皿は、家紋がついているものなのよ」エレーヌはいった。幸せそうな表情が、彼女の目から消えた。

「家紋を削って、かわりに僕の家紋をつける」コーマスはいった。

「何代にもわたって、家族に引き継がれてきたものなのに」エレーヌは抗議し、コーマスがいだいている「君は金持ちなんだから、持ち物が少なくなっても、君の目にはどうということもないだろう」という考えに共感することはなかった。

「僕はその皿が欲しい」コーマスは不機嫌にいった。「君はバターつきパンをのせる皿なら、いっぱいあるじゃないか」

 

どのようなことがあろうとも、彼は皿を手放すまいとする強い欲望に、しばらくとりつかれた。強欲な決意にみちた表情が顔を支配し、一瞬たりとも欲しいものを掴む手を緩めようとはしなかった。

 

エレーヌはその頃にはすっかり腹をたてながら、つまらないことに心をみだすのも愚かなことだと、しきりに自分に言い聞かせた。それと同時に、正義感が彼女に告げているのは、コーマスが見せたのは、かなり恥ずべき自己本位なところだということだった。どういうわけか彼女が心配していることの大半は、コートニー・ヨールに怒っている自分に気づかれないようにすることだった。

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