サキ「耐えがたきバシントン」Ⅷ章 77回

最初に到着した場所では、コーマスも、コートニーも姿はなかった。その事実は、その会へ出席するように招いていると思わせる理由を消し去っているようだった。二番目に到着した場所では百人ものひとが集まっていた。だが、ひとの集まりは、彼女がそのときに急いで必要としているものではなかった。家の庭にそびえているヒマラヤスギの木の下で、求婚者たちと最後に出会ってから、自分がとりわけ幸せでもなければ、ひどく不幸だというわけでもないことがエレーヌにはわかっていて、どちらの状態なのか決めかねていた。彼女は足元に広がる世界で、もっとも欲しいと思えるものを持っているように思えたが、思慮深い時を過ごしていると、自分が手をのばして手に入れたいと望んでいるのかどうかがわからなくなるのだった。それはアラビアンナイトかペガンのヘラスの物語のような状況であり、ヴィクトリア時代の秩序正しいキリスト教の書物で育てられた娘を困惑させ、まごつかせるようなものであった。彼女の控訴院は、連日、いつも会議を開いていたが、結論はくだせないでいた。少なくとも彼女が耳をかたむけたいと思うような結論はでなかった。

 

 

カテゴリー: サキ | コメントする

サキ「耐えがたきバシントン」Ⅷ章 76回

風がつよくて後悔したくなるような午後だった。その日は、朝からひどく蒸し暑くなったり、激しく雨が降り出したりと、交互に繰り返していた。そして、この午後の天気は、雨とは本当に有り難いものだと愛想良く話したい衝動にかられるようなものだった。人々からすれば、こうした天気の長所とは、主として、中庸のすばらしさについて理解させてくれるものであった。その日はまだ病が治ったばかりで衰弱しているときであり、朝早くから身体をうごかして活動する日でもあった。エレーヌは、いつものように乗馬をしようと無意識のうちに、馬小屋へ行くように指示をだしていた。そこは馬と藁の甘い香りがする聖なるオアシスであり、石油が強い異臭を放つ世界において清潔さをたもっていた。そこから長くのびている田舎の小道へ、彼女は雌馬をきびきびと走らせた。その日の午後は、園遊会にでることになっていたのだが、彼女は反対の方向へと馬を走らせた。

カテゴリー: サキ | コメントする

サキ「耐えがたきバシントン」Ⅶ章75

フランチェスカは別の卓へとうつると、運がうわむいてきたせいで、勝って損失の大半を取り戻すことに成功した。女主人に別れを告げるときには、満足しているという感覚に明らかに支配されていた。サン・ミッシェルの噂話やその話が語られる有様は、状況の現実についての糸口を彼女にあたえてくれた。それは僅かなものであり、おぼろげながらも、少なくとも望ましい方向を示していた。最初、彼女がひどく怖れていたのは、自分の希望をうちくだくような明確な発表を聞くことであったが、詳しい話はされたけれど、そこにはいつもならサン・ミッシェルが好んで提供しようとする確実だけれど、子細にわたる細かい話がなかったので、頭をはたらかせてだした当てずっぽうの答えにすぎないという結論に彼女はたっした。もしレディ・キャロラインがエレーヌ・ド・フレイとコートニー・ヨールの婚約が本当だと信じているなら、悪意にみちた喜びを感じながら、自信にみちたサン・ミッシェルを励まし、朗読会を聞いているフランチェスカの狼狽を見ようとしたことだろう。話を早々とうち切るという苛々した様子は、事実に反するからであり、すなわち、その老女がつかんだ情報でいえば、独占しているのはコーマスであって、コートニー・ヨールではないということだった。とりわけ、この特別な状況に関して、レディ・キャロラインの情報のほうが、サン・ミッシェルの自信にみちた噂話よりも真実に近いところがあった。

 

フランチェスカはブリッジでうまくいったときには、最初に出会った交差点の掃除夫かマッチ売りに1ペニーやることを常にしていた。小競り合いから解放された今日の午後、嫌な相手に15シリング払うことになったけど、バークレー・スクェアの北西の角にいた掃除夫に、いわば神への感謝の捧げものとして、彼女は2ペニーをあげたのだった。

カテゴリー: サキ | コメントする

サキ「耐えがたきバシントン」 Ⅶ章74

アーダ・スペルベクシーは財布の金貨数枚が空になり、それにともなって高慢なところが態度に滲みでた。

「もう、行かないといけない」彼女は言った。「早い時間に夕食をとる予定だから。その後で、家政婦たちに演説をすることになっているのよ」

「なんのために?」レディ・キャロラインは苛々させるような率直さで尋ねたが、それは彼女の恐るべき性格のひとつであった。

「ええ、家政婦たちが聞いたら、きっと喜ぶようなことで話すことがあるのよ」アーダは甲高い声でいった。

彼女の発言は、あらゆることへの深い不信も露わに、無言のまま受けとめられた。

「労働者階級のためにつくしているの」彼女はつけたした。

「そうするように誰も言っていないけど」レディ・キャロラインが指摘した。「でも残念な真実だけれど、貧乏人はいつも私たちを頼りにしている」

 

アーダ・スペルベクシーは出発を急がせた。その逃げ出す有様は美しさを損なうものとして印象に残るものであったが、彼女が不運の頂点に達したトランプの卓は、いちじるしく狼狽した。しかしながら、いちだんと迷惑をかけるおかげで、彼女は家政婦の問題について調べ、機嫌よくなることができた。結局、誰もレディ・キャロラインと午後を過ごしたりしないのだ

カテゴリー: サキ | コメントする

サキ「耐えがたきバシントン」Ⅶ章73

「コートニー・ヨールに裕福な妻を見つけようとしているのよ」サン・ミッシェルの問いに答えて、セレナはいった。

「残念ながら少し遅かったようだ」大切なことを暴露しようか決めかねている状態に顔を輝かしながら、彼は指摘した。「残念ながら少し遅かったようだ」繰り返しては、その言葉の効果を確かめる彼の様子は、注意深く栽培しているアスパラガスの苗床の成長を見守る園丁のようだった。「その若い者は、あなた達よりもはやく、裕福な妻を自分で見つけたようだ」

彼は話すときに声を低くしたが、それは自分の話に神秘的な感じを効果的にあたえるためではなく、話が聞こえるところにいる他のテーブルの人々が、暴露話を再び暴露されるという特権を失わないようにと望んでのことである。

「それは・・・」セレナが切りだした。

「ミス・ド・フレイだよ」サン・ミッシェルが急いで口をだす様は、自分がしようとしている暴露話が他のひとの当て推量で妨害されないようにしているかのようであった。「本当に理想的な選択だ。政治の世界で名声をなそうとしている男にはうってつけの妻だ。一年に二十四万ポンド、いやもっとたくさんの収入がある。街から遠くないところに素晴らしい所領がある。政治家の家の女主人にはうってつけの娘だ。才女というわけではないけど頭はある。わかるだろう?正しい選択だよ。もちろん今の段階で、はっきりと宣言するのは早すぎるだろうがーーー」

「どんな札をきろうとしているのか宣言しても、私の相方には早すぎるということはないと思うけど」レディ・キャロラインが悪意のある声でさえぎったので、サン・ミッシェルは大急ぎで自分のテーブルに逃げた。

「おや、私の番だったかしら。ごめんなさい。やりかけだったわね」

「いいえ。トランプのことではないわ」レディ・キャロラインはいった。その手は成功し、ラバーはついに彼女の手におち、しかもオナーカードで心地よい差をつけた。同じ組み合わせで、ふたたびカードをきったが、今度はカードの運はフランチェスカとアーダ・スペルベクシーにくみせず、ラバーの終わりには、どっさり山積みされた点数が二人をまっていた。フランチェスカもわかっていたが、ややむらのある試合運びをしたことが少なからず、このような結果となったのだ。サン・ミッシェルの会話への侵入が、いつもなら強い筈のブリッジの腕前がやや注意散漫になったことは明らかだった。

カテゴリー: サキ | コメントする

サキ「耐えがたきバシントン」Ⅶ章72

「誰を結婚させようとしているのかな?」

そう問いかけてきたのはジョージ・サン・ミッシェルで、耳に届いた小話の断片にひきよせられて、近くのテーブルから迷い込んできたのだ。サン・ミッシェルは敏捷で、鳥ではないかと錯覚をおこさせるほど活動的な男であり、人々の記憶にあるその姿は初老の男であった。短く刈り込んだ尖った顎鬚が威厳をあたえていたが、それは彼がもっている他の特徴や外見からはいつも上手に貸すことを拒否されてしまうものであった。彼の職業は、もし職業についていたとしたらの話だが、趣味におおいかくされていた。その趣味とは、自分のまわりの社会で差し迫っていた些細な出来事やこれから起こりそうな事柄、あるいはそう見える話題について宣伝してまわることであった。噂話や情報から紛れ込んできた話、とりわけたまたま耳にした結婚話について情報を仕入れ、その噂を仔細に語ることに満足を感じ、その満足はいつまでも続くものであり、衰えを知らないものであった。婚約が公にされ、話のおおよその概観がみえてくると、彼は細部にわたり、その情報を正確さでみたし、とにかく根拠をもとめては、みずからの想像力に溺れ、相反する噂話の数々に浸るのだった。モーニング・ポストも近く発表されそうな婚約記事にみちているが、サン・ミッシェルが息をこらして小さな声で話す内容は、婚約した二人のなれそめは鮭釣りがきっかけであり、なぜガード・チャペルを使おうとしないのか、なぜ女性の伯母であるマリー伯母さんがふたりに反対しようとしたのか、生まれてくる子供たちの宗教教育の問題はどのようにして解決したかということなどであり、関心のある者にはもちろん、関心のない多くの者にまで話した。情報収集の特別網をとおして熱心にあつめた優れた情報のなかでも、彼がもっとも注目していたのは、主として周辺諸州で一番背が高く、痩せているとされる妻をもつことだった。この二つの要素をもつ女性は時々、サン・ミッシェルとオール・アングルという名前でとおっている社交界で見かけた。

カテゴリー: サキ | コメントする

サキ「耐えがたきバシントン」Ⅶ章 71

レディ・キャロラインは、この家の女主人が政治面では反対の政党を支持していることを思い出した。

フランチェスカとその相方は、クラブで四枚の有利な札をだした。ゲームは24点で、どちらが有利ともいえない状況だった。

「(バイロンが)アテネの女中にあたえた叙情的な素晴らしい助言にしたがっていたなら、さらに私の心を正気にもどしてくれたなら、もう二回ゲームをしたけれど」レディ・キャロラインが相方にいった。

「ヨールは最近、よく活躍しているようね」フランチェスカは手札をとりながら指摘した。青年政治家の名前が会話にあがってきたので、この機会を逃すまいと、その話題をとりあげ、彼の近況について話題をむけたのだ。

「彼は業績を積み上げてきていると思う」セレナはいった。「彼が演説をするときは、議会はいつも満員よ。いい兆候ね。それに若くて、人柄にも魅力がある。政治の世界では常に大事なことよ」

「でも、お金がない点は不利よ。お金持ちの奥さんを見つけるか、財産をたんまり残して死んでくれるように誰かを説得できればいいけど」とフランチェスカはいった。「下院は給料がでるけれど、以前より期待される金額も、要求される金額も増えているから」

「そうね、平民の議会は、入会資格に関して言えば、天国とは反対ね」レディ・キャロラインはいった。

「ヨールなら、金持ちの娘と結婚するのも難しくないでしょうよ」セレナがいった。「期待されているから、社会的に野心のある女にとって素晴らしい夫になるもの」

それから彼女はため息をついた。まるで、それ以前にした結婚のとりきめのせいで競争から疎外されていると言いたげだった。

フランチェスカは無関心なふりをよそおって、レディ・キャロラインを注意ふかくながめ、ヨールのミス・フレイへの求婚について公表されていない事実を知っているのではないかと探った。

カテゴリー: サキ | コメントする

サキ「耐えがたきバシントン」Ⅶ章70回

「そうかしら?外務省では輝かしい成功をおさめている方なのに、あなたもご存知だと思うけど」フランチェスカはいった。

「彼を見ていると、サーカスの象を思い出すわ。指示をしている人間より、はるかに知的なのに、言われるがまま、足をあげたり下げたりすることに満足しているの。行く途中でメレンゲを踏もうが、スズメバチの巣を踏もうが全然気にしないのよ」

「どうしてそんなことを言うのかしら」フランチェスカは抗議した。

「私が言ったわけではないわ」レディ・キャロラインは言った。「ゆうべ、コートニー・ヨールが国会でそう言ったのよ。討議を読んでいないの?調子よく議論していたわよ。もちろん、彼の見方に全面的に賛成というわけではないわ。でも話していることは裏づけのある真実で、気が利いているだけの意見ではないの。たとえば厄介な植民地帝国に対する政府の態度について、こんなふうに物言いたげな台詞でまとめている。『地理のない国はしあわせである』って」

「なんて馬鹿馬鹿しいくらいに偏ったことを言うのかしら」フランチェスカはさえぎった。「与党のなかには、そうした態度をとっていたひともいることは認めるわ。でも、みんなが知っているように、サー・エドワードは、心のなかでは健全な帝国主義者なのよ」

「そう言うなら、ほとんどの政治家が心のなかでは、となるでしょうね。でも、政治家の心をあてにするような無分別なひとはいないわ。仕事中の政治家の心なら尚更よ」

「とにかく野党の指導者が、なぜそうしたことについて議論するのかがわからない」フランチェスカはいった。

カテゴリー: サキ | コメントする

サキ「耐えがたきバシントン」Ⅶ章69回

「9のかわりに一番大きな数字ではじめるなら、ごまかしをするべきではなかったわね」レディ・キャロラインは相手に指摘したが、その口調は冷ややかで、穏やかなものながら相手を叱責していた。「隠しても無駄よ」もたもたと謝罪するセレナに、彼女は続けた。「テーブルでブリッジをしているときに、他のテーブルで何が起きているのか見たり聞いたりしても無駄なことだわ」

「いっぺんに複数のことをできるものだから」セレナは軽率にいった。「私は二重の頭脳をもっているにちがいないわ」

「節約して、本物の頭脳だけを持っていた方がいいと思うわ」レディ・キャロラインは感想をのべた。

「憂いなき麗しの貴女よ、そなたが言葉のトリックをあやつることにかけて、なかなか隅におけないこと常のごとし」別のテーブルでブリッジをしている者が礼儀正しく、抑えた口調でいってきた。

「サー・エドワード・ローンが、今度の私の夜会にくる話をしたかしら」セレナはいったが、一見、もう元気を取り戻していた。

「お気の毒に、サー・エドワードもひとがいいから。あなたのブリッジはどうなったかしら?」レディ・キャロラインは一気に聞いた。

「クラブ」とフランチェスカは答えた「それからお祈りをささげたわ。ところで、その同情にみちた形容詞はどういうことなのかしら」

フランチェスカは家族の利益をまもり、忠誠をつくす政府与党支持者だったので、そこで示された、外務省長官に投げつけられた軽蔑と戦いたい気持ちにかられた。

「彼はとても楽しませてくれるわ」レディ・キャロラインは満足げな様子をしめした。その楽しむ様子は狩りをする猫のものであり、あたかも猫が有益なスェーデン体操と鼠の注意深くて考えぬいた動きを注視しているかのようであった。

カテゴリー: サキ | コメントする

サキ「耐えがたきバシントン」Ⅶ章68回

「大衆受けのする説教坊主の類で、自分の時代の悪について叩いておきながら、後にその悪とお茶をするような輩よ」とレディ・キャロラインはいった。

「あのひとについても、その仕事についても、公正に要約しているとは思えないわ」とアーダは抗議した。気落ちしたり、失望したりしたときに、彼の話を何回もきいたことがあるけど、あの言葉から受けた印象について説明することはできないし・・・」

「でも、どうトランプで戦うつもりなのか説明はできるわよね」レディ・キャロラインが穏やかに割り込んだ。

「ダイヤモンドで」あわてた様子で手持ちの札を見てから、アーダはいった。

「ダブル」レディ・キャロラインはますます落ち着きはらった様子で言うと、数分後には自分の点数に鉛筆で24点を書き加えていた。

「去年の五月、ヒアフォードシャーで、彼の支持者とご一緒したけど」とアーダはいって、教会法に関するまだ終わっていないテーマに戻った。「うるわしい田舎の避難所よ。神経を楽にしてくれるし、癒してくれる場所だったわ。本当の田園風景で、いたるところに林檎の花が咲いているの」

「たしかに林檎の木しかないわね

 アーダ・スペルベクシーは教会法に書かれた家庭生活の装飾を再現しようとすることをあきらめ、敵がハートのビットをあきらかにしたところでオッド・トリックを数えるという、ささやかだけれど現実的な慰めにふけった

カテゴリー: サキ | コメントする