アルフレッド・マーシャル 経済学原理 1.1.13

§4 現代の産業労働者の生活様式は、厳しい競争にさらされる存在となったことで、過去の労働者とは区別されるとよく言われる。しかし、この説明では十分ではない。競争の厳密な意味とは、売り買いの指示に特別な関係があるものであり、ある人と他の人の競い合いのように見えるということである。こうした種類の競い合いは、あきらかに過去の競い合いよりも激しいものであり、拡大したものである。だが競い合いは派生的なものにすぎない。あるいはこう語るひともいるかもしれない。競い合いとは、現代における産業労働者の生活の基本的特徴から、偶然生じた結果であると。(1.1.13)

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2013年2月12日 オバマ大統領の一般教書演説( 途中まで )

President Obama’s 2013 State of the Union | The White House.

As Prepared for Delivery –

 
Mr. Speaker, Mr. Vice President, Members of Congress, fellow citizens:
 
Fifty-one years ago, John F. Kennedy declared to this Chamber that “the Constitution makes us not rivals for power but partners for progress…It is my task,” he said, “to report the State of the Union – to improve it is the task of us all.”
議長、副大統領、連邦議会の皆さん、国民の皆さん。
51年前、ジョン.F.ケネディがこの議院で宣言し、『憲法とは、私たちを政権の敵にするものではなく、進歩をパートナーにするものである…それが私の仕事である』と述べた。『一般教書演説を述べるということは、すなわち改善するということであり、私たち全員に課せられた仕事である』
 
Tonight, thanks to the grit and determination of the American people, there is much progress to report.  After a decade of grinding war, our brave men and women in uniform are coming home.  After years of grueling recession, our businesses have created over six million new jobs.  We buy more American cars than we have in five years, and less foreign oil than we have in twenty.  Our housing market is healing, our stock market is rebounding, and consumers, patients, and homeowners enjoy stronger protections than ever before.
今宵、アメリカ国民のガッツと決意のおかげですが、報告すべき進歩がある。貧困に虐げられた戦いの10年のあとで、制服に身をつつみながら勇気ある者は、男も、女も、家へ戻りつつあります。景気後退期ではひどい目にあいましたが、そのあとでビジネスは600万以上の新しい仕事を生み出しています。過去5年間のどんな時期よりも、アメリカの車を買うようになり、一方で過去20年間のどんな時期よりも外国の石油を買わなくなりました。住宅供給市場は回復しつつあります。株式市場も立ち直りつつあります。消費者も、病人も、持ち家のある人も、以前より強固な保護をうけています。
 
Together, we have cleared away the rubble of crisis, and can say with renewed confidence that the state of our union is stronger.
共に、私たちは危機の破片を取り除いてきました。そして自信を新たにして言うことができる。私たちも国は一層強固になったのだと。
 
But we gather here knowing that there are millions of Americans whose hard work and dedication have not yet been rewarded.  Our economy is adding jobs – but too many people still can’t find full-time employment.  Corporate profits have rocketed to all-time highs – but for more than a decade, wages and incomes have barely budged.
しかし、この場に集まった私たちは、過酷な労働と献身が報われないでいるアメリカ人が数百万人もいるということを知っている。私たちの経済活動は仕事を新たに加えているが、それでも多くの人はフルタイムの仕事を見つけられないでいます。法人の利益は急上昇しつつありますが、10年以上のあいだ、賃金と収入はほとんど動いていません。
 
It is our generation’s task, then, to reignite the true engine of America’s economic growth – a rising, thriving middle class.
アメリカの経済成長の真のエンジンとなるのは中間層の増大であり、繁栄なのです。そのエンジンを再点火するということが、私たちの世代の仕事なのです。
It is our unfinished task to restore the basic bargain that built this country – the idea that if you work hard and meet your responsibilities, you can get ahead, no matter where you come from, what you look like, or who you love.
この国をつくる基本となる取り決めを復活させる…それは私たちが成し遂げていない仕事なのです。すなわち一生懸命に働き、責任をはたせば、生まれや外見、敬愛する人物が誰であれ、前へ進むことができるようになるということなのです。
 
It is our unfinished task to make sure that this government works on behalf of the many, and not just the few; that it encourages free enterprise, rewards individual initiative, and opens the doors of opportunity to every child across this great nation.
この政府が多数のために働くものであり、決して少数のために働くものではない。これもまだ成し遂げていない仕事です。これは自由な企業を奨励し、個人の判断を促すものであり、すべての子供たちに偉大なこの国家へのドアを開く機会を与えるものです。
 
The American people don’t expect government to solve every problem.  They don’t expect those of us in this chamber to agree on every issue.  But they do expect us to put the nation’s interests before party.  They do expect us to forge reasonable compromise where we can.  For they know that America moves forward only when we do so together; and that the responsibility of improving this union remains the task of us all.
アメリカの国民は政府がすべてを解決してくれるとは考えていません。議院の人々があらゆる点で意見が一致するとも考えていません。しかし国民が関心をもつことについて、話し合いの場に持ち出すことを望んでいるのです。国民は、私たちが適当なところで妥協してしまわないようにと望んでいるのです。私たちが共に話し合ったときにのみ、アメリカは前に進んでいくと知っているのです。この共同体をよくしていくという責任は、私たち全員の仕事でもあります。
 
Our work must begin by making some basic decisions about our budget – decisions that will have a huge impact on the strength of our recovery.
私たちの仕事は、予算案について基本的な決定をしていくことから始めないといけません。
 
Over the last few years, both parties have worked together to reduce the deficit by more than $2.5 trillion – mostly through spending cuts, but also by raising tax rates on the wealthiest 1 percent of Americans.  As a result, we are more than halfway towards the goal of $4 trillion in deficit reduction that economists say we need to stabilize our finances.
過去数年にわたり、両政党とも2.5兆ドルの赤字を減らすために手を携えてきました。予算を削減することで赤字を減らす一方で、アメリカ人の1%にあたる裕福な人々に増税により赤字を減らしてきました。結果として、4兆の赤字削減の途上にあり、経済学者たちは財政を安定させる必要があると言います。
 
Now we need to finish the job.  And the question is, how?
赤字削減の仕事を終わりにする必要があります。でも、どのようにして?
 
In 2011, Congress passed a law saying that if both parties couldn’t agree on a plan to reach our deficit goal, about a trillion dollars’ worth of budget cuts would automatically go into effect this year.  These sudden, harsh, arbitrary cuts would jeopardize our military readiness.  They’d devastate priorities like education, energy, and medical research. They would certainly slow our recovery, and cost us hundreds of thousands of jobs.  That’s why Democrats, Republicans, business leaders, and economists have already said that these cuts, known here in Washington as “the sequester,” are a really bad idea.
 
Now, some in this Congress have proposed preventing only the defense cuts by making even bigger cuts to things like education and job training; Medicare and Social Security benefits.
2011年に、議会を通過した法案によれば、両方の政党が赤字削減の計画に賛成できなければ、およそ一兆ドルに値する予算削減が今年度、自動的に実施されることになる。こうした急で、過酷な、自由裁量による削減は、軍の用意を危ういものにすることだろう。また教育、エネルギー、医学研究のような優先事項を荒廃させることだろう。そうした削減は回復を遅らせることになり、無数の仕事を犠牲にすることになる。こういうわけで、民主党、共和党、会社の経営責任者、経済学者たちは指摘しているが、こうした削減は、ワシントンでは『スィークエスター(没収)』として知られているもので、非常にまずい考えです。今、この議会では軍事予算の削減を防ぐために、教育や職業訓練、メディケアや社会社会保障の給付金に対して、より大きな削減を求める案がかけられている。
 
That idea is even worse.  Yes, the biggest driver of our long-term debt is the rising cost of health care for an aging population.  And those of us who care deeply about programs like Medicare must embrace the need for modest reforms – otherwise, our retirement programs will crowd out the investments we need for our children, and jeopardize the promise of a secure retirement for future generations.
これは、さらに事態を悪くする考えです。長期にわたる負債を制御する最大の要因は、高齢化社会において健康管理にかかる費用の上昇にあります。メディケアのような制度について深く関心をもつ人なら、穏やかなものながら改革の必要性を認めることでしょう。そうしなければ年金制度は、子どものためにひつような教育制度への投資を追いやることになり、将来の世代が安全に年金を受け取る約束を駄目にしてしまうのです。
 
But we can’t ask senior citizens and working families to shoulder the entire burden of deficit reduction while asking nothing more from the wealthiest and most powerful.  We won’t grow the middle class simply by shifting the cost of health care or college onto families that are already struggling, or by forcing communities to lay off more teachers, cops, and firefighters.  Most Americans – Democrats, Republicans, and Independents – understand that we can’t just cut our way to prosperity.  They know that broad-based economic growth requires a balanced approach to deficit reduction, with spending cuts and revenue, and with everybody doing their fair share.   And that’s the approach I offer tonight.
しかし富もあり力もある人々に何も求めないまま、シニアの国民にも働いている家族にも、赤字削減の重荷を背負うように求めることは出来ません。ヘルスケアの費用や大学生を抱えて苦しんでいる家族の費用をなすりつけたところで、中間層は育ちません。地域社会が教員や警官、消防士をクビにしたところでも、中間層は育ちません。ほとんどのアメリカ人は、民主党だろうと共和党だろうと無所属だろうと理解しているが、好景気への道に近道はない。経済が広い範囲で成長していくには、歳出と歳入に関して、みんなが公平に分かち合うように、バランスを考えながら、赤字削減に取り組む必要がある。
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アダム・スミス 道徳感情論 1.1. 43 怒りにもいろいろある

怒りが傲慢かつ残虐であり、抑制されることも、抑えられることもないまま、憤怒に身をゆだねるとき、その怒りは嫌なもののなかでももっとも嫌なものになる。だが私たちが賞賛する怒りとは、崇高で、寛大なものであり、巨大な悪を追求するものである。けっして受難者の胸をかき乱しがちな怒りなのではなく、公平な観察者の胸に自然にわきあがる怒りなのである。受難者の姿をみて公平な観察者に呼び起こされる憤りは、言葉も許さず、身ぶりも許さない。つまり公平な感情で語ることのできない憤りというものを解き放そうとしない。公平な感情の持ち主は、頭のなかで復讐を企てることもなければ、罰をあたえることもなく、無関心なひとが復讐や罰の実施をみて反応する喜び以上のものを感じることもない。どんな言葉であれ、身振りであれ、その怒りは認めず、公明正大な感情に照らした指示を逸脱して状態から抜け出すことも認めない。また頭のなかでも、さらなる復讐を試みたりはしないし、もっと厳しく罰したりはしない。その復讐や罰の程度は、平凡なひとが許容できる範囲をこえることはない

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アルフレッド・マーシャル 経済学原理 1.1.11~1.1.12

だが更に重要な理由とは、産業労働者の生活の経済状態の大半も、現代の経済学がかかわる製造、分配、消費の方法の大半も、最近、考えられたものでしかないということにある。本質における変化が、ある部分において、外に現れる形における変化ほど大きくはないということも真実である。さらに現代経済理論の大半は、最初にうける印象よりは、保守的な集団に適合させることができるものである。しかし本質における一致というものは、さまざまに変化する形の基礎をなすものであり、見つけるのはたやすいものではない。形式における変化が、あらゆる経済学者に影響をおよぼすため、別な状況で過去の経済学者のやり方を踏襲しておこなったとしても、過去の学者のようには役立たない。(1.1.11)

現代の生活における経済状態はさらに複雑なものになっているが、多くの点で、過去の経済状態よりも明確である。仕事とは、他の関心事よりも明確に区分できる。他人にたいする個人の権利と社会にたいする個人の権利は、さらに明確に説明することができる。とりわけ習慣から解放されて自由活動が活発になることで、常に用心するようになり、大仕事に奔走するようになる。また新たな正確さと新たな重要性が生じ、異なるものと異なる労働の相対的価値を左右する根拠がうまれてくる。(1.1.12)

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アルフレッド・マーシャル 経済学原理1.1.10

経済学で扱う重要な論争とは、人々が満足すべき生活状態にあるようにするためのものである。もし重要な論争であれば、あらゆる年齢の、優れた能力の持ち主である多くの思索家の注意をあつめてもよかった。さらにそうであれば、今や完成をめざして前進していてもよいはずだ。しかし事実は、なすべき仕事の難しさと関連して、経済学者の数は常に少ない。だから経済学はまだ揺籃期にある。この理由のひとつとして、満足すべき生活状態に関する経済学の収穫ということが、見過ごされてきたということにある。たしかに、経済学というものは研究対象が富だということもあり、多くの学生が一目で嫌ってきた。学生というものは知識の限界点を押し進めるために努力するものであり、自分の富についてはほとんど関心がないからだ。(1.1.10)

 

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アダム・スミス 道徳感情論1.1.42 うっとうしい悲しみもあれば敬意をはらいたくなる悲しみもある

一方で、なんとも気高いまでの礼儀正しさと上品さを感じる行動がある。自身に関係したことであるにもかかわらず、行動に平静さと自制心を保っているおかげで、あらゆる情熱が威厳にみち、私たちがついていける程度にまで情熱をトーンダウンさせる人の行動である。でも、やかましいまでの悲しみにはうんざりだ。デリカシーというものに欠けているし、私たちに悲しむように迫ってきて、ため息やら涙やら、わずらわしい嘆きを要求してくる。畏敬の念をいだくのは、控えめで、静かで、威厳のある悲しみなのである。そうした悲しみを発見するのは、腫れぼったい目であったり、唇や頬のわななきであったり、冷ややかだけれど、冷静で、感動させる行動なのである。そうした悲しみは、私たちにも同じような悲しみを求めてくる。私たちは悲しみにうやうやしい注意をむけ、心配のあまり行動全般に関心をよせる。不適切な言動により静けさが妨げられないようにするが、その静けさとは労苦の賜でああり、多大な努力を要して支えるものなのである。
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アルフレッド・マーシャル 経済学原理 1.1.6~1.1.9

奴隷とは、アリストテレスによれば、自然のさだめだとして見なされている。奴隷自身も、大昔からそう見なしてきている。人間の威厳とは、キリスト教によって語られたものなのである。人間の威厳は、ここ数百年間において、だんだん熱心に主張されるようになってきた。しかし近年、教育が普及してきたことにより、そうした言葉の意味を感じるようになってきた。そこで今になってようやく、いわゆる「下層階級」と呼ばれる人たちがいるということが、避けられないものかどうか調べようとしている。すなわち、多くの人が生まれたときから過酷な労働を運命づけられ、他の人が洗練されて文化的な生活をおくるのに必要な品を提供していく必要があるのかどうかということである。かたや働く人は、貧困と辛い労働のせいで、そうした生活を共有できないでいるのだから。(1.1.6)

貧困と無知がだんだんと消え去るだろうという期待は、19世紀の労働者階級が着実に進歩していくことに支えられているのかもしれない。蒸気機関のおかげで、労働者は疲れて、卑しくさせる労働から解放された。賃金も上昇した。教育は改善され、一般に普及した。鉄道と印刷機は、国内の異なる地域で同じ商売をしている人たちが、お互いに簡単にやりとりすることを可能にし、さらに幅広くて先見の明がある政策を引き受けて実行することも可能にした。知的な仕事への需要が増えたことが原因となり、職人階級は急激に増加し、今では技術のいらない労働をする人たちよりも数が多くなった。職人の大半は、もともとの意味での「下層階級」に所属するのをやめた。そして職人のなかにはすでに、一世紀前の上流階級の大半のように、洗練されて上品な生活をおくっている者もいる。(1.1.7)

こうした進歩のほうが、実用的な関心をもとめ、次の問いかけに不可能とする人よりも果たす役割が大きい。世界中のすべての人に公平な機会をあたえて、文化的な生活をおくり、貧困の苦痛から解放できないだろうか。また、過度に機械的な労働から生じる淀んだ影響から解放できないだろうか。そして今、この問いかけが、まじめな人々が増えている時代だということもあって、最前列へとむけられている。(1.1.8)

この問いかけには、経済学は十分に答えることができない。答えは、道徳に関したものにもなるし、人の政治的能力に関したものにもなるからだ。こうした事柄について、経済学者は特別な知識をえる方法を持ち合わせていない。他の人がするようにするだけであり、掌中で最善をつくすまでである。しかし、答えの大半は事実と推論にあり、それらは経済学の範疇にある。事実と推論とは、経済学が関心を主にむけるものでもあり、また一番関心をはらうものでもある。(1.1.9)

 

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アルフレッド・マーシャル 経済学原理 1.1.4~1.1.5

さらに最低辺の人々以外にも、町や地方には、食料も、衣服も、住居も不十分な状態にある人々が大勢いる。そうした人々の教育は、賃金のための仕事につくということもあって、早い時期に中断している。人生の早い時期から長い時間、栄養のゆきわたらない体で、疲れる労働に従事しているため、精神的能力を高める機会に恵まれない。だが、貧しい人の生活は必ずしも不健全なものでもないし、不幸なものでもない。貧しい人は神や人間に対する愛情に喜び、感情を自然に洗練された状態にたもちながら、物質的には豊かな人と比べても劣らない生活をおくるのかもしれない。しかし、それにもかかわらず、貧困とは明らかに不幸なのである。たとえ貧しい人がよしとしても、その疲れはしばしば苦痛となり、喜びはない。さらに病気になると、貧困によって引き起こされる苦しみは10倍となる。しかし心が満ち足りていれば、こうした不幸に妥協することにもなるだろうけれど、妥協するべきでない人たちもいる。過度に働かされた挙げ句に教えてもらうこともなく、疲れてやつれた人たちには、精神的な能力をつかって上手く対処する機会もない。(1.1.4)

一般的に貧困がともなう不幸には、かならずしも因果関係がないものであるけれど、それでも概して言えば、「貧しい人を追いやるということが、貧しさなのである」。そして貧困の理由について研究するということは、人類が堕落する理由について研究することでもある。(1.1.5)

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アルフレッド・マーシャル 経済学原理 1.1.3

収入の合計金額が人格におよぼす影響は、たいていの場合、多少なりとも、その収入を得る手段がおよぼす影響に等しい。年収が1000ポンドだろうと5000ポンドだろうと、家庭生活の満足感には何の違いも生じないかもしれない。しかし収入が30ポンドか150ポンドかということは、大きな違いを生じる。それというのも150ポンドの暮らしの家族には、完全な生活をするための物的条件があるけれど、30ポンドの暮らしの家族にはないからだ。宗教においても、家族の愛情においても、友情においても、こうした能力の多くにおいて、貧しい人々でさえ、最高に幸せな状態をうみだす能力を発揮する場を見つけるのかもしれない。しかし極貧にかこまれた状況では、とりわけ混みあった場所においては、幸せを生み出す高い能力があろうとも、その能力は弱まるのかもしれない。大都市で最下層とされる人たちには、友情の機会というものがない。そうした最下層の人々は人並みの生活をするのに必要なものも知らなければ、くつろぎも知らない。家族がまとまる生活も少しも知らない。そして宗教も、最下層の人の心をひきよせることにしばしば失敗する。あきらかにこうした人々が肉体的にも、精神的にも、道徳面でも不健全な状況にあるのは、貧困以外のところに理由があるせいでもある。だが、貧困が主な理由なのである。(1.1.3)

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経済学原理1巻1章 導入 1.1.1

 政治経済あるいは経済学とは、仕事をするという普通の生活において、人間についてとらえる研究である。政治経済あるいは経済学とは、幸福を達成したり、幸福になるのに必要な物を使用することに、密接に関係がある個人や社会的行動について、検証するものである。(1.1.1)

 よって政治経済あるいは経済学とは、富についての研究でもある。いっぽうで更に大事なことは、人間についての研究の一分野でもあるということである。なぜなら人の性格とは、毎日の仕事で形づくられるものだからである。それゆえ私たちが手にする物質からできた資源のほうが、他からの影響よりも大きいのである。ただし宗教的な理想の場合は別である。世界の歴史を形づくる二大勢力とは、宗教であり、経済学なのである。あらゆる地において、しばらく主流をなしてきたのは、陸軍の情熱と芸術的な精神だった。しかし宗教と経済の影響というものが、重要なグループから移されることはなかった。そして他のすべてより、常に重要であり続けた。宗教的な動機のほうが、経済的な動機より激しいものではある。でも宗教的な動機からの、既成の権威や権力に対抗しようとする実力行使が、生活にまでひろがることはあまりなかった。それというのも、仕事によって生計をたてるのだが、精神活動が最高の状態になる時間に、仕事は思考を満足させてくれるからである。そうした時間に特徴を形づくるのは、仕事で能力を用いるときの方法でもあり、仕事から思いつく思考や感情であり、雇用主や従業員という仕事仲間との関係なのである。(1.1.2)

 

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