-
最近の投稿
最近のコメント
- さりはま書房徒然日誌2024年9月19日(木) に さりはま より
- さりはま書房徒然日誌2024年9月19日(木) に Li より
- 隙間読書 芥川龍之介『地獄変』 に 平山和夫 より
- M.P.シール「音のする家」 に さりはま より
- M.P.シール「音のする家」 に a walker-by より
アーカイブ
- 2026年5月 (3)
- 2026年4月 (10)
- 2026年3月 (12)
- 2026年2月 (11)
- 2026年1月 (11)
- 2025年12月 (15)
- 2025年11月 (14)
- 2025年10月 (17)
- 2025年9月 (18)
- 2025年8月 (14)
- 2025年7月 (18)
- 2025年6月 (16)
- 2025年5月 (19)
- 2025年4月 (16)
- 2025年3月 (18)
- 2025年2月 (18)
- 2025年1月 (21)
- 2024年12月 (23)
- 2024年11月 (23)
- 2024年10月 (30)
- 2024年9月 (27)
- 2024年8月 (24)
- 2024年7月 (31)
- 2024年6月 (26)
- 2024年5月 (30)
- 2024年4月 (27)
- 2024年3月 (31)
- 2024年2月 (29)
- 2024年1月 (31)
- 2023年12月 (31)
- 2023年11月 (30)
- 2023年10月 (31)
- 2023年9月 (30)
- 2023年8月 (30)
- 2023年7月 (30)
- 2020年4月 (1)
- 2020年3月 (4)
- 2020年2月 (2)
- 2020年1月 (7)
- 2019年12月 (10)
- 2019年11月 (9)
- 2019年10月 (6)
- 2019年9月 (12)
- 2019年8月 (9)
- 2019年7月 (9)
- 2019年6月 (22)
- 2019年5月 (20)
- 2019年4月 (10)
- 2019年3月 (8)
- 2019年2月 (13)
- 2019年1月 (16)
- 2018年12月 (11)
- 2018年11月 (19)
- 2018年10月 (30)
- 2018年9月 (23)
- 2018年8月 (15)
- 2018年7月 (20)
- 2018年6月 (17)
- 2018年5月 (32)
- 2018年4月 (19)
- 2018年3月 (12)
- 2018年2月 (15)
- 2018年1月 (21)
- 2017年12月 (21)
- 2017年11月 (24)
- 2017年10月 (39)
- 2017年9月 (28)
- 2017年8月 (29)
- 2017年7月 (38)
- 2017年6月 (16)
- 2017年5月 (15)
- 2017年4月 (15)
- 2017年3月 (12)
- 2017年2月 (16)
- 2017年1月 (15)
- 2016年12月 (15)
- 2016年11月 (19)
- 2016年10月 (20)
- 2016年9月 (19)
- 2016年8月 (20)
- 2016年7月 (30)
- 2016年6月 (22)
- 2016年5月 (14)
- 2016年4月 (20)
- 2016年3月 (22)
- 2016年2月 (16)
- 2016年1月 (20)
- 2015年12月 (26)
- 2015年11月 (17)
- 2015年10月 (22)
- 2015年9月 (23)
- 2015年8月 (18)
- 2015年7月 (19)
- 2015年6月 (17)
- 2015年5月 (20)
- 2015年4月 (18)
- 2015年3月 (18)
- 2015年2月 (18)
- 2015年1月 (23)
- 2014年12月 (27)
- 2014年11月 (25)
- 2014年10月 (27)
- 2014年9月 (24)
- 2014年8月 (23)
- 2014年7月 (24)
- 2014年6月 (27)
- 2014年5月 (25)
- 2014年4月 (24)
- 2014年3月 (21)
- 2014年2月 (15)
- 2014年1月 (20)
- 2013年12月 (18)
- 2013年11月 (21)
- 2013年10月 (12)
- 2013年9月 (28)
- 2013年8月 (12)
- 2013年7月 (18)
- 2013年6月 (28)
- 2013年5月 (33)
- 2013年4月 (37)
- 2013年3月 (27)
- 2013年2月 (32)
- 2013年1月 (38)
- 2012年12月 (10)
- 2012年11月 (2)
- 2012年10月 (3)
- 2012年9月 (5)
- 2012年8月 (5)
- 2012年7月 (11)
- 2012年6月 (13)
- 2012年5月 (19)
- 2012年4月 (1)
カテゴリー
- 2017年 (87)
- 2018年 (101)
- 2019年 (26)
- M.P.シールの部屋 (6)
- さりはま書房徒然日誌 (741)
- アビジット・バナジーとエスター・デュフロ (11)
- アメリカ政治 (5)
- アーサー・モリスン (190)
- ギリシャ危機 (7)
- クルーグマン (12)
- サキ (302)
- シリア (1)
- ジャェイゴウの子ども (217)
- チェスタトンの部屋 (428)
- チャプター3 (20)
- ティム・ハーフォード (2)
- ホワイトハウス (8)
- ポール・ラファルグ 怠ける権利 (3)
- ポール・ローマー (2)
- マンアライヴ (427)
- マーシャル経済学原理 (54)
- マーシャル経済学原理4章 (22)
- ミドルマーチ (10)
- ミドルマーチ1巻 (10)
- ユニセフ (1)
- リチャード・ミドルトン (5)
- ロンドン・タウンへ (269)
- 三猿金泉録 (1)
- 再検討「耐えがたきバシントン」 (104)
- 労働問題 (10)
- 原子力発電 (1)
- 国連 (1)
- 夏祭浪花鑑2017年7月 (4)
- 怪談 (13)
- 教育 (14)
- 文楽 (4)
- 日本 (13)
- 未分類 (87)
- 英国怪談 (14)
- 読書日記 (210)
- 道徳感情論セクション2 (38)
- 道徳感情論第1部第1篇 (47)
- 開発経済学 (11)
- 音のする家 (6)
- 高齢者の労働問題 (3)
メタ情報
チェスタトン「マンアライヴ」二部四章第425回
だが博識なドクターが言われているように、スミスの好みにはそうした多様性を求めるところがあったのだろうか? わずかな材料から判断するかぎり、まさに真相は反対のように思える。その被告人の妻達については、いずれも次のように描写されているだけだ。短いけれど、ずいぶん詩的なその説明は、審美眼のある副牧師によってなされたものである。「彼女のドレスは春の色、その髪は秋の木の葉」と。秋の葉とは、もちろん様々な色彩からなるものだが、或る色は髪に見いだす色としては驚くような色であった。(たとえば緑色)だが思うのだが、そうした表現がもっとも自然に用いられるのは、赤茶から赤にかけての色合いで、とりわけ銅色の髪のレディに芸術的な、緑色の光がさすときによく見かける。
“But was there in Smith’s taste any such variety as the learned doctor describes? So far as our slight materials go, the very opposite seems to be the case. We have only one actual description of any of the prisoner’s wives— the short but highly poetic account by the aesthetic curate. `Her dress was the colour of spring, and her hair of autumn leaves.’ Autumn leaves, of course, are of various colours, some of which would be rather startling in hair (green, for instance); but I think such an expression would be most naturally used of the shades from red-brown to red, especially as ladies with their coppery-coloured hair do frequently wear light artistic greens.
チェスタトン「マンアライヴ」二部四章第424回
「皆さんに第二の質問をします」ムーンはいかめしく言った。「開廷中の法廷は、類まれなる状況に何らかの光明を投げかけましたか? ピム博士は、我々が男女の関係と呼んでいるものについて興味深い講義をしました。博士がそのなかで語ったのは、スミスは多様な性欲の奴隷だということで、そうした嗜好の持ち主はまずは黒人の女に行き、それからアルビノに行くということです。あるいはまずパタゴニアの大女に行き、それからエスキモーの小女のところに行くこともあるそうです。しかし、そうした多様性の証拠となるものがここにありますか? 物語のなかにパタゴニアの大女の痕跡がありますか? タイピストはエスキモーでしたか? とても人目をひくものですから、気がつかれずにはすみますまい。レディ・ベリントンの洋裁師は黒人の女でしたか? 私の心のなかで答える声がします。「いや」と。レディ・ベリントンは、黒人女はとても人目につくから社会主義者にちかいと考えることでしょう。アルビノについても、いささか道楽めいた思いを抱いていることでしょう。
“I am asking you a second question,” said Moon sternly. “Can the court now sitting throw any light on a truly singular circumstance? Dr. Pym, in his interesting lecture on what are called, I believe, the relations of the sexes, said that Smith was the slave of a lust for variety which would lead a man first to a negress and then to an albino, first to a Patagonian giantess and then to a tiny Eskimo. But is there any evidence of such variety here? Is there any trace of a gigantic Patagonian in the story? Was the typewriter an Eskimo? So picturesque a circumstance would not surely have escaped remark. Was Lady Bullingdon’s dressmaker a negress? A voice in my bosom answers, `No!’ Lady Bullingdon, I am sure, would think a negress so conspicuous as to be almost Socialistic, and would feel something a little rakish even about an albino.
2018.09 隙間読書 江戸川乱歩「D坂の殺人事件」
初出1924年(大正13年)新青年増刊号
江戸川乱歩電子全集1より
「D坂の殺人事件」の乱歩先生の第一印象は、決して遠い大先生ではなかった…まるで私の身近にいそうな人物ではないかと親近感がわく。たとえば…
洋食ひと皿注文するでなく、安いコーヒーを二杯も三杯もお代りして、一時間も二時間もじっとしているのだ。
今ではレトロな感じの言い方だけれど、大正の頃は最先端をいく飲み物だったのでは…と乱歩先生の新しい物好きを感じる。
一杯の冷やしコーヒー
舞台が古本屋という設定も、乱歩先生の書物への愛情を見るかのようだ。
みすぼらしい場末の古本屋
それにしても大正の頃から、みすぼらしい古本屋なんてものがあったのだなあと不思議な気もした。
明智小五郎の本で埋もれた下宿の描写に、大正時代から「本の土手くずれ」なんて言葉があって、今も昔もこういう部屋はあるのだなあと驚く。「やわらかそうな本のうえに」と座布団がわりに本をすすめられてもと微笑。
四畳半の座敷が書物で埋まっているのだ。まん中のところに少し畳が見えるだけで、あとは本の山だ。四方の壁や襖にそって、下の方はほとんど部屋いっぱいに、上の方ほど幅が狭くなって天井の近くまで、四方から書物の土手がせまっている。ほかの道具などは何もない。一体彼はこの部屋でどうして寝るのだろうと疑われるほどだ。第一、主客二人のすわるところもない。うっかり身動きしようものなら、たちまち本の土手くずれで、おしつぶされてしまうかもしれない。
「どうも狭くっていけませんが、それに座布団がないのです。すみませんが、やわらかそうな本の上へでもすわってください」
でも、怖がりの乱歩先生はたしかに存在する。
日常の音が聞こえてくるなかで死体と向き合う時、乱歩先生はどちらが怖かったのだろうか…死体か、それともお構いなしに聞こえてくる日常の方か?
声高に話し合って、カラカラと日和下駄を引きずって行くのや、酒に酔って流行歌をどなって行くのや、しごく天下泰平なことだ。そして障子ひとえの家の中には、ひとりの女が惨殺されて横たわっている。なんという皮肉だろう。
だんだん乱歩先生が安いコーヒーでねばる身近な人物から、怖いという感覚が研ぎ澄まされた作家にかわっていく。
相手が透明に思えてくる怖さもこう語っている。
彼は最初から存在しなかったのか、それとも煙のように消えてしまったのか。
「D坂の殺人事件」に出てくる小説名は、とても大正のものとは思えない。乱歩先生がいかに知識欲旺盛だったかがうかがえる。
乱歩先生はこの知識をどう仕入れていたのだろうか。
とくに要となるサドは、当時、まだ翻訳がなかったのでは?当時の読者は読んでも、結末がよく分からなかったということはないだろうか?
谷崎潤一郎「途上」
ああした犯罪はまず発見されることはありませんよ。もっとも、あの小説では、探偵が発見したことになってますけれど、あれは作者のすばらしい想像力がつくりだした
ポー「モルグ街の殺人」
ドイル「スペックルド・バンド」 「レジデント・ペーシェント」
ルルー「黄色の部屋」
ミュンターベルヒ「心理学と犯罪」
マルキ・ド・サド
一杯のコーヒーでねばる乱歩先生は身近に思えたけれど、書物の知識は大乱歩先生ならではのもの…やはり遥かな存在だった。でも大正の頃とは違い、翻訳物も出版されている世だから、せめて私もこの作品に出てくる本を読もうと反省しつつ頁をとじる。
2018/09/27読了
チェスタトン「マンアライヴ」二部四章第423回
「見当たらないですねえ」ピムは穏やかに微笑みながら異をとなえた。「科学の過程をこれほど無視している例は。科学者たちは、正気で考えた事実だと納得してから、これまの過程にもとづいて推論するのでしょうから」
「もし、この娘たちが」グールドはいらいらとして言った。「もし、この娘たちがみんな生きているとしたら(ああ、みんな生きているとすれば)、5ポンドかけてもいい」
「5ポンドを失うことになるだろう」マイケルは、暗闇から重々しく話しかけてきた。「素晴らしいレディたちは生きているのだから。彼女たちは生きているとも。スミスと接触したのだから。みんな生きているけれど、生まれたのはその中の一人なんだ」
「それを信じるようにと言うのですか」ピム博士は言いかけた。
“There could hardly,” interposed Pym with a quiet smile, “be a better instance of the neglect of true scientific process. The scientist, when once convinced of the fact of vitality and consciousness, would infer from these the previous process of generation.”
“If these gals,” said Gould impatiently—”if these gals were all alive (all alive O!) I’d chance a fiver they were all born.”
“You’d lose your fiver,” said Michael, speaking gravely out of the gloom. “All those admirable ladies were alive. They were more alive for having come into contact with Smith. They were all quite definitely alive, but only one of them was ever born.”
“Are you asking us to believe—” began Dr. Pym.