2018.05 隙間読書 岡本綺堂「くろん坊」

「くろん坊」

作者 : 岡本綺堂

文豪山怪奇譚収録(山と渓谷社)

時は江戸末期の文久二年の秋、場所は越前の国のあたり。私の叔父は山道を歩いている途中で、若い僧が一人で暮らしている家を見つけた。僧は鎌倉で修行してきた者で、もう父も、母も、妹もこの世を去っているのだが、「ある物にひき留められて、どうしてもここを立ち去ることが出来なくなりました」と言う。

叔父は僧に頼みこみ一夜の宿を借りるが、寝ていると奇妙な音を耳にする。何の音だか正体は明らかでないけれど、その音の不気味さがひしひしと伝わり、この世の音ではないことが察せられるような文である。

「何となしにぞっとして、叔父はなおも耳をすましていると、それはどうしても笑うような声である。しかも生きた人間の声ではない。さりとて猿などの声でもないらしい。何か乾いた物と堅い物が打ち合っているように、あるいはかちかちと響き、あるいはからからとも響くらしいが、又あるときには何物かが笑っているようにも聞こえるのである。その笑い声ーもしそれが笑い声であるとすれば、決して愉快や満足の笑い声ではない。冷笑とか嘲笑とかいうたぐいのいやな笑い声である。いかにも冷たいような、うす気味の悪い笑い声である。その声はさのみ高くもないのであるが、深夜の山中、あたりが物凄いほど寂寞としているので、その声が耳に近づいてからからと聞こえるのである。」

このあたりには、くろん坊と呼ばれる猿でもない、人でもない生き物がいた。僧の両親くろん坊に仕事を頼むとき、ついうっかり娘の婿にと冗談で約束してしまい、それが悲劇を生んだ。

ある物にひき留められた僧の心境はいかに? 両親・妹、そしてくろん坊を哀れんでいるのだろうか?

からからという音が、その音がかなでられる光景が、いつまでも心から消えない。

2018年5月7日読

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チェスタトン「マンアライヴ」二部三章第306回

「いや、そんなことを言っているんじゃない」彼は大声で言いました。「ぼくが言いたいのは現実にある家なんだ、生きている家なんだ。

それは本当に生きている家なんだ。ぼくから走って逃げたくらいなんだから。」

恥ずかしいことながら正直に申し上げると、彼の言葉のどこかに、彼の身振りのどこかかに、心の底から感動してしまいました。私たちロシア人は民間伝承に親しんで育っているものですから、その悪しき影響が、子供たちの人形にも、イコンにも、鮮やかな色となっているのが見てとれるでしょう。しばし、男から走り去る家という考えに私は喜んでしまいました。啓蒙活動なんて、こんなふうにゆっくり浸透していくものなんです。

「ご自分の家は他にないのですか?」私は訊ねました。

「家から離れてきたのです」彼はとても悲しそうに言いました。「退屈してしまうような家ではないのに、その中にいると退屈してしまうんだ。妻は他のどんな女性より優れているのに、ぼくにはそれが伝わってこないんだ」

「それで」私は共感をこめて言いました。「正面玄関から出ると、そのまま歩いてきたのですね。勇ましいノラのように」

「ノラ?」彼は礼儀正しく訊ねましたが、ロシアの言葉だと思っていることは明らかでした。

“`Oh! I don’t mean that,’ he cried; `I mean a real house—a live house.
It really is a live house, for it runs away from me.’

“`I am ashamed to say that something in his phrase or gesture moved me profoundly. We Russians are brought up in an atmosphere of folk-lore, and its unfortunate effects can still be seen in the bright colours of the children’s dolls and of the ikons. For an instant the idea of a house running away from a man gave me pleasure, for the enlightenment of man moves slowly.

“`Have you no other house of your own?’ I asked.

“`I have left it,’ he said very sadly. `It was not the house that grew dull, but I that grew dull in it. My wife was better than all women, and yet I could not feel it.’

“`And so,’ I said with sympathy, `you walked straight out of the front door, like a masculine Nora.’

“`Nora?’ he inquired politely, apparently supposing it to be a Russian word.

 

 

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2018.05 隙間読書 田中貢太郎「山の怪」

作者:田中貢太郎

文豪山怪奇譚収録

冒頭の「紫色に光る山蚯蚓」はどんな生き物だか知らないが、なんとも気味悪く、じっとりとした山の湿度が伝わってくる。山蚯蚓が蛙にのみこまれ、その蛙も…

蛇は蛙の傍へ往くとと鎌首をあげて、赤い針のような舌をちらちらと二度出した後に蛙の隻足(かたあし)をくわえた。蛙は驚いて逃げようとしたがどうしても逃げることができないで、その体は次第に蛇の口の中へ消えて往った。

不気味さが反復されるような描写は山蚯蚓、蛙、蛇のあとも繰り返され、今度は不気味な老僧が現れる。

老僧は斬りつけられるたびに分身となり増えていく。今度は人か…と怖くなると同時に、最後はどうなるのだろうと怖いやら、期待するやら。最後のうなされていた悪夢から覚醒するような終わり方も余韻に浸れてよかった。

読了日:2018年5月6日

 

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2018.05 隙間読書 火野葦平「千軒岳にて」

作者:火野葦平

文豪山怪奇譚(山と渓谷社)収録

のんびりまどろんでいた河童たちを千軒岳の噴火が襲う。最初は逃げ惑っていた河童たちも慣れると、宙を飛んで噴火口を覗きこみ…と、どこかユーモラス。そして河童たちが「蜻蛉の群れ」のように飛びまわる様は幻のよう。この幻は、最後のこの文によってより鮮やかに心に残る。

夜になれば、千軒岳の高原は無数の星によって満たされる。それはしかし星ではない。また蛍でもない。溶岩の中に身体は溶けてしまったけれども、いかなる高熱をもってしても溶けることのない河童の目玉のみが、鏤(ちりば)められた宝石のごとく、今もなお夜ともなれば溶岩の中に青白い光を放つのである。

河童の飛翔…という着想そのものがユーモラスであり、幻想的。その着想を短い作品の中に見事に描ききった筆力に圧倒された。

読了日:2018年5月6日

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2018.05 隙間読書 コルタサル「占拠された屋敷」木村榮一訳

作者 フリオ・コルタサル

訳者:木村榮一

世界幻想文学大全怪奇小説精華に収録

イレーネとぼくが二人で暮らしている古くて、広々とした屋敷。その屋敷が正体不明のものに次第に占拠されていき、やがて二人は追い出されてしまう。

翻訳小説で建物をどう訳すか…ということは難しいものだと思う。造りが違うし、専門用語をならべても分からないし…。

「占拠された屋敷」でも、屋敷の様子は細かく記され、この描写を思い浮かべることができれば楽しめるのに…と残念。これだけ広々とした屋敷のなかに不可思議なものが棲みはじめ、やがて二人を追い出してしまう。この広さ、屋敷内を思い浮かべることができたら、作品からうける怖さも違うのだろうか?

「家の間取りは今でもよく覚えている。ロドリゲース・ペーニャ街に面した屋敷の奥には食堂、ゴブラン織りの壁掛がかかっている客間、書斎、それに寝室が三部屋あった。樫材の頑丈なドアがそこと建物の前翼を分かっていたが、前翼にはバスルーム、台所、ぼくたちの寝室、それに中央のリビングがあり、そのリビングはぼくたちの寝室と廊下に通じていた。マジョリカ焼きのタイルを貼った玄関を通って中に入ると、内扉があり、その向こうがリビングになっていた。つまり玄関から入って内扉を開くと、リビングに出るというわけだ。そしてその両側にぼくたちの寝室があり、正面には建物の奥に通じている廊下が見える。その廊下をまっすぐ進んで、樫材のドアを通り抜けると、そこから後翼がはじまっている」

静かに暮らしていたイレーネとぼくがついに着の身着のまま通りに追い出される。誰も占拠された屋敷の中に入らないように鍵をかけて、その鍵は溝に捨てて…。

静かな二人を追い出すとはなんと狂暴な存在かとも思いつつ、この静かな二人の狂気が生み出した存在なのかもという気もしてきて、そう解釈するとまた別の怖さが生じてきた。

読了日:2018年5月3日

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2018.05 隙間読書 ジャン・レイ「闇の路地」森茂太郎訳

作者:ジャン・レイ

訳者:森茂太郎

世界幻想文学大全 怪奇小説精華収録

ロッテルダムの港で反故の積み荷から偶然にも拾い上げられたフランスの古雑誌。その間にはドイツ語、フランス語で綴られた二冊のノートがはさまっていた。ノートの書き手は互いに面識がないらしい。そのノートには、異次元がしのびよる者の存在が、異次元の空間が存在することが記されていた。

ドイツ語の手記には、三人姉妹と女中二人で暮らしている家から次々と突然人が消え、町の他の家からも人が消えていく様子が書かれている。同時に何かが家の中に存在し、その何かに姉妹のなかのメータは激しい憎悪をつのらせる。


見えない何かはなんだか可愛らしく、姉妹であるはずのメータの憎悪のほうが怖ろしい…ことに気がつき怖くなる。

「あれはだんだん無鉄砲になってきました。なんとかして、わたしに会いたがるのです。だしぬけに、わたしはあれの気配を感じます。うまく言えませんが、なんだか深々とした愛情に包まれたような気持ちになるのです。わたしは、メータが来るかもしれないということをわからせようと努めます。すると、風がふとやむように、あれの気配が消え失せるのです。」


メータは「わたし」が何かをかくまっていたことを罵る。

「牛乳を運ぶところを見たんだから、いまいましい悪魔の娘。おまえはあいつを蘇らせてしまった。そうよ、ヒューネバインさんが命を落とした晩、わたしから受けた傷のために、あいつはもう少しで死にかけていたのに。わかった? 不死身じゃないのよ、おまえさんの幽霊は! 今度こそ息の根をとめてやる。おまえたち亡霊を待ち受ける運命がどんなに怖ろしいものか、たんと思い知るがいいわ。つぎはお前の晩よ、あばずれ!覚悟はいいね?」


優しい存在だけど目に見えないなにかが侵入してくるし、身近な姉妹はかくも猛り狂うし、どこに行けばいいのやら…と不安な気持ちにさせながら、ドイツ語のノートは途中で切られている。


フランス語のノートには、異次元の空間が実際の空間と重なりあっている事実が示唆されている。読んでいるうちに私たちのまわりの現実がとても脆いもので、いつのまにか異次元にいるのではないか…そんな怖さにおそわれてくる。

金に困った「ぼく」はべレゴネガセの路地に足を踏み入れ、三つの扉のひとつを押し開け皿を盗んで骨董商に売る。

今度は三つの家に入ってみる。どの家もそっくり同じである。そこから皿を持ち出して売るが、翌日訪れるとまた皿は戻っている。

さらに今度は路地をまがると、また同じ家が三軒。さらに路地をすすむとまた同じ家が現れる。「ぼく」は現実の世界へ戻ろうと駆けだすが、べレゴネガセのざわめきは現実世界モレンシュトラーセのすぐそばまで追いかけてくる。

やがてモレンシュトラーセでは住民が姿を消していき、むごたらしい殺人事件が相次ぐ。そうした不可解な事件が起きているのは、あの不思議なべレゴガネセの路地のあたりだということに「ぼく」は気がつく。

最後、「ぼく」はべレゴガネセの路地に火をはなつ。火をはなつ前にのぞいた家にはやはり皿が戻っていた。そこにはなぜか女文字で書かれた手紙が。「ぼく」はその手紙だけをもらっていく。そしてノートは「吸血鬼(サラトーガ)がぼくを」という言葉で終わる。


この二冊のノートを読んだあと、「わたし」は古物商の孫を訪ねる。孫はノートには大火の前から起きていたとされる残虐行為が、大火の最中に引き起こされたものであることを伝える。

「言い伝えでは、この事件のあいだ、時間が圧縮されているんです。ちょうどべレゴガネセの運命的な路地では、空間が圧縮されていたようにね。たとえばハンブルク市の古文書を見ると、そこにはたしかに数々の残虐行為が記されています。ただこの残虐行為は、謎の犯罪組織によって、大火の最中に犯されたことになっているのです。未曾有の犯罪、略奪、暴動、血迷った群衆、どれも正真正銘の事実であることはたしかです。が、こうした事件はいずうれも災厄の前ー何日も前から生じていたのです。お判りでしょうな、時間と空間の収縮という、さきほど引いた言葉の意味は?」


異次元空間に迷い込んでいるというSFのような短編。だが街をさすらうときの抒情性、異次元のなかで現実に戻してくれるミルクやワインという食べ物の描写は、少しSFとは違うものなのかも…。いずれにしても確かだと思い込んでいる空間が、かくも脆いものとは…と怖くなった。

読了日:2018年5月3日

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2018.05 隙間読書 オラシオ・キローガ「羽根まくら」甕田己夫訳

作者:オラシオ・キローガ

訳者:甕田己夫

世界幻想文学大全 怪奇小説精華収録

守ってくれるはずのもの、身近にあるものが、実はそうではなかった…という現実に、根底から崩れるような不安定さを感じて怖くなる作品。


冒頭の段落も思わず「なぜ」と引き込まれて読んでしまう。ただ、よく考えてみると夫の性格に矛盾があるような…。これで「心底から妻を愛していたのである」ということになるのかと疑問だけれど。

「ハネムーンは長い慄きだった。金髪で純真、そして内気な、新婦の夢見がちな子どもらしさを、夫の厳格な人柄は凍りつかせてしまった。彼女は夫をとても愛していたが、時おり、夜二人して帰宅するときなど、もう一時間も黙り込んでいるホルダンの長躯を、かすかに震えながらそっと見上げることがあった。夫の方はと言うと、態度で表すことはなかったが、心底から妻を愛していたのである。」


新居も心休まる場所ではない。妻の心につのる不安に、読んでいる方も怖くなる。

「二人が住む家も、彼女のおびえに少なからず影響した。静かな中庭で絵様帯や円柱や大理石像が見せる白っぽいたたずまいは、魔法にかけられた宮殿の秋のような印象を与えている。屋内では、わずかな掻き傷もない高い壁に化粧漆喰が氷のように輝いて、そうした不快な涼しさをより強く感じさせた」

ただ「不快な涼しさ」という訳し方には、涼しいのが大好きな私としては少し疑問が残るのだが。


最後に妻アリシアは亡くなってしまう。その羽まくらは異様に重く、中をあけてみると…。これから先の描写は具体的すぎるあまり怖い。

夫も、家も、枕も信じることはできない…というメッセージに怖くなる作品。

読了日:2018年5月3日

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2018.05 隙間読書 エーヴェルス「蜘蛛」前川道介訳

作者:ハンス・ハインツ・エーヴェルス

訳者:前川道介

世界幻想文学大全 怪奇小説精華

不気味な場面のあとに可愛らしい場面がでてきても、「もしかしたら…」という思いに恐怖感がつのるだけ。可愛らしい恋人たちのやりとりに、まだ起きていない未来の事件を感じさせてしまう「蜘蛛」は怖い。

首吊り自殺のつづくパリのホテルに自ら志願して宿泊した医学生は、蜘蛛の雄が雌に食べられる場面を目撃する。「若々しい血をガブガブ吸った」という語りかけるような前川訳のおかげで本当に怖い。

「窓の桟に降りると、雄は渾身の力をふりしぼって逃れようとした。が、遅すぎた。雌は早くも雄をグイッと捕まえ、またもとの巣の真ん中へと引き上げていった。つい今しがた愛欲に身を焦がしたベッドが、今や一変した。先ほどの情夫は身をもがき、弱い脚をくりかえし拡げて、この荒々しい抱擁から逃れようとしたがだめだった。恋人はもう雄を自由にしてくれなかった。ニ三分後には糸を吹きかけて、がんじがらめにしてしまった。それから雌は鋭い口を胴に食い込ませ、若々しい血を思い切りガブガブ吸った」


主人公は向かいの建物の娘と部屋の中から、やりとりをかわすようになる。可憐なやりとりだけれど、首吊り自殺の部屋、雌蜘蛛に食べられる雄蜘蛛のイメージがかぶさってきて怖い。

「ぼくたちは奇妙なゲームを始めた。クラリモンドとぼくの二人でだ。そのゲームを日がな一日やるようになっている。こっちが挨拶を送ると、すぐに向こうも挨拶を返す。それから手で窓ガラスをぼくがコツコツと叩くと、見るか見ないかのうちにもう同じようにコツコツと叩き始める」


医学生の首吊り死体が発見される最後の場面は、蜘蛛に対する生理的嫌悪、しかも蜘蛛を噛みつぶすという嫌悪感で怖くなる。書かれてはいない噛みつぶすまでの過程を思い、怖くなる。

そして「ずたずたに」とか「へばりついていた」とか嫌悪感を強めるような前川訳も、ほんとうに怖い。

「そしてその歯の間には、ずたずたに噛みつぶされて、奇妙な藤色の斑点を持った大きな黒い蜘蛛が一匹、へばりついていた。」

読了日:2018年5月3日

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2018.05 隙間読書 キプリング「獣の印」橋本槇矩訳

作者:キプリング

訳者:橋本槇矩

世界幻想文学大全 怪奇小説精華収録

インドに暮らす英国人のひとりフリートは、地元の寺院で猿の神様ハヌマンの赤い石像に煙草の吸いかけをおしつけ、「獣の印」(正統でない異教の印)をつけたと言う。するとハンセン病の男が体をおしつけてきて、やがてフリートは獣と化していく。

ハンセン病という設定はいただけないが、見知らぬ男にフリートが抱きつかれる場面の描写も、獣と化していく場面の描写も怖い。

「そのとき、急に銀色の男はわれわれの腕をかいくぐって、オットセイの鳴き声にそっくりの声をあげながら、フリートの身体に抱きつくと、我々が引き離す間もなく彼の胸に頭をつけた。それから男は隅の方へ引きさがり、オットセイのような声を出し続けて座っていたが、その間にも増える群衆は戸口という戸口をふさぐように立ちはだかっていた」

銀色の男にしても、オットセイの泣き声そっくりの声にしても、立ちはだかる群衆にしても怖い。だが、この恐怖はキプリングはインドの人に対して抱いていた差別意識からくるものなのかもしれない…と思うと、翻訳してみようかなと思っていたこともあるキプリングだが、その気持ちも消えてしまったかな。

読了日:2018年5月2日

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2018.05 隙間読書 モーパッサン「オルラ」青柳瑞穂訳

「オルラ」

作者:モーパッサン

訳者:青柳瑞穂

世界幻想文学大全 怪奇小説精華収録

狂気にとりつかれる過程を克明に記す書き方は、モーパッサンならでは。冷静に、克明に狂気を語るその口調が怖い。

最初、幸せな光景であったセーヌ河を通る白い帆船が、のちに狂気の由来に暗転するという設定も、幸せが一瞬でぐらりと崩れそうで怖い。

「ああ!ああ!今こそ思い出す。去る五月八日、三本マストの美しいブラジル船が、セーヌ河を遡る途中、おれの窓の下を通ったことを思い出す!その時おれは、あの船をすこぶる美しいと、純白だと、軽快だと思ったものだ。あいつはその船に乗って、あいつの種族が発生したあの地方から来る途中だったんだ!そして、あいつはおれを見たんだ!おれの家もやっぱり純白なのを見て、急に船から岸へ飛びおりたんだ。おお!神様!」

昔、日本には、疫病は列車で運ばれる…という考えがあって、今でも駅と県庁が離れている都市があるのは、その名残とも聞くが。外国からの船が入ってくるヨーロッパでは、河が得体の知れない病を運んでくる…という恐怖もあったのだろうか…。

読了日:2018年5月1日

 

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