さりはま書房徒然日誌2025年9月13日(土)

初めてのステンシル!

手製本を学ぶようになり、ちぎり絵、今回はステンシル、そして近いうちに俳画と、この歳になって初めて体験することが増えた。

紙の本というものは、様々な形で自分らしさを表現できる媒体なのだなあと思う。

今回は「銀座の金沢」というお洒落な画廊で、金沢の工芸家・北村紗希さんの個展にあわせ開催されるワークショップで、ステンシルを体験することになった。


中を覗くと工芸品がずらり。こういうワークショップでもないと、私なんか中に入り難い。

でもお馴染みの北村紗希さんの染めた手拭いがひらひらしていて安堵。中に入る。

受付をして北村さんにご挨拶。他に参加者はもう一人。
憧れの北村さんにステンシルを教えて頂いて過ごす夢のひととき。

まずは北村さんが用意してくださった型紙の山から選ぶ。花、魚、妖怪、雲……など、テーマごとに山になっている。選ぶのが大変。

ステンシルは初めて、と伝えると北村さんは色々丁寧に教えて下さる。

絵の具の混ぜ方のコツ、絵筆のコツ、グラデーションのつけ方のコツなど、北村さんの世界を直接教えて頂いて大満足。
このコツは、私がダイソーでステンシルキットを買ってトライしただけでは、絶対気づけないと思う。

粗忽者の私、ここでもうっかりをしてしまう。絵筆を落としそうになって、はっしと握り締めたら絵の具を掴んでしまい、手が絵の具だらけに。その衝撃で急にむせたり。

でも北村さんのご指導のおかげで、人生初ステンシル完成!

さらに嬉しいことに、私が好きな文字あるいは図柄を言えば、その場で北村さんが描き、ステンシル用に切り抜いて下さるとのこと。

「S」の字をお願いしたら、銀杏の葉を取り入れた「S」の字をデザインしてくださり、その場で切り抜いて下さる。

あまりの速さ見事さにびっくり。北村さんは元々は型作りに関心があったそうだ。

この「S」は図柄の右下と裏側に配置。

北村さんが作って下さった「S」の型、お宝だ。
手製本にこの「S」の字を入れたくなる。

ちなみに紙と布では、使用する絵の具が違うそうである。絵の具はユザワヤに行けばあるらしい。

また北村さんのステンシルのワークショップを受けてみたいと思いつつ、帰途へ。

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さりはま書房徒然日誌2025年9月11日(木)

手製本基礎講座46回 『星の王子さま』丸背改装本とスリップケース完成

中板橋の手製本工房まるみず組の製本基礎講座46回へ。
今日で『星の王子さま』丸背改装本のスリップケースも完成する。

作業開始。黒い部分は革。裸のボール紙部分に紙を貼る。

手製本の世界は細やかだ。
革部分とボール紙部分の段差をなくすために、表紙用の紙を貼る前にその下にまず厚い白い紙を貼る。


ここで失敗をやらかす。
白い紙でスリップケースを包むように貼ればよいのに、平と背表紙のところでバラバラに切断してしまう。
先生に言われて呆然とする。


でも先生はすぐどうすればいいか、なるべく作業を無駄にしないように考えて指示してくださる。
ありがたい。

講座を受けている間しょっちゅう失敗しては、そのたびに先生にフォロー案を出して頂いて、失敗しても立ち上がれる精神を培ったような……。
失敗しないのがベストなのだが。

手製本の世界はとても細かい。
先生はほんの少しはみ出している部分を素早くチェック、切り落とすように助言下さる。

先生のおかげで『星の王子さま』丸背のスリップケースがようやく完成。
紙は星のイメージで選んだけど、目がチカチカするだろうか。

ちなみに名古屋の紙の温度さんにネット注文して取り寄せた紙である。
紙の温度さん、すごく対応が早くて14:58に入金したら、翌日8:30には宅急便が到着してびっくりした。

本も、ケースも丸背!
丸背の本というものを目にする機会は少ないけれど、可愛らしさ、優美さがあってよいなあと思う。

また丸背を作ってみたいもの。

手製本で自分で何とか本の形をしたものが作れるようになると、書く行為への意識もずいぶん変わってきた気がする。

印刷所に頼むと僅かなページ数や冊数の差、並製本か上製本かで物凄く予算が違ってきてしまう。

でも自分で製本をすると、ページ数や製本の仕方で予算が違ってくるということはないから、のびのび書ける気がする。

ページ数を気にしなくていいから、思いっきり余白をとることが出来る。
そうして生まれる余白と文が呼応する気がする。

余白部分には、挿し絵、ステンシル、ちぎり絵など下手であっても私の小さな世界を入れることも出来る。

もちろん数はたくさん作れないが、もともとたくさん売れる訳ではないし、でも読んでくれる人はいるし……。

だから自分の手で自分の作品を手製本にして、読みたいという少数の人に届けるという形はとても楽しい。

この楽しみを教えてくれたまるみず組に感謝!

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さりはま書房徒然日誌2025年9月9日(火)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より六月十三日「私は郵便ポストだ」を読む

母親の切ない気持ちが伝わってくる。
でも、もしかしたら手紙や郵便ポストとも縁がない世代の人たちには、この切ない身ぶりが伝わらないのだろうかと考えると、それもまた切ない。

私は郵便ポストだ、

   久しく音信がない息子への
      切々たる文面の手紙を呑みこんだばかりの
         しかし
            それでもまだ腹ペコの郵便ポストだ。

憐れなその母親は
   投函の切ない音をはっきりと聞き取ったにもかかわらず
      私の口に無理やり手を差し入れて
         手紙がどこかに引っかかっていないかどうかを
            念入りに調べ、


( 丸山健二『千日の瑠璃 終結7』82ページ)

郵便ポストに抱きついて、母親は「親なんてなるんじゃなかった」と言う。
世一も郵便ポストに抱きついて、以下のようなことを言う。
深い後悔の感じられる言葉である。

普段の声とは思えぬ
   腹の底どころか
      魂の底から搾り出したとしか思えぬ低音で
         「人間なんかになるんじゃなかった」と
             確かそんなことを言って立ち去った。

(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』85ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年9月8日(月)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より六月十一日「私はくしゃみだ」を読む

鉄塔のてっぺんで働く男がスギ花粉のせいでした「くしゃみ」。
そのくしゃみに知らないうちに良い影響を受け、次々と変化していく人々

いろんな人々がそれぞれ変わっていく有様が、どこか映画の一場面を観ているようでもある。

まさにくしゃみの瞬間、という感じに映像が浮かんでくるのは何故だろうか、とも不思議に思う。

他愛もないことでふくれっ面をする
   気のいい娘には
      感じのいい笑みを授ける。

それから私は
   何はともあれ
      きのうに引きつづいてきょうもまた
         コンニャクのごとく全身を震わせて生きるしかない

            かの少年の背筋を
ほんの一瞬だけ
                  しゃきっとさせ、

あしたのための活力を
   その不満足な五体の隅々まで
      素早く送り届ける。

( 丸山健二『千日の瑠璃 終結7』77ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年9月6日(土)

交差式製本にトライ!

東京製本倶楽部によるルリユール展のワークショップ「未綴じ本でルリユール 交差式製本」に参加するため、はるばる京都国際会館に行ってきた。

頂いたプリントの藤井敬子氏の説明によれば、交差式製本とは以下の通り。

交差式製本(Crossed-Sstructure Binding)は1990年代、イタリアの製本・修復家カルメンチョ・アレギ氏により、表装材に綴じる古典製本を参考に、本の保存を考慮して創案された製本方法です。
表紙素材を選ばず、背固めもなく、接着剤をほとんど使わない柔構造のルリユールで、組み合わせやデザインのバリエーションも豊富です。

イタリアの古典製本をルーツとする交差式製本のワークショップを、京都蹴上の地で受けるとは!

会場は京都国際会館の会議室。受講者は20人ほど。先生ひとり、アシスタントふたり。東京の方から紙やら道具やら中身の本やら色々用意されて大変だったのではないだろうか。
中身は「製本用語集」。



公共の施設だから、何も言われはしないけど、きっと終わりの時間も決まっているのでは……。

普段ののんびりモードを脱すべく、わからないときは即質問で、せかせかモードでやる。

不器用かつ大雑把な私が急いで作ったら、先生方のご指導のおかげで無事に完成したけど、糸が緩い!背で綺麗にクロスしなくてモコモコしている!背がなんか丸背みたいにラウンドしている!と難点だらけ!

急ぐあまり、各折丁をかがる都度、糸をきちんと引っ張らなかった、
折丁をヘラでしっかりおさえて形を整えなかった、
背をかがっている時私は針を上から下からどっちから入れていたっけ?と記憶が曖昧になってしまった、
ここらへんが原因だと思う。

ただ、この交差式製本は良いところがあるように思う。
糸でかがっていながら、とても軽い。108ページの製本用語集とは思えないほど、重さが軽い。

今回は時間がなかったから手をくわえることが出来なかったけど、帯状の部分は色んな模様に切り抜くことが可能だ。
あるいは好きな模様を貼ってみたり。

お気に入りの本は、持ち歩き用には軽い交差式製本で、家で読むにはずっしり上製本で、そんな風に両方の製本で持ちたい気がする。

今日は大阪で文楽公演の初日。それもあって来たのだが、製本と観劇は両立しないもの。今回は疲れたので文楽はパス。また近日中に。

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さりはま書房徒然日誌2025年9月4日(木)

製本基礎講座46回『星の王子さま』丸背改装本11回 丸背用スリップケース作り2/3回

中板橋の手製本工房まるみず組の製本基礎講座へ。今日は丸背用スリップケース作り。

スリップケースを作るときの緊張感は、作ったことのない方には想像できないのではないだろうか。
きちんと測って、本をあてて確認したのに、ほんの僅かな誤差で本がキツキツになったり、ゆるゆるになったり。
組み立てたとき、「こんな筈では」とガッカリしつつ、やり直すこと何度……を経験した。
でも先生と一緒だと、何とか策を考えてもらえるだろうとすごく安心感がある。


スタート!(↓)

接触面のスウェードはよく接着できるように削ぐ。↓

さらに黒革とスウェードに段差が出来ないように、ボール紙も少しむしる。
手製本は細部に至るまで細やかな配慮の世界なのだ。↓

段差がなくなったところで黒革部分を接着。
なかなか思うように接着できない。曲げたら向こう側がすぐピンと跳ねてしまう。
でも繰り返すうちに黒革も諦めるのだろうか。だんだん抵抗しなくなって、くっついてくれる。
余計な革はメスで削いでゆく。

ここで本を入れて先生に確認してもらう。
天地部分の蓋の片方が少し出っ張っている……とのこと。
でも先生は落ち着いて、接着したものを外してカットすべきラインに線を入れてくださる。
5ミリほどだろうか。でも、この5ミリをカットすることで天地の蓋部分がほぼ同じに揃う。


私は作業が雑なせいか、いつも先生に助けて頂く。
そうして助言されるまま足したり、カットしたり……で微調整することで、だんだん私でもジャストサイズに近づいてゆく。

天地のもっこりした部分もメスで削ぎ落とす。
ちなみにシワシワではなくて、革に必死でギャザーを入れたのである。

メスで削いだら、まあまあ平らになってきた。

あとは次回、外側に紙を貼って完成だ。

手製本を学んで、本というものは元々は丁寧に時間をかけて作られるものなのだなあと思う。
大量に早く作られる本もあっていいのだろうが、時間をかけて作られる本来の本があってもいい気がする。
こうして本の形にすれば、受けとめてくれる人がどこかにいるだろうから。

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さりはま書房徒然日誌2025年9月3日(水)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より六月十日「私は確執だ」を読む

神木にドリルで穴をあけては放尿を繰り返す世一。
その世一にどう対処すべきか口論をする神官親子に、突然生じた確執が語る。

「濃い闇を引き連れて訪れた」世一は、だんだんこの世の存在を超えた不思議さが増している。

それにしても矢を放ったのは父親なのか、息子なのか……書かれていないだけに色々想像できる楽しさがある。

小説家は懇切丁寧に説明する人が多いけれど、こんなふうに黙して読者を楽しませる、俳画みたいな書き方もあってよいように思う。

私はそのままあまびこ神社に居座り
   夜になっても居つづけ、

そして濃い闇を引き連れて訪れた少年が
   いざ手回しドリルを構えたとき
      弦音高く放たれた矢が神木にぐさりと突き刺さってぶるぶると震え、

されど
   世一自身はそのときに限って震えを止めた。

(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』73ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年9月2日(火)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より六月九日「私はポーチだ」を読む

まほろ町の建てたばかりの別荘のポーチに座って、うたかた湖を見る男。

湖の波の描写が人生のようでもあり、
暮れゆく街の描写も失意の男の人生のようでもあり、
でも最後のところで
そんな心地良い失意の中にいることも許されずに生きなくてはいけないのだと苦味がかすかに残る。

そんな思い出に塗りこめられたあれこれが
   引いては寄せる波のごとく
      半生の岸辺を削り取ってゆく。

いつしか知らず
   私の手摺りにカモメが止まって翼を休め
      町じゅうに鳴り渡ったサイレンの音が消え
         水差しが空っぽになり
            丘の家へ帰って行く少年が闇に呑みこまれており、

ほどなくして
   穏やかに過ぎる夜が
      密やかに舞い降り、

しかしながら
   まだまだ生きなくてはならぬ男は
      依然として私のそばを離れない。

(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』69ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年9月1日(月)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より六月八日「私は展望だ」を読む

かつてブラジル移民として活躍した男。
父の死後、何かを志すこともなくなって物乞いになった男。
そんな男が世一の家に物乞いにやってっくる。

オオルリは厳しい。
世一の「弁当をかっきり半分」というところがいじましい。


「二人」じゃなくて「ふたり」と表記すると、姿が浮かんでくる感がある。なぜだろう?

オオルリが二階の窓辺で
   「そんな奴に何も恵んでやるな」と鳴き
       「飢え死にがお似合いだ」とさえずり、

それでも少年世一は
   自分の弁当をかっきり半分与え、


崖っぷちに並んで座ったふたりは
   私を前にして
      必ずしも生きるためだけではない
         さりとて明日のためでもない
            険しい昼食を始めた。

(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』65ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年8月31日(日)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より六月七日「私は若葉だ」を読む

「放火による山火事で真っ黒焦げになってしまった木々の枝を 見事にふたたび彩る」若葉が語る。

今年じゅうには元通りの山になると分かっている昆虫、鳥、そして世一。

一方、待つことができず開発に駆り立てられる大人たちの姿に、丸山先生の静かな怒りを感じる。

無感動にして無目的な日々をだらだらと生きる人々は
   待つことにはもう飽き飽きしたと言い、

自然は甦るという私の持論に
   まったく耳を貸そうとしなかった。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』59ページ)

やがて無惨にも切り倒されてゆく木々。
少年世一の「いいのかな それでいいのか」という震え声が、森の神様の声にも思えてくる。

地肌が露わになって
   形のいい山が単なる土と岩石の塊に様変わりしたとき、

どこからともなく
   少年世一の震え声が届き、

「いいのかな
    それでいいのかな」というその言葉に
       私たちは深い賛同を覚えながら
          ばたばたと斃れてゆく。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』61ページ)

丸山先生に枯れかけた木の相談やらすると、「少しずつ上から切って、芯に水分があるところまできたら切るのをやめて、切口に木工ボンドを塗るように。全部切り倒してしまわないように」とか「その木は種から育てることができる」とか、本当に木や植物を心から慈しんで大切にしているんだと思う。
そんな丸山先生の思いが滲む文である。

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