さりはま書房徒然日誌2025年8月26日(火)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より六月一日「私は時間だ」を読む

「時間」が語る人間の時間との関わり方。
過去、現在、未来……と人間にとって都合のいい関わり方を切り取って語っているように思える。

人間の勝手さを分析してみせるところに、冷静な視点を残して語る散文ならではの特徴を感じる。

ともかく私を忘れて
   できれば自己自身さえも忘れてしまうことにあるようで、

ところが実際には
   それとは逆の方向へ進んでしまっており、

ために
   過ぎ去った私の幻なんぞに
      いつまでも心を寄せたがり、

あるいは
   まだ訪れぬ私の影に
      怯えきっていて、

今現在の一瞬を
   疎かに扱いつづける。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』37ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年8月25日(月)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より五月二十九日「私は勇気だ」を読む

こんな凄い風なら、幼児がさらわれそうになっても不思議ではない気がしてくる。

さながら回り舞台のごとく暗転したまほろ町を
   それはもう荒々しくよぎるつむじ風のなかにあって
      稚い幼児を庇う
         盲目の少女が発揮する勇気だ


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』22ページ)

すごい風に立ち向かうのは、盲目の少女、その白い飼い犬、世一という組み合わせも微笑ましくも、清々しい。

「勇気」の存在に気がついた少女の変化……「はたと」「数秒後に」という言葉が、少女の劇的変化を強調している気がする。

するとそのとき
   盲目の少女は
      はたと私に気づき、

その数秒後に
   誰かに頼って生きてゆくしかない
      常に何者かに守られて生きてゆくしかない
         そんな身の上であるという
            残念な立場から
               すっと離れられた。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』23ページ)

以下引用文。盲目の少女が勇気を出して幼子を風から守って得たもの。そうなのかもしれない。

助けてもらう喜びよりも
   助けてやる喜びのほうが
      はるかに大きいことを
         つくづく思い知ったのだ。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』24ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年8月24日(日)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より五月二十八日「私は香水だ」を読む

まほろ町にやってきた「人相や背格好や浅ましい根性はそっくり」と書かれた女二人のつけている香水が語る。

その女たちの正体は……。

まほろ町のような田舎をリゾートにして儲けようと企んだ輩や、香水の強い香りが跋扈していた時代なのだなあと思いつつ読む。

全国制覇の壮図を抱く
   そんな野蛮な大企業の尖兵であるふたりは
      日没と同時に
         闇の色の高級車を駆ってまほろ町を訪れ、


(五月二十八日「私は香水だ」18ページ)

土地買収を目論む大企業が狙いをつける対象……というのは、いつの時代もそう変わっていないのかもしれない。

彼女たちが最初に狙いをつけるのは
   要らないと言った声の下から手を出すような
      あまりに露骨な連中か、

さもなければ
   食べてゆくだけが関の山といった
      貧しさに疲れきった者に限られ、

そうした戸別の微細な情報を漏らす
   役場の職員もまた
      この私に手玉に取られており、

要するに
   単純にして愚かな
      田舎者の典型だ。


(五月二十八日「私は香水だ」20ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年8月21日(木)

製本基礎講座44回 『星の王子さま』丸背の改装本完成

手製本とは、目に見えない箇所を丁寧に時間をかけて作業することで出来上がるもの……と思いながら、今日も作業。

表紙の裏に見返しを貼る前に、段差をなくすため紙をはめ込む。ご覧の通り、かなり凸凹のある革の際をカッターで切る。

まだ凸凹があるけど、カッターで出っ張りをカットしたので少しマシになる。

見返しを貼る前に、革部分との段差を埋める厚めの紙を貼る。そして本文と合体。
アミアミに見えるのは寒冷紗、茶色は筒状のクータ。どちらも背を丈夫にするためのもの。
緑は見返し。本文と合体後、この見返し部分は表紙にはめ込んだ紙にくっつける。

背にタイトルを入れていく。まずは固定。

まるみず組がハンダゴテの会社に特注したマルミズペンでタイトルを書く。結構熱くなる。丸背に文字入れするのはペンが滑りやすく難しかった。

『星の王子さま』改装本の完成!

このあと、次回作るスリップケースの下準備。黙々と手術用メスで革をそぐ。
そぎが足りない箇所は、先生がそいでくださる。優しい。

作っている私にすれば、どの本も手間暇かかっているから、この本がいいとか思ったりせず、「あー、どの本も大変」と可愛いのだけど。

この革装にマーブリングの紙をはめ込む装丁は、編集歴の長い編集者さんからも感心されてしまった。
大量に生産流通している本にはない魅力が、革の質感、マーブリングの面白さにはあるのだろうか?

革はメスが怖いからパスかなあと思っていたけど、やはり自分でもトライしてみようという気になりつつある。

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さりはま書房徒然日誌2025年8月17日

丸山健二『千日の瑠璃 終決7』より五月二十七日「私は軟風だ」を読む

以下引用文。どこにでもありそうな風景を吹き抜けてゆく軟風。

実に奇妙で
   とても滑稽で
      いささか残酷な
         しかし世間的にはありふれている
            そんな事件が継起しているまほろ町を
               声ひとつ立てずに吹き抜けてゆく


(丸山健二『千日の瑠璃 終決7』14ページ)

以下引用文。ただ、こういう考えをほのめかしてくれる書き手は、あまり多くないかもしれない。コースアウトしても気が楽になる文ではないか。

さらには
   利益集団に組みこまれるための
      ただそれだけのための教育を熱心に受ける学生たちに
         そうではない道もちゃんと在ることをほのめかし

(丸山健二『千日の瑠璃 終決7』16ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年8月16日

丸山健二『千日の瑠璃 終決6』より五月二十三日「私は嘘だ」を読む

娼婦があちこちでつく嘘が、嘘であっても時雨の雨のように心をしっぽり濡らしてくれる不思議さを感じる。

私は嘘だ、

ひとしきりの時雨が降った夜
   まほろ町ではただひとりの娼婦が臆面もなくつく
      他愛もない嘘だ。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』398ページ)

娼婦の嘘が和ませるものときたら様々。

浅紅の花を咲かせなくなって久しいシクラメンには
   次の冬の見事な開花を信じこませ、

かの少年世一には
   いずれ鳥になる日が訪れるものと
      心底思いこませる。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』400ページ)

最後、娼婦にむかって嘘は嘘をつく。

嘘というものを責めず、その優しさを語るゆとりある視点に救われる思いがする

山々に響き渡る雷鳴と
   雨雲のなかで激しく飛び交う稲妻に
      取り返しのつかぬわが身を委ねて
         のんびりと鼻歌を唄っており、


そんな女に私は
   「あんたは美しいよ」と
       そう二度つづけて言ってやる。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』401ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年8月15日(金)

丸山健二『千日の瑠璃 終結6』より五月二十二日「私は前途だ」を読む

「いつまでも北の大地へ飛び立とうとしない白鳥の 暗影漂う前途」が語る。

丸山先生自身が湖にいつまでも残っている白鳥を見て思われたのだろうか……どこかユーモラスであり、人と同じように行動しなくていいのだよ、と語りかけてくれているようでもある。

以下引用文。帰ろうとしない白鳥を語る口調もユーモラスであり、人間の世界を重ねているようでもある。

夜になると
   古い桟橋の下で眠り
      将来に悪例を残しそうな
         実利的な夢ばかり見て、

朝になると
   また候鳥の振りをした。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』396ページ)

貸しボート屋のおやじが「ためにならぬ選択」と石を投げて追い払おうとしたところ、物乞いがこう言う。その言葉に思わず納得してしまう。

「ほっといてやれやあ
    一年に二度も海を渡るようなしんどい暮らしにうんざりしたんだわあ
きっとそうだよ」


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』397ページ)

最後、人の世の葛藤を見るようでもある。

それに対しておやじは
   渡るときに渡らない鳥は
      餌をやる価値のない
         普通の鳥だと言い返し、

普通の鳥で充分ではないかと言う
   物乞いの大声は
      山々にこだまして
         私への声援と化した


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』397ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年8月14日(木)

製本基礎講座43回 改装本 丸背8/12 回表紙 埋め立て

中板橋の手製本工房まるみず組の製本基礎講座43回へ。

前回、表紙に革を貼った。
今日はその革を整えて、革の間の空間に先日作ったマーブリングペーパーをはめ込む。
さて『星の王子さま』の表紙らしき雰囲気が出てくるだろうか?

ディバイダー(コンパスみたいな形のもの)で革の端からの長さを測り、牛骨ヘラでスジを入れる。

……なので、きちんと測った筈。それなのに後から測ると幅が均一ではない。正確に測るって難しい。
幅が凸凹していても、先生は優しく笑って何とかして下さる。有り難い。

ボール紙の区切れ目の革部分を手術用のメスで削いでいく。
メスを使うのは難しい。外科医ってすごいと思う。
先生の「押さないで、横に引くようにメスを動かして」というアドバイスに従って作業をする。
何とか指を切ることなく削ぎ終わる。
でも私には外科医は無理だな、こんなにガタガタになってしまうもの。

メスで削いだ後のガタガタをヤスリでならしてゆく。

マーブリングペーパーをはめる前に、段差を埋めるために紙を貼る。
この隙間の大きさに上手く切れなくて、少し大きめになってしまった。
先生から少し端をカッターで切り落とすように助言して頂く。

自作のマーブリングペーパーから二枚選んで、それぞれの面に貼る。
星、宇宙、生命のイメージで染めたマーブリングだけど、そんな思いは伝わるだろうか?

先生のお話だと、マーブリング専門の工房は同じ柄を何百、何千と染めていくそうだ。すごい。
でも私がやると、その都度違う。一枚も同じ柄はない……そんなところが手製本の面白さとも重なる気がする。


同じ規格で工場で製本する本もあれば、一冊一冊表情の異なる本があってもいいのでは……とも思うのだが。

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さりはま書房徒然日誌2025年8月13日(水)

丸山健二『千日の瑠璃 終結6』より五月十七日「私は閃光だ」を読む

「長いと思えば長い 短いと思えば短い そんな一夜が明け渡ろうとした際に まほろ町の上空を彩った まばゆい閃光」が語る。

丸山作品の魅力は地面ばかりを見つめているような、己の財布の中ばかりを考えているような人間をクローズアップで書くと同時に、はるか遠くのことまで思う視点にあると思う。

心が静かになる文。

私自身にさえ
   おのれの正体がわかっていなかったのだ。

もしもこんなことを問う者がいた場合には
   私のほうもまたそっくり同じ質問を返して、

「おまえはなんだ?」と
   厳しく迫るつもりだった。

私が消えるまでの時間とは言えぬほどのあいだに
   まほろ町だけで数千億個にものぼる命が誕生し
      それと同じ数の命が死滅してゆき、

しかし
   そのことによって世界が特別の意義を帯びたりはしなかった。

(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』377ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年8月9日(土)

丸山健二『千日の瑠璃 終結6』より五月十六日「私は家鳴りだ」を読む

家鳴りを聞きながら、夜毎、農夫は色々悩む。

家鳴りなんて、生活圏から消え去って久しい音のような気がする。
家鳴りを感じるには、今の夜はあまりにも賑やかで明るくなってしまった。
家鳴りに怯えた幼い日の記憶が蘇る。

私は家鳴りだ、

まったく見通しが立たぬはずなのに
いまだやる気を失っていない農夫をひっきりなしに悩ます
  夜ごとの家鳴りだ。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』370ページ)

家鳴りでありながら、人の声でもあるような不思議さがある。

すかさず私は
   買い手が現れた今こそ
      農地の売り時であるという
         そんな意味の音をぴしっと発して
            決断を迫る。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』372ページ)

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