さりはま書房徒然日誌2025年9月9日(火)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より六月十三日「私は郵便ポストだ」を読む

母親の切ない気持ちが伝わってくる。
でも、もしかしたら手紙や郵便ポストとも縁がない世代の人たちには、この切ない身ぶりが伝わらないのだろうかと考えると、それもまた切ない。

私は郵便ポストだ、

   久しく音信がない息子への
      切々たる文面の手紙を呑みこんだばかりの
         しかし
            それでもまだ腹ペコの郵便ポストだ。

憐れなその母親は
   投函の切ない音をはっきりと聞き取ったにもかかわらず
      私の口に無理やり手を差し入れて
         手紙がどこかに引っかかっていないかどうかを
            念入りに調べ、


( 丸山健二『千日の瑠璃 終結7』82ページ)

郵便ポストに抱きついて、母親は「親なんてなるんじゃなかった」と言う。
世一も郵便ポストに抱きついて、以下のようなことを言う。
深い後悔の感じられる言葉である。

普段の声とは思えぬ
   腹の底どころか
      魂の底から搾り出したとしか思えぬ低音で
         「人間なんかになるんじゃなかった」と
             確かそんなことを言って立ち去った。

(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』85ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年9月8日(月)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より六月十一日「私はくしゃみだ」を読む

鉄塔のてっぺんで働く男がスギ花粉のせいでした「くしゃみ」。
そのくしゃみに知らないうちに良い影響を受け、次々と変化していく人々

いろんな人々がそれぞれ変わっていく有様が、どこか映画の一場面を観ているようでもある。

まさにくしゃみの瞬間、という感じに映像が浮かんでくるのは何故だろうか、とも不思議に思う。

他愛もないことでふくれっ面をする
   気のいい娘には
      感じのいい笑みを授ける。

それから私は
   何はともあれ
      きのうに引きつづいてきょうもまた
         コンニャクのごとく全身を震わせて生きるしかない

            かの少年の背筋を
ほんの一瞬だけ
                  しゃきっとさせ、

あしたのための活力を
   その不満足な五体の隅々まで
      素早く送り届ける。

( 丸山健二『千日の瑠璃 終結7』77ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年9月6日(土)

交差式製本にトライ!

東京製本倶楽部によるルリユール展のワークショップ「未綴じ本でルリユール 交差式製本」に参加するため、はるばる京都国際会館に行ってきた。

頂いたプリントの藤井敬子氏の説明によれば、交差式製本とは以下の通り。

交差式製本(Crossed-Sstructure Binding)は1990年代、イタリアの製本・修復家カルメンチョ・アレギ氏により、表装材に綴じる古典製本を参考に、本の保存を考慮して創案された製本方法です。
表紙素材を選ばず、背固めもなく、接着剤をほとんど使わない柔構造のルリユールで、組み合わせやデザインのバリエーションも豊富です。

イタリアの古典製本をルーツとする交差式製本のワークショップを、京都蹴上の地で受けるとは!

会場は京都国際会館の会議室。受講者は20人ほど。先生ひとり、アシスタントふたり。東京の方から紙やら道具やら中身の本やら色々用意されて大変だったのではないだろうか。
中身は「製本用語集」。



公共の施設だから、何も言われはしないけど、きっと終わりの時間も決まっているのでは……。

普段ののんびりモードを脱すべく、わからないときは即質問で、せかせかモードでやる。

不器用かつ大雑把な私が急いで作ったら、先生方のご指導のおかげで無事に完成したけど、糸が緩い!背で綺麗にクロスしなくてモコモコしている!背がなんか丸背みたいにラウンドしている!と難点だらけ!

急ぐあまり、各折丁をかがる都度、糸をきちんと引っ張らなかった、
折丁をヘラでしっかりおさえて形を整えなかった、
背をかがっている時私は針を上から下からどっちから入れていたっけ?と記憶が曖昧になってしまった、
ここらへんが原因だと思う。

ただ、この交差式製本は良いところがあるように思う。
糸でかがっていながら、とても軽い。108ページの製本用語集とは思えないほど、重さが軽い。

今回は時間がなかったから手をくわえることが出来なかったけど、帯状の部分は色んな模様に切り抜くことが可能だ。
あるいは好きな模様を貼ってみたり。

お気に入りの本は、持ち歩き用には軽い交差式製本で、家で読むにはずっしり上製本で、そんな風に両方の製本で持ちたい気がする。

今日は大阪で文楽公演の初日。それもあって来たのだが、製本と観劇は両立しないもの。今回は疲れたので文楽はパス。また近日中に。

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さりはま書房徒然日誌2025年9月4日(木)

製本基礎講座46回『星の王子さま』丸背改装本11回 丸背用スリップケース作り2/3回

中板橋の手製本工房まるみず組の製本基礎講座へ。今日は丸背用スリップケース作り。

スリップケースを作るときの緊張感は、作ったことのない方には想像できないのではないだろうか。
きちんと測って、本をあてて確認したのに、ほんの僅かな誤差で本がキツキツになったり、ゆるゆるになったり。
組み立てたとき、「こんな筈では」とガッカリしつつ、やり直すこと何度……を経験した。
でも先生と一緒だと、何とか策を考えてもらえるだろうとすごく安心感がある。


スタート!(↓)

接触面のスウェードはよく接着できるように削ぐ。↓

さらに黒革とスウェードに段差が出来ないように、ボール紙も少しむしる。
手製本は細部に至るまで細やかな配慮の世界なのだ。↓

段差がなくなったところで黒革部分を接着。
なかなか思うように接着できない。曲げたら向こう側がすぐピンと跳ねてしまう。
でも繰り返すうちに黒革も諦めるのだろうか。だんだん抵抗しなくなって、くっついてくれる。
余計な革はメスで削いでゆく。

ここで本を入れて先生に確認してもらう。
天地部分の蓋の片方が少し出っ張っている……とのこと。
でも先生は落ち着いて、接着したものを外してカットすべきラインに線を入れてくださる。
5ミリほどだろうか。でも、この5ミリをカットすることで天地の蓋部分がほぼ同じに揃う。


私は作業が雑なせいか、いつも先生に助けて頂く。
そうして助言されるまま足したり、カットしたり……で微調整することで、だんだん私でもジャストサイズに近づいてゆく。

天地のもっこりした部分もメスで削ぎ落とす。
ちなみにシワシワではなくて、革に必死でギャザーを入れたのである。

メスで削いだら、まあまあ平らになってきた。

あとは次回、外側に紙を貼って完成だ。

手製本を学んで、本というものは元々は丁寧に時間をかけて作られるものなのだなあと思う。
大量に早く作られる本もあっていいのだろうが、時間をかけて作られる本来の本があってもいい気がする。
こうして本の形にすれば、受けとめてくれる人がどこかにいるだろうから。

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さりはま書房徒然日誌2025年9月3日(水)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より六月十日「私は確執だ」を読む

神木にドリルで穴をあけては放尿を繰り返す世一。
その世一にどう対処すべきか口論をする神官親子に、突然生じた確執が語る。

「濃い闇を引き連れて訪れた」世一は、だんだんこの世の存在を超えた不思議さが増している。

それにしても矢を放ったのは父親なのか、息子なのか……書かれていないだけに色々想像できる楽しさがある。

小説家は懇切丁寧に説明する人が多いけれど、こんなふうに黙して読者を楽しませる、俳画みたいな書き方もあってよいように思う。

私はそのままあまびこ神社に居座り
   夜になっても居つづけ、

そして濃い闇を引き連れて訪れた少年が
   いざ手回しドリルを構えたとき
      弦音高く放たれた矢が神木にぐさりと突き刺さってぶるぶると震え、

されど
   世一自身はそのときに限って震えを止めた。

(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』73ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年9月2日(火)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より六月九日「私はポーチだ」を読む

まほろ町の建てたばかりの別荘のポーチに座って、うたかた湖を見る男。

湖の波の描写が人生のようでもあり、
暮れゆく街の描写も失意の男の人生のようでもあり、
でも最後のところで
そんな心地良い失意の中にいることも許されずに生きなくてはいけないのだと苦味がかすかに残る。

そんな思い出に塗りこめられたあれこれが
   引いては寄せる波のごとく
      半生の岸辺を削り取ってゆく。

いつしか知らず
   私の手摺りにカモメが止まって翼を休め
      町じゅうに鳴り渡ったサイレンの音が消え
         水差しが空っぽになり
            丘の家へ帰って行く少年が闇に呑みこまれており、

ほどなくして
   穏やかに過ぎる夜が
      密やかに舞い降り、

しかしながら
   まだまだ生きなくてはならぬ男は
      依然として私のそばを離れない。

(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』69ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年9月1日(月)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より六月八日「私は展望だ」を読む

かつてブラジル移民として活躍した男。
父の死後、何かを志すこともなくなって物乞いになった男。
そんな男が世一の家に物乞いにやってっくる。

オオルリは厳しい。
世一の「弁当をかっきり半分」というところがいじましい。


「二人」じゃなくて「ふたり」と表記すると、姿が浮かんでくる感がある。なぜだろう?

オオルリが二階の窓辺で
   「そんな奴に何も恵んでやるな」と鳴き
       「飢え死にがお似合いだ」とさえずり、

それでも少年世一は
   自分の弁当をかっきり半分与え、


崖っぷちに並んで座ったふたりは
   私を前にして
      必ずしも生きるためだけではない
         さりとて明日のためでもない
            険しい昼食を始めた。

(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』65ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年8月31日(日)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より六月七日「私は若葉だ」を読む

「放火による山火事で真っ黒焦げになってしまった木々の枝を 見事にふたたび彩る」若葉が語る。

今年じゅうには元通りの山になると分かっている昆虫、鳥、そして世一。

一方、待つことができず開発に駆り立てられる大人たちの姿に、丸山先生の静かな怒りを感じる。

無感動にして無目的な日々をだらだらと生きる人々は
   待つことにはもう飽き飽きしたと言い、

自然は甦るという私の持論に
   まったく耳を貸そうとしなかった。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』59ページ)

やがて無惨にも切り倒されてゆく木々。
少年世一の「いいのかな それでいいのか」という震え声が、森の神様の声にも思えてくる。

地肌が露わになって
   形のいい山が単なる土と岩石の塊に様変わりしたとき、

どこからともなく
   少年世一の震え声が届き、

「いいのかな
    それでいいのかな」というその言葉に
       私たちは深い賛同を覚えながら
          ばたばたと斃れてゆく。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』61ページ)

丸山先生に枯れかけた木の相談やらすると、「少しずつ上から切って、芯に水分があるところまできたら切るのをやめて、切口に木工ボンドを塗るように。全部切り倒してしまわないように」とか「その木は種から育てることができる」とか、本当に木や植物を心から慈しんで大切にしているんだと思う。
そんな丸山先生の思いが滲む文である。

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さりはま書房徒然日誌2025年8月29日(金)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より六月六日「私は離婚だ」を読む

まほろ町にやってきた若いカップルは離婚してしまう。
彼らの住んでいた家に、世一の姉とその恋人がはいることになる。

ストーブ作りの男を「鉄の匂いがする男」と表現したり、図書館勤務の姉を「本の匂いがする女」と表現すると、平板さが消え去り、別の人間が見えてくる不思議さがある。

丸山作品は意外と所々ユーモラスな表現があって、「真っ先に私の気配を叩き出した」も現実を一瞬忘れさせてくれるユーモラスが感じられる表現である。

そしてきょう
   もうじき世帯を持つという
      いささか薹が立った
         鉄の匂いがする男と本の匂いがする女がやってきて
            まず真っ先に私の気配を叩き出した。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』57ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年8月28日(木)

製本基礎講座45回 改装本丸背10/12回 丸背スリップケース1/3回

中板橋の手製本工房まるみず組の製本基礎講座へ。
今日から丸背の本のスリップケース作り。
下の見本の本をもとに色々説明して頂く。
すごく綺麗な曲線!
函の入り口は本と同じ革!
丸背用のスリップケースなんて見たことがないかも!
私に作れるのだろうか……と思いつつ、見本の本を見つめる。

ボール紙を切り出して……

まずは反り防止に紙を貼る。

その上にスウェードクロスを貼ると雰囲気が変わってくる。
ちなみにこれは函の内側部分である。
見えない内側にこれだけ手間暇かける手製本の世界、素敵だなあと思う。
スウェードクロスを貼るのは、本に使われている革を傷めないように配慮してとのこと。
手製本は気配りにみちた世界なのだと思う。

小口部分にやすりをかけて丸みを出していく。
こうした細かい作業が見本の本の優美な曲線を作っていくのだろう。

でも今日も失敗が。
ボール紙にスウェードを貼ってから本を差し込んでみたところ変!
明らかに縦が足りない。
先生に確かめてもらったら2ミリ足りない。

呆然とする私……。
先生は最初からやり直すと大変だからと、足りない二ミリ分のボール紙を切り出してボンドでつける案を示してくださる。


二ミリ足してボンドを塗れば無事にくっついた。
この部分、本に合わせてカットするので二ミリのうち1.3ミリ分くらいはカットしてしまう。でも、やはり足りないと困ってしまう。


粗忽者の私は失敗して困るたびに、先生から切り抜ける方法を教えてもらったように思う。
失敗したとき、柔軟に対応する術を色々教わったのは、まるみずに通っているからだなあと感謝する次第である。

製本基礎講座もあと三回、頑張ろう!

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