さりはま書房徒然日誌2024年9月22日

丸山健二『千日の瑠璃 終結4』八月二十二日を読む

ー生と死が隣り合わせている世界ー

八月二十二日は「私は迷鳥だ」で始まる。老人に拾われた「惨めったらしい迷鳥」が語る。
以下引用文は最後の箇所だが、元気を回復して飛び立つ迷鳥に「死が待つだけの天空へまっしぐら」と言って終わるあたりに、丸山先生の生と死が隣り合わせている世界を見るような気がした。

オオルリがさえずり、

それが何よりの餌となり特効薬となって
   急に元気を回復した私は
      礼も言わずにさっと飛び立ち
         絶妙な羽ばたきを見せて
            死が待つだけの天空へとまっしぐら。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結4』105

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さりはま書房徒然日誌2024年9月21日(土)

丸山健二『千日の瑠璃 終結4』八月二十一日を読む

ー宇宙とは厳しい戦いの場でもあり調和の場でもありー

八月二十一日は「私は土星だ」で始まる。食あたりで体調を崩した世一の夢に現れる土星が語る。


以下引用文。
世一に昼食をふるまった物乞いは、宇宙についてこう語る。厳しい生活を送る人の目がとらえるこの宇宙の緊張感が心に残る。

人々と同様
   星々もまた至る所で壮絶な死闘をくり広げており、

   そうするほかに生と存在を認識する術がないのだと
      きっぱり言い切って


(丸山健二『千日の瑠璃 終結4』99ページ)

以下引用文。土星が世一に語る宇宙の姿。宇宙とは、物乞いが語る緊迫感あふれるものかもしれないし、土星が語るように調和のとれた穏やかな世界なのかもしれない。どちらも真実であるような気がする。

この世が故意に造られたものではなく
   誰かの過失による偉大な産物というわけでもなく
      あくまで調和の上に成り立つ世界であることを
         知らしめようとした。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結4』100ページ)


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さりはま書房徒然日誌2024年9月20日(金)

丸山健二『千日の瑠璃 終結4』八月十八日を読む

ー世一の目がとらえるこの世ー

八月十八日は「私は洞察だ」で始まる。少年世一の「意識下に潜むあまりに鋭い洞察」が語る。
以下引用文。世一の洞察が語る「まほろ町」は平易な言葉でありながら、どこか寓意的でもある。

私に言わせると
   閉じた社会でもなければ
      開かれた社会でもなく、


(丸山健二『千日の瑠璃 終結4』86頁)

以下引用文。世一の意識下の洞察は、まほろ町に住む人々も次々ととらえていく。その姿は「青や赤や紫の思想」という言葉のように、説明する言葉を失いながら的確に核心をついている。
理解する言葉を持たない世一の視点に降りたって、この世を眺める不思議さがある。

そうかと思うと
   青や赤や紫の思想を漂白して
      舌戦をくり広げたがる連中もいるし、


(丸山健二『千日の瑠璃 終結4』86頁)


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さりはま書房徒然日誌2024年9月19日(木)

初めての和綴じ四つ目綴じ製本体験

東京都板橋区にある手製本工房まるみず組で、人生初の和綴じ本の制作体験をしてきました。器用とは言えない私ですが、親切に分かりやすく教えてくださるまるみず組の先生のおかげで(手順を説明したプリントも頂けます)、無事に四つ目綴じの和本が完成しました。

この和綴本の制作を通して、和綴じ本の魅力を発見したり、驚いたり……。

和綴じ本に驚いたことやら感じた魅力やら

其の一 材料も道具もあまりコストをかけずに本ができる!時間は多少かかりますが、不器用な私がモタモタ作っても1時間半で完成しました。

其の二 こより用の用紙SILティッシュはすごく儚げなのに、よじると途端に丈夫になる。でも不器用な私は、こよりを捻るところからモタモタしてしまいました。

其の三 和綴じ本はすごく軽い。出先とか旅行先に携帯しやすい。

其の四 それでいてすごく丈夫。パカっと真ん中で綺麗に開いた状態で静止してくれる。文鎮不要。片方にフランス語の詩、片方に訳文とか配置してボーッと眺めるのにいいかも。

其の五 今回はページにあたる部分は白紙の半紙で作りましたが、目にすごく優しい気がします。半紙でなく他の和紙なら更に優しく感じるのでは。

其の六 今回、表紙は千代紙を使いました。千代紙もデザインが豊富でずいぶんお洒落な紙があって楽しい。着物の生地を表紙に使うこともあるそうですよ。背の角ぎれ、かがり紐の色、かがりの形と組み合わせるとデザインは無限。

和綴じ本という名前ながらアジア諸国の叡智の結晶

ちなみに日本に紙が伝わったのは高麗から、紙を二つ折りの袋綴じにする形は明から伝わったそうです。
和綴じ本とは言いますが、背景にはアジア諸国の叡智が詰まっているのです。

手製本工房まるみず組について

手製本工房まるみず組は広々とした場所に、大きな作業台があります。さらに無数の紙やら製本グッズがあって本好きにはたまらない場所だと思います。オンライン販売のところに単発の製本レッスンも幾つかあります。興味のある方は検討されてみてはどうでしょうか?

↑私の初めての和綴じ本。兎柄の千代紙に泉鏡花を連想して選びました。

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さりはま書房徒然日誌2024年9月18日(水)

丸山健二『千日の瑠璃 終結4』八月十五日を読む

ー実体のない語り手の存在を感じさせるにはー

八月十五日は「私は説明だ」で始まる。「少年世一が盲目の少女を相手にだらだらとくり返す 実意を込めた 懸命の説明」が、盲目の少女にオオルリとはどんなものなのか説明しようとする。
鉛筆や牛乳ならともかく「説明」が語る……というのはハードルが高いのかもしれない。だからだろうか?八月十五日の文は具体的に見えるように進み、丸山先生にしては珍しく世一と少女の会話まである。これも「説明」という実体のない語り手に、骨と肉を与えようとしているからではないだろうか?

むしろ見えないことによって培われた想像力が
   存分に働き、

   おかげで私は
      本物を凌駕するかもしれない青い鳥を
         ものの見事に
            いまだ光を知らぬ胸のうちに飛ばしてやれ、

            「どう、わかったあ?」と
                そう訊く世一の声に濁りはなく、

            「わかったあ」と答えて深々と頷く
                相手の笑みは至上のものだ。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結4』76ページ)

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さりはま書房徒然日誌2024年9月17日(火)

丸山健二『千日の瑠璃 終結4』八月十四日を読む

ー「調子のいい韻律」という言葉の面白さー

八月十四日は「私はトモロコシだ」で始まる。力仕事を終えた若者が、畑から家畜用の実の少ないトウモロコシを畑からもぎ取ってきて火にくべる場面である。「調子のいい韻律」という言葉が、火の爆ぜる音、若者の骨格の見える痩せた体と重なるようで面白いと思った。

待ちきれない彼は
   まだぱちぱちと爆ぜている生焼けの私にかぶりつき
      さも美味そうにむしゃむしゃと貪りながら、

      かなり傾いたとはいえ
         まだまだ荒くれている夏の太陽を前にして
            皮下脂肪のかけらもない手足や胴や頭に
               調子のいい韻律を与えた。

(丸山健二『千日の瑠璃 終結4』72ページ)

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さりはま書房徒然日誌2024年9月16日(月)

丸山健二『千日の瑠璃 終結4』八月十一日を読む

ー竜を威嚇する強さー

八月十一日は「私は竜だ」で始まる。「山車の 四本の豪華な柱をぎゅっと締めあげ」る竜が語る。

以下引用文。竜が「傲岸」とまで語る少年世一。世一の天真爛漫さ、他人のとらえる自分の弱さをきっぱり拒絶する強さが心に残る。

近頃では
   「ハッタリはよせ!」などと言って私を威嚇する
       およそ恐れというものを知らぬ子どもさえ現れる始末で、

傲岸にもその少年は
   私のみならず自身の病すら認めようとしないばかりか
      不自由な肉体に付き纏って離れぬ
         深い孤独や疎外感さえも認めていないのだ。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結4』61頁)

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さりはま書房徒然日誌2024年9月14日(土)

丸山健二『千日の瑠璃 終結4』八月十日を読む

ー老人と傷んだボートー

八月十日は「私は刷毛だ」で始まる。湖で傷んだボートを発見した元大学教授は、刷毛でボートにペンキを塗りつけてゆく。
以下引用文。傷んだボートが「溺死体」にも、「自分が浮いている」ようにも思う元教授がもうこの世から心が去りつつあるのかと思えば、「ボートをあっさり死なせたくない」と思うあたりに、命のしぶとさを思う。

余生を楽しむ振りが大好きな元大学教授は
   そのボートを一週間ほど前に偶然発見し、

見つけた直後は
   なぜか溺死体に思えたと
      そう妻に伝え、

ついで
   誰にも聞こえない声で
      自分が浮いているようにも思えたと
         そうつづけた。

過剰な親近感のせいで
   彼はボートをあっさり死なせたくないと考え、


(丸山健二『千日の瑠璃 終結4』54頁)

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さりはま書房徒然日誌2024年9月12日(木)

丸山健二『千日の瑠璃 終結4』八月九日を読む

ーまさに夏の昼下がりー

八月九日は「私は昼下がりだ」で始まる。フェーン現象のせいで暑くなった日の昼下がりが語る。夏の昼下がりとはまさにこんな感じ、気怠さと勢いを増す自然がコントラストを描いて心に残る。

まほろ町をすっぽりと包みこんだ私は
   午睡をする人の数をいつもの倍に増やして
      街道の交通量をいつもの半分に減らし、

ついでに
   底意や小策の数も大幅に少なくしてやり、


そして
   ひたすらきらめくうたかた湖と
      その周辺の屈折した光景を
         さながら油絵のように塗り固め
            押し固めてやり

夏場だけ開店する湖上のレストランを
   夢うつつへと限りなく近づける。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結4』50頁)


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さりはま書房徒然日誌2024年9月11日(水)

丸山健二『千日の瑠璃 終結4』八月八日を読む

ー若者の不安と光が一体となってー

八月八日は「私はピラミッドだ」で始まる。少年世一がそれが何なのかも分からず、海外旅行のパンフレットを見たことも忘れ、ただ無心に作り上げたピラミッド。湖畔の砂でできた、少年がよじ登ることのできる大きさである。
以下引用文。湖畔でキャンプする若者たちがピラミッドを眺める様子。
「光と光の僅かな隙間にちらついている さほど明るくない未来」という言葉に、湖畔の風景と若者の不安と希望がないまぜになった心が見える気がする。
「直線的で相対的な私」の「相対的」の意味、何だか受験の国語の問題に出てきそうだけれど、どういう意味なのだろうと考えてしまう。

かれらは
   ひと泳ぎしては浜辺に寝そべって甲羅を干し、

光と光の僅かな隙間にちらついている
   さほど明るくはない未来を垣間見るたびに顔を背け
      不安でいっぱいになった目を
         今度は世一と私に向けるのだ。

そんなかれらはおそらく
   極めて曲線的な動きをする少年が
      直線的で相対的な私を造り上げたことに魅了されており、


(丸山健二『千日の瑠璃 終結4』48頁)

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