さりはま書房徒然日誌2025年6月11日(水)

丸山健二『千日の瑠璃 終結6』より四月十二日「私は掛け軸だ」を読む

年老いた芸者が購入した掛け軸。
掛け軸の世界を懸命に眺める芸者。
その目に映る掛け軸の中の世界を語る言葉のみずみずしさ。


掛け軸は、そんな彼女のために季節を変え、戦死した夫を甦らせる。

掛け軸に想いを馳せる言葉の豊かさ、そっと滑りこむ戦死した夫の切なさがわずかなページに、壮大な物語を紡いでいる。

彼女は今
   山頂から雲海を望み、

下露に濡れた山道を散策したり
   咲き初める桃の花の下に佇んだりする
      そんな幸福を思い浮かべながら
春光のすべてを等しく愛で、

それから
   これまで自分がくぐり抜けてきた
      濁りに濁った歳月について
         雑感をさらりと述べ、

行人の影も絶えた私の片隅に
   遺髪をそっと埋める。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』236頁


 

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さりはま書房徒然日誌2025年6月7日(土)

手製本工房で箱作りにトライ!

今日は手製本工房で指導者を目指すコーチング・コースを受講されている方が企画、指導してくださるモニターレッスンで道具を入れる箱作りにトライ。

工房に到着するとコーチング・コースの先生が道具も、材料となるボール紙も寸法通りにカット、作り方の懇切丁寧なプリントも四枚も作成、すべて用意してくださっていた。

お若く、近隣で働いているお忙しい先生なのに、有難いやら、申し訳ないやら。

受講生は全部で定員の三名。他の方はスムーズに作業を進めていかれるが、私はモタモタ。

布に貼る四枚のボール紙の順番を、先生は間違えないようにハッキリ説明してくださる。私も「はい」と頷く。
展開図だから考えれば間違える訳ないのだが……。


哀しいかな。ボール紙にノリボンドを塗り、貼り付け、溝を3ミリ測り……しただけで、「はい」と頷いたことが全て蒸発。
順番を間違えた状態ですべて貼り終える。
気がついた先生は落ち着いて、ささっとボール紙を剥がし、私はもう一度トライ。


なぜ、こんなところで間違えるのだろうか?
以降、先生は私に説明するときは分かりやすく図に描いて説明して下さる。なんて優しい……。


先生のおかげで無事に完成!ひたすらご指導に感謝する次第である。

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さりはま書房徒然日誌2025年6月6日(金)

丸山健二『千日の瑠璃 終結6』より四月十日「私はガラス窓だ」を読む

「あまりぱっとしないドライブインの ひびだらけのガラス窓」という如何にも寂しい存在が語るのは、中で食事をしている世一の家族。
その様子を覗きこむ黒いむく犬を連れた丸山先生らしい小説家。

以下引用文。世一と黒のむく犬の視線が合う瞬間。双方の純粋無垢が感じられて好きな箇所である。
また「音に敏感に反応して揺れる玩具を思わせる」という言葉に、世一のどこか浮世離れした姿と純な眼が浮かんでくる。

音に敏感に反応して揺れる玩具を想わせる
   なんとも奇妙な動きをするその病児は
      熊の仔にそっくりな犬を
         見るともなしに見ており、


両者のあいだに何も介入しておらず
   光も影もなく
      この私ですら
         存在していない。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』227ページ)


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さりはま書房徒然日誌2025年6月5日(木)

手製本基礎講座33回 布装・角背改装本6/6回 スリップケース作り

中板橋にある手製本工房まるみず組の手製本基礎講座33回。
六回にわたる改装本の過程も今日が最後。スリップケース(箱)を作って完成。

本に函があると嬉しいもの。保護してくれるし、なんとなく特別な一冊になるワクワク感がある。
そんな本の函もめっきり見かけなくなった。函入り鈍器本で有名だった会社も、昔と比べたら函入りの本がすごく減っている気がする。

なぜだろう?本が売れないせいだろうか?それとも四年前に板橋区内にある箱をつくる会社が廃業されたせいもあるのだろうか?とにかく寂しいことである。

手製本の本はいくつかあるけれど、本の函づくりの方法が説明されているのは、まるみず組の井上夏生先生が出している本「いちばんわかる手製本レッスンー手でつくるほんと基本技法」だけのように思う。
角背の箱も、丸背の箱も作り方が詳しく書かれている。
自分でZINEなどを制作している方々は、箱つきのスペシャル版に憧れがある方もいるのでは?

測る、ボール紙を切る、内側の紙を貼る、組み立て接着する、外側にクロスを貼る……という手順で箱は出来る。
細かなコツは必要だけれど、本を参考に自分でマイ函作りを楽しまれてはどうだろうか?


この下の写真の段階まできたところで、先生が本を入れてチェックしてくださる。
きちんとサイズを測った筈なのに、どこかユルユル。これでは本を入れて下を向けたら、本が落ちてしまう。
そこで先生の助言で、この三辺をそれぞれ0.5ミリずつ切ることに。不器用かつ老眼の私には0.5ミリ切り落とすのも中々難しい。
でも何とか無事に切って再度接着。本を入れてみると、ピッタリ!下に向けても落ちてこない。
わずか0.5ミリでこんなに違うとは!吃驚しつつ先生の助言に感謝。

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さりはま書房徒然日誌2025年6月3日(火)

丸山健二『千日の瑠璃 終結6』より四月九日「私は炊き込みご飯だ」を読む

うつせみ山に一人暮らす老人が山道で危ない目にあったけれど、無事に危機を脱した祝いに作ったこと「炊き込みご飯」が語る。

丸山先生は、以前にも身の廻りにある安い材料で作る、すごく美味しそうなレシピを語っていたことがあった。

この炊き込みご飯も、食べたことのない味ながら、見るからに美味しそうな気がする。
このほとんどお金をかけない美味しさが、その後に続く老人の気持ちをよく引き立てているのかもしれない。

そして彼は
   サバの水煮缶といっしょに
      出盛りの根曲がり竹の筍を刻んで
         よく研いだ米に混ぜ
            手製の竈でじっくりと炊き上げ、

下ろし大根をおかずに
   炊きたての私を頬張りながら
      「まだまだ私も捨てたものじゃないなあ」と
          自画自賛をくり返した。

それから
   まだ生き延びたがっているおのれに気づいて
      「この救いがたい俗人め」と
          さも嬉しそうに呟きながら
             この期に及んでまだ悔んだりする自分を卑下し、 


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』223ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年6月2日(月)

丸山健二『千日の瑠璃 終決6』より四月六日「私は外階段だ」を読む

外階段に立つ娘と周囲の霧。
霧の動きが娘の心を、作者の想いを語っているようで面白い。

外階段が語る、という設定も、人が使うものであり、外界と繋がるものであることを考えると興味深いものがある。
以下引用文。「彼女の首から下までを覆い隠し」という表現や、「苦悩は海の底に沈んでゆき」という文が、どこか抽象画を眺めているような気持ちにさせてくれる。

私が支えているのは彼女の体重のみで
   ほかには何もなく、

その間に霧はなおも勢いを増してどんどん押し寄せ
   町内一帯に蔓延り
      ついには彼女の首から下までを覆い隠し、

世間のどこでも見られる
   ありふれた苦悩は霧の海の底に沈んでゆき、

あらゆる問題が
   取るに足りない出来事として
      過去へ押し流されてしまう。


(丸山健二『千日の瑠璃 終決6』213ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年5月29日(金)

手製本基礎講座32回 改装本5/6回 表紙まで完成

手製本工房まるみず組の製本基礎講座32回。六回にわたる改装本の五回め。
表紙まで完成して無事に本が出来上がる。
あとは函だけだ。

今回は以前やったことのある作業。なのに人間の記憶とは儚いもの。
忘れていること多々。
ミスもたくさん勃発。
おかげで色々再確認できた。
まるみず組のカリキュラムの良さは、少しずつレベルアップしつつ反復するところだと思う。


前回、糸でかがった本体の背にノリをつけ平らにならしていく。

失敗その1 背を触った先生が異変に気がつく。テキストにも「ノリを塗る」とあるのに、老眼のせいか私は「ノリボンド」(ノリとボンドに少し水を加えたもの)を塗っていた。

先生はサッと背のノリボンドを拭き取りつつ、なぜここでノリなのかを説明してくださる。
ノリボンドだと水分が含まれているので、本文に水分が触れるのを避けるためノリの原液を使うそう。


失敗とまでは言えないが、ノリ事件のせいか花布を作って、そのままクータ作りに移行しようとして、またも先生から「花布をボンドで本につけてから」と注意される。
花布をつけないと、クータをつけられないもの。まだ順番が頭によく入っていない。


↓緑が花布。茶色がクータ

失敗その2
ノリボンドを塗る面を間違える。これも先生が素早く察知して下さり、大事には至らなかった。正しくは下の面。これとは逆側に塗っていた。

色々あったが先生のおかげで無事にここまでたどり着いた。↓

ここでもミゾを先の鋭い牛骨ヘラでなぞっていて「傷つけないようにソフトなテフロンヘラを使うように」と注意されたり……

ミゾを紐で縛るのだが、結び目を平の上にしていたら本に跡がつくから天で結ぶように教えて頂いたり……。

先生の繊細さは凄いなあと思う。

見返しも貼って一安心。
でも先生は天地の直角がまだ足りていないから、チリが少しアンバランスになっていると教えて下りながら、見返しを直してくださる。
天地の辺の直角は心がけてはいるけれど、中々難しいもの。

外国からの受講生も複数いて英語対応で大変なのに、私のミスにもサッと優しく対応してくださる先生には感謝するばかりである。

さらに宿題で使ったハトメがよく締められてなかったので、次回教えてくださるとのこと。私のハトメパンチを持ってくるように、帰り際に優しく念を押してくださる。

優しく熱心に教えてくださる先生に感謝!

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さりはま書房徒然日誌2025年5月28日(水)

広辞苑や六法全書の生まれる場所、牧製本印刷会社の工場見学

今日は手製本工房まるみず組が企画してくれた見学に参加。板橋にある牧製本印刷会社の工場見学に行ってきた。
牧製本印刷会社は、広辞苑や六法全書など分厚い本の難しい製本を手がけている。それだけでなく、普通の上製本や並製本と幅広く手がけているそうだ。


八代目社長が最初丁寧に説明してくださる。最後の質問にも丁寧に答えて下さる。
見学のとき工場の方々はよく見学できるように、色々配慮してくださった。

有難い限りである。

↓私たちが日々お世話になっている広辞苑は、ここで製本されている。

玄関を入ると壁は木製でシック。応接ソファセットが置かれている。
出版された本も展示され、なんとも風格のある空間。
↓額の青い絵は牧製本印刷さんのロゴ。本をあしらっていてお洒落。


↓このシックな木の壁の裏が、広辞苑が作られる製本工場なのです。



牧製本印刷さんでは、働く人の安全性を高めたり、負担を減らす努力をされているように思った。

裁断機は手が離れないと刃がおりないように作られていたり……


↓この穴から空気が出ていて、紙の束を持ち上げてくれる。持ち上がった紙の束をスライドして、右側の裁断機に入れる。

↓たしか下の写真はページ順に折丁を重ねていく機械。この丁合(ちょうあい)の過程が一番緊張するとのこと。

↓奥は糸かがりの機械。使われている糸を持ってきて触らして下さる。細いけど、すごく頑丈な糸だった。↓

↓コンベアで運ばれてきた本の下でローラーが回転。接着剤を塗布。本が高温のトンネルをくぐれば、あっという間に接着剤も乾燥してしまう。

ミスが出ないように、人の目と機械の両方で測定され、エラー防止に努めているとのこと。モニターがあちらこちらにある。
コンベア奥のピンクの物体は加湿器。乾燥すると紙が反るので、その日の湿度に合わせて湿気を与えているとのこと。

本にスリップなどは三点までなら機械で挿入できるとのこと。
帯も機械でかけられるらしい。



ただし機械で箱に帯はかけられないので、全て手作業になるとのこと。
箱に帯がかかっている本には、立ちながら丁寧に手作業で帯をかけている製本会社の人の愛情がこもっている。


重量のある本なのに、仕上がりに不具合がないか一冊ずつ手に取って素早く確認していく社員の方々。

本はお姫様のように傷がつかないように、束の上と下にボール紙を挟み、大切に梱包される。↓

見学して、中で働いている方々の多さにびっくり!

黙々と手際よく丁寧に仕事をされている姿にびっくり!

色々な機械がたくさん稼働していることにもびっくり!

「そんな高い機械じゃありませんよ」と言われるが、それでも一台あたり生涯賃金並みの値段。

また見学して、製本工場で上製本をつくるには、手間も、時間も、空間も、並製本と比べたら倍以上に必要なことが分かった。


それでも上製本を必要とする人は絶えないだろう。
ただ私がトライしている短歌や小説という分野の場合、上製本で読んだり、作ったりするのは中々難しい時代になるのではないだろうか……人件費も、設備費用もペイできないもの。手製本を頑張るしかない。

でも牧製本印刷会社の社長はたしか「一冊からでも上製本を引き受けます」と優しく言われていた。
グループでの工場見学は大歓迎だそうなので、興味のある方々は見学して相談されてみてはどうだろうか。

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さりはま書房徒然日誌2025年5月26日(月)

丸山健二『千日の瑠璃 終結6』より四月四日「私は体臭だ」を読む

なかなか風呂に入らない少年世一。入浴という行為は、世間に馴染み上手くやり過ごすためのものとして捉えられている気がする。

そんな少年世一の体臭が語る。

体臭が語るにしては、以下引用文、まほろ町に春が訪れる風景は生き生きとしている。そのギャップが面白いし、大町にずっと住んでいる丸山先生だから書ける風景だと思う。

春一番に咲く
   この上なく可憐な風媒花の受粉を一挙に促進させ、

薄汚れた残雪の下敷きになって褪せていた草を
   若草らしい色に染め直し、

町じゅうの麦の作付面積を農夫よりも正しく把握している
   揚げヒバリが陽炎の大地に降り注ぐ
      かまびすしいさえずりといっしょになって
         踊り狂うのだ。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』205ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年5月25日(日)

丸山健二『千日の瑠璃 終結6』より三月三十日「私は風呂だ」を読む

長い間入浴を拒んできた物乞いのために、貸しボート屋の親父が川の中洲に拵えたドラム缶の風呂が語る。

入浴という日々の営みの中にも、身綺麗にして「面白くもなんともない普通の暮らし」に引き戻されてしまう危険を感じているのだなあと思いつつ読む。

ただ入浴という営みは、普通の暮らしから解放してくれる一瞬でもあるなあとも思う。川の中洲のドラム缶風呂に入って浮世を忘れてみたいものだ。

やがて私は
   彼が忌み嫌っているのが私そのものではないことに気づき、

恐れていたのは
   私がきっかけとなって
      真っ当と言えば真っ当な
         面白くもなんともない普通の暮らしへと、

働いて
   妻子を養うだけの生活へと
      引き戻されるかもしれないということだった。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』185ページ)

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