さりはま書房徒然日誌2026年6月15日(月)

パッセカルトン19回&製本応用講座「自作長編を革装丸背にする」

14日(日)は中板橋の手製本工房まるみず組へ。

パッセカルトン19回

ようやく解体、プレス、薄い和紙で全ページ補修してプレスの過程が終わる。

繰り返すうちに糊の濃度、ヘラの使い方のコツも少し分かった気がする。
苦手だった薄い和紙をカッターで短冊に切るのも、気がついたら出来るようになっていた。
時間の経過を感じる。

向かいの席では、外国の方が何やら素敵な色合いの本を作られている。
聞けば、時間が経過した柿渋で染めた和紙とのこと。
柿渋は時間が経過するにつれて、どんどん色が濃く、素敵なものになるらしい。

時間が濃縮されていくような柿渋の和紙の色に感動。

製本応用講座「自作長編を革装丸背にする」

いよいよ最後の三冊目に取りかかる。

慣れるとすぐに油断してミスするのが私。

ポンチで表紙を軽くえぐるつもりが下まで貫通。見事に穴をあけてしまうこと四回くらい。

でもボンドでつけたりして何とかなる。

作業の合間、先生が一折中綴じの単発レッスンを受講された方が作られた歌集を見せてくださる。

紺色の表紙に白インクの消しゴムハンコが素敵。
一折中綴じでも32ページか36ページくらいのページ数を綴じることが出来る。
創作されている方は一折り中綴じはおすすめ。マスターされるといいと思う。

ポンチで花びらをくり抜いた後の革。

先生が「これだけでも何かに使えそう」と言われる。
たしかに面白いかも。
黒い紙の上にこの穴あき革を貼り付けて表紙にできないだろうか?
革は最後まで余すことなく使えるもの。

隣の席の方は着物の帯の裏地を表紙に素敵な写真集を制作されていた。
帯って裏まで使えるのか……と感心する。
帯や反物で本を作ってみたい。

石神井川の桜も緑が濃い。

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さりはま書房徒然日誌2026年6月13日(土)

丸山健二『千日の瑠璃 終結8』より十月八日「私は庵だ」を読む

冒頭の庵を語る言葉から、作者のメッセージが強く打ち出されている。

間違いなくあの戦争の中心に存在して
   責任を問われぬはずもない天皇がまだ生きていた頃に
      うつせみ山の麓の竹林のなかに設けられた
         茅葺きの庵だ。

(丸山健二『千日の瑠璃 終結8』

そんな庵に住んでいるのは「天皇の戦士でありながら 併せて帆船の闘士でもあった彼」

戦争が終わっても、その心の戦争は終わらず「乱れがち」である。

以下引用文を読んでいると、

戦争へと傾いていく力を、社会の隅々にまで浸透しようとするその気配を感じ、今の世とも重なってきて、まさにその通りと思う。

されど
   この寡言の人たるや
      私に問い掛ける基本的な言葉すら失って
         人間の在り方に関する疑念を全部放り出して
            色即是空の洞窟へと逃げ込み、

そんな彼はとうの昔に
   集団や組織の末端まで行き渡る力の正体に気づき、

まさにそれこそが
   背後を襲ってくる元凶であることも

      よくよく承知している。

かくして
   彼の戦友や同腹の身に降りかかった
      ありと悲劇の大方が
         そこに因由することと相なり


(丸山健二『千日の瑠璃 終結8』153ページ)

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さりはま書房徒然日誌2026年6月8日(月)

丸山健二『千日の瑠璃 終結8』より十月五日「私は荘厳だ」を読む

「薄暗い森の奥で 少年世一を間違いなく感動させた 手で触れられるほどの荘厳」

それは離れ猿の放つ荘厳。

丸山文学にはよく離れ猿や「猿の詩集」が出てくる。

たぶん私が動物園で見るような猿とは違い、丸山先生が脳裏に思い浮かべるのは山の仙人のような、北アルプスの森を彷徨う猿なのだろう。

人間と似ていながら、人間より遥かに神々しい存在をその姿に見つめているのではないだろうか。

それから猿は
   まるで世一に花を持たせるかのようにしてその場を離れ、
   やはり二本足を保持しながら
      軽蔑などではなく
         むしろ尊厳を込めて
            世一の歩き方をそっくりそのまま真似て移動し、


肉弾戦を勝ち抜いた兵士のごとき生気を放ちつつ
   どうにもならぬ運命の荒波をかき分けて
      さらに森の奥へと姿をかき消し、


その余韻として強烈に残った私は
   世一を金縛りにさせた。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結8』141ページ)

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さりはま書房徒然日誌2026年6月6日(土)

パッセカルトン18回&手製本応用講座「自作長編を丸背革装にする」

四日(木)に中板橋の手製本工房まるみず組でパッセカルトン18回と手製本応用講座を受けてきた。

パッセカルトン18回

前回の確認をしてから再び中心部分に補強の薄い和紙を貼っていく。

隣のパッセカルトンの先輩に「いったい何ページあるのですか?」とあきらられる。

パッセカルトンにしている丸山健二「月に泣く」は分厚い……それを三冊……で時間がとてもかかる。

でも段々終わりが見えてきた、とりあえず和紙貼りは。これから折って、かがって長い、長い道のりだ。

隣のパッセ先輩生は、革すき包丁をしまうサックを革を縫って作られていた。
道具をしまうサックも自作しつつのパッセカルトン。愛着がわくよね。でも不器用な私に縫えるかな?

自作長編を丸背革装にする

上の方の残りの花を咲かす作業からスタート。

上の花一輪、花弁中心に星形を配置。

そのほか星二つも散らす。

星型ポンチは丸と違って、くり抜くのにコツというか力がいる。でもなんとかくり抜いて、星を収める。

最後は茎だ。

これは定規で長さと幅を測って、カッターで切り抜き、下の厚紙も革紐の厚みに合わせて剥がしてゆく。

ここでカッターが滑って革を切り裂いたら……と緊張する。

最後、茎の凸凹しているところは、まる水の先生が調整してピタッとおさまる。感謝です。

見返しを貼ってようやく完成!

丸山健二先生にご指導いただき、まるみず先生にご指導いただき、拙い私の文が本の形になるなんて……感謝。

書きたいから書くのか、本という容れ物を成立させるために書いているのか……その両方の楽しみのために書いているような気のする昨今。

写真は、先日見てきた仙台文学館「製本装幀家ティニ・ミウラのしごと」展に展示してあった三島由紀夫「豊饒の海」。

手前第四巻のカーフスキンの見返しに革のモミジがいいなあと思い、まるみずの先生に「これはポンチで開けたのですか?」と質問。
先生曰く「ティニさんのすごいところで、ポンチではなく手作業でモミジをつくったとのこと。


私なんか直線の茎をはめ込むだけで四苦八苦しているのに、どうしたら曲線のモミジができるやら?

書くということも、本をつくるということも終わりのない道だなあと実感。頑張ろう。

ティニ・ミウラさんの豊饒の海、見返し。写真撮影、ネット掲載OK。

ティニ・ミウラさんの豊饒の海、正面。写真、ネット掲載OK。

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さりはま書房徒然日誌2026年6月1日(月)

パッセカルトン17回&手製本応用講座「自作長編を丸背革装にする」

5月31日(日)、中板橋の手製本工房まるみず組へ。

パッセカルトンと手製本応用講座を受けてきた。

パッセカルトン17回

前回和紙の短冊を貼ってプレスしたものを確認。

今回はほぼ全部きちんと貼り付いている。

何がよかったのだろう?

ヘラでの押し方?

それとも糊の粘度?

微妙な加減で変わるのだなあと、同じ作業を重ねているうちにその加減が少しだけ見えてくる気がする。

向かいの席では、パッセカルトンを一回り最後まで終え、またもう一度トライされている方が黙々と作業されている。

革漉き包丁で革の裏側を漉いて、厚さを測る道具で計りつつ0.4ミリの厚さにしようとされている。

でも毛の向きの癖によって、漉くときの抵抗も異なるらしい。革は命の名残りなのだ。

私は黙々と和紙の短冊を貼り、向かいでは黙々と革を漉いている。

そんな空間にいると、まるみずの先生が言われる「本文の紙は植物の命を、表紙の革は動物の命を、本は命を頂いて出来るもの」言葉が思い出される。

命を頂いた器に保存する言葉……と思うと、書くことへの意識もだいぶ変わってきた気がする。

手製本応用講座「自作長編を丸背革装にする」

前回、革から花びらや葉っぱの模様にポンチでくり抜いたピース。

今回、拍子木でポンチを叩き、表紙の革をその形にくり抜き、ボンドでピースを貼り付ける。

まずは下の方からスタート。

途中まで花を咲かせたところで終わり。

残りは次回。

私の場合、集中力が途切れやすいのであまり長く作業をするとポンチの大きさを間違えたりするのだ……実際に間違えた。

以前作った青い革とは、また雰囲気が異なる気がする。

一冊一冊異なっていいのが手製本の面白さ。

先生がオーダーして作ってもらったばかりの拍子木が、工房に入っていた。

即購入。

樫の木で出来ているそうで、とても硬い。これなら幾らポンチを叩いても平気そうだ。

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さりはま書房徒然日誌2026年5月26日

丸山健二「千日の瑠璃 終結8」より十月四日「私は行列だ」を読む

「千日の瑠璃」の面白さは、自然を眺めることで社会を見つめている丸山先生の視線にもあると思う。

「黒アリの長過ぎる行列」はこう語る。

たしかに黒アリの行列には、全体主義を彷彿とさせる不気味さもあるなあと思う。

巨石の真下に築かれた
   複雑にして巧緻な巣と
      共同墓地に供えられた
         甘過ぎる饅頭とのあいだを
            途切れることなく結ぶ私は、

ひよっとすると
   全体主義を確信して憚らぬ誰かに
      よく似ているかもしれない。


(丸山健二「千日の瑠璃 終結8」134ページ)

そんな黒アリも、丸山先生の目からすれば人間世界よりは遥かに素晴らしいものに見えてるのだなあと思う。

信濃大町の庭から、人間の営みを見つめている丸山先生の生き方が羨ましくなってきた。

勇猛な兵士と
   勤勉な労働者から成る私は
      粒々辛苦の末に目的を遂げ
         由々しき問題もなんとか解決し、


だからといって
   ひと握りの特権階級のための
      おぞましい集団などではない。


そんな私が最も忌み嫌うのは
   組織全体の足踏み状態であり、

なお且つ 
   いかなる集団にも属さぬ少年世一であり


(丸山健二「千日の瑠璃 終結8」136ページ)

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さりはま書房徒然日誌2026年5月22日(金)

手製本講座 パッセカルトン16回&製本応用講座「自作長編を丸背革装にする」

昨日は中板橋の手製本工房まるみず組へ。

いつも通り製本ドリルをやってスタート。

昨日のドリルは刺繍のある素材を表紙に使うときの方法は?というもの。

私は安易に楽チン裏打ち用のホットメルトと答えて、早速✖️。

裏に糸がたくさん出ている刺繍を表紙に仕立てる方法を色々教えて頂く。

刺繍のある素材を表紙に使いたい……と思っていたところなので、このドリルのおかげで刺繍がダメになる事態を避けられた


表紙に刺繍がある本って素敵だなあと思う。

でも不器用な私に刺繍は無理!

なので刺繍がありそうなところにレッスン後早速相談してみる。どうなるやら?

パッセカルトン16回

一番最初に和紙貼りをやってプレスしたままだったのものが出てきた。

よかった、出てきて。本はバラバラにすると、結構分からなくなるものである。

早速確認。

ずっとプレスしていたんだけど、端の方のヘラでのこすり方が足りないせいか少し剥がれかかっているのが結構あった。

製本応用講座「自作長編を革装丸背にする」

ポンチを革にのせ、ひたすら拍子木で叩いて花弁のつもりの丸をくり抜いてゆく。

先日、浅草橋の革屋さんで購入した星形のポンチも花びらの中央にいいのでは……とくり抜こうとする。

だが星型は中々くり抜けない。五十回拍子木で叩いてもダメ。

ギブアップして先生に助けを求める。

先生曰く「確かに星型は先端の刃が尖っていないかもしれないが、叩き方が弱いのでは」

先生が星型ポンチを叩くと、たった三回叩いただけで星が完成。

拍子木一つにしても加減が難しいもの。

くり抜いた丸をとりあえず置く。

星も可愛いから何となく宙に置く。

次回は表紙をポンチで叩いて、そこに丸をはめてボンドで接着の予定。

表紙に穴をあけないようにしよう。

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さりはま書房徒然日誌2026年5月16日(土)

パッセカルトン15回&製本応用講座「自作長編を丸背革装にする」

14日(木)は中板橋の手製本工房まるみず組へ行ってきた。

パッセカルトンと製本応用講座のダブルレッスンだ。

色んな国から来た方々、懐かしい方々と大勢の方々が、それぞれの本を黙々と作っている。

パッセカルトン15回

前回、ページ中央に和紙を貼ってプレスしておいたものを確認しつつ、天地からはみ出している和紙をハサミでカット。

今回はスミがかすかにうまく貼りついていない、なぜ?

そして、また和紙を淡々と貼っていく。

周囲はみんな違う作業だ。その作業への先生の説明も「そうなんだ!」と勉強になる。

同じ頃、基礎科の月1コースにいらしていた方々も素敵な本を作っていた。自分で花布を編んで……編んだ花布は王冠のよう。
花布編みが苦手で避けている自分を反省。

製本応用講座「自作長編を丸背革装にする」

前回はここで終了。↓

今回は残りの花、葉っぱ、茎を作らなくては。

葉っぱの形に切り抜くのは難易度が高そうだ。

まるみずの先生が「浅草橋のタカラ産業2階には、色んな形のポンチがある」と言われていたのを思い出し、レッスン当日買いに行く。

タカラ産業さん↓

色んな形のポンチがあった。↓

必要なときに必要な分だけ買うのが望ましいけれど。

でも、こういう小さな道具は製造元の工場がなくなったりすると、中々手に入れにくい……と、最近よく感じる。

なので色々購入。棚にないポンチは取り寄せで注文。

先生と相談して、葉っぱは「しずく形」のポンチを使うことに。

茎はヘラでスジをつけてカッターで切り込む。でも上手くいかない。

先生の助言をもとに定規で測って、定規をあてて切り込む。

最後、本文と表紙を合体。

丸背の形を革にもつけるように、指先で本文の丸みにそわせる動きを先生が教えてくださる。

一冊めが完成!残り二冊。

先生がまるみず組のエックスで紹介してくださった。↓

https://twitter.com/marumizugumi/status/2054883614383546681?s=61&t=0IAvG-WbAxkiVd1OmwzreQ

自分で文が書けるとは!

まさか、それを本にできるとは!

驚くやら感動するやら感謝するやら。

石神井川はもう夏の気配である。

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さりはま書房徒然日誌2026年5月14日(木)

信濃大町の草花を東秩父和紙の里で和紙に漉き込んでみた

5月12日(火)、信濃大町まで日帰り植物採取遠征に行ってきた。

採取させて頂いたのは丸山健二先生が毎日丹精込めて作っているお庭。

(大糸線のどこかの風景↓)



丸山先生は植物の確認をされると、素早く庭をまわって珍しい花や葉っぱをどっさり摘んできてくださる。

作業しやすいようにテーブルやら霧吹きまで用意してくださっていた。
有り難いやら申し訳ないやら。

私は持参したキッチンペーパーに花や葉っぱをくるみ、霧吹きで湿らしてジップロックにしまう。

作業が終わったところで、丸山先生や奥様からお庭のお話を伺う。

屋根より高い高木はブナとのこと。それも先生がタネから育てた木だそうだ。ブナはだいたいタネから発芽するとのこと。

タネからこんな美しい巨木が育つんだ……と驚く。

丸山先生は「ブナを庭に植える物好きはいない」と言われていたけど、毎日ブナの木を眺める生活って素敵だなあと思う。

ブナのある生活をすれば、私の文も深まるのかもしれない。

あっという間に時間は過ぎた。サッカーボールくらいの大きさの純白の花がたくさん咲いているオオデマリに見送られる。

帰宅後、和紙に漉き込むのは無理かも……と思った花は机に飾る。飾るとは言えないような活け方だが、それでも眺めていると心癒される。

花屋の花にはない不思議な存在感、清純さがある。

翌日、東秩父和紙の里へ。午前、午後とも小学校の団体さんが入っていて、お忙しいだろうに親切に対応してくださった。

団体さんの合間に作業をする。

厚みがあるとプレスした時にうまくいかない……とのことで、お花をバラしたりしながら漉いた和紙の上に置いてゆく。

クリーム色、ラベンダー色の二色で和紙を漉いた。

この後、熱板にのせて乾燥させるとのこと。色が滲んだり、変色したりする場合もあるらしい。どうかうまくいきますように。

出来上がったら、先日まるみずで教わったブリザードブックにしたててみようかな。

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さりはま書房徒然日誌2026年5月8日(金)

パッセカルトン14回&製本応用講座「自作長編を丸背革装にする」

昨日は中板橋の手製本工房まるみず組へ。パッセカルトン&製本応用講座のダブル受講。

講座の合間に、気になった本や紙ものの作り方やら使われている紙やら、色々先生に訊いて教えて頂く。

他の受講生の方も寄ってきて、私が気がつかなかった制作ポイントを教えてくださる。

私ひとりだと「素敵!」で終わってしまうが、まるみず組に行けば制作への道すじが見えてくる……大量生産される本では無理な手製本らしい作り方も見えてくる……のも良いところ。

パッセカルトン14回

前回と同じ作業が続く。

でも出来が違ってくるのが面白いところ。

前回ページ中央に貼った薄い和紙を点検しつつ、上下はみ出ているところをハサミでチョキチョキ切る。

今回はしっかり貼れていた。

水で溶くケイコーのりの濃度がよかったのか、テフロンヘラでゴシゴシこすて貼りつけたのがよかったのか?

確認後新しいページにまた和紙を貼っていく。今回は千切れることもあまりなく貼れた。

微妙な力加減なのだろうか。

製本応用講座「自作長編を丸背革装にする」

前回も今回も革に穴をあけるポンチが大活躍。

丸く穴をあけるポンチを使用。大きさも様々。ポンチの形は革屋さんに行けば色んなものがあるとのこと。今度行ってみよう。

このポンチを拍子木で叩いて穴をあける。

前回、花びらのつもりの丸を黄色い革からポンチでくり抜いた。

今回は表紙をポンチでえぐってゆく。

37回くらい拍子木で叩くと、革と下のボール紙が剥がれる。

黄色い革を入れて出っ張るようなら、もう少し叩いてボール紙を剥がす。

表紙とはめ込みが同じ高さになったらボンドをつけて接着。

菜の花の9割が出来上がる。

あとはてっぺんの花と茎、葉っぱだ。

でもあと二冊ある。頑張らなくては。

作業の合間、来年、上野で展示予定の源氏物語絵巻の話になる。

個人宅で発見された源氏物語屏風絵がクラウドファンディングによって、大掛かりな修復を無事終えた事も教えて頂く。

考えてみれば源氏物語絵巻も贅沢な手製本のひとつである。それが時をこえて残っているのだ。

先生の「私たちがをここでしているのは残すということ」という言葉、今は無理でもそうなりたいものだと思いつつ、そっと頷く。

葉桜の向こうは石神井川。

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