さりはま書房徒然日誌2025年1月19日(月)

丸山健二『千日の瑠璃 終結8』より九月四日「私は土産話だ」を読む

「耳をつんざく雷鳴をものともせず 気晴らしの小旅行から帰ってきたばかりの老人がする」土産話が語る。

長患いで寝ている妻が聞き役だ。

以下引用文。
「干割れた餅」という比喩が映像的に浮かんでくる不思議さを思う。

まるで干割れた餅のごとく横たわっている老女に
   私は次々に語って聞かせ、

生まれて初めて機上の人になった感動
   大都市にひしめく夥多なる人口
      そこに櫛比する高層建築物が放つ狂気の沙汰


(丸山健二『千日の瑠璃 終結8』15ページ)

「干割れた餅のごとく」は、映像が浮かんでくるような言葉だ。

老女には失礼な比喩かもしれないが、餅という形状が変化してゆく食べ物が老女の一生と重なる気がする。

その直後にくる「夥多」とか「櫛比」という難しい言葉が、老女の干割れた餅のような肌に染み込んでゆくような面白さを感じる。


そして少年世一が近づいてくる。

以下引用文。

稲妻と世一の「刹那的な影」が、老女だけでなく詠み手の心も静かに圧倒する。

稲妻によって窓にくっきりと映し出される
   近頃めっきり鳥の形姿に似てきた病児の
      どこまでも刹那的な影と
         私が放つ仄かな光が
            互いに相映発して
               寝たきりの老女に取り憑いている
                  塞ぎの虫を完璧に押さえこんでしまう。

(丸山健二『千日の瑠璃 終結8』17ページ)

突拍子もない言葉が読み手に深く染み込む比喩と、突拍子もないだけで終わる比喩。いったい何が左右するのだろうか?

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さりはま書房徒然日誌2025年1月15日(木)

製本応用講座&パッセカルトン講座

中板橋の手製本工房まるみず組へ。

午後「パッセカルトン講座」、夜「製本応用講座」のダブル講義。

製本ドリルも二枚。紙の目を間違えて盛大に間違えた。

尺や寸など使い慣れない単位も出てきた。でも襖とかのサイズによく合っている単位だと知る。

パッセカルトン講座

今日もひたすら本を解体してゆく。

本の背には、製本のとき順番の目印になるようにタイトル、何折目かという情報が印刷されている。

折丁をかがる糸をスパチュラでつまんでハサミでパッチンと切る……。

結構時間がかかって、三冊のうち二冊半まで終了。あと半冊残っている。

製本応用講座

並装の歌集を上製本にするプランも、本体に寒冷紗とクータを貼り、段々終わりが見えてくる。

タイトルに赤という言葉のある歌集なので、見返しも赤、先生の助言で花布も赤にしたら、なんだかオシャレ。

表紙の革を切り出す。

裏に印をして切り出すのだが、シャーペンだと表に影響するのでサインペンの方がよいとのこと。

革は適当にしまってよいのかと思っていたら、皺ができたり、カビが生えたりするとのこと。
上から押されないように、乾燥した場所で保管しなくてはいけないらしい。

函も作りたいけど何色が……と先生に相談する。

先生はにっこり笑って「ここまで赤できたなら、函も見返しと同じ赤にしましょう」

たしかに『赤色(セキショク)』というタイトルの歌集にふさわしいかも…。

順調に作業していたように見えるかもしれないが、今日もミス。

頭も目もぼーっとしてきて先生が渡してくださった寒冷紗のロールを、トイレットペーパーと思ってうっかり手を拭くのに使いかけてしまった。恥ずかしいかぎり。

まるみずの先生のおかげで大胆に赤を使うことができ、おしゃれな本ができそうで楽しみである。

まるみずの先生の本へのセンスの良さは、本屋で目立つことを一番に考える編集者やイラストレーターとは別次元……と、あらためて今日思ったことが……。

私が自作をせっせと一折中綴じにした「追憶の赤いカンテラ」を見て頂いた。

私が「これでもいいけれど、どこかにちぎり絵で炎のワンポイントを入れたい気もする」と相談したら……。

先生は考えて、カバーの下の本体の部分に入れてみたら……と助言くださった。

カバーをめくったら炎があらわれる……のはオシャレではないか。

編集者やデザイナーにとって、本は一次元の存在かもしれない。

でも、まるみずの先生は本をめくる時の動作と喜びまで想像して作っている。三次元の存在……なのだと思った。

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さりはま書房徒然日誌2026年1月13日(火)

丸山健二『千日の瑠璃 終結8」より九月一日「私は鼻環だ」を読む

子供のいない夫婦がペットとして飼う牛。その鼻につけられた鼻環が語る。

以下引用文。鼻環を相手に牛は自由への思いをぶちまける。

きっと牛がただモーモー鳴いている風景に、自分の思いを展開する丸山先生の視点に面白さを感じる。

さらには
   動物における真の自由は何かということについて
      ああでもないこうでもないとぶちまくり、

そのとき牛の耳は
   虚弱体質とはちょっと異なる少年の独り言を捉え、

同時に

   澄みきった瞳が
      草原に延びる赤土の道と
         過去の片鱗も留めぬ陽光を
            くっきりと映し出した。

柵を蹴破ってそっちへ向かう際
   牛は私に「おまえにも広い世界を見せてやる」と言い放った。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結8」5ページ)

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さりはま書房徒然日誌2026年1月8日(木)

手製本応用講座とパッセカルトン講座

中板橋の手製本工房まるみず組へ。

今日は無謀にも応用講座とパッセカルトン講座のダブル受講。

無謀だけど人生は短い、やれるうちに学びたいことは学ぼう。

席には製本計算ドリルが二回分置かれていた。1日だから一枚……ではなく、ちゃんと二枚やるのである。

大変だけど、今日のドリルはこれから作るものに直結していて、とても為になった。

応用講座 並装を上製本へ ビリッと悪戦苦闘

並装の歌集をバラして革装上製本にするプランを続行。

久しぶりの糸かがり台だ。セッティング方法をすっかり忘れていた。

テキストを見つつやる。さすがに記憶が蘇ってくる。でも遅い。

極薄和紙、スパイダーでつなげたページを縫って折丁をつなげる……筈だったのだ。

でも、これがすごくハードルが高いことにトライして気がつく。

和紙に針を通して糸がたるまないようにピンと張る……

するとビリッとスパイダー和紙が破れる。

先生が破らない工夫を教えてくださるも、私がやるとしょっちゅうビリっとなる。

破らないようにすれば糸が弛む、糸を引き締めればビリッ。難しい。

ようやく終わって確認。

糸がページの端にひっかかって、ユワーンユヨーンの状態になっているページを発見。

でも先生は優しく笑って直してくださる。背は隠れてしまうからと、背の方に糸を引っ張って、切って玉結びをして弛みを解決して下さった。有難い。

それにしても並装を上製本に直すのが、こんなに難しいとは!

まるみずの製本コンクールに文庫本を上製本に直して出される方が何人かいらっしゃる。

皆さん、スパイダー和紙を縫って上製本にされているんだ。しかも文庫本はページが多いからものすごく大変。

まるみずの場合、手間がかかってもきちんと糸かがりをして改装本にするので、こんな苦労をされていたんだ……と知った。

パッセカルトン 第1回

パッセカルトンは糸かがりの本を三冊選んで仕立ててゆく。

最近の本で糸かがりの本は少ない。古典文学全集とかは糸かがりだと思うが。

私は丸山健二全集九巻「月に泣く」をパッセカルトンの本に選んだ。

ちなみにこの全集も1巻が糸かがり、そのあとはアジロ綴じが続いて9巻が糸かがり。

今はもうない版元の思い入れのある本だったのかもしれない。

本を解体する前に、先生から応用講座の時に本の情報メモが分かりにくかったから、きちんとメモをとるように助言を受ける。

パパッ、ごちゃごちゃ書いてしまっているので反省。

タイトル、著者、刊行年、ページ数、折丁ごとのページ数、別丁とびらやカバーの有無、天地サイズ、左右サイズ……色々メモ。

表紙を外して、糸を切って折丁ごとに解体。

うっかり紙にダメージを与えてしまったりトラブルはあったけど、一冊だけ解体終了。

作業の合間、先生が特色印刷や孔版印刷について、実際の印刷物を見せながら説明してくださる。

すごく綺麗、お洒落。

さらにタラブックスの現地版の、シルクスクリーンで印刷した本を見せて下さる。眼福。

まるみず福袋↓も手に入れ、先生が描いたマルミズちゃんのイラストがかわいいカレンダーでほのぼのと家路に。

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さりはま書房徒然日誌2026年1月7日(水)

丸山健二「千日の瑠璃 終結7」より八月二十九日「私はモズだ」を読む

籠の外からモズが世一が飼うオオルリを眺める。

オオルリとモズの姿をじっと眺めて描いているようでいながら、鳥に人の世を反映させて思索する文。

そもそも私にはオオルリとモズの区別もよくついていないし、鳥の姿に人の世を被せて考えるなんてしないなあと反省した。

私は春先からずっとオオカエデの枝に止まって
   この美しすぎる姿の青い鳥の
      これまた美し過ぎる鳴き声を学び取ろうとし、

これまで九十九種類の鳥のさえずりを習得してきた私の
   まさに最後の目標はいうと
      オオルリにほかならず、


(丸山健二「千日の瑠璃 終結7」391ページ)

ところが
   籠のなかだけが勢力範囲のこのオオルリときたら
      私の口真似にはいっさい動じず、

しかも
   確かに似てはいても
      哲学的な響きの欠落だけはいかんともしがたいなどと
         皮肉混じりの厳しい揶揄を投げかけてきた。


 (丸山健二「千日の瑠璃 終結7」392ページ)

残念ながらそいつは少しも慌てず
   檻の真ん中でじっとして
      たまには自分の声で鳴いたらどうだとからかい、

そのひと言で我に返った私は初めて恥というものを知り


((丸山健二「千日の瑠璃 終結7」393ページ)

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さりはま書房徒然日誌2026年1月4日(日)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より八月二十六日「私はアオコだ」を読む

うたかた湖に短期間で大量発生したアオコが語る。

以下引用文。気候も、人の心も共に荒れる様子がシンプルな言葉だけにずしりと響く。

その荒みが生命の源の水まで荒らしてしまうことにハッとした。

雨のたびに流れこむ山の肥沃な土
   キャンプ場や飯場や宿や別荘から垂れ流しにされてる雑排水
      例年よりはるかに多い夏日と熱帯夜
         急増しつつある因業で算用高い人間
            外国の海で日焼けできない観光客の荒んだ心


それらが私の強力な味方をしてくれ
   この調子だと今年じゅうには
      飲料用水の価値を奪えるかもしれず、

来年までには
   灌漑用水としての価値まで
      引き下げられるかもしれない。


( 丸山健二『千日の瑠璃 終結7』380

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さりはま書房徒然日誌2026年1月2日(金)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より八月二十五日「私は街灯だ」を読む

リゾート開発を進めようとする連中に緋鯉を毒殺された復讐をしようとする世一の叔父。

その心の移り変わりが街灯に照らされた姿、背中の緋鯉の描写から迫ってくる。

以下引用文。なんとも怖そうで、恨みが積もっている様子がひしひしと伝わってくる。

作業用の雨合羽を鈍く光らせ
   腰間に挟まれた白鞘の刀をくっきりと闇に浮かび上がらせた私は
      彼が晴らそうとしている積怨の一から十までを暴き出し

(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』374ページ)

待ち伏せる男の胸のうちをいっぱいに占めた
   毒殺された錦鯉の累々たる死骸が
      怨恨と憤怒の悪臭を放ち、

(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』376ページ)

以下引用文。男の気持ちの一瞬の変化を、背中の緋鯉に託して語っている。

分かりやすく説明されるより、そういうふうに語られる方があれこれ想像して心に残る。

その想像が、最後「電柱」に喩えられた男の姿で一気に膨らむ気がする。

そのとき
   電柱の陰に隠れている男の背中で緋鯉が勢いよく跳ねたかと思うと
      彼の右手がすっと動いて
         私が放つ弱い光を十倍にも輝かせ、

気づいたときにはもう
   ほっそりとした危ない代物が
      雨のなかへ引き出され、

そんな切迫の最中に登場した少年世一を
   私が照らすと
      緋鯉は平板な彫り物と化し
         長い刃物は杖と化して
            男は電柱の一部と化す。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』377ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年12月28日(日)

手製本講座のテクニカルレッスン「コーナーウッドノート」作り

百均のノートがお洒落に変身!

今日、中板橋の手製本工房まるみず組でコーナーウッドノート作りのテクニカル・レッスンを受けてきた。

コーナーに木片を埋め込む製本方法は、まるみずの先生が考えたものらしい。

先生もこのノートをずっと使っているそうだが、木片は取れたりしないとのこと。見返しの引っ張る力も働いているらしい。

今回、本体は機械かがりの(でも糸かがり)市販ノートを使用。

百均で売っているノートだそうだ。




何でも百均の商品を多く生産している中国は、まだ無線綴じの製本機械が少ないらしく、糸かがりのノートがよく販売されているそうだ。

糸かがりノートが百円だなんて、なんて素敵な贅沢!

使う革、見返し、コーナーウッド、花布を選ぶ。

私はオフホワイトの革。

花布は訊かなかったが、先生がご自身で糸で編まれたものでは……なんて贅沢!

コーナーウッドは宮古島のテリハボクという木から作られている。

何でも防風林に植えられる丈夫な、硬い木だそうだ。

切り出した後、表面に丸いカーブをつけ、リンシードオイルに10日ほど浸すことで艶をだすと同時に、密度を高め丈夫にするそうだ。

今回、背を柔らかく仕上げるためにクータや芯材は入れないで寒冷紗のみ。

花布も貼り付ける。

革のもっこりしそうなところをメスで薄く削ぐ。

革でボール紙をくるんで貼る。

意外と革が抵抗してすぐ元に戻ってしまう。でも何とか折り曲げて貼る。

コーナーウッドの形に合わせて四隅をカット。

でも微妙に大きさがずれていて、コーナーウッドが飛び出してしまう。

また少し再度カットする。

コーナーウッドを強力ボンドでボール紙に貼る。

ボール紙の上に補強のカード紙を貼る。

背中を包んで見返しを貼る。

百均のノートも、アイディアでこんなにお洒落な雰囲気に変身する!

工夫してモノを作る心が大事と知る。


それに紙と革と木と本の相性の良さも知る。

来年も失敗してもまた色々作ってみたいもの……と思う。


コーナーウッドのノート作りにトライしたい方は、まだいくつかまるみずのショップで販売しているとのことだ。(年末年始のお休みに注意)

ミゾはわざとつけていない。ふんわりした感じを出している。

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さりはま書房徒然日誌2025年12月27日(土)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より八月二十四日「私は落涙だ」を読む

少年世一にオオルリのさえずりをきかせてもらっている盲目の少女が流す涙が語る。

盲目の少女に見えてくる世界の広がりに、つまらない欲が消え、心が静かになる文。

ために
   少女を愛犬と共に
      夏空の向こうに横たわる
         広大無辺の宇宙へといざない、


輪番制で
   もしくは順繰りに生滅する
      星々を見せてやり、

無いものを嘆く気持ちを
   あっさりと吹き飛ばした。



その代わりとして
   有るものに集中して生きる力を授け、

張り切り過ぎたオオルリは一滴鮮血を吐いたものの
   黙ってしまうことはなかった。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』371ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年12月25日(木)

手製本応用講座ー並装から上製本へ 続きー

 ミス、ミスの連続

中板橋の手製本工房まるみず組へ。

並装の歌集を上製本へ、の続きをやる。でも今日もミスの連続。

一枚ものの「ぺら」を先週作った折丁につける。

一枚ものに和紙の短冊をつけるやり方は基礎課程でやったのに忘れてしまっている。


まずは並装の接着剤の跡(赤い部分)を剥がす。

剥がすのも時間がかかる。でも綺麗に剥がれた。

和紙をペタリ貼ってカッターで切る



だが左に貼るところを右に貼ってた……。剥がそうとしたらビリビリに。結局やり直す。

ようやく手締めプレスにはさむ段階に。

糸でかがる位置を計算して、細い鋸、太い鋸でかがる位置を削って目引きする。

でも上手く削れない。鋸がブレる。

見返しを貼って今日の作業はおしまい。

でも、ここでも大きめのサイズに切っておく見返しを、ジャストサイズに切っていたためアタフタする。

さらに表紙に使う予定の革を見て頂いたら寸足らずになりそうな予感。

おまけに革に自然に入っている縞模様が、どうも本の向きとは逆。



私はネットで注文したのだが、ネット画面だと細かい模様までは分からない。

現物を見て、手触りを確かめて購入するのが一番……と学ぶ。

今回も根気強くご指導くださった先生に感謝。

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