さりはま書房徒然日誌2025年10月27日(月)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より七月十一日「私は農薬だ」を読む

刑務所から出所した後、錦鯉を育てて静かに暮らす世一の伯父。

リゾート開発のための立ち退き交渉にも応じないで、静かに暮らそうとする。

だが相手は極道者たちを使って、錦鯉の池に農薬を放り込む。

たちまち死んでゆく錦鯉。

世一の伯父は背後に蠢く輩を察して、怒りにかられる。

以下引用文。その心情の変化が色に託され、見えない感情が見えてくる気がしてくる。

すると
   彼の胸に
      川面を埋めて流れる紅葉やら
         陣頭に立って殴り込みを掛けてきた相手を
            一刀のもとに斬って捨てた
               若き日の重大な過ちやらがいっぺんに甦り、

無色へと戻りつつあった心が
   みるみる朱に染まり、


かつてきっぱりと否定した
   殺られたら殺り返すという
      単純明快な力学が頭をもたげた。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』197ページ)




(逆風と戦う笹のつもりが、逆風にみんなで回れ右しているような笹になってしまった。でも絵は風の優しさ、厳しさを表現しようとする、のが面白い)

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さりはま書房徒然日誌2025年10月25日(土)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より七月九日「私は泣き寝入りだ」を読む

土蔵に無断で暮らしていた若者。

ある日、突然、土蔵が取り壊されてしまい、若者は慌てて逃げ出し、別荘地を突っ切り、うたかた湖に飛び込む。

丸山作品で無人のボートは幾度も出てくるように思う。
大町にはありがちな風景なのかもしれない。
だが丸山作品では、田舎のありふれた風景が別の色合いを帯びてくるように思える。

この場合も若者を救ってくれながら、この世のしがらみがない存在として不思議なイメージを喚起する。

そして
   おのれが泳ぎ疲れるのを待ち
      湖底へ沈んで行く運命を待ち、


ところが
   期待した事態は訪れず、

ほどなくして
   彼の手は無人のままさまようボートに触れ、


それに這い上がった彼は
   おのれの荒い息遣いや
      土蔵が抹殺されてゆく轟音や
         片丘から届くオオルリの声に聴き入った。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』189ページ)


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さりはま書房徒然日誌2025年10月24日(金)

手製本応用講座「やむなしに逆目を本にする場合」

昨日は中板橋の手製本工房まるみず組へ。「やむなしに逆目を本にする場合」の課題に取り組む。

去年一年間使用したテキストクリアファイル二冊分を冊子印刷形式でコピー、A5サイズに縮小。
そして手製本にしたら、こんなに小さく、薄くなった!
でも老眼でも字はしっかり読める。
手製本とはすごいもの。

手製本を習い始めたとき、まず最初に紙の目の大切さを教わった。
手製本を作るときもY目の紙を使用してきた。

でもコピー用紙はT目。
T目の本文、Y目の見返しと表紙……だと、やはり色々工夫しても見返しの次のページのノド部分に皺が出来ていた。
でも本文は教えて頂いた工夫のおかげで綺麗。


美しい本を作るためには、紙の目を揃えることが大事……とあらためて知る。

応用講座に進んでも、ボール紙を切り出す時の計算式を間違えたり、栞紐が寸足らずだったり、相変わらずそそっかしい一日だった、反省。

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さりはま書房徒然日誌2025年10月22日(水)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より七月七日「私は幻聴だ」を読む

職にありついても、頑なに一汁一菜の生活を送る修行僧。

そんな彼に襲いかかる幻聴の書き方が、いかにも幻聴らしいなあと思いつつ読む。

ここで出てくる世一にも、不思議な妖精めいた存在感がある。

少しく冷静になって考えてみれば
   この世が地獄そのものであることくらい簡単に察しがつくだろうにと
      そう言ってやった。

しかし
   実際に言ったのは
      この私ではなく、

私が言おうとする前に
   私ではない誰かに先を越されてしまい、

とはいうものの
   彼の周辺には
      つむじのない頭に青い帽子を載せた少年が
         なんとも危なっかしい足取りで
            行ったり来たりしているばかりだった。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』180ページ)

このあと、響いてきたのは女の声で、しかも真逆の内容だった……という結末が、なんとも幻聴らしい雰囲気を出している。

(もみじを描いた。だが葉脈を描こうとしたら滲むし、陰影がうまく出ない。赤ちゃんの葉っぱのようなモミジの筈が、ヤツデみたいにドサッとした葉になってしまった。)

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さりはま書房徒然日誌2025年10月21日(火)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より七月六日「私は墓石だ」を読む

散文とは人間の思いがけない面、理性では説明できない面を抉るものかもしれない……

「私は墓石だ」の箇所を読み、そんなことを思った。

「生前は身持ちが悪かったという しかし 見掛けは咲き分けのアサガオのように楚々とした風情」の女の墓に、亭主がやってくる。

静かに野の花を手向けるところまでは、普通である。

だが……

死んだ女の亭主は
   おもむろに紙袋からひと抱えもあるスイカを取り出し、

それを頭上に高々と差し上げるや
   力いっぱいに私に叩きつけ、

「てめえの好きだったスイカだ!
    好きなだけ食らえ!」と
       そう怒鳴った。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』175ページ)

あっけにとられるが、以下の文に亭主の死んだ女への想いが色々想像されてくる。

ついで男は
   口元にすこぶる残忍な笑みを浮かべ
      ほどなく忍び笑いを始め
         やがて高笑いに移行し、

乾ききった笑声は
   墓地全体に空しく響き、
      灰塵に帰した死者の影に撥ね返って
         むしろ嗚咽の声に変わった。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』176ページ)

(桔梗のつもり)

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さりはま書房徒然日誌2025年10月19日(日)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より七月五日「私は現世だ」を読む

現世の活気と生命にあふれる以下の描写が続いた後、それとは真逆の辛さ、暗さに満ちた現世の描写がくる。

丸山作品はこの世の暗さ辛さをよく見つめているからこそ、以下の文は輝くのだなあと思う。

暗さ辛さから目を逸らしたまま、明るさ活気だけを描いた作品にはない引き込む力がある。

野辺に繁茂する雑草と咲き乱れる千草
   樹陰にゆったりと巨体を横たえてくつろぐ白と黒のまだら模様の牛たち、


そこかしこに飛び交う若やいだ声
   彼らの健やかな流汗
      川尻に仕掛けられた梁のなかで踊る銀鱗、


斜光が長い影をもたらす草むした墓地
   世界をろくに知らなくても幸福な者たちの気配、


開店と同時に引きも切らずに客が詰めかける
   立派な構えの和菓子屋、


それらは私の一部でありながら
   全体そのものである。


( 丸山健二『千日の瑠璃 終結7』171ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年10月18日(土)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より七月三日「私は嫁入り道具だ」を読む

世一の姉がストーブ作りの男の家に運び込んだ嫁入り道具が語る。

前妻の記憶が染みついている家財道具は処分され、嫁入り道具に囲まれた男。

その正直な言葉は、結婚によって失われがちな自由というものをよく語っている気がする。

「またしても出発点を誤ったのでは」という不安は「懐かしい不安」という言葉に、人生ってたしかにそういうものなのか……と苦味を感じる。

そんなことを言いながらも
   いざ私に取り囲まれると
      ある種の圧迫を感じて
         自由がじわじわと蝕まれてゆくように思い、


しまいには
   またしても出発点を誤ったのではないかという
      懐かしい不安を覚えずにはいられない。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』164ページ) 



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さりはま書房徒然日誌2025年10月16日(木)

手製本応用講座 「やむなしに逆目を本にする場合」

中板橋の手製本工房まるみず組の手製本応用講座「やむなしに逆目を本にする場合」へ。

応用講座は、基礎講座で使用したテキスト80枚以上をコピーして、一冊の本に仕立てあげるところからスタート。

学んできたテキストを本に仕立てあげることができるなんて!ワクワクする。

持ち運びを楽にしたいからA4のテキストをA5に縮小、コピー屋さんで冊子印刷をする。

ただコピー用紙はほとんどの場合、タテ目だ。(紙には、タテ目、ヨコ目がある)
本にする紙はヨコ目の場合がほとんどだ。
表紙、見返しがヨコ目で、本文がタテ目だとシワシワになったり、歪みが出たりする。


それをどう軽減していくか……具体的なコツをいくつか学んだ。

本文を糸でかがり、背固めをして、寒冷紗を貼って今日はおしまい。

作業の途中で先生が確認してくださる。
裁縫が苦手な私は、かがった糸がどうもユワユワしてしまう。ピシッときっちりかがることが出来る人になりたいものだ。

作業に取りかかる前は、基礎講座のときと同じように製本ドリルがある。

応用講座になって、さらに考えさせ、理解の不足を鋭く突いてくるドリルにパワーアップしている、すごい!

手を変え品を変え、こういうドリルを考える労力だけでも大変だと思う。
まるみずの先生は技術がすごいだけでなく、製本ドリルやテキストづくりにも熱心な教育者なのだなあと思う。

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さりはま書房徒然日誌2025年10月14日(火)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より七月一日「私は咆哮だ」を読む

「まほろ町が赤字を押して営みつづける動物園に もう大分長いこと飼われている 老いたライオン」の咆哮が語る。

今は老いぼれライオンでも、かつて咆哮で静めた様々な人の営みが語られる。
そのあと、やってくる世一の無邪気さ。

「慰め顔」という言葉に世一の優しさを感じる。

「咳きこみながらの大サービス」という言葉に老ライオンの姿が目に浮かんでくる。

小さな町の動物園の一コマが浮かんできて、そこでは弱い世一も、老いぼれライオンもしっかりと輝きを放っている。

きょう
   少年世一がやってきて
      慰め顔で
         私のあまりの凄まじさに
            驚いて腰を抜かしそうになったと言った。

見え透いた世辞だと承知していながら
   すっかり嬉しくなってしまった私は
      咳きこみながらの大サービスをしてやり、

すると世一は
   ふらつく体を一段とふらつかせ
      背を大きくのけ反らせて
         今にも気絶しそうだなどと言い、


あげくに
   ぶっ倒れる真似までしてくれ

同じ園内で飼育されているインコが
   「馬鹿か!」と言っても止めない。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』157頁)

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さりはま書房徒然日誌2025年10月12日(土)

工房レストアの和綴講座へ

大阪、高津宮にて、工房レストアさんが11日に開催された和綴ワークショップに参加してきた。

高津宮は国立文楽劇場から坂道を登って9分。
夏祭浪花鑑とか文楽の演目にも縁のある神社で、1150年以上の歴史がある。

文楽劇場から坂道を登ること9分。ようやく着いたと思えば、最後まで階段が続く。

昔、この神社から海が見えたとのこと。
今では高速道路、ビル、そして怪しいホテル街に囲まれているが。

こんな由緒ある神社の、結婚式にも使われる末広の間で、紙製文化財の修理、修復、複製をされている工房レストアさんが、和綴じ講座を開催してくれた。

工房レストアの社長が教え、若い女性社員二人が補助に入ってくださる。

何回、和綴講座に参加するの?」と突っ込まれそうだが、基本の動きは同じでも、こだわりの動きが微妙に違うのが、手製本の面白いところ。



こよりの作り方にしても、人それぞれである。私はこより作りが苦手だったのだが、レストアさんの一工夫を真似したらスルスル出来た。

合間に和紙について、修復の現状について、アツいお話が聞けるのも、レストアさんの講座の面白さである。

和綴本に使う和紙にしても、表紙は染紙、本文は画仙紙、雁皮紙、機械漉き楮紙、手漉き楮紙、パルプ和紙混合のロール紙と、色々な和紙を混ぜて揃えてくださっていた。

和紙ごとに異なる手触りを楽しみつつ、解説を伺った。

雁皮紙(ガンピシ)の材料、雁皮は植林できないので、山に入って採取しなくては行けない。
一日かけて集めても、2キロ採取するのが精一杯。ゆえに高価。
繊維が細かく、紙漉きのときに沈むので布をひく。
そうして出来た雁皮紙は密度が高く、滲むことなく細い線が書ける……そう。

機械漉き楮紙は透かしても竹の繊維がないが、手漉き楮紙は横の繊維が見える……知らなかった。

外国産の材料を混ぜた和紙は安いが、日本の気候風土に合わないため、やがて紙が黒くなってしまう。だから工房レストアでは使用していないとのこと。

(↓会場の椅子に並べられた紙の材料、その1)

手間ひまのかかる和紙の材料作りは、今、危機的な状況にあること。
レストアさんも四国の山に入って、紙の材料となる植物を植えたりもしてきたそう。

(↓紙の材料 その2)

合間に修復の仕事についてお話が伺えて興味深い。

昔の雑誌はホチキスが錆びる時期にきているため、紙の紐に変えてくれという依頼も多いとのこと。

また古文書をバラしてPDF化、また綴じ直す……という仕事も多いそう。

そういう紙の修復の仕事があるとは……知らなかった。

(紙の材料 その3。叩いてほぐした繊維。顔を近づけると、プンと山の匂いがした。

 紙の材料は山の匂いに満ちている……ということも新鮮な発見)

和綴完成後、社員さんが普段のお仕事風景ー古文書の和綴本をバラして、また綴じ直すーを見せて下さる。(↓ 下の写真)

こよりを金槌で叩いて仮留めするときも、古文書の場合、本文を汚さないように紙をひくそう。

また古文書は虫食いの穴がたくさんあるため、糸を通す穴なのか、虫食いの穴なのか、見極めに時間がかかるそう。

でも早い!

Screenshot

私も完成!紙の異なる和綴じで水墨画にトライするのが楽しみ。
横のバッジはお土産にいただいた工房レストアの缶バッジ。

最後、レストアさんが会場に茶話会タイムを設けてくださる。

高津神社富亭カフェの名物、氏子ロールやお菓子を用意してくださる。
氏子ロール、品のいい甘みに生姜が入っていて美味しい!

他の参加者の方の紙との関わり方やレストアさんの社員の話が伺えて、茶話会も興味深いひとときだった。

特に修復を専攻されたわけではないけれど、美術を学んでいた、手仕事が好きだった……という若手社員さんのお話を伺う。

ご自分の好きをお仕事にされていく姿勢も、そうした気持ちを持つ社員を育てていかれるレストアさんの姿勢も素晴らしいなあと思う。

さらに社員さんのライフスタイルの変化に合わせて、リモートを組み合わせたりと柔軟に勤務の在り方を変えているらしいレストアさんの様子。
古い資料を扱いながら、社員を大切に、新しい勤務体系を導入されているレストアさんの柔軟さにも感動。



「薄い和紙がうまく切れなくて、たくさん無駄にしてしまって」という私の嘆きへのアドバイスは、まるみずの先生とピッタリ同じ。
カッターは軽く、軽く持って、刃をこまめに交換しなくては……と反省。
さらに「和紙はたくさん無駄にしていいんですよ。そしてたくさん買ってくれたら、和紙を支えることになるんですよ」との言葉。

そうかあ、自分で購入した紙は無駄にしても、また買うことで和紙を作って働く人たちを支えることになるんだ……

色々学んだ一日、レストアさんに感謝!

また来年、何かの講座を企画してくださるとのこと。大阪は遠いが参加できたらと楽しみにしている。

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