さりはま書房徒然日誌2025年10月29日(水)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より七月十六日「私は憂いだ」を読む

世一の姉とハワイへ新婚旅行に出かけたストーヴ作りの男。
帰ってきてから胸のうちに広がる憂い。

そんな憂いが語るハワイの様子は新しい切り口で語られながら、やはりハワイが見えてくるところが面白い。

気が付かないだけで、私も同じような疎ましさを感じていたのかもしれない。

成り金の集まりにすぎぬ
   見せかけの経済大国からどっと押し寄せる観光客の重さで
      今にも沈んでしまいそうな火山島は
         ただ暑くて
            ひたすら落ち着きがなく、
               金銭を挟んでの関係があからさま過ぎて
                  帰る間際まで馴染めなかった。

夜になっても放熱を止めぬ海の色は
   うたかた湖の青ではなく
      オオルリの青でもなく、


( 丸山健二『千日の瑠璃 終結7』215ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年10月27日(月)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より七月十一日「私は農薬だ」を読む

刑務所から出所した後、錦鯉を育てて静かに暮らす世一の伯父。

リゾート開発のための立ち退き交渉にも応じないで、静かに暮らそうとする。

だが相手は極道者たちを使って、錦鯉の池に農薬を放り込む。

たちまち死んでゆく錦鯉。

世一の伯父は背後に蠢く輩を察して、怒りにかられる。

以下引用文。その心情の変化が色に託され、見えない感情が見えてくる気がしてくる。

すると
   彼の胸に
      川面を埋めて流れる紅葉やら
         陣頭に立って殴り込みを掛けてきた相手を
            一刀のもとに斬って捨てた
               若き日の重大な過ちやらがいっぺんに甦り、

無色へと戻りつつあった心が
   みるみる朱に染まり、


かつてきっぱりと否定した
   殺られたら殺り返すという
      単純明快な力学が頭をもたげた。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』197ページ)




(逆風と戦う笹のつもりが、逆風にみんなで回れ右しているような笹になってしまった。でも絵は風の優しさ、厳しさを表現しようとする、のが面白い)

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さりはま書房徒然日誌2025年10月25日(土)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より七月九日「私は泣き寝入りだ」を読む

土蔵に無断で暮らしていた若者。

ある日、突然、土蔵が取り壊されてしまい、若者は慌てて逃げ出し、別荘地を突っ切り、うたかた湖に飛び込む。

丸山作品で無人のボートは幾度も出てくるように思う。
大町にはありがちな風景なのかもしれない。
だが丸山作品では、田舎のありふれた風景が別の色合いを帯びてくるように思える。

この場合も若者を救ってくれながら、この世のしがらみがない存在として不思議なイメージを喚起する。

そして
   おのれが泳ぎ疲れるのを待ち
      湖底へ沈んで行く運命を待ち、


ところが
   期待した事態は訪れず、

ほどなくして
   彼の手は無人のままさまようボートに触れ、


それに這い上がった彼は
   おのれの荒い息遣いや
      土蔵が抹殺されてゆく轟音や
         片丘から届くオオルリの声に聴き入った。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』189ページ)


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さりはま書房徒然日誌2025年10月24日(金)

手製本応用講座「やむなしに逆目を本にする場合」

昨日は中板橋の手製本工房まるみず組へ。「やむなしに逆目を本にする場合」の課題に取り組む。

去年一年間使用したテキストクリアファイル二冊分を冊子印刷形式でコピー、A5サイズに縮小。
そして手製本にしたら、こんなに小さく、薄くなった!
でも老眼でも字はしっかり読める。
手製本とはすごいもの。

手製本を習い始めたとき、まず最初に紙の目の大切さを教わった。
手製本を作るときもY目の紙を使用してきた。

でもコピー用紙はT目。
T目の本文、Y目の見返しと表紙……だと、やはり色々工夫しても見返しの次のページのノド部分に皺が出来ていた。
でも本文は教えて頂いた工夫のおかげで綺麗。


美しい本を作るためには、紙の目を揃えることが大事……とあらためて知る。

応用講座に進んでも、ボール紙を切り出す時の計算式を間違えたり、栞紐が寸足らずだったり、相変わらずそそっかしい一日だった、反省。

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さりはま書房徒然日誌2025年10月22日(水)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より七月七日「私は幻聴だ」を読む

職にありついても、頑なに一汁一菜の生活を送る修行僧。

そんな彼に襲いかかる幻聴の書き方が、いかにも幻聴らしいなあと思いつつ読む。

ここで出てくる世一にも、不思議な妖精めいた存在感がある。

少しく冷静になって考えてみれば
   この世が地獄そのものであることくらい簡単に察しがつくだろうにと
      そう言ってやった。

しかし
   実際に言ったのは
      この私ではなく、

私が言おうとする前に
   私ではない誰かに先を越されてしまい、

とはいうものの
   彼の周辺には
      つむじのない頭に青い帽子を載せた少年が
         なんとも危なっかしい足取りで
            行ったり来たりしているばかりだった。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』180ページ)

このあと、響いてきたのは女の声で、しかも真逆の内容だった……という結末が、なんとも幻聴らしい雰囲気を出している。

(もみじを描いた。だが葉脈を描こうとしたら滲むし、陰影がうまく出ない。赤ちゃんの葉っぱのようなモミジの筈が、ヤツデみたいにドサッとした葉になってしまった。)

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さりはま書房徒然日誌2025年10月21日(火)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より七月六日「私は墓石だ」を読む

散文とは人間の思いがけない面、理性では説明できない面を抉るものかもしれない……

「私は墓石だ」の箇所を読み、そんなことを思った。

「生前は身持ちが悪かったという しかし 見掛けは咲き分けのアサガオのように楚々とした風情」の女の墓に、亭主がやってくる。

静かに野の花を手向けるところまでは、普通である。

だが……

死んだ女の亭主は
   おもむろに紙袋からひと抱えもあるスイカを取り出し、

それを頭上に高々と差し上げるや
   力いっぱいに私に叩きつけ、

「てめえの好きだったスイカだ!
    好きなだけ食らえ!」と
       そう怒鳴った。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』175ページ)

あっけにとられるが、以下の文に亭主の死んだ女への想いが色々想像されてくる。

ついで男は
   口元にすこぶる残忍な笑みを浮かべ
      ほどなく忍び笑いを始め
         やがて高笑いに移行し、

乾ききった笑声は
   墓地全体に空しく響き、
      灰塵に帰した死者の影に撥ね返って
         むしろ嗚咽の声に変わった。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』176ページ)

(桔梗のつもり)

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さりはま書房徒然日誌2025年10月19日(日)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より七月五日「私は現世だ」を読む

現世の活気と生命にあふれる以下の描写が続いた後、それとは真逆の辛さ、暗さに満ちた現世の描写がくる。

丸山作品はこの世の暗さ辛さをよく見つめているからこそ、以下の文は輝くのだなあと思う。

暗さ辛さから目を逸らしたまま、明るさ活気だけを描いた作品にはない引き込む力がある。

野辺に繁茂する雑草と咲き乱れる千草
   樹陰にゆったりと巨体を横たえてくつろぐ白と黒のまだら模様の牛たち、


そこかしこに飛び交う若やいだ声
   彼らの健やかな流汗
      川尻に仕掛けられた梁のなかで踊る銀鱗、


斜光が長い影をもたらす草むした墓地
   世界をろくに知らなくても幸福な者たちの気配、


開店と同時に引きも切らずに客が詰めかける
   立派な構えの和菓子屋、


それらは私の一部でありながら
   全体そのものである。


( 丸山健二『千日の瑠璃 終結7』171ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年10月18日(土)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より七月三日「私は嫁入り道具だ」を読む

世一の姉がストーブ作りの男の家に運び込んだ嫁入り道具が語る。

前妻の記憶が染みついている家財道具は処分され、嫁入り道具に囲まれた男。

その正直な言葉は、結婚によって失われがちな自由というものをよく語っている気がする。

「またしても出発点を誤ったのでは」という不安は「懐かしい不安」という言葉に、人生ってたしかにそういうものなのか……と苦味を感じる。

そんなことを言いながらも
   いざ私に取り囲まれると
      ある種の圧迫を感じて
         自由がじわじわと蝕まれてゆくように思い、


しまいには
   またしても出発点を誤ったのではないかという
      懐かしい不安を覚えずにはいられない。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』164ページ) 



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さりはま書房徒然日誌2025年10月16日(木)

手製本応用講座 「やむなしに逆目を本にする場合」

中板橋の手製本工房まるみず組の手製本応用講座「やむなしに逆目を本にする場合」へ。

応用講座は、基礎講座で使用したテキスト80枚以上をコピーして、一冊の本に仕立てあげるところからスタート。

学んできたテキストを本に仕立てあげることができるなんて!ワクワクする。

持ち運びを楽にしたいからA4のテキストをA5に縮小、コピー屋さんで冊子印刷をする。

ただコピー用紙はほとんどの場合、タテ目だ。(紙には、タテ目、ヨコ目がある)
本にする紙はヨコ目の場合がほとんどだ。
表紙、見返しがヨコ目で、本文がタテ目だとシワシワになったり、歪みが出たりする。


それをどう軽減していくか……具体的なコツをいくつか学んだ。

本文を糸でかがり、背固めをして、寒冷紗を貼って今日はおしまい。

作業の途中で先生が確認してくださる。
裁縫が苦手な私は、かがった糸がどうもユワユワしてしまう。ピシッときっちりかがることが出来る人になりたいものだ。

作業に取りかかる前は、基礎講座のときと同じように製本ドリルがある。

応用講座になって、さらに考えさせ、理解の不足を鋭く突いてくるドリルにパワーアップしている、すごい!

手を変え品を変え、こういうドリルを考える労力だけでも大変だと思う。
まるみずの先生は技術がすごいだけでなく、製本ドリルやテキストづくりにも熱心な教育者なのだなあと思う。

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さりはま書房徒然日誌2025年10月14日(火)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より七月一日「私は咆哮だ」を読む

「まほろ町が赤字を押して営みつづける動物園に もう大分長いこと飼われている 老いたライオン」の咆哮が語る。

今は老いぼれライオンでも、かつて咆哮で静めた様々な人の営みが語られる。
そのあと、やってくる世一の無邪気さ。

「慰め顔」という言葉に世一の優しさを感じる。

「咳きこみながらの大サービス」という言葉に老ライオンの姿が目に浮かんでくる。

小さな町の動物園の一コマが浮かんできて、そこでは弱い世一も、老いぼれライオンもしっかりと輝きを放っている。

きょう
   少年世一がやってきて
      慰め顔で
         私のあまりの凄まじさに
            驚いて腰を抜かしそうになったと言った。

見え透いた世辞だと承知していながら
   すっかり嬉しくなってしまった私は
      咳きこみながらの大サービスをしてやり、

すると世一は
   ふらつく体を一段とふらつかせ
      背を大きくのけ反らせて
         今にも気絶しそうだなどと言い、


あげくに
   ぶっ倒れる真似までしてくれ

同じ園内で飼育されているインコが
   「馬鹿か!」と言っても止めない。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』157頁)

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