さりはま書房徒然日誌2025年12月18日

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より八月二十二日「私は見切りだ」を読む

海から山国のうたかた湖に迷い込み、そのまま居着いたカモメ。

でも開発された山林を豪雨が襲い、水質が汚れたうたかた湖に見切りをつける。

以下引用文。鳥や湖、作者の怒りが見えながら、どこかこの世を離れた視点で見つめているような、そんな詩情も感じる。

水質の汚濁による
   餌の絶対量の不足と
      羽毛に染みついて落ちない土の色と
         悪しき激変に対する嫌悪感、


それはここ数日のうちに
   さらに深刻なものと化し、

自慢の純白すら満足に保てなくなったカモメは
   昨晩のこと
      不気味なほど赤い月の下で、

鳥類への被災者対策はないのかと
   そんな意味を込めた鳴き声を発した。


 (丸山健二『千日の瑠璃 終結7』362ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年12月16日(火)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より八月二十日「私は氷嚢だ」を読む

「熱中症にやられた少年世一」を見守る氷嚢が語る。

世一を常日頃厄介者扱いしている家族は心配するでもなく、それぞれ口実をつけて出かけてしまう。

そんな世一を見守る氷嚢の視線が温かく、何ともほのぼのとした気分になる……氷嚢に作者は自分の想いを託しているのだろう。

間もなく氷が全部融けて
   冷水も温水に変わり、

ために私は
   本来の役目を果たせなくなり、

しかし
   それでも世一は邪魔者扱いせず、

だからこそ
   彼の期待に応えようと懸命に頑張り、


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』356ページ)

やがて眠りにつく世一。

以下引用文、その無垢な魂が浮かんでくるよう。

また世一が大切に飼っている青い鳥オオルリの不思議な力を感じる。

ほとんど無傷の
   さもなければ傷だらけの
      世一の魂は
         素早く夢の奥へと逃げこみ、

青色に発光する摩訶不思議な鳥たちに囲まれながら
   馬上豊かに
      真っ暗闇の彼方へと走り去り、

遠ざかる駒の爪音を
   籠の鳥のオオルリが引き継いだ。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』356ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年12月15日(月)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より八月十九日「私はかんかん照りだ」を読む

まほろ町を覆うかんかん照り。

その様子が以下の文中の「ぐったりとさせ」「でたらめにかき乱す」という言葉からありありと浮かんでくる。

読んでいる私まで寒さを忘れ、なんだか真夏の日差しを浴びている気分になってくる。

言葉の力とはおそろしいもの。

アスファルトの路面をぐったりとさせ
   昼下がりの時間帯をでたらめにかき乱す私は
      今頃になって厳冬の付けを払い
         帳尻を合わせつつ


(丸山健二「千日の瑠璃 終結7」350ページ

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さりはま書房徒然日誌2025年12月11日(木)

応用製本講座 並装から上製本へ改装へ&

本を美しくする秘密をちょびっと知る

中板橋の手製本工房まるみず組の応用製本講座「並装を上製本へ」の続き。

ようやくバラしたページを和紙でつないで折丁にした。

終わったらくっつかないように真ん中を開けて干す。↓

糸でかがって折丁をつなぐのは後日。

合間に心になぜか存在感が残る本を何冊か見せ、その秘密を先生に伺う。

色々説明してくださったが、頭からたくさんこぼれてしまった。おぼろに残っていることを以下に。

まずはこちら。

「光の函 佐中由紀枝写真集」

ジャケットの平と背に箔押しされたタイトルの文字が効いている、とのこと。

ちなみに箔押しは製本所ですることも出来るとのこと。製本所の近くに箔押し屋さんがあったりするそうだ。

ちなみにジャケットを取ると、こんな風に。↓

ドイツ装かと思ってしまうデザインが面白く、ここでも背の箔文字が効いている、そう。

同じ著者が絵を描いた画文集、佐中由紀枝・画 福島泰樹・文『追憶の風景』も持参。

この本もジャケットを取ると、金の箔文字が印象的。↓

ここで先生が分厚いクロス帳を取り出してくれ、この本の布装に使われているクロスを調べてくださる。

手製本工房はクロス帳も、紙の見本帳も揃っているので、こういう時ささっと調べてもらえるのが有難い。

この白いクロスはどうやら「ミルキー」という銘柄らしい。

ミルキーに金の箔文字。この素敵な組み合わせを覚えておこう。

それからPASSAGEの棚主でもある真名井大介さんの詩集『生きとし生けるあなたのために』も見せる。

この詩集もタイトルが金の箔文字になっている。先生が箔文字を隠すと、ずいぶん印象が違ってくる。

この小さな箔文字のタイトルがお星様のようにも見えてくる。

それからこの詩集は、後書に紙の名前を記されるほど紙にこだわっている。

その紙が優しい印象を生み出しているとのこと。

また袋綴じという製本方法を使われているが、これは対応できる製本会社が限られているし、普通の製本よりコストアップしてしまうそうだ。

でも、その袋綴じが優しいイメージを生んでいるそう。

製本方法、紙、内容、タイトルの箔文字、表紙の絵……すべてが優しさと本の美しさにつながっている。

でも最後に先生は「お金をかけた本というものは、いやらしくなることがあるから気をつけて」と言われる。
まあ、そんな本にかけるお金は私にはないけど。


そして栃折久美子さんが出された製本についての本を見せてくださる。

手製本についての本だから……と糸かがりにはこだわったそう。

でも見返しは本文と同じ紙を使いコストダウン。

コストダウンしても見返しに直筆の製本メモを印刷。それがとてもお洒落。

コストダウンしてお洒落になるなんて素敵!

その他、薄い器を作っている陶芸家の作品集を見せてくださる。

薄い陶器に合わせたのか表紙も薄いボール紙を使っているそう。そして見返しにやはり楽しい創作メモが印刷されている。

本って色々お金をかけずしてこだわることが出来る……でも、それを考えるのは大変だけど。

色々教わって癒されたひとときだった。

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さりはま書房徒然日誌2025年12月8日(月)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より八月十八日「私はアオバトだ」を読む

「山国のまほろ町で暮らしてはいても 夏場には必ず海水を飲まないと生きてゆけぬ」アオバトが語る。

そんなアオバトが見つめ語るのは、海辺の町から「干物をぎっしりと詰め込んだ箱を背負えるだけ背負って」行商する娘。

この行商の娘は、これまで幾度か登場してきた。

アオバトが向ける行商の娘への視線に、丸山先生の視線が重なる。

海の町でたくましく、ひたむきに生きる娘の姿が浮かんでくる。

そんな彼女には
   確かに私を惹きつけて止まぬ何かが具わっており、
      だからこそ
         いつもそうやって気に止め
            様子を窺ってしまうのだろうが、

しかし
   なぜか見飽きるということがなかった。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』349ページ)

最後、まほろ町を後にする行商の娘の影にアオバトが見た光の輪。

この影の描写に娘の現実と憧れが描かれているような気がして心に残る。

これはおそらく私しか気づかないことで
   彼女の恐ろしく長くて酷く寂しい影の頭の部分には
      ほんの薄っすらと
         虹色に限りなく近い
            光の輪が見てとれたのだ。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』349ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年12月5日(金)

並装から上製本への続き

昨日、中板橋の手製本工房のまるみず組へ。

並装から上製本への改装本作業の続きをやる。

まずはヤスリをかけて、背中にしつこく残るノリボンドのねちょっとしたところを削る。

薄葉紙スパイダーという和紙を細長く短冊状に切り、ノリを塗ってページを繋いでゆく。

ワックスペーパーの上にノリをつけた薄葉紙スパイダーを置く。

薄葉紙スパイダーでページ二枚の端をくるんでつける……を繰り返して、8ページ1折の折丁に。

でも薄くてフワフワしているから、くるんだつもりがくるめていなかったり難しい。

作業の合間、私の「本にするぞ」計画の助けにと、先生がページ数や折丁数を計算して印刷会社や製本会社に聞いてきてくださった予算を教えてもらう。

紙代が加わるけど、それでも後書き、書籍デザイナー、挿絵、校正をお願いする余裕がありそう。

手製本工房の先輩が働いている製本会社では、その先輩が先頭にたって関わってくださるらしいとのこと。とても嬉しい。

コツコツ書いてきたものが、知らない人ではなく、一緒に紙漉きツアーに行ったり、教えていただいたりしたこともある手製本工房の先輩に見守られて本になるんだ……と思うとさらに嬉しいし、頑張ろうと思う。

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さりはま書房徒然日誌2025年12月4日(木)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より八月十七日「私は虫唾だ」を読む

「鋭い眼光でもって世間のあちこちをねめつけながら 僅かな揉め事でもけっして見逃さない そんなやくざ者に走る虫唾」が語る。

やくざ者が虫唾を走らせる様々な人間。

その中には、丸山先生と思われる人間も入っている。

果たしてどこの誰が読むのか見当もつかぬ
   小難しい一物を物するために
      この世に向かっていちいちいちゃもんをつけ
         厭世と楽観の狭間を
            その日その時の気分に従って縫い
               かくも相応しい環境と条件の下で
                  せっせと書きつづける小説家だ。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』345ページ)

小説家の書くという営みを「この世に向かっていちいちいちゃもんをつけ 厭世と楽観の狭間を その日その時の気分に従って縫い」と表現。

たしかにそうだなあとも、面白い表現だなあとも思う。

一方で、それゆえ小説は世間の有り様が違ってくると、価値観や目のつけどころの面白さがずれてきて、いち早く忘れ去られてしまうのかも……とも思った。

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さりはま書房徒然日誌2025年12月2日(火)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より八月十六日「私は球電だ」を読む

球電というのは、雷雨の時に見られる球のように発光する現象。

雷雨のこの世のものとは思えない凄まじさ、

弱い筈の世一。その不思議な存在感、

そんなものが混然として美しい描写だなあと思う。

すぐ後を追う私に
    彼がまったく気づかないのは
      あながち雷鳴や土砂降りの雨のせいばかりではなく、

思うに
   病がもたらした途方もない集中力の為せる業に違いなく、

つまり
   自我への認識の度合いの異様な深さによるもので、


落雷は山にも町にもあって
   その都度
      野人に等しい少年の姿をくっきりと照らし出し
         瞬間の火柱を立ち昇らせる。

(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』340ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年12月1日(月)

丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より八月十五日「私は焦熱地獄だ」を読む

帰還兵なのだろう、まほろ町に居着いた物乞いが蝋燭の炎の向こうに見る焦熱地獄。

戦争が終わっても、日常の景色が些細なことをきっかけに戦争中の酷い景色に変わってしまう。そんな帰還兵の意識がひしひしと伝わってくる。

かつての穏やかな心には戻ることの出来ない帰還兵の、戦争の悲惨を思う。

昼下がりの炎暑が
   いつしか降り注ぐ焼夷弾の高熱に取って代わられ、

すると途端に
   夏は夏以上の季節に変わり、

いかなる罪より重そうな銀色の機影の通過直後に
   そこかしこからいっせいに火の手が上がり、

その寸前まで芬々と薫っていた草花までが
   家屋や電柱と一緒に燃え出し、

池や川の水が煮え立ち
   もうもうたる煙によって
      碧空がみるみる占領されてゆく。

そして私は
   生々しい記憶の底から
      実体験以上の苦しみや悲しみを引き出して
         物乞いを責め苛み、


ついさっきまで空元気を出して生き抜こうとしていた
   健気な人々の体からどっと肉汁があふれ出し


(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』335ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年11月29日(土)

並装から上製本への改装

27日(木)は手製本工房まるみず組の応用コースへ。

並装から上製本にする作業を黙々としながら、先生から色々本のこと、紙のことを教わる癒しの、そして学びのひととき。

まだページの端にしつこく残っているノリボンドの痕跡を、カッターの刃の頭でで根気強くゴリゴリ落とす。

ノリボンドの跡を綺麗に落としながら、色々先生にお話を伺う。

今作ろうと動きはじめたばかりの本のことも色々助言くださる。

「予算が許せば、中にカラーの挿絵を挟みたい」と言えば、

印刷会社に全ページカラー印刷を頼むか、

あるいは挿絵部分だけカラー印刷にして製本会社で貼り込んでもらう……ことも出来るとのこと。

具体的なコストは両方とも訊いて調べて下さるとのことで、大変有難い。

修理のレッスンに使えないかと93年前に江川書房から刊行された堀辰雄「ルウベンスの偽画」を見て頂く。

ボロボロになってしまっているけど、赤い部分は革だそうだ。

革は70年くらい経過すると中の油が抜けて、こういう状態になってしまうらしい。

でもスッキリした素敵なデザイン。

93年前、23歳の江川青年が奮闘して出版した「ルウベンスの偽画」

本文の前後に空白のページ、ギャルドブランシュを4ページずつはさんだり、伝統的な製本方法に忠実。

さらに本文をご覧になって先生は「本文の天地と右の余白が黄金比になっている」と教えて下さる。

そういえば、空白がたっぷりあるようでいて微妙にそのバランスが違う。

江川青年が意識的にこのバランスを変えていたと知る。

さらに先生は奥付の「精興社印刷」という文字をご覧になって、「やっぱり」と言われる。

なんと精興社は今でもあって、この美しい活版印刷の文字に近い精興社書体というフォントを使われているそう。

作家さんの憧れは「精興社で精興社書体で印刷、牧製本印刷(広辞苑の製本会社)で糸かがり製本」とも教えて頂く。

たしかに素敵だ!

その他、和紙の修復の世界では「千年もつ」というのが基準……和紙修復のことやら話して頂く。

なんだか日常から離れてとても癒された時間だった。

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