丸山健二『千日の瑠璃 終結7』より六月九日「私はポーチだ」を読む
まほろ町の建てたばかりの別荘のポーチに座って、うたかた湖を見る男。
湖の波の描写が人生のようでもあり、
暮れゆく街の描写も失意の男の人生のようでもあり、
でも最後のところで
そんな心地良い失意の中にいることも許されずに生きなくてはいけないのだと苦味がかすかに残る。
そんな思い出に塗りこめられたあれこれが
引いては寄せる波のごとく
半生の岸辺を削り取ってゆく。
いつしか知らず
私の手摺りにカモメが止まって翼を休め
町じゅうに鳴り渡ったサイレンの音が消え
水差しが空っぽになり
丘の家へ帰って行く少年が闇に呑みこまれており、
ほどなくして
穏やかに過ぎる夜が
密やかに舞い降り、
しかしながら
まだまだ生きなくてはならぬ男は
依然として私のそばを離れない。
(丸山健二『千日の瑠璃 終結7』69ページ)












