さりはま書房徒然日誌2023年9月3日(日)旧暦7月18日

丸山健二「夢の夜から 口笛の朝まで」より「水葬は深更におよび」を読了
ーどちらの最期がいいのだろうかー

雷鳴轟く中、喪服を着て父親を水葬する木こりの一部始終を見守る吊り橋「渡らず橋」……。
作者丸山健二の死生観、たぶん火葬を嫌悪して土葬に憧れ、もう一つの世界の存在を信じる……そんな死生観が色濃く滲んでいる作品だと思う。

ただ先日、他の方からこれとはと全く逆の死生観
「最後の時くらいは威勢よく火葬場から煙をあげてやりたい。でも、今ではそれもダメでなるべく煙を出さないように遠慮してしか焼けない」
と嘆く言葉を聞いた。

はたしてどちらの死生観がよいのだろうか……と思いつつ、「水葬が深更におよび」を読む。

併せて、
執拗に回帰する生と死についても充分すぎるほど承知している「渡らず橋」が、
緊張が解消されつつあるなかで祈ることは、
ただひとつだ。

激流に押し流される岩石といっしょに攪拌されて滅していった屍のうえに、
人間味にあふれた、
より類的な、
苦い経験が半分と、
甘い経験が半分の、
しめやかにしてふくよかな輪廻があらんことを!

(丸山健二「夢の夜から 口笛の朝まで」より「水葬は深更におよび」169頁)

丸山作品のこういう言葉を読めば、土葬、そしてもう一つの世界へ……という考えも納得してしまう。

でも「最期くらい勢いよく煙をあげてやりたい」という言葉にも頷いてしまう。

どちらにしても、私たちが自分の最後を思うような形でまっとうすることすら叶わない……そんな不自由な世であることは確かである。

カテゴリー: さりはま書房徒然日誌 | タグ: , | コメントする

さりはま書房徒然日誌2023年9月2日(土)旧暦7月17日

移りゆく日本語の風景ー浄瑠璃、活弁士、朗読家、声優と名は変われど、語りを愛する心は変わらないのかもしれないー

神奈川県立図書館ボランティア朗読会へ行き、六人の方の朗読を聴く。
朗読する側と聴いている側が一体となって、一緒に本を読むような良い時だった。

日本では他の国よりも朗読をする、朗読を聴いて楽しむ……という文化が形を変えつつ、受け継がれているように思う。

先日、福島泰樹先生がNHK青山のカルチャーセンターの教室でたしかこう語られていた。

「日本には浄瑠璃のように舞台、語り、音楽と分けて楽しむ文化があった。

だから日本だけ活弁士と楽士が活躍する無声映画が盛んになった。

トーキーの時代になって、実際の俳優の声を聴いた観客は声がよくないからがっかりした。」とのこと。

無声映画からトーキーの時代になって、人々はさぞ嬉しかっただろうと思っていた私はびっくりした。

以下、ジャパンナレッジの日本百科大辞典の「活弁士」の項目より引用。少し長くなるが、やはり「活弁士」が愛されてきた経緯が分かって面白い。

活動写真弁士の略称。映画の旧名称である活動写真の説明者をいう。サイレント映画時代、スクリーンの傍らで映画の解説、登場人物の台詞 (せりふ) 、情景の説明などを行うのを職業とした芸人。日本における映画の初公開は1896年(明治29)であるが、公開の手配はすべて興行師が行ったため、客引きの口上言 (こうじょういい) がついた。これが活弁の元祖である。初期には上映前に映画の原理や作品の解説などをする前説 (まえせつ) と、上映中にしゃべる中説 (なかせつ) とがあったが、1920年代に入って前説は廃止になり、また活弁という名称にかわって、映画説明者あるいは映画解説者といわれるようにもなった。活弁は、スクリーンに映っている俳優自身がスクリーンの後ろで台詞をいう形式から、やがて弁士がその俳優の声色 (こわいろ) を使う声色屋の時代、サイレント末期になると弁士自身の個性ある話芸を聞かせる時代へと推移した。活弁の話芸が売り物であり、写真は添え物で、ファンは活動(写真)を見に行こうといわず、だれだれ(弁士の名前)を聞きに行こうといった。活弁がこのような主導権をもったのは日本の映画興行の特性で、外国では字幕と音楽伴奏だけの上映が普通であった。当時の日本の観客の大部分は外国映画の欧文字幕が読めないということもあり、また浄瑠璃 (じょうるり) をはじめとする語物の伝統も根強く、活弁は不可欠、当然のこととして定着した。観客が自己の鑑賞力に自信をもたず、感動の度合いまでも説明者の指示に従いたがったという側面もあった。当時の有名な説明者に、(途中省略)などがいた。政府統計によると、1926年(昭和1)には日本全国の弁士は女性も含め7576人であったが、30年代になり、トーキーの普及とともにほとんどの弁士は廃業せざるをえなくなり、活弁の時代は終わった。

さて、活弁士は絶えたかに思えるが……。
語りが途絶えたわけではない。
今でも声優に憧れる若者は多い。

自分の声で語る……ことに日本人がかくも魅力を感じるのはなぜ?と不思議に思う。

浄瑠璃、活弁士、声優、朗読……と時代によって形を変えつつ、語りの文化は日本から消えないかもしれない……
そんなふうに思えた本日のボランティア朗読会であった。お疲れ様です。



カテゴリー: さりはま書房徒然日誌 | コメントする

さりはま書房徒然日誌2023年9月1日(金)旧暦7月16日

丸山健二「夢の夜から 口笛の朝まで」より『水葬は深更におよび』を途中まで読む

ー何を象徴しているのかと立ち止まって考える楽しさー

『水葬は深更におよび』は、作品中の物や人が、何かの象徴にも思えてくる。

例えば「存在と無の境界」であるかもしれない「渡らず橋」とは?
生と死の境目、三途の川のような存在?
それとも現在、過去、未来……時の流れにかかっている空間?


ひどく悲しい目をして、
しばらくのあいだ
存在と無の境界に当たるのかもしれない橋の袂で呆然と佇んでいたが、

(丸山健二「夢の夜から 口笛の朝まで」より『水葬は深更におよび』115頁)

以下引用の木こりの様子を読んでいると、信濃大町で庭仕事をしながら過ごされる丸山先生の姿が浮かんでくる。
父親の遺体を抱えた喪服姿の木こりは丸山先生なのか?

ただひたすら日々の心情の要求に従い、

自然の掟を蔑ろにしないように心を配り、

変化する草木に合わせて魂を千々の色に染め、

緑がかった風に溶けこみながら飛び去る四季をやり過ごし、

おのれの静かな影を相手に無理のない黙考にふけり、

自分と世界を結ぶ絆を何よりも大切にし、

(丸山健二「夢の夜から 口笛の朝まで」より『水葬は深更におよび』147頁)

文の奥に秘められた意味や象徴を考えてゆっくり読む……。
それが本書の楽しさの一つである気がする。




カテゴリー: さりはま書房徒然日誌 | タグ: , | コメントする

さりはま書房徒然日誌2023年8月31日(木)旧暦7月15日

丸山健二「夢の夜から 口笛の朝まで」より『水葬は深更におよび』を途中まで読む
ー自然を語る言葉がいつしか哲学を語る言葉となり、

 はっきりと分からないかもだけど心地よくなるー

「夢の夜から 口笛の朝まで」に収録されている二篇目の短編である。

一篇目同様にやはり吊り橋「渡らず橋」を中心に、まるで「渡らず橋」が人間であるかのように語られてゆく。

この「渡らず橋」の擬人法が面白く感じられるのは……。
吊り橋というものが人間が使うものでありながら、同時に眺めたり、感慨に耽ったり、あるいは揺れに怯えたり、人生そのものみたいな存在でもあるからなのだろうか?

擬人法を使うときには、対象とするものを選ぶことも大切なのかもしれない。

冒頭で語られる夏空の美しさ。
その中で平穏に過ごす「渡らず橋」。
それが雷で一変してゆく展開の鮮やかさ。
急変した天気をきっかけに不確実な生を語る文につなげる展開……。

さりげなく作者の哲学を滲ませる文の展開に頭がついていけていないかもしれないが…。
でも意味がわからなくても前の雷の描写ですでに満ち足りている。
だから意味が完全に分かったとは言えなくても、分かっているような誤解をゆるりと楽しむことができる気がする。

もしも運命が許すのならば、
心温かい知性と物怖じ抜きの内向的な一貫性をしっかりと保てる、
平安に満ちあふれた「渡らず橋」ではあった。

しかし、
空中はるかな高みから一陣の生ぬるい風がさっと吹きつけてきた直後に、
粗野で単純ながらも、
どこか啓示的な一発の雷鳴が殷々と響きわたったことによって、
様相は一変し、

天衣無縫な夜と化すはずだった心浮き立つ気配がいっぺんで吹っ飛び、
天と地が融合してしまったかのごとき、
ただならぬ感情が一挙に巻き起こされ、

過ちの上に過ちが重ねられたかのような、
そんな不安がざわめいた。

とたんに天気は機嫌を損ね、
月も星もない暗黒の空となり、
すべての事態と成り行きが緊要の問題へと一気に傾斜し、
情の衣を纏っているはずの未来が不可知きわまりない色に染まり、
「常ならぬ幸福」という身も蓋もない真理が幅を利かせ始め、

(丸山健二「夢の夜から 口笛の朝まで」より『水葬は深更におよび』75頁)

『水葬は深更におよび』というタイトルだが……
「水葬」と「深更」という漢字二語の並びの格好よさ、
「におよび」という文の途中で終わる言葉から連なる物語が期待されてくる。

「深更」(しんこう)、「夜更け」「真夜中」という言葉は初めて知ったが、引き締まった感じの言葉でいいなと思った。

カテゴリー: さりはま書房徒然日誌 | タグ: , | コメントする

さりはま書房徒然日誌2023年8月30日(水)旧暦7月14日

丸山健二「夢の夜から 口笛の朝まで」より『夢の夜から』を読む

ー「かくあれ」という作者の思いー

ー「吊り橋」を語る擬人法の面白さー

夫に先立たれた老婆を変えた小さな存在とは……。

それは嵐の夜にやってきたフクロウの雛。

フクロウの雛との出会いをきっかけに変わる老婆。

その変貌ぶりを語る以下の文に、丸山健二の「人間とは本来こうあってほしい」という思いを強く感じる。

もはや亡夫の面影を内心の友とする必要がいっさいなくなり、

そして、
自分が末梢にすぎぬ甲斐なき存在ではないことを、

地表を這う憐れな生き物の仲間ではないことを、

社会への不平不満にあふれた年金生活者ではないことを、

はたまた、

近いうちに夫のあとを追って虚空に消え去るばかりの、
混沌に面したまま滅び去る一介の有機体なんぞではないことを、

存在における普遍的な原理という広い枠組みのなかで、
大きな錯誤に陥ることなく、
翻然と悟った。

(丸山健二「夢の夜から 口笛の朝まで」より『夢の夜から』41頁)

吊り橋「渡らず橋」は、そんな老婆とフクロウを見守る。

そして或る日、夢を見る。

その夢で酔っ払った老婆は「渡らず橋」で転倒して川に墜落。
フクロウも跡を追いかけ溺死……。

そんな夢を見たあと、老婆の通行に気遣う「渡らず橋」の描写が、やはり擬人法を駆使した書き方で表現が面白いし、ユーモアも感じる。

読む者の心に吊り橋の揺れを再現し、それがなんとも言えない不安に繋がっていく。

そして今宵もまた、
いざ老婆が近づいてくると、
内的な親近感ゆえに、
「渡らず橋」はひとりでにおずおずと気遣い、
心のなかにあらずもがなの覚悟が準備されてしまい、
たちまちにして不安の感情に崩れ落ち、
面食らうほどのおぞましい緊張を強いられ、
怖れはいよいよつのり

(丸山健二「夢の夜から 口笛の朝まで」より『夢の夜から』49頁)

ともあれ揺れの幅を最小限にとどめようと、
精根尽くして気持ちをぐっと引き締めにかかったものの、
当然ながらそんなことでどうにかなるはずもなく、
相手が一歩踏み出すたびに横揺れがどんどん激しくなってゆくのだった。

(丸山健二「夢の夜から 口笛の朝まで」より『夢の夜から』50頁)

それにしても老婆のペットのフクロウはどんな種類だったのだろうか?可愛らしいシマフクロウの写真にしたが……。


カテゴリー: さりはま書房徒然日誌 | タグ: , | コメントする

さりはま書房徒然日誌2023年8月29日(火)旧暦7月13日

丸山健二「夢の夜から 口笛の朝まで」より『夢の夜から』を途中まで読む
ー「吊り橋」が語ればうつつの世が幻想の世界へと見えはじめるー

ーこんな風に擬人法が使えるという面白さー

「夢の夜から 口笛の朝まで」というタイトルも心に残るし、青い装丁も、青の栞の紐も素敵な本である。

「夢の夜から 口笛の朝まで」は、おそらく「おはぐろとんぼ夜話」の前あたりに書かれた作品なのだろうか。
「おはぐろとんぼ夜話」の語り手は古びた屋形船「おはぐろとんぼ」。
「夢の夜から 口笛の朝まで」の語り手は見向きもされない吊り橋「渡らず橋」で、その様子はこう書かれている。

金属類にはいっさい頼らず、
蔓のみを材料にした、
今やほとんど見向きもされない吊り橋は、

ひとまず人間に酷似した精神的な枠づけが整ったところで、
誰にも感知できぬ声なき声で自分にそっと呼びかけ、
(丸山健二「夢の夜から 口笛の朝まで」8頁)

人間でないものが物語を語りはじめると、見えない世界があらわになってくるような不思議さがある。
物なのに物ではなくなってくる……
そんな擬人法の面白さが「誰にも感知できぬ声なき声で自分にそっと呼びかけ」という部分にある。
これから不思議な幻想の物語が始まってゆく感がある。

以下の引用部分は「渡らず橋」の、いや作者丸山健二の、人間への思いが伝わってくる。
ストレートに作者が「私」と出てくるよりも、どこか森の仙人様のようなおかしみがある。
思わずどんな話が出てくるのだろう……と聞きたくなる。

それでもなお「渡らず橋」は、
生来の情の深さとあまりに退屈な立場によって、
おのれをこの世に送り出してくれた人間に見切りをつけるような忘恩な真似はせず、

本能によってのみ条件づけられている他の生き物とは大きく異なる、
非常に特異な存在としての人間にどこまでも魅せられ、

まったく融通のきかない灰色の毎日にたいして無言の抵抗をつづける、
人の人たるゆえんとやらに強く惹かれてやまず、

謎がいよいよ深くなるばかりの精神界に戦慄的な認識を抱きながらも、
人間性の内奥にひそむ不気味さをもふくめた全体に取り込まれた。
(丸山健二「夢の夜から 口笛の朝まで」14頁)

「渡らず橋」が一目置いている、フクロウを飼う老婆。
老婆が近づいてくる時の「渡らず橋」の描写も、こういう風に擬人法を使えば、物が物でなくなって生き生きとしてくる。
そして不思議な幻想の世界が見えてくる……と興味深い。

すると今度は、
フクロウのみならず、
「渡らず橋」までもがあからさまに胸をおどらせ、
いつものように自分なりに歓迎の意を表したいと思い、
千鳥足でご帰還する年寄りをいたく気遣って、
蔓の結び目をぎゅっと引き締めた。
(丸山健二「夢の夜から 口笛の朝まで」32頁)

カテゴリー: さりはま書房徒然日誌 | タグ: , | コメントする

さりはま書房徒然日誌2023年8月28日(月)旧暦7月12日

丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」読了ー哲学小説でもあり長大な幻想文学でもありー

丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」上中下巻を読了。

屋形船おはぐろとんぼが森羅万象に想いをめぐらす哲学小説のようでもあり……。
生を持たない筈のおはぐろとんぼが語るからこそ見えてくる不思議な淡いの世界を描いた幻想小説のようでもある……。

今回が「おはぐろとんぼ夜話」を辿る初めての旅。
今後も幾度も「おはぐろとんぼ夜話」を読んで、言葉の海を、哲学的空間を旅するだろう。

丸山先生を思わせる屋形船おはぐろとんぼの俯瞰しているような仙人モードの語り……。
読めなかったり初めて知ったりした難しい、でも美しい言葉の数々……。思いがけない擬人法を散りばめた文章…….。
これから読む度に新しい発見がたくさんありそうで、再読するのが楽しみである。

屋形船おはぐろとんぼと過ごした最初の旅に名残惜しさを覚えつつ、本を閉じる。

実際には思いのほか短かったのかもしれないわが生涯が
あっさり夢幻の仲間に加わり、

高みへ
果てしのない高みへと移行する
人生の目標の濃い影
その下に佇むことに耐え切れなくなった
中途半端な傑物の心情が理解できたように思え、
(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」下巻632頁)

「おはぐろとんぼ夜話」の最後の頁から、生と死、未知なる自然が隣り合わせている丸山先生の価値観が伝わってきた。丸山文学は、死があるからこそ生が輝く世界を言葉で表そうとする姿勢が魅力の一つなのだと思う。

屋形船から棺へと化した
偉大なる燃えカスとしての私が振り絞る
最後の意思の力によって

ひょっとすると極楽浄土とやらの入口であるかもしれぬ
いまだにその存在を知られていない海溝へと通じる
段切り灘の底なしの底へ

どうころんでも恐怖の対象になり得ない
美し過ぎる天体の輝きといっしょに

宿命の黒ずんだ申し出を峻拒することなく
在るがままを受け容れながら
するすると滑り降りて行くのだった。
(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」下巻638頁)

カテゴリー: さりはま書房徒然日誌 | タグ: , | コメントする

さりはま書房徒然日誌2023年8月27日(日)旧暦7月11日

移りゆく日本語の風景ー豆腐ー

今日は北区北とぴあで開催された「初めての文楽〜その参 妹背山婦女庭訓 金殿の段」を観てきた。

上演前の技芸員さんたちの対談で、入鹿の御殿から豆腐を買いに行く女中とお三輪がばたりと会う場面が話題になった。
そのとき呂勢太夫さんが言われた「この時代に豆腐があったのかはわかりませんが」という言葉が気になった。


妹背山婦女庭訓は近松半二らがつくった浄瑠璃で1771年に初演。
蘇我入鹿らを登場人物に、飛鳥時代を舞台設定にしている。

はたして日本に豆腐が入ってきたのは……と調べてみた。世界大百科事典によれば、以下の通り。

日本の文献では,1183年(寿永2)の奈良春日大社の記録に見えるのが古く,鎌倉時代には1280年(弘安3)の日蓮の手紙に〈すり豆腐〉の名が見える。南北朝から室町期に入ると,豆腐の記事は日記類を中心にして急増し,室町後期の《七十一番職人歌合》には白い鉢巻をした女の豆腐売が描かれ,〈とうふ召せ,奈良よりのぼりて候〉と書かれている。歌のほうには奈良豆腐,宇治豆腐の名が見え,当時奈良や宇治が豆腐どころであったこと,この両地から京都にまで豆腐売が通っていたことがわかる。やがて大消費地であり,水のよい京都でも盛んにつくられるようになり,豆腐は京都名物の一つに数えられるようになった。

蘇我入鹿(645年没)の時代には、どうやら豆腐はまだ日本には入ってきてなかったらしい。

だが室町時代には女の豆腐売りが出現、近松半二の時代には人々の食生活にすっかり馴染んでいたことだろう。

近松半二は資料の少ない時代に、遠い飛鳥時代を思い描いた。
豆腐なら昔からあっただろう……と女官が豆腐を買いに行く場面を入れたのだろうか

日本国語大辞典で豆腐の例文を調べてみると、時代ごとに豆腐のイメージは微妙に現代とは違うのかもしれない……とも思う。

*本草色葉抄〔1284〕「腐豆(タウフ)」

*日葡辞書〔1603~04〕「Tofu (タウフ)〈訳〉豆を粉にして作った食物の一種で、出来たてのチーズに似たもの」

*俳諧・春の日〔1686〕「朝朗(あさぼらけ)豆腐を鳶にとられける〈昌圭〉 念仏さぶげに秋あはれ也〈李風〉」

日葡辞典をつくったポルトガル人にすれば、チーズに思えたのだろうか。
それにしても鳶にとられる豆腐とは、相当しっかりしている気がする。高野豆腐に近いものだったのだろうか。それとも油揚げなのか?

現代では、豆腐屋も、豆腐売りのラッパも遠くなってしまった。

これから先、豆腐はどう変わっていくのだろうか?
豆腐の移り変わりを思いながら、コンビニで売っていた豆腐プリンを深夜にひっそり食べる……。


カテゴリー: さりはま書房徒然日誌 | コメントする

さりはま書房徒然日誌2023年8月26日(土)旧暦7月10日

丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」下巻を読む—海を語ればー

惨劇のあと、船頭の大男と屋形船おはぐろとんぼは、「段切り灘」という海にでる。

おはぐろとんぼが感じる初めての海は、まず聴覚から描かれている。

次に海の音が作用する心の動きの変化を「どうでもよくなり」「溺れかけ」と語る。

次第に朦朧としてゆく意識の中、おはぐろとんぼは娘や野良犬の幻覚を語りだす。

海鳴りが心に及ぼす影響がつぶさに語られているから、読んでいる方にも海の音が聞こえ、おはぐろとんぼと同じく初めて海を見るような新鮮な体験を経験する。

……やがていつもと違う世界に囲まれている気がする。

果ては

水平線のはるか彼方から
スタジアムに詰めかけた大観衆のどよめきのごとき
とても低い周波数の海鳴りに圧迫され

その音にもならぬ心地よい音によって
真実から目を逸らさずに正邪の声を聞き分けることが
まったくもってどうでもよくなり

無邪気に推し進めたものの
いまだ実現されぬ
大分不鮮明な夢の潮流に巻きこまれて溺れかけ

肉の誘惑に負けた
引く手あまたの娘のように
みだりがわしさでいっぱいの
脱出不可能な逸楽に追いこまれ

虎斑の野良犬が放つ
不気味な殺気をよみがえらせ

地獄への順路を
まさに嫌というほど思い知らされ、
(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」593頁)

カテゴリー: さりはま書房徒然日誌 | タグ: , | コメントする

さりはま書房徒然日誌2023年8月25日(金)旧暦7月9日

中原中也「別離」ーリフレインの美しさ、豊かさー

福島泰樹短歌絶叫コンサートでよく朗読される中原中也「別離」

福島先生の「別離」朗読を聞いていると、文字だけ追いかけて読んでいるときには浮かんでこなかった様々な景色が浮かんでくる。

それも毎回違う風景が見えてくるから不思議だ。

福島先生が語ることによって、リフレインの一つ一つに色の異なる情が宿り、「別離」の世界がその都度見え方の異なる万華鏡のように立体的に見えてくる。

特に「あなたはそんなにパラソルを振る」を語る時の福島先生の表情、身振り、声に込められた感情が毎回微妙に違うようで、その都度、別の場面が浮かんでくる。
「あなたはそんなにパラソルを振る」というフレーズがあるゆえに、思いが地上のドロドロした感情を遠く離れて、刹那の幻影を結ぶような気がする。

以下、中原中也「別離」より(1)を引用。

中原中也 別離

さよなら、さよなら!
  いろいろお世話になりました
  いろいろお世話になりましたねえ
  いろいろお世話になりました

さよなら、さよなら!
  こんなに良いお天気の日にお別れしてゆくのかと思ふとほんとに辛い
  こんなに良いお天気の日に

さよなら、さよなら!
  僕、午睡の夢から覚めてみると
  みなさん家を空けておいでだつた
  あの時を妙に思ひ出します

さよなら、さよなら!
 そして明日の今頃は
 長の年月見馴れてる
 故郷の土をば見てゐるのです

さよなら、さよなら!
  あなたはそんなにパラソルを振る
  僕にはあんまり眩しいのです
  あなたはそんなにパラソルを振る

さよなら、さよなら!
さよなら、さよなら!

福島先生の短歌絶叫コンサートは毎月10日に開催される。次回は9月10日(日)、3時開演、7時開演の2回。



カテゴリー: さりはま書房徒然日誌 | コメントする