さりはま書房徒然日誌2023年7月25日(火)旧暦6月8日

丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」を読む

屋形船おはぐろとんぼは周囲の自然に思いを寄せる。

丸山先生の目に映る信濃大町の風景にも、山との対話にも思えてくる。

自然を語ると同時に生死を、時を語る雄大さがよいなあと思う。

夏の盛りであっても山嶺に雪をいただく山吹岳を軸とする

晴曇定めなき天候に感情の動きをぴたりと合わせ

朽ち葉にうずもれた墓のなかで魂を放棄する死者たちを

ひとり残らず黙って受け容れ、

時がもたらす善と悪の強固な結合を

胸がすくほどの手際によってすっぱりと断ち切り、

(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」中417頁)

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さりはま書房徒然日誌2023年7月24日(月)旧暦6月7日

移りゆく身近な言葉ー海水浴ー

当たり前のようになじんでいる言葉も、少し時代が違うだけで言葉が喚起するイメージは違ってくる。

たとえば海水浴とか海の家もそうだろう。

わたしが時々出かける伊東市宇佐美の海岸も、20年くらい前までは海岸沿いに海の家が四、五軒たち、地元の民宿は一年分の稼ぎを一夏で稼いだという。

それが年を追うごとに海水浴客が減り、海の家も一軒ずつ減ってゆき、今では海の家は一軒もない。時折サーファーの姿が波間に見えるだけの静かな夏の浜が広がっている。

さて海水浴という言葉は、もともと英語からきた言葉らしい。

世界百科事典はその言葉の起源についてこう説明している。

18世紀の中ごろ,イギリスの医師R.ラッセルが,海浜の空気を呼吸し,海水に浸り,海水を飲むことの医療的効果を唱え,ブライトンの海岸に患者を集めて実行したのが近代の海水浴sea bathingの始まりとされる。

日本での海水浴の起源について、世界百科事典にはこうある。

日本で海水浴という用語(おそらく英語からの訳)を初めて用いたのは軍医総監松本順(良順)だが,1881年愛知県立病院長後藤新平が医療的効果を説いて,愛知県千鳥ヶ浜(もとの尾張大野)に日本最初の海水浴場を開き,85年には松本順らが神奈川県大磯の照ヶ崎海岸に海水浴場を開いた。

海水浴という言葉はどうやら歴史の浅い言葉のようで、同じ意味の「潮浴しおあみ」にしても、「潮湯治しおとう」にしても例文はとても少ない。

上記引用の説明のように海水浴場が開かれたあと、神戸の新聞に海水浴という言葉が使われ、やがて鉄道唱歌で「海水浴」と歌われるようになって、1907年には泉鏡花「婦系図」にも記されている。あっという間に海水浴が普及してゆく様が感じられる。(引用は日本国語大辞典「海水浴」の項目の例文)

*神戸又新日報‐明治二〇年〔1887〕八月二四日「一の谷の海水浴に付いては、前号の紙上に記する所ありしが」

*唱歌・鉄道唱歌〔1900〕〈大和田建樹〉東海道「海水浴(カイスヰヨク)に名を得たる 大磯見えて波すずし」

*婦系図〔1907〕〈泉鏡花〉前・五九「暑中休暇には海水浴に入(いら)しって下さい」

どちらかといえば健康療法的に始まった海水浴が、経済の成長と共にみるみるうちに国民的レジャーとなって、国の衰退と共にいままた静けさを取り戻しつつある……。

あと10年後、20年後、海水浴という言葉はどんなイメージの言葉になっているのだろうか?

母なる海に由来する言葉でありながら、人間の都合でイメージが変わってゆくことに戸惑いもある。一方で思いもよらない海水浴のイメージがこれから現れるのかも……という期待もある。さてどうなってゆくやら?

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さりはま書房徒然日誌2023年7月23日(日)旧暦6月6日

夏祭り……夏祭浪花鑑の鯵はお供え用?

この週末、夏祭り組……と思われる人がとても多かった。

考えてみれば真新しい浴衣の幼子たちも、着慣れない浴衣に居心地悪そうにしている娘さんたちも、コロナ禍のせいで久しぶり、あるいは初めて浴衣を着て参加する夏祭りなのだろう……うれしそうな様子も無理はない。

街は夏祭りへの期待感にあふれている。これから葛飾区、隅田川、江戸川区……祭はエンドレスに続き、この期待もますます膨らんでゆくのだろうか?

さてジャパンナレッジで「祭」の項目をチェックしたところ、日本国語大辞典(4)の説明と例文に目がいった。

祭礼の際に神仏にささげるもの。まつりもの。

浄瑠璃・夏祭浪花鑑1745「どりゃ焼物を焼立て祭(マツリ)進じょと立女房」

女房お辰(立)が自分の心根を証明するために鯵を焼いていた火箸を顔に押しつけ醜い火傷痕をわざとこさえる有名な場面。

あの鯵は神様仏様に供える鯵だったのか……とジャパンナレッジで知った次第。てっきり晩ご飯のおかずにするのかと思っていた……。夏の文楽公演でよく観てみよう。

浴衣の俳句を以下に引用。

口開けて 金魚のやうな 浴衣の子 (三吉みどり

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さりはま書房徒然日誌2023年7月22日(土)旧暦6月5日

勤め人人生のデトックスを……

勤めている頃は、みんな休日の終わりが哀しくて仕方なかった筈なのに…

退職すると、意外にも職場が恋しくなる人が多い気がする。

かつての同僚たちと畑仕事をしたり(退職後も管理職、ヒラとはっきり別れて別々に畑仕事をしている姿には笑ってしまった)、

旅行に出かけ、

何か少しでも職場繋がりの集まりがあれば参加する……そんな人が業種を問わず多い気がする。

人生の大半を職場で過ごし、嫌々であっても価値観を共にしてきたのだから、母体である職場消失に耐えられないのかもしれない。

そんな個人を見透かしたように、国は定年延長だの、再任用だの唱え、職場が永遠の運命共同体になるように仕掛けている。

でも可能なら仕事を離れる期間は必要だと思う。そのまま仕事を辞めるなら、職場からのデトックスを心がけなければ……と思う。

職場の価値観よ仲間よサヨウナラ、ハロー本来の自分新しい自分……そんなデトックス期間が必要だし、デトックスに踏み切れるだけの余力を残して働かなくてはいけない気がする。

丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」を読む

丸山作品を読んでいて心打たれることのひとつに、ありふれた生を送っていた人たちの終焉の描き方に言葉を尽くして心をこめて送り出している……という点。

感嘆するほかない

雪と見紛う亜高山帯に咲く純白の花々のなかで

大きく深呼吸をした際に

いきなり体調に乱れが生じたかと思うと

以後

それきり再起不能に陥ってしまい、

ほどなく

だしぬけに気が転倒したあげく

突風をくらった案山子のごとく

ばたんと卒倒し

(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」中巻345頁)

あるいはこんな風にも……。

淡雪を巡って春の光がゆらめくなか

風にかしぐ草を思わせる乱髪の老人が

寂滅の意味をやすやすと超越した絶命を迎え、

(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」中巻351頁)

とても辛辣な描写をすることもあるけれど、普通の人の最期をかくも美しく書く心に、凡庸な生へのレスペクトがあるように思う。

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さりはま書房徒然日誌2023年7月21日(金)旧暦6月4日

白熊が恋しくなる……

連日の猛暑。カップアイスの白熊でなく、お店で白熊が食べたいなあと思う。

白熊をご存知ない方もいるかもしれない。鹿児島天文館むじゃきが昭和24年に販売を開始したとされるかき氷だ。

氷にかかった程よい甘みのシロップ。まるで白熊の顔になるようにフルーツで飾った氷の愛らしさと言ったら……。氷の外側と内側に添えられた煮豆も素朴な美味しさ。

白熊を食べると、昭和の右肩上がりの時代に迷い込んだような感じになって、お先真暗な時代の閉塞感が忘れられそうだ。

東京近郊では、有楽町駅前鹿児島物産館のレストランで食べられる。白熊だけでもOKだったと思う。ただし混んでいる店なので、昼時、夕飯時は外した方が無難。通常サイズだとあまりにも大きいので、ベビー白熊の方がおすすめ。

丸山健二「おはぐろとんぼ夜話」を読む

屋形船おはぐろとんぼが露草村の村人たちのことを語る。

おはぐろとんぼの脳裏に浮かぶ村人一人一人の記憶が、それぞれ二行くらいの文で語られてゆく。

通常の小説なら、誰がどうした……次に誰がどうした……と進行するところ、丸山健二は二行単位の文で様々な記憶を連ねてゆく……。

最後の長編小説「風死す」を思わせる文体である。慣れてしまうと、こちらの方が様々な人間群像が浮かんで頭に入ってくる。

文字数をざっと目で数えると、以下の引用箇所は(34字19字 合計53字)(27字31字 合計58字)(27字20字 合計47字)である……。短歌の文字数にも近い……。

でも文を切ることなく、個々の村人を語る文を連ねてゆき、大きなひとつの流れを創り出している。人の頭の中を覗きこむような思いにもなる。

斜め後ろから飛ばされる険悪な視線を感じてふり返るたびに

そのつどそこに別な自分を発見し、

何気なく口走った冗談がもとで知己を傷つけて

せっかく築きあげてきた八十年来の親交を絶たれ、

ぼろぼろの人生の薄汚い舞台裏がお似合いの

無力にして無責任な影法師と化し、

(丸山健二「おはぐろとんぼ夜話)中339頁)

丸山文学によく出てくるもう一人の自分が出てきている……この自分は嫌な奴だなあと思わず引用。

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さりはま書房徒然日誌2023年7月20日(木)旧暦6月3日

俳句や短歌雑誌の発行部数の多さは予想外!

失礼ながら、つい最近まで、俳句や短歌雑誌なんてあまり一般人は読まない……リタイアしたお年寄りの読み物……無知とは怖いものながら、そんなふうに私は思っていた。

それが短歌創作の講座を受け、短歌や俳句の本を読むようになってイメージが一変する。講座には若者からシニアたち、幅広い年齢層のひたむきな創作パワー&日本語への愛があふれているではないか!

さて短歌や俳句雑誌の発行部数を見てみれば、

角川「俳句」50000部(月刊)

角川「短歌」36000部(月刊)

文藝春秋「文学界」10000部(月刊)

「新潮」(月刊)&「群像」(月刊)6000部

ハヤカワミステリマガジン(奇数月刊)15000部

ちなみにAERAが64300部である。

単純に数字で比較してしまえば、小説の文芸誌よりも短歌や俳句の雑誌の発行部数の方が多いことになる。

この発行部数の違いをどう考えるべきなのだろうか……と時々思う。

私が知らなかっただけで、短歌や俳句を創作する人たちはとても多く、年齢も多岐にわたって裾野が広いということもあるだろう。

短歌や俳句の場合、読者であると同時に其々が創作者である……という状況も、専門誌を熱心に手に取らせるのだろう。

小説の文芸誌の場合、手にするのは一部の読み手か、自分も書いてみようと思う書き手だろうか……どっちにしても大した数ではあるまい。

中身にしても、「俳句」や「短歌」にはハッとする日本語に必ず遭遇できる楽しさがあって、永久保存にしておきたい密度がある。さらに電書で購入できるし、紙版がよければ図書館には必ずある。

それにしてもこんなに発行部数があるとは……部数がすべてではないだろうが、関心を持っている人の存在をあらわしてはいる。

小説や翻訳物を読む層の減少を感じる昨今、まずその数に驚き、理由を色々思う次第である。

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さりはま書房徒然日誌2023年7月19日(水)旧暦6月2日

青空文庫で大杉栄「奴隷根性論」を読む

「奴隷根性論」で滑稽なくらいの奴隷の姿をこれでもか……と大杉栄は例としてあげ、こう述べる。

「服従を基礎とする今日のいっさいの道徳は、要するにこの奴隷根性のお名残である」

そんな話は大杉栄の時代……と笑う人もいるかもしれない。だが職場でも、学校でも、家庭でも、相手を奴隷としてしか見ることのできない人種とは、今でも結構多いものだ。

相手を奴隷視する、いつの間にか奴隷になってしまっている……という状況は無理やりそうなったのかと思っていた。

だが大杉栄の文を読んでいると、そういう感覚はもともと私たちのDNAに組み込まれているような気がしてきた。そう、気をつけないと、すぐに奴隷になってしまうし、相手を奴隷扱いしてしまう……。

主人に喜ばれる、主人に盲従する、主人を崇拝する。これが全社会組織の暴力と恐怖との上に築かれた、原始時代からホンの近代に至るまでの、ほとんど唯一の大道徳律であったのである。

 そしてこの道徳律が人類の脳髄の中に、容易に消え去ることのできない、深い溝を穿ってしまった。服従を基礎とする今日のいっさいの道徳は、要するにこの奴隷根性のお名残りである。

 政府の形式を変えたり、憲法の条文を改めたりするのは、何でもない仕事である。けれども過去数万年あるいは数十万年の間、われわれ人類の脳髄に刻み込まれたこの奴隷根性を消え去らしめることは、なかなかに容易な事業じゃない。(以上、大杉栄「奴隷根性論」)

すでに私も奴隷になりかけているようなものではないか……納税奴隷……マイナンバー奴隷……教育プロパガンダ奴隷……。

知らないうちに奴隷になっているこの状態から脱出するには、どうすればいいのだろうか?

まずは何者にも邪魔されず一人自分と対話すること、その思いを書きとめてゆくこと……そうした時の過ごし方が奴隷的思考から解き放つ一歩につながる気がする。

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さりはま書房徒然日誌2023年7月18日(火)旧暦6月1日

堀田季何「俳句ミーツ短歌」を読む

万葉集の頃から現代の、そして海外の動きまで詳しく解説。短歌や俳句と言えば、不動のスタイル……かと思っていたが、そうでもなく少しずつ形を変えてきていることがよくわかった。

いにしえから現代までたくさん引用されている俳句、短歌も、その解説も楽しい。

でも不自由なところもあるんだなあ……と思ったり。例えば俳句についての以下の文。第五章より

師系が異なると俳句についての価値観が根本的に違い、どの結社にいるかで俳句の読み、解釈はまったく変わってきます。短歌にも結社や師系はありますが、俳句の方が「解釈共同体」の側面が強いです。

解釈共同体は嫌だなあ……と思う。

縁語についての説明もわかりやすく、そうか……と納得。以下、青字は第四章「難波潟短き葦の節の間も遭わでこの世を過ごしてよとや」の縁語についての説明より。

言葉と言葉を関係づけることで、「会ってほしい」という気持ちは強調されます。言葉がつながりによって導かれることによって、作者が訴えたい心情は必然的なもの、逃れられない運命的なものとして立ちあらわれるのです。

本を読み終えたとき、なぜか心に一番残ったのは渡邊白泉の次の句である。戦争の擬人法という有り得ない感が、なぜかピッタリのリアリティを生み出しているからだろうか?

戦争が廊下の奥に立つてゐた

憲兵の前で滑って転んぢやつた

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さりはま書房徒然日誌7月17日(月)旧暦5月30日

大阪のコーヒーはなぜ苦い?

この暑さにうつらうつらしていると、大阪の薬のように濃いコーヒーの味がふと恋しくなる。

大阪の喫茶店すべてのコーヒーが……というわけではないだろうが、文楽劇場近くの伊吹珈琲店、丸福珈琲店のコーヒーは驚くほど味が濃い。

日経新聞2017年11月9日に「大阪のコーヒー なぜ濃い? 茶道の「お濃茶」意識(もっと関西)」という見出しの丸福珈琲店についての記事があった。

その記事によれば、濃く淹れるために豆や焙煎にこだわるのはもちろん、抽出器具も濃く出るように工夫を凝らし、ミルクも濃いコーヒーに合う特別なミルクを頼んでいる……らしい。

そこまで濃いコーヒーにこだわる理由について、同記事によれば

「(丸福)創業者の伊吹貞雄氏が茶道に精通しており、少量で口をさっぱりさせるお濃(こい)茶の役割をコーヒーに求めたという。「伊吹貞雄は東京の洋食店でシェフをしていた関係で洋食コースの最後に、茶懐石で提供するお濃茶のようなコーヒーを出したいと考えていた」(伊吹取締役)」

たしかにお濃茶ようなコーヒーである。

丸福珈琲の取締役が伊吹さん……黒門市場にある濃いコーヒーの伊吹珈琲店とは名前が同じ。もしかしたら親戚なのだろうか……?

丸福も伊吹も私にとっての大阪の味である。この夏も懐かしい大阪の味を飲むために早く夏バテから回復しなくては……。

なお丸福珈琲は全国にある。コーヒーと合うミニプリンも美味しいし、コーヒーが苦手ならフレッシュジュースも美味しい。丸福で大阪を味わってはどうだろうか?普段は砂糖もミルクも入れないが、丸福の場合はまずブラックで楽しみ、次に砂糖を入れて、最後にミルクを入れて……と三段階の飲み方を堪能できる。

コーヒーの俳句を眺めていて心に残ったものを以下に引用。

コーヒーとでこぽん一つゆめひとつ/臼井文法

コーヒー代もなくなつた霧の夜である/下山英太郎

珈琲の香にいまは飢ゆ浜日傘/横山白虹

青空文庫にて幸徳秋水「翻訳の苦心」を読む

最近、国家の手で無残な死を遂げた人たち、その素顔は……という思いで彼らが書いた文を読む。大杉栄、伊藤野枝……気配りと同時に貪欲な知識欲にあふれる人柄がうかがえ、なぜ……?という思いにかられる。

幸徳秋水「翻訳の苦心」を読み、この時代に早くも翻訳の苦労、喜びを適切につかんでいる明治人の知性に圧倒される。以下、青空文庫へのリンク

https://www.aozora.gr.jp/cards/000261/files/48337_38450.html

師の中江兆民が翻訳について語った言葉。厳しいようだが、その通りだと思う。原著者の文体の良し悪しを見極め、欠点を補うつもりで翻訳しないといけないと思う。

例えば季刊さりはまで訳しているチェスタトンの場合、近い行で、あるいは同じ行で無駄な語の反復が非常に多い。リズムをとっているというよりも、気が緩んでいるとしか言いようがない。

兆民先生は曾て、ユーゴーなどの警句を日本語に訳出して其文勢筆致を其儘に顕はさうとすれば、ユーゴー以上の筆力がなくてはならぬ、総て完全な翻訳は、原著者以上に文章の力がなくては出来ぬと語られた

高徳秋水が目指した文体。実現すれば……と残念に思う。語学力、漢文力のある明治人だから可能な文体だったろうに。

一篇の文章の中でも、言文一致で訳したい所と、漢文調が能く適する所と、雅俗折衷体の方が訳し易い所と、色々あるので、若し将来、言文一致を土台として、之を程よく直訳趣味、漢文調、国語調を調和し得たる文体が出来たならば、翻訳は大にラクになるだろうと思はれる。

以下の文に明治の頃から翻訳は割のいい仕事ではなかったと思いつつ

斯く苦心を要する割合に、翻訳の文章は誰でも其著述に比すれば無論拙い、世間からは案外詰らぬことのやうに言ふ、割の良い仕事では決してない、

翻訳の魅力を語る言葉に、そうなんだよなあ、私もだから翻訳してみたいんだなあと頷くことしきり。

而も能く考へれば一方に於て非常な利益がある、夫は一回の翻訳は数十回の閲読にも増して、能く原書を理解し得ること、従つて読書力の非常に進歩する事、大に文章の修練に益する事等である、

翻訳の社会的必要性をアツく語る幸徳秋水。こんな知性あふれる人間が、なぜ犯していない大逆罪を着せられて半年ほどの審議で死刑に処せられなければならなかったのだろうか……?

是れ唯だ一身の上より云ふのであるが、社会公共の上より言へば、文芸学術政治経済、其他如何の種類を問はず世界の智識を吸収し普及し消化する為めに、翻訳書を多く出さんことは、実に今日の急務である、従つて技倆勝れたる翻訳家は、時勢の最も要求する所である。

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さりはま書房徒然日誌7月16日(日)旧暦5月29日

削り氷が「あてなるもの」(高貴なもの)に思えてくる暑さ!

酷暑の毎日にかき氷が恋しくなる。かき氷はいつ頃から食べられていたのだろうか?

枕草子には早くも登場…「あてなるもの(高貴なもの)……けずりひにあまづら(甘味料を採取するツルの一種)入れて、あたらしき金椀(かなまり)に入れたる」

当時は高貴な人しか食べることのなかった削り氷(けずりひと)。新しい金属のお椀に入れて食べたら美味しかっただろうなあと思う。

山口誓子のかき氷の句を引用…

匙なめて 童たのしも 夏氷

私も夏風邪か熱中症で数年ぶりに体調が良くない。かき氷を思い出して大人しくしていよう。

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