さりはま書房徒然日誌2025年8月17日

丸山健二『千日の瑠璃 終決7』より五月二十七日「私は軟風だ」を読む

以下引用文。どこにでもありそうな風景を吹き抜けてゆく軟風。

実に奇妙で
   とても滑稽で
      いささか残酷な
         しかし世間的にはありふれている
            そんな事件が継起しているまほろ町を
               声ひとつ立てずに吹き抜けてゆく


(丸山健二『千日の瑠璃 終決7』14ページ)

以下引用文。ただ、こういう考えをほのめかしてくれる書き手は、あまり多くないかもしれない。コースアウトしても気が楽になる文ではないか。

さらには
   利益集団に組みこまれるための
      ただそれだけのための教育を熱心に受ける学生たちに
         そうではない道もちゃんと在ることをほのめかし

(丸山健二『千日の瑠璃 終決7』16ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年8月16日

丸山健二『千日の瑠璃 終決6』より五月二十三日「私は嘘だ」を読む

娼婦があちこちでつく嘘が、嘘であっても時雨の雨のように心をしっぽり濡らしてくれる不思議さを感じる。

私は嘘だ、

ひとしきりの時雨が降った夜
   まほろ町ではただひとりの娼婦が臆面もなくつく
      他愛もない嘘だ。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』398ページ)

娼婦の嘘が和ませるものときたら様々。

浅紅の花を咲かせなくなって久しいシクラメンには
   次の冬の見事な開花を信じこませ、

かの少年世一には
   いずれ鳥になる日が訪れるものと
      心底思いこませる。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』400ページ)

最後、娼婦にむかって嘘は嘘をつく。

嘘というものを責めず、その優しさを語るゆとりある視点に救われる思いがする

山々に響き渡る雷鳴と
   雨雲のなかで激しく飛び交う稲妻に
      取り返しのつかぬわが身を委ねて
         のんびりと鼻歌を唄っており、


そんな女に私は
   「あんたは美しいよ」と
       そう二度つづけて言ってやる。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』401ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年8月15日(金)

丸山健二『千日の瑠璃 終結6』より五月二十二日「私は前途だ」を読む

「いつまでも北の大地へ飛び立とうとしない白鳥の 暗影漂う前途」が語る。

丸山先生自身が湖にいつまでも残っている白鳥を見て思われたのだろうか……どこかユーモラスであり、人と同じように行動しなくていいのだよ、と語りかけてくれているようでもある。

以下引用文。帰ろうとしない白鳥を語る口調もユーモラスであり、人間の世界を重ねているようでもある。

夜になると
   古い桟橋の下で眠り
      将来に悪例を残しそうな
         実利的な夢ばかり見て、

朝になると
   また候鳥の振りをした。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』396ページ)

貸しボート屋のおやじが「ためにならぬ選択」と石を投げて追い払おうとしたところ、物乞いがこう言う。その言葉に思わず納得してしまう。

「ほっといてやれやあ
    一年に二度も海を渡るようなしんどい暮らしにうんざりしたんだわあ
きっとそうだよ」


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』397ページ)

最後、人の世の葛藤を見るようでもある。

それに対しておやじは
   渡るときに渡らない鳥は
      餌をやる価値のない
         普通の鳥だと言い返し、

普通の鳥で充分ではないかと言う
   物乞いの大声は
      山々にこだまして
         私への声援と化した


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』397ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年8月14日(木)

製本基礎講座43回 改装本 丸背8/12 回表紙 埋め立て

中板橋の手製本工房まるみず組の製本基礎講座43回へ。

前回、表紙に革を貼った。
今日はその革を整えて、革の間の空間に先日作ったマーブリングペーパーをはめ込む。
さて『星の王子さま』の表紙らしき雰囲気が出てくるだろうか?

ディバイダー(コンパスみたいな形のもの)で革の端からの長さを測り、牛骨ヘラでスジを入れる。

……なので、きちんと測った筈。それなのに後から測ると幅が均一ではない。正確に測るって難しい。
幅が凸凹していても、先生は優しく笑って何とかして下さる。有り難い。

ボール紙の区切れ目の革部分を手術用のメスで削いでいく。
メスを使うのは難しい。外科医ってすごいと思う。
先生の「押さないで、横に引くようにメスを動かして」というアドバイスに従って作業をする。
何とか指を切ることなく削ぎ終わる。
でも私には外科医は無理だな、こんなにガタガタになってしまうもの。

メスで削いだ後のガタガタをヤスリでならしてゆく。

マーブリングペーパーをはめる前に、段差を埋めるために紙を貼る。
この隙間の大きさに上手く切れなくて、少し大きめになってしまった。
先生から少し端をカッターで切り落とすように助言して頂く。

自作のマーブリングペーパーから二枚選んで、それぞれの面に貼る。
星、宇宙、生命のイメージで染めたマーブリングだけど、そんな思いは伝わるだろうか?

先生のお話だと、マーブリング専門の工房は同じ柄を何百、何千と染めていくそうだ。すごい。
でも私がやると、その都度違う。一枚も同じ柄はない……そんなところが手製本の面白さとも重なる気がする。


同じ規格で工場で製本する本もあれば、一冊一冊表情の異なる本があってもいいのでは……とも思うのだが。

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さりはま書房徒然日誌2025年8月13日(水)

丸山健二『千日の瑠璃 終結6』より五月十七日「私は閃光だ」を読む

「長いと思えば長い 短いと思えば短い そんな一夜が明け渡ろうとした際に まほろ町の上空を彩った まばゆい閃光」が語る。

丸山作品の魅力は地面ばかりを見つめているような、己の財布の中ばかりを考えているような人間をクローズアップで書くと同時に、はるか遠くのことまで思う視点にあると思う。

心が静かになる文。

私自身にさえ
   おのれの正体がわかっていなかったのだ。

もしもこんなことを問う者がいた場合には
   私のほうもまたそっくり同じ質問を返して、

「おまえはなんだ?」と
   厳しく迫るつもりだった。

私が消えるまでの時間とは言えぬほどのあいだに
   まほろ町だけで数千億個にものぼる命が誕生し
      それと同じ数の命が死滅してゆき、

しかし
   そのことによって世界が特別の意義を帯びたりはしなかった。

(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』377ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年8月9日(土)

丸山健二『千日の瑠璃 終結6』より五月十六日「私は家鳴りだ」を読む

家鳴りを聞きながら、夜毎、農夫は色々悩む。

家鳴りなんて、生活圏から消え去って久しい音のような気がする。
家鳴りを感じるには、今の夜はあまりにも賑やかで明るくなってしまった。
家鳴りに怯えた幼い日の記憶が蘇る。

私は家鳴りだ、

まったく見通しが立たぬはずなのに
いまだやる気を失っていない農夫をひっきりなしに悩ます
  夜ごとの家鳴りだ。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』370ページ)

家鳴りでありながら、人の声でもあるような不思議さがある。

すかさず私は
   買い手が現れた今こそ
      農地の売り時であるという
         そんな意味の音をぴしっと発して
            決断を迫る。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』372ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年8月7日(木)

製本基礎講座42回「改装本7/12回 革装・丸背 革の下ごしらえ」

中板橋の製本工房まるみず組の製本基礎講座へ。

まだボール紙状態の表紙。
今日はボール纸を表纸の大きさに切ってから、革の下ごしらえをしてボール纸に贴る。

革をカッターで切り出した後、メスを使って削いでいく。
プリントの説明によれば、メスは世界共通のホルダー、ブレードだそうだ。
怖い!指を切らないようにと祈る。


先生から「刺身のサクを切るような感じでメスを動かして」と具体的にアドバイスを頂く。
しかし、いつも刺身を切ってある状態で購入する不精者には、メスの動かし方のイメージが浮かばずモタモタする。


大理石?の台の上に革とメスを置いて、革をそいで厚みが出ないようにしてゆく。

先生の「革は細かな毛があるから、絨毯に塗り込むイメージでしっかり糊を塗って」の言葉に、あらためて命を頂いて本を作っているんだという気持ちになる。

植物や動物の命を頂いて、自分の言葉やスカスカでも頭の中身を本という形にするんだ……という考えは、電書やnoteでは湧いてこないだろう。

革を貼ると、だんだん本らしくなってきた気がする。
来週は真ん中のボール紙部分に、以前染めたマーブリングペーパーを貼る。楽しみ!


とにかく指を切らなくてよかった。

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さりはま書房徒然日誌2025年7月31日(木)

製本基礎コース41回 改装本 革装・丸背08回 表紙骨組

クータをつけたり、花布をつけたり……は大体角背と同じ。
花布部分との背中の段差を紙を当てて埋めるそうだ、丸背の場合。

本文、ボール紙を薄めのカード紙でくるみ、丸背のラウンドを作る。

色々はみ出していたりする度、先生が気がついて直して下さる。有り難い。

今日作業をしていたら、入り口から何やら人の声が。工房から姿は見えないが、声に聞き覚えがある。

ひょっとしてもしかしたら……と確かめに行ったら、そこには短歌講座の友の顔があった。
明日からのコンクール開催の場所を確認するため、炎天下はるばるまるみず組まで来てくださったとのこと。

偶然、そのとき私もいたのだ。
なんて有り難い。
こんな炎天下なのに。
手術されたばかりなのに。
有り難いやら、申し訳ないやら。
でも、まるみずの先生に頂いた案内葉書が、こうして人を呼ぶのだなあと不思議な感動。


それにしても手製本に関心を持つのは、なぜか短歌の方々が圧倒的に多い。
翻訳、小説書き、編集の人は大体「へえ、そんな世界があるんですか」で終わってしまうことが多い。

でも短歌や詩の人は「私も作ったことがある」「見てみたい」「やってみたい」と積極的な反応の方が多い。

短歌や詩の特性を感じる。

ちなみに私が手製本をはじめたのも、短歌の方から「まいたけ社」という名前で随分可愛い、工作品みたいな歌集を作っている方のことを教えてもらったのがきっかけだ。

短歌や詩と手製本は親和性があるのだろうか?

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さりはま書房徒然日誌2025年7月30日(水)

丸山健二『千日の瑠璃 終結6』より五月十五日「私は穴だ」を読む

崩れかけた土蔵に住む若者が、突然床下に掘り始めた穴が語る。

土蔵の床下を掘るという何となく不気味な行為も、その穴が「魂ごとつるっと呑みこみ」とか語ると、どこか現実離れしてくる。

この後に若者が感じる安らぎも、納得させるものがある。

そして六日目のきょう
   堂々たる骨盤を具えた健康な娘の子宮と比べても
      まったく遜色がない私は
         若者を魂ごとつるっと呑みこみ、

疲れきった五体を委ねた彼は
   手で触られるほど濃厚な闇に包まれて安堵し、

そもそもの始まりから間違っていた歳月の一部始終を
   地味豊穣なる土に吸わせてしまった。


(丸山健二『千日の瑠璃 終結6』367ページ)

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さりはま書房徒然日誌2025年7月24日(木)

手製本基礎講座40回「改装本 革装・丸背 12/5回

中板橋の手製本工房まるみず組の手製本基礎講座40回。
今日は丸背の背中作り。

丸背をつくるため、まるみず組が特注されたトンカチが大活躍。トンカチの背のところがラウンド加工されていて、このラウンドが丸背を作ってくれるそうだ。

机の上で先生に教わったとおりに、トンカチで背をトントン叩く。

要らない紙を巻きつけウースをかけた状態で、机の上でトンカチで叩く。直線の背がだんだん丸くなってきた!

バッキングプレスに挟み、ボール紙の厚み分(耳と言うそう)を出す耳出しの作業へ。バッキングプレスに挟み、トンカチで叩く。
丸背になった、不思議!

最後、作業机に戻って本文の耳出した部分にボール紙をあて、トンカチのラウンド部分で叩く。

このトンカチはまるみず組が金物工場に特注した品物だそうだ。手製本をしていると、工場に特注した道具が結構あれこれ多いことに驚く。
本をつくるということが、そうした工場の技術に助けられ、また助けることになるのは素敵なことだと思う。

次に本文を支えていた麻糸の処理。

こんな感じになる。最初はカットしても長すぎたり、ほぐしが足りなかったり、糊で貼るところをノリボンドで貼っていたりで、先生に色々優しく注意される。

先生が麻糸をほぐすとタンポポの綿毛みたいになるけど、私がやるとワカメのようになってしまう。なぜ?
糸をほぐす……簡単そうで難しい。


最後に寒冷紗を貼って、今日の作業はおしまい。

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